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長い一日が始まった①


 風の音が聞こえてアヤノは目を開けた。

 隙間なくカーテンを閉め切っている部屋は暗く、あたかもまだ真夜中だという錯覚に囚われそうになる。

 けれど、たぶんもう早朝なのだろう。

 アヤノがそう確信しているのは、さっき『起きろ』と言われた気がしたからだ。

 枕元で充電していたスマホをつけて確認すると、昨日目覚ましをセットした時刻が表示されていて、すぐにアラームが鳴り始めた。

 瞬時にアラームを止めて、少しだけぼーっと天井を見上げる。そうしていると急かすように、また風の音が聞こえた。誰かが思い切り揺らしているような音ををたてて、ベッドの横にある窓を盛大に風が叩くのだ。それを聞いていると、まるで『早く起きて』と言われているような気分になる。

 今日はよっぽど風が強いらしい。

 それなりに大きな音だけど、アヤノはどうしてか不快には感じない。

 この部屋は風当たりがいい。こういうことは、これまでもよくあった。日々のことで慣れたのだと思うと、自分のことながら慣れとはすごいと、少しだけ自分に感心するアヤノ。

 割といつもこうなのだ。位置的に風当たりが良すぎる部屋と、タイミングよく吹く風のおかげで、これまでアヤノは遅刻を一度もしたことがなかった。

 ぼーっとした頭で感謝している間にも風は窓を揺らし続ける。


「はいはい、起きましたから」


 誰に聞かせるでもなく独り言をつぶやいて、閉め切っていたカーテンを開ける。

 日差しが差し込んできて、部屋の中に色がついた。

 外は快晴。

 出てきたばかりの朝日に照らされて、これでもかというくらい、いい天気だった。

 朝日が優しく降り注ぐ中、小鳥たちがさえずりながら飛んでいる。

 見えている景色は、窓を叩いていた強風が嘘みたいに穏やかで、やっぱりこの部屋だけが風当たりが良すぎるのだと再認識した。

 アヤノがそのままベッドでぼーっとしていると、また風に窓を叩かれて、いそいそとベッドから起き上がることにした。

 足の裏に感じるひんやりとした床の感触を感じる。

 立ったまま身体をグッとそらして伸びをした。

 身体の真ん中に溜まったままだった血液が、駆け足で腕や足の方に流れていくような感覚が気持ちよく感じる。

 そのまま伸びをしていると、血が、振り上げた腕を通って上へ上へと流れていく。

 上に、もっと上に、限界なんてないかのごとく血が流れる。

 感覚的にはとっくに腕の長さより遠くまで血が流れている。

 いや、感覚はあるのだからアヤノの腕がどこまでも伸びているというのが的確な表現なのかもしれない。

 奇妙な感覚。

 けれど希少ではない。

 アヤノにとっては、あぁ、またかと軽く流せるくらいのことだった。

 この奇妙な感覚を感じることは、特に珍しいことではなかったからだ。

 朝は弱い自覚があるから、この奇妙な感覚は、寝ぼけてまだ意識がはっきりしていないだけなのだとアヤノは頭の中で結論を出していた。

 伸ばしていた手を下ろしてみると、普段となんら変わりない腕が視界に入ってくる。

 やっぱりまだ寝ぼけているだけで、腕が伸びるなんてありえない。

 アヤノは自分自身の感覚を自嘲して一蹴し、テーブルの上に置いてある写真立てを手に取って、写真の中にいる女の子を見つめる。


「今行くよ。スミレちゃん」


 用意していた衣類に手際よく着替える。動きやすさ重視で選択したショートパンツを穿き、脚にはたっぷりと日焼け止めを塗った。

 それから、冷蔵庫に入れていた栄養補給用のゼリーをゆっくりと飲み干す。最後に身だしなみを整えて時計を見れば、そろそろ出発する時間だった。

 鞄の中をチェックして忘れ物がないことを確認する。

 それから、お気に入りの黄色いパーカーを羽織って玄関を出た。

 外で風を感じたアヤノは、虫の知らせかなんなのか、今日は長くなりそうだと、漠然とそう感じたのだった。

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