たとえば僕が死んだら
僕は、僕が死んだら悲しんでくれる人たちの為に、生きています。
こんなことを言うと、何だか偉そうですね。
本当は、ただ死ぬのが怖いから、生きているだけなのに。
でも、本心でもあるんです。
幸せなことに、僕が死んだら悲しんでくれるだろうなって人の顔が、何人か思い浮かびます。
調子に乗れば、何十人と思い浮かべることも出来ますが、相当調子に乗らないといけません。
とにかく、その人達の顔を思い浮かべると、包丁を手放すことが出来るし、屋上へと向かう足取りは重くなるし、電車のホームで余計なことを考えられなくなるんです。
こんなことを言うと、未遂でもしたことあるのか、と思われるかもしれませんが、一度もありません。
怖いから、したくもありません。
ただ、全部ちょっと考えたことあるだけです。
ありふれた妄想ですね。
すみません。
謝るの変ですかね。
口癖なんですよね。
大人なら、申し訳ございません、って言えなきゃ駄目なんですけどね。
駄目人間なので、すみませんって言っちゃいます。
死ぬときも、すみませんって言ったら面白いですかね。
死ぬんですけど、すみません。
おかしいですね。
それを聞いた、僕を看取ってくれる人たちは、どんな顔をするのでしょう。
ひかれますかね。
それとも、笑うんですかね。




