三粒目
日中は苛烈に焼き、夜はその温もりを微塵も見せないのが、砂漠の太陽だ。日が沈むに合わせ、すとんと気温も落ちていく。
シャスカの家は貧しい。日中は日差しを遮るのに使っていた、ボロボロの麻のマントでなんとか体を包み、帰り道を急いでいた。
冷えた空気は透明だ。砂漠の夜もそう。無数の星が、奥行きのある夜空に散らばっていた。
あまりに夜空が綺麗だったから。シャスカの頬に、涙が伝った。
家は日干しのレンガで作った壁と、その上にしっかりと布を張っただけの粗末な造りだ。同じような建物が並んでいる、貧民街の端っこの方にある。
「ただいま」
葦の茎を束ねてぶら下げた暖簾をかき分け、家に入った。コルミーが混ざった、普通の砂に覆われた床を、裸足でぺたぺたと歩く。一室しかない家の中。ジャスパは既に、毛布にくるまって眠っていた。
「お帰りなさい」
部屋の隅にわだかまる闇の中から、細い声で女性が応えた。
「お母さん……起きてて大丈夫なの?」
「シャスカが頑張ってくれているのに、私が先に寝るなんて出来ないわ」
どこか頑なな母の声に、シャスカは諦めたように首を振った。
闇に紛れるように、足元に張ってある紐と鳴子をまたぎ越して、母の近くに寄った。母に今日稼いだお金を渡し、夕食の分の黒パンを受け取る。素焼きの椀で、水瓶から掬った水を飲んだ。ざりりとした感触こそないが、どことなく砂臭い味がする。疑問も不満も抱かない。シャスカが知っている唯一の水が、これだ。
ずっと、夜の時間が続けばいいのにな。
体という風船に、重たい砂を詰め込んだような疲労で崩れ落ちそうになりながら、シャスカはぼんやりと考えていた。
夜が好きなのは、唯一逃げられる時間だから。
太陽がいない時間だから。
空が高いから。
仕事をしなくてもいいから。
母の顔が見えないから。
やけに遠慮がちな母の気配を感じながら、食事を終えたシャスカはもう一杯だけ水を飲んで、毛布にくるまった。
今日もバラシュ兄は帰ってない……。
母の静かで深い呼吸を聞きながら思い出したのは、シャスカの五つ上の兄のことだった。戦士になりたいと言って出て行ったきり、帰って来ない。もう、二年になっただろうか。
兄が家を出て二年。
母が病気になって一年。
家には、ほんのちょっとの蓄えはあるのだ。あと少し。あと少しこの生活を頑張れば、弟のジャスパには勉強させてあげられる。ジャスパがきちんと祭祀階級になれれば、母に薬を買ってあげられる。
終わりのない茫洋としたものでは無く、シャスカの目には、将来が映っていた。
考える力無き者は、砂漠では生きられない。




