表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コルミー  作者: シン
11/11

一一粒目

 身寄りのないシャスカは、しかしコルミー拾いで一応の生計を立てることはできていた。少しずつ金は貯まっていくが、それは、怪我や病気をするだけであっという間に飛ぶような額だった。「親切な」近所の男性は、シャスカに「母と同じ仕事をすれば楽に稼げるのに」と助言をした。

 教育を受けておらず、専門技能も持っていない少女が生きるには、砂漠は厳しすぎた。一生を安心して暮らせるような職がない。ついこの前までは、思い描いた未来に向かって頑張れていたのに、急に虚無の現実が立ちはだかった。


 未来はない。


 そう思ったときだった。思い出したのは、東洋の島国にいる獣――虎だった。シャスカはなぜか、囚人の昔話の中で、虎の話に惹かれた。虎そのものへの憧憬かもしれない。もしくは、命溢れる密林への羨望か。

 全てを失った少女の中で、黄色い獣が動き始めた。

 硬いパンを買い、獣臭い革袋に水を詰めた。思いついたときには、もう体が動き出していた。


 ――東へ行こう。外の世界へ。


 夕日がきつく差し込む、西の門から。茜色の光に目が眩んだ門番の隙をするりと突いて、シャスカは街の外に出た。

砂漠の街、マイルーン。振り返ってみると、真っ青な砂漠の中にぽつんと煤けた色が取り残されていて、なんとも寂しそうに見えた。

 シャスカは歩き出す。砂丘を、見渡す限りのコルミーの上を。




 アジャパという青年がいた。彼は戦士階級の見習いだ。見習いとはいえ、マイルーンの街を守る、誇り高き戦士である。

 弓の腕が良く、駱駝に乗りこなすことも出来た。足りないのは実績だけだった。

 アジャパは、見習いを卒業し、立派な一人前の戦士になるまでは家に帰らないと決めていた。それは、家族への見栄でもあるし……娼婦の家、という出自を馬鹿にされないように、という意地でもあった。


「アジャパ、仕事だ。弓を用意しろ」

「はい!」


 頭からすっぽりと白い布を被った男がアジャパを呼ぶ。男はアジャパの指導をしている、高名な戦士だ。アジャパにとって、男に武芸を教わっていることはなによりの自慢だった。

 強い張りの短弓と、黒羽の矢を差した矢筒を手に、男の後を追う。黒い矢羽はアジャパのお気に入りだった。妹の名前が、この羽を落とす鳥の名前なのだ。

 西の門の近くの城壁に上り、外の砂漠を見下ろした。男が逆光の先を指差して、言う。


「人影が見えるか」


 直接の姿は見えずとも、低い陽から伸びた長い影が、コルミーの上にはっきりと落とされていた。


「はい。影ならば」

「街から無断で抜け出した者だ。掟通り、射て殺す」

「俺が呼ばれたのは」

「そうだ。お前に、実績を得る機会を与えよう。この距離から、あの影の先を射よ」

「はい!」


きりきりと、弓を引き絞る。肩が押し負けぬよう、肘が曲がらぬよう強く張り、ぴたりと影の先に狙いを定める。

 ――戦士として、絶対に一人前になってみせる。それで、そうしたら、家に帰ろう。母は元気だろうか。妹は怒るだろうか。弟はどんな顔をしていたかな。

 キンッと弦が離された。込めた願いの力だろうか。放たれた矢は、赤と青の境目を真っ直ぐに飛んで行った。






 九死に一生を得てマイルーンの街に辿り着いた吟遊詩人は、すぐに民衆の間で人気者になった。彼が情感たっぷりに歌い上げる命と炎の歌は、砂漠の人々に多くの共感を呼んだ。

 歌の中で出てくる、黒い羽を携えた救いの手について、砂漠の人々は「あの鳥のことだろう」と噂した。吟遊詩人が議員として元老院に招かれるころには、「あの鳥」が幸せの象徴になってしまったほど、その歌は流行った。


 マイルーンの隅っこの貧民街で、一人の女性が息も絶え絶えになりながら、赤ん坊を産み落とした。

 朦朧とする意識の中で、女性は渡された赤ん坊を抱きしめ、呟いた。


「この子はシャスカ。幸せの鳥の名前よ。絶対に幸せにして見せるから。体を売ってでも……」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ