一粒目
頂いた原案を元にした、中編連載。
詩人が頭からすっぽりと被ったフェルトのマントは、青く煌めいていた。
夕日が地平線にすら背を向けた、薄墨色の時間。コバルトブルーの砂漠は、風一つなく、しんと静まり返っていた。自分の心音がやけに響く静寂の中、詩人は渇いた喘ぎを漏らした。
いつの間に、この砂漠はこれほど広くなったのだろう。
詩人は足元の透き通った青い砂に目を落とした。ゴワゴワとした毛皮のブーツに、細かな粒子がところ狭しと絡まっている。重たくなった足を振って、詩人はまた歩き出す。
コルミー。それが、青い砂の名前だ。半透明の美しいコバルトブルーの、小さな結晶。
コルミーが広がるこの砂漠は、以前詩人が訪れたときには、ただただ美しい大海原だった。今となっては……美しき、絶望の地だ。
広い。遠い。終わりが見えない。昔は一日も歩けば街についた。なのに、三日歩けども果てがない。
喉が渇いた。血の味がするほどに渇いた。腹が減った。己の血の香りすら食欲をそそるほどに飢えた。体が冷えた。夜の砂漠は、眠気を誘うほどに詩人の体力を奪った。
もう、俺はここまでかもしれない。
砂丘の頂点に立った詩人は、足元で仰向けに寝転がる少女と目が合った。
人に会えた。それだけで、詩人の心は踊った。凍りつこうとしていた生が蘇る。
砂漠の民特有の、長いまつ毛の少女は、微笑んでいるように見えた。
「助けて……くれ」
震える声で救いを求める。しかし応える声はない。よろめきながら歩み寄った詩人は、少女の前で膝をついた。
細い首、突き立った黒羽の矢、血に染まったコルミー。少女は焦点のあわない目で、虚空に微笑み続けていた。
「あ、ああ、死んで……いる」
恐怖か悲しみか、ただ寒かっただけか。詩人の歯がかちかちと鳴った。
亡骸の頬に触れるが、冷えた指先では何も感じられない。詩人は震える指先で、少女の瞼を閉ざした。
すまない、すまないと繰り返し呟きながら、詩人は少女の荷物を漁った。乾いた黒パンを口に運び、むせ返る。口元を左手で抑え、右手で少女の腰の革袋を引っ掴んだ。獣臭い水で口を潤し、酸っぱいパンを腹に流し込む。獣のように貪ってから、詩人は一つ、ため息をついた。
血を浴びたコルミーは、溶けて赤紫の泥となって横たわっていた。
コルミーは、ただの美しい砂ではない。水には溶けず、草木も生えず。そう言えばただの砂のようだが、決定的な違いがある。コルミーは、塩水にだけは溶けるのだ。そして、塩水に溶けて泥のようになったコルミーは、燃える。藁よりも容易く引火し、炭よりも長く燃える。
詩人は少女の骸を抱き上げ、溶けたコルミーから少しだけ離して置いた。力の抜けた体は、いっそ哀れなまでに軽かった。
火打石にナイフの背を打ち当て、火をつける。ほわり、と空気を押す軽い音と共に、薄青い炎が上がった。砂漠の寒気に痛めつけられた体を癒す、コルミーの温もり。そして、立ち上る死の香り。
名も知らぬ少女に救われた詩人は、誓う。少女の故郷に、砂漠の都市に届けようと。
塩無き海の、水無き海の、命と炎の歌を。
それが、詩人にとって精いっぱいの恩返しだったから。
さらさらと。さらさらと。
砂丘からこぼれ落ちたコルミーは少女の体を覆っていく。
眠りに落ちた詩人と少女を、青い炎が照らしていた。




