あの子のためなら訳もなかった②
早朝の新幹線とはいえ、眠る気にもなれなかったアヤノは、目的地に着くまで静かに景色を眺めることにした。
新幹線は駅を離れると、すぐに家や建物がなくなり、山の中のような場所を走り始める。止まる駅の付近だけは発展しているけれど、それも一瞬で過ぎ去ってしまう。
街中を走る電車にしか乗ったことのないアヤノには、その景色の移り変わりが新鮮だった。
乗車してから四時間ほどが経過した頃、もうすぐ降車駅に着くアナウンスが車内に流れた。
そのまま降りようかとも考えたアヤノだが、流石に悪いと考え直して、今だに眠っている加村の肩をゆする。
「もう着くよ」
「ぅ、あ、ごめん! 俺寝てた?」
「ちょっとだけね、それより降りるから」
「わ、わかった」
他の客に混ざって新幹線から降車する。
アヤノたちを乗せてくれた新幹線はまだ先まで進むようで、客を降ろしてすぐに、猛スピードで去って行った。
アヤノと加村は新幹線の改札を出て、在来線の改札に向かう。電子マネーが使えないことを考えて、発券機で切符を買った。
時刻は十一時前、ホームにはこの辺りの主要な駅だけあって、それなりの人数の人たちがいるようだった。
目的地方面の電車に乗る。車両はかなり少なかったが、幸い乗客も少なく、二人で座ることが出来た。
しばらく街中を走り、徐々に田舎特有の景色になってくると、乗客もそれに合わせて減っていいった。
一時間ほど乗ったあと、一度降りて乗り換えをする。
降りた駅は車線も少なく、田舎に来たことのなかったアヤノはこんなに狭くて大丈夫なのかと少し心配になった。加村も同じなのか「小さい駅だね」とか「人も全然いないね」とか言いながら、こじんまりとした売店でおにぎりを買っていた。
乗り換えのホームで待っていると、やってきた電車にさらに驚かされた。
たったの二両編成。
それでもガラガラで座りたい放題だった。
贅沢にボックス席を使い、向かい合って座る。
そこからまた一時間と少し、代り映えのない景色を眺めながら電車の旅を続けた。
進むにつれて、少なかった乗客もほとんどいなくなった。
止まる駅からも乗って来る人は滅多にいない。
駅員のいない無人駅も増えてきて、降車は一番前の扉からしかできなくなった。
先頭車両まで行き、降車前に運転手に直接切符を渡す方式らしい。
しばらくして、緑ばかりの景色の中に、ところどころから日差しに照らされて輝く、広大な青が見えてきたところで、長い電車の旅も終わりを迎えた。
目的の駅で降車するために席を立つ。車内にはアヤノたちの他に乗客は二人しかいなかった。
ここも例外なく無人駅のため、先頭まで行こうとすると、近くに座っていた見知らぬ老婆が声をかけてきた。
「おめぇさんだづ、ここで降りるんか?」
ギリギリ聞き取れるくらいの方言。加村は驚いたのか黙っている。
「はい、そうですけど」
「この駅の近くは何もないでな、間違いでねぇがど思ってよ」
「大丈夫です。ここが目的地なので」
「ほうが……まぁこの辺は昔ッからよぐねぇ土地だ。長いせんようにな」
地元民なのであろう老婆は、皺くちゃの顔を上げてアヤノを心配そうに見ている。
何が、どうよくないのか知らないが、その程度の情報で止まる訳にはいかないアヤノは、軽く会釈をして通りすぎた。後ろから加村も付いてくるのが足音でわかる。
ホームに降り立つと当然のように誰もいない。
ふと気が付いて、ゆっくりと離れていく電車に目を向ける。先ほど老婆がじっとこちらを見いた。
「よくない土地って、どういうことだろうね」
不安が滲んだような声で加村が聞いてくる。顔を見ると少し緊張しているようだった。
「さぁ、でもここがよくない土地で、スミレちゃんがそんな場所にいるなら、無事かどうか確かめないと気が済まない」
駅からは海がはっきりと見えた。
ただ広く、穏やかに広がっている海。
まだ遠いわりに、少し磯臭い感じがした。
「十三時過ぎ、蓮実さん、お腹空いてない?」
「大丈夫。そっちは?」
「俺はさっきおにぎり食べたから、もう一つ残ってるからさ、お腹減ったら遠慮せず言ってね。これから一時間以上歩くことになるんだし」
「ありがとう、水分補給はするから心配しなくても平気」
地図アプリを開き準備を整えてから、海への道に足を進めた。
線路わきにあった舗装された道を少し進み、集落への分かれ道を探す。
加村が見つけた分かれ道は、舗装もされていない、でこぼこした細い砂利道だった。
車一台しか確実に通れない幅の道を海に向けて歩いていく。
歩き続けるアヤノと加村を、丁度真上のあたりに来た太陽が、地面に押し付けるように日差しを向けてくる。
いい天気と言えば、その通りなのだが、気温的には夏日を超える温度になると、天気予報で見た通りの厳しい日差しだった。
直射日光を避けるためにフードを被ったアヤノ。その額とうなじを汗が流れる。
加村も背負っているリュックの跡が汗で浮き出ているのが見えた。
「暑いね、大丈夫?」
「平気」
平気とは言いながらも、火照ったように顔を赤くしているアヤノが心配になったのか、加村は自分の水筒をアヤノに向けて差し出してきた。
「飲む? 冷えてるよ」
「いい、私も水筒持ってるから」
「そっか、その黄色のパーカーは脱がないの? 結構生地厚そうだけど」
どこか残念そうに水筒を引っ込めながら聞いてくる加村に、アヤノは力強く頷いた。
「うん、脱がない」
「どうして? かなり暑いけど……日焼け対策?」
「それもある。私肌弱いから」
「それ以外も?」
「これはスミレちゃんがプレゼントしてくれた私の宝物だから」
アヤノにとってこの黄色のパーカーは大切な宝物であり、幸運のお守りでもある。
高校合格のお祝い、親がいないアヤノにサプライズでスミレが用意してくれたもの。
あの時アヤノは、嬉しすぎて受け取ったパーカーを抱きしめながら少し泣いた。
それくらい嬉しくて、おしゃれ着洗いはもちろん。クリーニングに出したりと大切に扱っている。
何度か、地味な自分には似合わない派手な黄色と思いはした。
『黄色ってさぁ、明るくて、私には幸せな感じがするの。アヤノには幸せになって欲しいから、この色を買っちゃった』
そう思う度に、照れながら黄色にした理由を話してくれたスミレの顔が、頭の中に思い浮かんだ。
そんな事を言われたら、着るしか選択肢がないのがアヤノである。着ているうちにいつの間にか、派手なのではないかとか、似合ってないのではなんて、気持ちも消えていた。
着ているだけで、スミレを近くに感じることができ、幸せな気分になれる大切な宝物。
それを着ていることを意識したアヤノは、自分の中に残っていた不安が少し霧散したきがした。
自分がスミレに嫌われてしまったのではないかという不安。
それが実際どうかは聞いてみないと分からない。
それにもし、嫌われてしまったのだとしても、スミレが無事でいてくれるのなら、それでも構わないと、心の底から思うことができた。
なんにしても、スミレの無事を直接確認する。
そう決意してフードを降ろしたアヤノ。
その目には、少し離れた場所で、海沿いにひっそりとたたずむ数軒の民家が見えていた。
長くて遠い道のりも、熱く照り付ける太陽の日差しも、スミレのことを考えれば、アヤノにとってどうということもない。




