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5 人との遭遇

水場から離れて進むうちに、足元の分からない場所が増えていった。


同じ森なのに、少し違う。


水場の近くなら、どの木の根が邪魔で、どの場所が滑りやすいのか、少しは分かっていた。

何度も通ったから、嫌でも覚えた。


でも、ここはまだよく知らない。


太い根が、思ったより高く地面から出ている。

避けたつもりの枝が、肩に引っかかる。

茂みの葉は、通り抜けたあともしばらく服に触れていた。


「……歩きにくい」


小さく呟いて、私は足元の根をまたぐ。


拾った木の実は、服の裾を軽く結んで作った小さな膨らみの中に入れてある。

ちゃんとした袋ではないから頼りないけれど、両手がふさがるよりはましだった。


私は枝を避けながら、少しずつ前に進む。


水場から離れる前は、木の間隔が広く見えた。

だから、少しは歩きやすいかと思った。


でも、見えていた部分だけで判断するものではないらしい。


地面の柔らかさも、枝の高さも、茂みの向こうに何があるのかも分からない。


分からない場所は、面倒だ。


そして、少し怖い。


私は立ち止まり、後ろを振り返る。


もう、水場は見えなかった。

水の音も、かなり遠い。


完全に聞こえないわけではない。

でも、さっきよりずっと頼りない。


「……戻るなら、今かな」


言ってから、すぐに嫌な気分になった。


戻りたいわけではない。

戻れば楽だと思っただけだ。


知っている場所に戻れば、水はある。

少なくとも、どこに座れば少し休めるのかくらいは分かる。


でも、そこに戻ったところで、布団はない。

屋根もない。

獣が来ない場所になるわけでもない。


私は息を吐いて、前を見る。


木々の間は、まだ続いている。


森の外があるのかどうかも分からない。

本当にこっちで合っているのかも分からない。


けれど、分からないから戻る、を続けていたら、たぶん何も変わらない。


「……面倒」


本当に面倒だった。


進むのも面倒。

戻るのも面倒。

考えるのも面倒。


でも、何もしないのが一番困る。


私は服の裾の結び目を軽く確かめて、また歩き出した。


少し先の木の幹に、深い傷がついていた。


私は思わず足を止める。


爪で引っかいたような跡だった。

一本だけではない。

何本も、斜めに重なっている。


新しいのか古いのかは分からない。

でも、木の皮がめくれたところは、まだ乾ききっていないように見えた。


「……やだな」


近くに何かがいたのかもしれない。


そう思うと、足が少し重くなる。


私は周りを見回した。


地面にも、踏み荒らされたような跡があった。

土がえぐれて、枯れ葉が散っている。

同じ場所を何度も行ったり来たりしたみたいに、草が倒れていた。


獣が通った跡。


たぶん。


それも、一匹だけではない気がした。


私は息を浅くする。


遠くで、低い声のような音が聞こえた。


唸り声かもしれない。

木がきしんだ音かもしれない。


どちらにしても、あまり聞きたい音ではなかった。


水場から離れれば、少しは獣も減るかと思っていた。


でも、そうではないらしい。


どこへ進んでも、森は森だった。


「……外、どこ」


当然、答えは返ってこない。


私は木の傷から目を離し、もう少し先を見る。


木々の隙間から、少しだけ明るい場所が見える。

そこが本当に開けた場所なのか、ただ枝が少ないだけなのかは分からない。


でも、今はそこへ向かうしかなかった。


私は足元を確かめながら、一歩ずつ進む。


枝を踏まないように。

根に引っかからないように。

近くの茂みが揺れたら、すぐ隠れられるように。


前より、少しは森の歩き方を覚えた。


けれど、覚えたからといって、森が優しくなるわけではない。


木の傷。

荒れた土。

遠くの低い音。


進むほど、森の落ち着かなさが近くなる気がした。


私は口を閉じて、耳を澄ませる。


水の音は、もうほとんど聞こえない。


代わりに、知らない葉擦れの音が近くなっていた。


葉がこすれる音。

どこかで枝が沈む音。

遠くから聞こえる、低い鳴き声のようなもの。


一つ一つは小さい。


でも、重なると落ち着かない。


私は足を止めずに、木々の隙間から見えていた明るい方へ進む。


近づけば、少しは開けた場所に出られるかもしれない。

そう思った。


けれど、明るく見えたのは、ただ枝葉の隙間が少し広かっただけだった。


空が見えるほどではない。

道があるわけでもない。


「……だめか」


小さく呟いて、私は肩に引っかかった葉を払う。


そのとき、少し先の茂みが揺れた。


私はすぐに足を止める。


風ではない。


葉だけではなく、枝ごと内側から押されている。


近くの木に身を寄せて、息を浅くする。


茂みの奥から、黒っぽい影が見えた。


大きい。


私は身体を小さくして、木の陰に隠れる。


影は、こちらへまっすぐ来るわけではなかった。

茂みの間をゆっくり進んで、途中で止まる。


しばらく動かない。


それから、急に少しだけ向きを変えて、また止まる。


何かを探しているようにも見える。

でも、探しているにしては、動く場所がばらばらだった。


鼻先を下げたまま、同じあたりを何度も確かめる。

かと思えば、何もなかったように顔を上げる。


耳が何度も動いていた。


森の奥へ向けて。

それから、反対側へ。

また森の奥へ。


どこを気にしているのか、獣自身にも分かっていないみたいだった。


「……何してるの」


声に出したつもりはなかった。


でも、自分でも分かるくらい小さな息が漏れた。


獣は気づかない。


それどころか、こちらを見ることもなく、ふらりと別の方へ歩き出した。


歩き方が変だった。


急いでいるわけではない。

けれど、落ち着いてもいない。


一歩進んで、止まる。

耳を動かす。

また進む。


それを何度か繰り返して、獣は茂みの奥へ消えていった。


葉の揺れる音が遠ざかる。


私はまだ動かなかった。


眠らせる必要はなかった。

見つかってもいない。


それはよかった。


でも、安心はできなかった。


あの獣は、私を探していたわけではない。

何かを追っていたようにも見えない。

どこかへ逃げているようにも見えなかった。


ただ、森の中で、行き先を決められずに動いているように見えた。


「……変」


この森にいる獣が、全部ああなのかは分からない。


でも、最近見かける獣は、どこか落ち着かないものが多い。


眠らせる前から、妙に耳を動かしていたり。

眠っている途中で、足先をぴくぴく動かしたり。

何もない場所を気にするように、同じところをうろうろしていたり。


前からそうだったのかもしれない。


私が気づけるようになっただけかもしれない。


でも、やっぱり。


この森は、前より落ち着かなくなっている気がする。


私は木の陰からゆっくり離れた。


獣が消えた方には行きたくない。

かといって、戻るのも嫌だった。


私は少しだけ向きを変えて、木の隙間を選びながら進む。


足音を小さくする。

枝を踏まない。

茂みが揺れたら、すぐ隠れる。


やることは、前より分かっている。


分かっているのに、気は楽にならない。


むしろ、分かることが増えた分だけ、嫌なものも増えた気がする。


「……早く抜けたい」


小さく呟いて、私は口を閉じた。


森の中でそんなことを言っても、森が道を開けてくれるわけではない。


それでも、言わずにはいられなかった。


私はまた耳を澄ませる。


さっきの獣の気配は、もう遠い。


遠くで鳴き声がする。

葉が揺れる。

枝がしなる。


その中に、別の音が混じった。


私は足を止めた。


枝を踏む音。


草を分ける音。


最初は、また獣かと思った。


私はすぐに近くの木に身を寄せる。


でも、違う。


音が、一つではない。


いくつかの足音が、近い場所を進んでいる。


ばらばらに走り回っているのではない。

何かを探るように、一定の距離を保ったまま動いている。


私は息を止めて、さらに耳を澄ませた。


葉擦れの奥で、かすかに硬い音がした。


石ではない。


もっと乾いていて、短い音。


何かと何かが、軽く触れ合ったみたいな音だった。


獣の足音ではない。


獣の息でもない。


私は木の陰に隠れたまま、動けなくなった。


森の中に、この森では聞いたことのない音が混じっている。


それが、少しずつ近づいてきていた。


私は木の陰に隠れたまま、耳を澄ませた。


音は少しずつ近づいてくる。


獣の足音なら、もっと重い。

それか、もっと不規則だ。


走ったかと思えば止まり、土を掻いたり、鼻を鳴らしたりする。


今まで聞いてきた獣の音は、だいたいそんな感じだった。


でも、これは違う。


いくつかの足音が、近い場所を進んでいる。

離れすぎず、近づきすぎず、同じ方へ動いている。


「……なに」


私は木の幹に背中を寄せる。


足音が一つではないだけで、嫌な感じがした。


獣が何匹もいるのかもしれない。

そう思っただけで、喉の奥が少し詰まる。


けれど、聞けば聞くほど、何かが違った。


葉が揺れる。

枝が折れるほどではない。

草が分かれる。

地面を踏む音が、短く続く。


それからまた、硬い音。


かしゃり、と小さく鳴った。


石ではない。


木でもない。


もっと薄くて、乾いた音だった。


私は息を止める。


その奥で、別のものが聞こえた。


「――……」


小さい。


葉擦れに混じって、すぐに消えた。


でも、ただの音ではなかった。


私は思わず、少しだけ顔を上げる。


もう一度。


足音。

草を分ける音。

硬い音。


その間に、短い声のようなものが混じった。


「……?」


今のは。


聞き慣れているはずなのに、この森に来てからずっと聞いていなかったもの。


小さくて、途切れ途切れで、意味までは分からない。


それでも、獣の鳴き声とは違う。


唸り声でもない。

鼻を鳴らす音でもない。

威嚇する声でもない。


言葉だった。


たぶん。


「……人の声?」


自分で呟いてから、胸の奥が少しだけ跳ねた。


人。


こんなところに。


私は木の陰から、音のする方を見ようとした。


でも、すぐには動けなかった。


人の声がした。


それは、たぶん良いことのはずだった。


この森で、ずっと一人だった。

水の音と、葉擦れと、獣の気配ばかりだった。

誰かの言葉なんて、聞くことはないと思っていた。


だから、人がいるかもしれないと思った瞬間、少しだけ身体の力が抜けそうになった。


けれど、足は前に出なかった。


相手が何人いるのか分からない。

何をしているのかも分からない。

こちらに気づいているのかも分からない。


急に出ていけば、驚かせるかもしれない。

追い払われるかもしれない。

危ない相手かもしれない。


そもそも、まだ姿も見ていない。


「……見るだけ」


私は小さく呟いて、木の陰に身を寄せ直す。


出ていくのは、あとでいい。


まずは、何が近づいてきているのか見る。


足音は、もう少し近くなっていた。


葉の向こうで、誰かが何かを言った。


今度は、さっきより少しだけはっきり聞こえた。


言葉の意味までは、まだ分からない。


でも、人の声だ。


私は胸の前で手を握る。


嬉しいのか、怖いのか、自分でもよく分からなかった。


ただ、目を離すことはできなかった。


私は白い髪が木の陰から出ないように、少しだけ身を低くする。


葉の隙間から、音のする方をそっと覗いた。


葉の隙間の向こうに、人影が見えた。


一人ではない。


木々の間を、何人かが並んで進んでいる。


数えると、四人いるように見えた。


私は息を止めたまま、目だけでその姿を追う。


獣ではない。


二本の足で歩き、服を着て、言葉を交わしている。


人だ。


本当に、人がいる。


そう分かった瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。


けれど、その安心はすぐに止まった。


先頭を歩いている人の背中に、大きな剣のようなものが見えた。


腰に短い刃物を下げている人もいる。

杖のようなものを持っている人もいる。

歩くたびに、金属のような硬い音が小さく鳴った。


さっき聞こえた音は、たぶんこれだ。


武器。


人はいた。


でも、武器を持っている。


私は木の陰に身を寄せ直した。


「フィル、先に出すぎるな」


落ち着いた声が聞こえた。


先頭の人だろうか。

はっきりとは見えないけれど、指示を出し慣れている声だった。


「分かってるよ、団長。でも、この辺り、やっぱり変だよ」


別の声が返る。


少し明るい声。

けれど、完全に気を抜いている感じではない。


「足跡の向きがばらばらです。縄張りを守っているというより、あちこち動き回っているように見えますね」


今度は、もう少し静かな声だった。


私は聞こえた言葉を、頭の中でゆっくりなぞる。


足跡。

縄張り。

動き回っている。


たぶん、この森の獣の話をしている。


この人たちは、森の様子を見に来たのだろうか。


「フェン、他の反応は?」


「近くに大きいものはありません。ただ、小さい反応や弱い反応が多くて、少し見づらいです」


「……油断はできないな」


声が近づいてくる。


私は思わず、木の幹に背中を押しつけた。


人がいる。


言葉が分かる。


それだけなら、声をかけてもよかったのかもしれない。


でも、相手は複数人いる。

全員、森の中を歩き慣れているように見える。

武器も持っている。


助けてくれる人かもしれない。

でも、そうじゃないかもしれない。


私は服の裾の結び目を押さえた。


木の実が中で小さく動く。


その音すら、今は大きく聞こえる気がした。


「アリメルさん、これ、普通の魔物の動きじゃないですよね?」


明るい声が、少しだけひそめられた。


魔物。


その言葉には、聞き覚えがあった。


神様が、この世界にはそういう危ない生き物がいる、と少しだけ話していた気がする。


でも、それが今まで見てきた獣のことだとは、あまり考えていなかった。


外の人たちは、あれを魔物と呼ぶらしい。


「ええ。少なくとも、いつもの報告とは違います」


今度の声は、柔らかいけれど、真面目だった。


「森の外へ出ている個体がいる時点で異常です。原因が分からない以上、無理に奥へ踏み込みすぎるのは危険ですね」


「でも、放っておくわけにもいかない、か」


「そういうことだ」


短いやり取りだった。


それだけでも、この人たちが何かを調べに来ていることは分かった。


森がおかしい。


それを、この人たちも知っている。


私は唇を結ぶ。


なら、声をかけたら助けてもらえるかもしれない。


人のいる場所を知っているかもしれない。

森の外へ出る道を知っているかもしれない。


けれど。


先頭の人の背にある大きな剣が、葉の隙間から見えた。


短剣を持った人が、周りを探るように視線を動かしている。

杖を持った人は、何かを確かめるように目を細めていた。


近づいたら、どうなるのだろう。


声をかけた瞬間、武器を向けられるかもしれない。

追い払われるかもしれない。

何をしていたのか、どこから来たのか、いろいろ聞かれるかもしれない。


答えられることは、あまりない。


森の外がどこかも分からない。

この森の名前も知らない。

自分がどうしてここにいるのかも、うまく説明できる気がしない。


私は服の裾の結び目を握ったまま、息を浅くする。


今、動くのはよくない。


「……どうしよう」


小さく呟く。


声を出すべきか。

隠れたまま、やり過ごすべきか。

もう少し様子を見るべきか。


逃げる、という考えも少し浮かんだ。


でも、逃げたところで、この森の中だ。

また獣の気配を避けながら、外がどこかも分からないまま歩くことになる。


それは嫌だった。


かなり嫌だった。


私は木の陰から、もう一度そっと覗く。


人影は、さっきより近い。


声も、足音も、硬い音も、はっきり聞こえる。


通り過ぎてほしくない。


でも、呼び止める勇気も出ない。


私は服の裾の結び目を握ったまま、動けずにいた。


眠らせる。


そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。


獣なら、それでどうにかなった。

近づいてきた相手を眠らせれば、逃げる時間くらいは作れた。


でも、今近づいてきているのは人だ。


それに、一人ではない。

何人もいる。


全員が眠るとは限らない。

一人でも起きていたら、たぶん危ない。


そもそも、人に向かっていきなりそんなことをしていいのかも分からない。


私は小さく息を吐いた。


やめよう。


少なくとも、今すぐは。


「……団長」


明るかった声が、急に小さくなった。


私は肩を揺らす。


「どうした、フィル」


「あの木の陰から、視線を感じた」


木の陰。


その言葉だけで、背中が冷たくなった。


私は反射的に、さらに身を低くする。


葉が少し揺れた。


まずい。


動かなければよかった。


「何かいるのか?」


「分かんない。でも、魔物にしては気配が弱い」


足音が止まった。


さっきまで近づいていた音が、ぴたりと止まる。


それだけで、周りの森の音が急に大きく聞こえた。


「フェン」


落ち着いた声が、短く誰かを呼んだ。


「確認します」


静かな声が返る。


そのあと、ほんの少しだけ空気が変わった気がした。


何かが、こちらへ薄く広がってくるような。

見えないものが、葉の間を通っていくような。


気のせいかもしれない。


でも、背中のあたりがむずむずして、私は動けなくなった。


「……いますね」


静かな声が言った。


「木の陰に、小さい反応が一つ」


反応。


それが何のことなのかは分からない。


でも、向こうが見ている場所は、私が隠れている場所だった。


ばれた。


そう思った瞬間、心臓がどくんと鳴った。


「魔物か?」


「違うと思います。少なくとも、大きな魔物の反応ではありません」


少し間が空く。


「たぶん、人です。大きさからすると、子供かもしれません」


森の中が、また静かになった。


子供。


その言葉のあと、向こう側の声が一瞬止まった。


私も、自分のことを言われているのだと分かった。


「子供? こんな場所に? 本当?」


明るい声が、信じられないというように言った。


「なんですか。私の探知を疑っているんですか」


静かな声が、少しだけ不満そうに返す。


「いや、そういうわけじゃないけど……」


「なら、そういうことです」


短いやり取りのあと、先頭の人が低く息を吐いた。


「……子供が一人。しかも、こんな場所にか」


その声には、驚きと警戒が混じっていた。


「……アリメルさん」


「ええ。まずは刺激しないようにしましょう」


足音が、少しだけ近づいた。


一歩。


それだけで、私は木の幹に指を押しつける。


逃げるなら、今かもしれない。


でも、どこへ。


前には人がいる。

後ろには森が続いている。

走れば音が出る。

追われたら、たぶん逃げ切れない。


私は動けなかった。


「そこにいるのは分かっている」


先頭の人の声がした。


強い声だった。

怒鳴っているわけではない。


でも、隠れ続けるのは無理だと分かる声だった。


「こちらに敵意はない。出てこられるか?」


出てこられるか。


そんなことを言われても、困る。


出ていけるなら、最初から隠れていない。


私は返事をしようとして、喉がうまく動かないことに気づいた。


声が出ない。


「団長、怖がってるんじゃない?」


「だろうな。無理に近づくな」


その言葉のあと、金属の音が少しだけ鳴った。


私は思わず肩を跳ねさせる。


「武器を下げろ。刺激するな」


先頭の人が、低く言った。


すぐに、硬い音がいくつか小さく続く。


武器を構え直した音なのか。

下げた音なのか。


私にはよく分からない。


でも、すぐに襲ってくる感じではなかった。


「大丈夫だよ」


少し明るい声が、今度は柔らかくなった。


「急に近づいたりしないから」


私は木の陰に隠れたまま、息を浅くする。


見つかった。


もう、隠れていないことにはできない。


でも、出ていくこともできない。


助けてくれるかもしれない。


それなのに、足は少しも動かなかった。


私は木の幹に背中をつけたまま、葉の向こうにいる人たちを見た。


向こうも、こちらを見ている。


森の中で、誰もすぐには動かなかった。

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