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FINAL DAY  作者: 憂木冷
7/8

終章

 子どもたちは、囮と大人たちが喧嘩をしていた、と言っていたが、大人と言っても高校生のことだったらしい。不良と言っていいのかイマイチわからないが、見た目が派手で、囮の友達たちも何度も近くの公園で見かけたことのある集団らしい。

 同級生の子どもたちの間ではよく知られているらしく、SNSで呼びかけると、別の公園に移動した高校生集団の居場所をすぐに掴むことができた。「すごいな、もう見つけたの」と子どもたちのネットワークと情報を集める手際の良さに感心してしまう。

 ただし、手際の良さならアタシも負けてはいないつもりだ。

 子ども達と移動して、例の集団を見つけたアタシは、その高校生たちを逃さないために不意打ちで襲撃し、積み木を重ねるように一箇所に積み重ねて、一番上の一人を足で踏み押さえつけていた。

 襲撃と言っても、足を払って転ばせた程度だから、怪我はさせていないと思う。もちろん、囮が折ったと豪語していた骨については別だけれど。

 周囲を見回すと、野球のグローブやボールがカゴに入れられた自転車が数台あった。今、アタシの下で積み重なって動けないでいる高校生たちのものだ。おそらく野球でもして遊ぶつもりだったのだろう。

 アタシは、近くで立ち尽くす少年に声をかけた。先程、アタシに仕返しをしてくれと懇願した少年だ。

「ほら、囮の友達くん。それ持って来なよ」

 自転車の近くに転がる細長い筒状のバッグを指差す。

「中身出して」

 素直にバッグごと持ってきた少年に言うと、少年はその中から野球用の金属バットを取り出す。少年より先に、積み重ねられている高校生の数人が状況を察したのか、目を剥いて呻く。

 バットを握る少年に「仕返し、するんだろう?」と問いかける。

 一瞬、高校生たちがアタシの足の下から逃げ出そうと反発するが、アタシは少年を見たまま、足の力を強めて押さえつけた。

 仕返しというのなら、同じことをすればいい。

 バットで頭を殴られた囮の仕返しをしたいのならば、バットで頭を殴ってやればそれで解決だ。

 小学生の力といえど、流石にこの状況で殴られれば危険だろうか。

 武術の心得がある囮の場合、脳震盪を起こして倒れていたものの、多少は衝撃を受け流していたらしく、外傷としてもそこまでのダメージはなさそうだった。

 けれど、こんな風に動きを抑えられていれば、それも難しいだろう。

 それに、少年も相当に怒りに満ちている。

 殺意がなかったとしても、ちょっとした不運でヒトが死ぬかもしれない。

 状況を理解した少年は、息を飲みながらバットを頭上へとゆっくり持ち上げていく。

 少年は理解しているだろうか。その行為に、ヒトの命を奪う可能性があるということを。

 それとも、その認識にすら蓋をしてしまうのが、感情の力なのだろうか。

 ただ、少年が冷静な考えの中で、命を奪うということを目的に置いているのなら、彼の感情はその目的の達成のために役立っていると言える。

 自分にとって重要なことのために、自分を迷わせる常識とか規律とか、余計な判断材料に蓋をしてしまえるのなら、感情というのはとても有意義な使い方ができるのかもしれない。

 ただし、使い方を間違えなければ、だけれど。

 アタシは少年を見つめる。

 少年はアタシの足の下を見つめている。そこにある高校生の誰か一人の頭に狙いを定めて。

 頭の後ろまで振り上げたバット。その重さで少し後ろに反り返った全身に力が込められる。

 アタシには、少年が何を感じて、何を考えているのかわからなかった。

 彼は怒りに満ちている。

 それだけがアタシの認識。

 少年が思い切り振り下ろしたバットの先が硬いものに当たる鈍い音を立て、反動で空中に跳ね返った。握っていた少年の手が離れ、コンクリートの上を転がっていく。

 バットを振り下ろす一呼吸の間に、少年は息を切らし、その場にへたり込み、数秒地面を見つめたあと、

「ああああ!」

 と頭を抱えて叫んだ。

「どうしたの」

 と少年に問いかける。

 素直に、彼の気持ちがわからなかった。

「どうして殴らないの」

 コンクリートの地面に思い切り打ち付けられて転がっていったバットを眺めて、少年に問う。

 彼が怒りをぶつけたいのは、地面でもバットでもないはずだ。

「……こんな風にしたいんじゃないんだ」

「こんな風って、どういうこと」

「こんな、弱いものいじめみたいにしたいんじゃない」

 彼の目的は、仕返しをすることではなかったのだろうか。その正義感みたいなものに、彼の感情は蓋をすることはできなかったのだろうか。

 だとしたら、ヒトの感情はどんな時、役立つというのだろう。

「じゃあ、君が一対一で向かっていって、それで殴るならオーケーってこと?」

「それは。わからない」

 それ以上、少年は何も言わなかった。

 ひどく、静かな空間に身を置いている気がした。

「そう。それじゃあ。仕方ないね」

 わからない。その感覚だけは、アタシにも良くわかる。

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