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最終話 悪役令嬢の転職先は介護職。

 里の西側には、共同墓地が設置されている。

 戦火から逃れる際、全員が無事に辿りつけたわけではない。道中で亡くなったり、定住直後に緊張が解けて病気にかかり、息を引き取った者が居たのだ。

 里を見渡せる小高い丘に墓石が並び、花壇に植えられた白い花が、静かな墓所を彩っている。さわさわと風の音が静かに聞こえる中。

 慈善とラウラは花束を持ち、中央に置かれた墓石に向かっていた。

 ガーゼットの名が書かれた墓に。


「……あなたが居なくなって、もう十日も経つのね……」


 花束を置き、ラウラは墓石に触れた。

 胸に大きな穴が空いて、強い虚しさを感じる。ガーゼットが居なくなってから、彼女は毎日泣いていた。

 あの時もっと気を付けて火を見ていれば、そもそも籐細工なんてやらせなければ。幾つもの後悔が重なって、悔しさと悲しみが止まらない。また涙が出そうだ。


「今日は、泣かないって決めただろ?」

「そう、ですね……ごめん、ガーゼット」


 慈善はバスケットを出した。中には、サンドイッチが詰まっている。


「待たせたね、一緒に食べよう。君が大好きだった物を挟んであるんだ」


 小皿を出し、ラウラに渡す。勿論ガーゼットにも。

 三人で軽い食事を取り、静かな時間を過ごす。するとラウラは、膝を抱えた。


「……ガーゼットが居なくなってから、燃え尽きた感じが続いているんです。悲しすぎて、気が抜けたというのか……体がふわふわして、何も、感じないんです……」

「……うん」


 一人に入れ込み過ぎた弊害である。

 入居者や利用者を家族のように思い、接する介護士は多く居る。悪い事ではないのだが、入れ込んだ人が死去した後、そうした介護士はラウラのように呆然自失となってしまう。

 自分の好きだった人が居なくなる、その喪失感はすさまじい物だ。

 結果として退職してしまったり、最悪介護の仕事を止めてしまうケースもある。


「……命と向き合う仕事だからね。介護に携わる以上、こうした別れはこの先もずっと続くよ。……言い方は悪いかもしれないけど、俺達が相手をするのは、余命いくばくもない人達ばかりだから」

「……分かっています、それは……それでも、やりきれません……」


 ラウラは慈善にもたれかかった。


「ジゼンさん……貴方はどうして、耐えられるんですか? ガーゼットが居なくなってからも、平然と仕事を続けているし……悲しくないんですか?」

「悲しいに決まっているだろ。でも、ずっと泣いてばかりで、ガーゼットが喜ぶのかい?」


 彼女は、笑って旅立った。彼女なりに、満足した人生を過ごしたのだ。

 なら、自分達は前を向き続けなければならない。ガーゼットが悲しまないように。


「介護はね、心を救うのが仕事なんだ。それは、生きている人だけに限らない。旅立ってしまった人の心も、助けなくちゃいけないんだ」

「…………」

「俺は、そう思ってこの仕事を続けている。じゃないと……空に顔向けが出来なくなるから」

「? 誰ですか、その人」

「俺の妹だよ。もう、十何年も前に亡くなっているけどね」


 慈善は少しずつ、自身の過去を話し始めた。

 火事で両親を喪った後、彼の妹、慈善空は入院生活を続けていた。

 煙を多く吸ってしまい、肺をやられてしまったのだ。元々体が丈夫でない空は酷く衰弱し、日に日に弱っていた。


「少しでも元気づけようと、毎日見舞いに行ったよ。でも、まだ十歳そこそこの子供に出来る事なんか、何もなくてね」


 空が居なくなった時の事は、今でも思い出せる。


『ダイにぃ……私、幸せだよ……だって、ダイにぃに、見送って、貰えたから……』


 そう言って、空は居なくなった。ガーゼットのように、笑顔を見せながら。


「父さんと母さんを見殺しにした上、空にも何もしてやれなかった。それが悔しくて、悲しくて。それで俺は、最初は消防士になろうと思ったんだ。もう俺の家族のような人達を出さないようにね」

「じゃあ、どうして介護士になったんですか?」

「きっかけは、十四の時かな」


 中学の職業体験で慈善は、特養に向かった。当初慈善は、介護に対していい感情を抱いていなかった。

 どうせ四,五年以内に死ぬ連中ばかり、そいつらのためにどうして働かねばならない。そう思って行ってみたら、軽い衝撃を受けた。


 もう長く生きていられないはずなのに、高齢者達は皆楽しそうに過ごしていた。それが不思議でつい、ある老婆に死ぬのは恐くないのか? と尋ねてしまった。

 いくらなんでも、酷い物言いだ。だけどその問いに老婆は、笑顔で答えてくれた。


『死ぬならせめて、人らしく死にたいでしょ。だから今を、楽しみたいの』

「……その言葉を受けて、頭を殴られたような気がしてさ。消防士も勿論立派な仕事だよ、でも、消防士は体を助けるのが仕事で、心までは救えない。そう思ったら、空は最期、とても悲しそうな顔で死んでいったような気がしてね」


 本当に妹のような人を出したくないのなら、体ではなく、心を救える人間になるべきでは?

 そう感じてから彼は、介護士になる事を選んだ。空にしてやれなかった事を、今度こそ成し遂げるために。


「これが俺の、介護士をしている原点なんだ。この仕事はさっきも言った通り、心を救う仕事。空のような人を、救う仕事なんだよ」

「……それが、今のジゼンさんに繋がっているのですね」


 ラウラはガーゼットを見つめた。

 自分はなぜ介護士になろうと思った? ガーゼットの死にどう向き合えばいいのか、そのヒントが見えた気がした。

 サンドイッチを完食し、ラウラは立ち上がる。


「……ガーゼットが居なくなったのは、とても悲しいし、辛いです。だけど、ガーゼットは私に、大事な物を残してくれました」


 慈善と同じだ。彼女のような、悲しむ人を助けたい。もうこんな辛い思いを、誰にもさせたくない。


「いつまでも落ち込んでばかりじゃ、ガーゼットに顔向けが出来ません。だから、もう泣くのはおしまいにします。じゃないと、ガーゼットに心配されちゃいますから」

「うん、その通りだ。それに、ガーゼットが言ってただろ。ちゃんと、ここに居るって」


 胸を叩き、慈善も立ち上がる。

 二人で墓石を綺麗に磨き、手を合わせる。

 彼女のためにも、前を向こう。もうこんな思いをしないために。

 涙を拭き、ラウラは歩き出す。

 気のせいかもしれないが、ガーゼットに背中を押されたような、そんな気がしていた。


「ラウラ、戦争が終わったら、この世界で一緒に、介護事業を広めよう。ガーゼットのような子を、二度と出さないために」


 慈善はラウラの手を取り、そう言った。


「俺の居た世界には、ガーゼットのような悲しい思いをしている人が沢山いたんだ。介護職は、その人たちを救うために存在する、尊い仕事でもある」

「……ええ、それは私も、感じます」

「だろ? でも、この世界の福祉事情はあまりにも、拙すぎる。それがとても、悔しいんだ。俺は、変えてみたい。この世界の福祉を。そのためには、一人じゃ無理だ」

「だけど、一緒ならきっと、出来るはずですよね」


 慈善は頷いた。


「戦争がいつ終わるか分からない、でも止まない雨はない。だからその時は、よろしく頼む。この世界で出会えた、愛しい奥さん」

「……はいっ! これからもよろしくお願いします、異界から来た、頼もしい旦那様」


 二人は手を握り合うと、空を見上げた。

 まだまだ世界は不安定で、多くの困難が二人を待っている事だろう。

 だけど、慈善とラウラならきっと乗り越えられる。この異世界に、介護の手を広げる、その時まで。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

道中、いくつかの伏線を残したままの完結にしてしまい、申し訳ございません。


 ただ、結末に至るまでの経緯が中々構想できず、それに伴ってモチベーションもダウンしてしまったため、このまま放置するのもいたたまれないので、一旦ここで打ち切りという形で完結をさせて頂きます。

 楽しみにされていた方には、非常に残念な結果となってしまいましたが、一つの作品を作った者として、完結と言う最低限の責任は果たせたかと思います。


 今後とも、私の作品をよろしくお願いいたします。それでは。

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