やっぱり何かおかしかった①
「こんにちは、友達を探して来たんだって? 大変だったでしょこんな所まで」
そう言って朗らかに笑ったのは奥から出てきた大男だ。
外に出たら太陽の光を反射しそうなツルツルの坊主頭。
平均的な体格をした加村と比べても、二回りほど大きながっしりした体躯。
どこぞの軍隊出身だとか、何か武術の師範代で、素手でクマを倒せるとか、そんな自己紹介をしそうだとアヤノは思った。
こちらが少し尻込みするような気配を感じたのか、男はポリポリと何も生えていない頭をかいた。
「身体がでかいだけの田舎者さ、ただの店主。取って食ったりはしないよ」
いきなり訪ねてきた初対面の相手なのに、気を遣ってくれているのがすぐに分かった。
「失礼な態度、すみませんでした。私たち友達を探していまして、この写真の娘なんですけど、見覚えはありませんか?」
「どれどれ……ん~、悪いけど見たことないねぇ」
「……そうですか」
「本当にこの村に引っ越してきたのかい?」
「いえ、急に転校しちゃって、地元に帰ると言っていたことは分かったので、調べたんですけど、ここかどうかまでは確信が持てなくて」
「ふむ、地元はなんて所なの?」
「隠益村という名前のはずです」
「隠益。なるほど、この辺の地名だな」
「はい、そういう村自体はもうないみたいで、この辺りを地図で探していたときに、この集落を見つけたんです。それで、もしかしたらと」
「そうか。私はここの生まれだが、昔に隠益村っていう名前があったのかは聞いたことがない。商品の仕入れで離れた町に行くこともあるけれど、その町でも、この女の子は見たことがない。力になれなそうですまないな」
「いえ、そんな」
少しだけ繋がっていた望みが絶たれた。
もしかしたらと期待した分の失望は大きくアヤノの心を埋め尽くす。それでも諦めるつもりにはならなかった。
「大丈夫かい?」
「はい、あの、仕入れに行く町って、ここからどのくらいですか?」
「あぁ、一番近い町がそこなんだが、遠いぞ、車で一時間はかかる」
「わかりました。次はそこに行ってみることにします。ありがとうございました」
「ちょっ、ちょっと待った! 蓮実さん、まさかこれから行くつもり?」
アヤノが頭を下げていると、加村が割って入って来た。見るからに慌てている。
「そうだよ」
「いや、これ以上は無理だよ。もう夕方になってるし、このまま車で一時間かかる場所まで歩いて行ったら、着く頃にはすっかり夜中。帰るにも間に合わないし、最悪野宿だよ」
「うん、覚悟してる。だから、さっきも言ったけど加村君は帰りなよ。ここからは私一人でスミレちゃんを探すから」
「それが無茶だって言ってるんだよ! ただでさえ暑いなか歩いてここまできたんだし、これ以上は倒れちゃうよ!」
帰っていいと言っているのに、ヒートアップしている加村。心配してくれているのかもしれないが、少々押しつけがましく感じたアヤノもイライラしてきていた。
そのまま睨み合っていると、見かねたようで、店主が二人の間に入って来た。
「落ち着きなさい二人とも。今はお互いに疲労でまともな判断が出来なくなっているんだ。少し休憩が必要だろう。おい、なにか飲み物を持って来てくれ」
店主の声にすぐ反応して、おばさんは一度奥に戻って行った。
その間にも店主はレジの後ろから丸椅子を取り出して、座るように促してくる。
人前で言い争いのようなことをした恥ずかしさが襲ってきたアヤノは、素直に椅子に座ることにした。加村も同じようで、申し訳なさそうに頭を下げて座る。
すぐに奥から、お盆を持ったおばさんが戻ってきた。お盆の上には大き目のコップが二つ乗っている。
「麦茶だよ。冷えてるからゆっくり飲みなさいね」
アヤノが受け取ったコップはかなり冷えていて持っている手が少し痛くなるほどだった。
せっかくの好意を無碍にするわけにも行かず、コップを傾ける。
喉を通っていく冷たい麦茶の感覚が心地よかった。
「きっとたくさん汗をかいただろ、全部飲んだ方がいいよ」
おばさんが神妙に頷いて言った。
加村はごくごくと一気に麦茶を飲みほしている。アヤノもそれに続いてコップの中を全て飲み干した。
「よし、じゃあ二人とも。それぞれがこれからどうしたいかを言ってみなさい。ただし、聞いている方は相手を否定せずに、最後までお互いの話しを聞くこと、いいね」
学校の先生のような店主にたしなめられるまま、まずは加村が口を開く。
「俺は、このまま帰った方がいいと思います。桑野は心配だけど、手がかりが無くなった今、闇雲に探しても効率が悪いからです。一旦帰って、もう一度情報を集めて、もう一回、準備を整えてきた方がいいと、そう考えました。蓮実さんのことも心配だから」
「私は、自分の体調を把握しています。だからまだ探しに行けると、スミレちゃんの事を考えると居ても立っても居られないの。加村君に帰ってもらいたいと言ったのは、これ以上は悪いと思ったからです」
お互いの主張を聞いていた店主が深く頷く。
「うん、お互いに相手の事を考えて言っていることがこれで分かったね。どうだい、そう考えると、そんな相手にイライラするのは違うと思わないかい?」
「……はい、俺どうかしてました。ごめんね蓮実さん」
「いや、別に」
「意見が食い違っているのは、お互いが相手を考えているから、けど、お互い引けない。ならここは、私の案を聞いてくれないか」
「ご主人の、ですか?」
「うん。まず、キミたち今日はここに来ることを高校には言ってあるのかい? あぁ、友達を心配して行動しているキミたちを悪いようにはしないさ、正直に言ってごらん」
アヤノは店主の言葉に引っかかるものを感じた。
素直に教えることを躊躇して、黙って視線を下に落とす。
そんなアヤノの様子を見た加村は、アヤノを庇うようにして話し始めた。
今日はずる休みをしたこと。家族は家にいないため、特に気が付かれていないこと、本来は日帰りするつもりだったこと。アヤノは加村が説明する様子を黙って見ていることにした。
「まぁ普通の平日にキミたちがこんなところにいるから、薄々は察していたけどね。大丈夫、学校に言いつけたりはしないよ」
「す、すいません。ありがとうございます」
ほっとしたように加村が頭を下げると、店主は「気にすることはない」と加村の肩を優しく叩いて言った。
「それでね、私の案なんだが、二人とも今日はこの家に泊まっていきなさい」




