55.「見ろ、チャーシューがラフレシアのようだ!」 ~ 神戸のラーメン ~
「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもので、幼い頃に身についた性質はそうそう変わらないもの。私にとっては漫画「コブラ」への熱烈な愛がそれだ。「サイコガンは心で撃つもんなんだぜ」とか、「まてよコブラ、その運てえやつに負けた時はどうするんだ」と言われたときに返した「笑ってごまかすさあ!」のような名言を必死になって暗記してた少年時代から現在に至るまで全くもってブレてない。おかげで「左腕にサイコガンを仕込みたい」と本気で思っているのだが、残念な事に令和の今になってもサイコガン移植手術は確立していない。まあ、仮にサイコガン移植が可能になったとしてもその手術に対する健康保険の適用はなさそうなので、貧乏人の私には届かぬ夢。しょうがないので代わりと言ってはなんだが、コブラの永遠のライバルであるクリスタル・ボウイがプリントされたウイスキーグラスで晩酌をする日々だ。
このように私のコブラ愛は衰えを知らない。
そしてコブラ愛と同様に変わらないのがラーメンへの向き合い方。それを簡潔に表現するならば「美味いラーメンは麺とスープだけで完結する」だ。これが私のラーメン哲学であり、それを更に具体的に言い表すなら下記の2つとなる。
①・・・余計なトッピングは極力不要
②・・・凝ったチャーシューはお断り
まずは①から説明したいのだが、その前に筆者の生まれ育った環境について少し。
私が生まれ育ち、幼少期から少年期まで過ごした西日本の更に西の地方は日本最強の袋麺である「サッポロ一番 みそラーメン」ではなく、「うまかっちゃん」が常にインスタントラーメン売場の特等席を確保していた豚骨文化圏。必然的に街のラーメン屋さんのほとんどが豚骨ラーメンのお店だ。そしてそこで提供されるのは基本的にチャーシューとネギが乗っているだけの、最低限のトッピングしかないラーメン。ゆで卵、キクラゲ、メンマ、もやし等を食べたければ追加注文しなければならないのだが、そもそもそれらを用意してないお店も多かった。トッピングに対しての意識がかなり低い地域と言わざるを得ないだろう。
飽食のこの時代、このようにトッピングの少ないラーメンを「貧相」と感じられるラーメン喰いも多くおられる事だろう。確かに器一杯に乗せられた豪華絢爛なトッピングに魅せられる気持ちも分かる。しかし、この貧しきトッピング文化の中で育ってきたからこそ、千利休の「侘び寂び」の精神に通ずる慎ましやかな美味しさに私はより心惹かれる。ゆえに余計なトッピングがない方が有難いと思う次第だ。
とは言っても、例外もある。それは「チャーシュー」だ。私の体、具体的には右大胸筋の通称・アンディと、左大胸筋のフランクがタンパク質を欲している時は追加のチャーシュートッピングが不可欠。そしてそのチャーシューに関するのが②の「凝ったチャーシューはお断り」となるわけだが、これに関しても「筆者の考えは時代に逆行しているのは自覚している」と前置きさせて頂いた上で述べさせて頂きたい。
「チャーシューは出涸らしに限る」と。
そう、スープを取った後に再利用された、あの安っぽい感じのチャーシューこそ私にとっての至高のチャーシューだ。
これはあくまでも豚肉をスープの材料に使うラーメンに限定させてもらった上での話だが、昔ながらの出涸らしチャーシューはラーメンの調理工程の合理化の産物らしい。それまではスープとチャーシューを別々に作っていたのを「寸胴へ他の材料と一緒に豚肉のブロックを入れればスープ作りとチャーシュー作りが同時に出来るじゃん」と、同一工程にしてしまった結果として生まれたそうだ。スライスしたそれをそのままトッピングするお店もあれば、タレに付け込んで一手間かけるお店もある。いずれにせよ本来焼き豚であるチャーシューを煮豚にする大胆な発想だ。
この昔ながらのズボラ手順で出来上がったチャーシューは往々にしてスープに旨味を排出しているので味がほぼ無い上、食感もパサパサしがちだ。高確率で歯に挟まるし、それを排除しようにも爪楊枝程度では対処しきれないので「あったらいいな」でお馴染みの小林製薬の糸ようじが必要になる。正直、これが嫌だという知り合いも結構いる。
だが、私的にはそれが良い。
お肉のクセに旨味がゼロのペラペラチャーシューは単体で食べたらほとんど味がしない惨めな存在。なのに、スープや麺と絡めた瞬間にどこから湧き出てきたのか不思議なほどの美味しさが迸る。数学的にはゼロに何を掛けてもゼロなのに、薄切りペラペラチャーシューはスープや麺を何倍、何十倍も美味しくさせてくれる、まさにラーメンにおけるワイルドカードだ。
そしてこれと真逆の概念がそれなりの食材と凝った技法で調理された「厚切りトロトロチャーシュー」だ。店主が時間と労力、そして情熱を注いで作った、トロトロでホロホロでウマウマなこいつらが美味しいのは認めざるを得ない。こいつをテイクアウトして晩酌のあてにしたらきっと最高だろう。ビールが進むに違いない。
ただ、偏屈な中年男性から言わせてもらえばラーメンに乗せるのは違う。その最大のデメリットはぶ厚いので麺に絡めながら食べる事が出来ない事。ペラペラなチャーシューなら麺を啜る工程の中に組み込めるが、厚切りはその工程を一時中断し、それを噛むことに専念しなければならない。これは致命的な欠陥だ。私は啜るという行為の中に美と幸福を見出している。その行為と相容れない厚切りチャーシューはどうにも好きになれないのだ。やはりラーメンのチャーシューは出涸らし、かつ、出来るだけ薄くスライスして麺と一緒に啜れるやつが望ましい。
さて、ここで急にラーメンの話からSNS上の危機管理の話になってしまい恐縮だが、実はこのエッセイを読んで下さっている某ブラザーの個人情報を私はSNSで収集している。具体的な手順は彼の「〇〇ラーメン食べました!」なんて投稿をスクショし、ネットで調査・分析だ。「美味そうですね」なんてコメントをしてる裏でまさか個人情報の中でも最も重要な「ラーメンに対する嗜好」を丸裸にされているとは某ブラザーも気付いていないのだろうが、SNSとは便利な反面このように危ないものでもある。皆様も気を付けよう。
彼の投稿を分析した結果、どうやらこってりとしたラーメンを好む濃厚属性のようだ。私と味覚が近いらしい。そして必ずビールを頼むのも特徴だ。「仕事帰りにラーメン屋で一杯」なんて風流な事をさも当たり前かのようにやっているところを見ると、紛れもなく洗練されたラーメン喰い。まず間違いなく「信用できる男」だ。そんな彼が通っているお店を数件ピックアップし、更に絞り込みをかけた結果、どうやら神戸周辺はかなり熱いラーメンスポットである事が判明した。
早速、新幹線チケットとホテルを予約し、それから神戸グルメをネットで検索。内山田洋とクールファイブの「そして、神戸」の知識しかなかったのだが、思った以上にご当地名物が多くてテンションが上がる。牛すじ肉やこんにゃくを甘辛く煮た「ぼっかけ」や、言わずと知れた「明石焼き」、更に一度本場で食べてみたかった「そばめし」まであるではないか。それに追い打ちをかけるかのように色んなチェーンが進出している食の激戦区。間違いない、神戸は食のパラダイスだ。
嬉しさのあまり情熱的なサンバを踊ってしまいそうな状況なのだが、実はこの旅行は1泊2日の強行軍。非常にタイトなスケジュールだったので素直に喜べない自分がいた。
4食しか食べれないのでラーメンを優先するなら必然的にご当地グルメを諦める事に。しかし、神戸まで行って「明石焼き」や「そばめし」を食べないなんて事が許されるのだろうか。非常に難しい決断だが、私もラーメン喰いとしての矜持がある。ここはご当地グルメへの邪念を捨て、麺とスープに向き合うべきだろう。
こうして可能な限りラーメンに注力すると決意し、神戸へと向かった。
JR三宮駅に降り立った筆者が一目散に目指したのは某ブラザーのSNSに頻繁に出てくる「神戸ラーメン 第一旭」の元町本店。ちなみによく耳にする「神戸ラーメン」だが、実はそんなジャンルは存在せず。「第一旭」が取った只の登録商標でしかない。この不可思議な状況を簡単に説明させて頂くと、本来京都発祥の「第一旭」が神戸で店舗展開する際に「神戸ラーメン」を商標登録したからとの事。ただ、同店が神戸市民に愛されている事実に疑いの余地はない。
店内に入るなり私の中のゴーストが「この店は当たりだ」と囁く。何故ならモンゴル相撲の試合会場と言われても不思議でないほど床やテーブルが油でぬるぬるしているから。「スリップ注意」の張り紙があるくらいだ。しかし、それこそが店内でスープを炊いている証拠。経験上、こういったお店でハズレを引く確率は稀。期待感は既にビンビンだ。
着席し、メニューを確認。「ネギ、モヤシ、メンマのシンプルな醤油ラーメンにチャーシュー少々入り」と書かれている「サービスラーメン」が目に入ったが、その説明文はどうにも謙遜し過ぎだ。写真を見る限りそこら辺のラーメン屋さんの1.5倍から2倍のチャーシュー量。サービスにも程があるというやつだ。そして「チャーシュー麵」に至っては完全に狂気を孕んでいる代物。薄切りなれど大ぶりなチャーシューが丼のふちを沿うように配置されていて、世界最大の花(※諸説あり)であるラフレシアさながらの様相を呈している。ムスカ大佐がこれを見たら「見ろ、チャーシューがラフレシアのようだ!」と高笑いしそうなほど。何という邪悪なラーメンなのだろう。
とりあえずサービスラーメンを注文。着丼したラーメンを目視確認すると麺は私好みの細目のストレートで、スープは醤油ベースを想起させる色合い。昔ながらの中華そばのような印象を受けるが、よくよく見るとスープの表面が力強く脂ぎっている。ワンパク系ラーメン喰いとしては嬉しいポイントだ。そしてトッピングはネギとチャーシュー、もやしとメンマ。もやしとメンマは余計に感じるものの、郷に入っては郷に従え。文句なんか言わずに食べさせて頂きます。お店が築いてきた伝統に従うのが謙虚なるラーメン喰いだ。
まずはスープから頂く。醤油系のラーメンに対する経験値が浅いので、関東の昔ながらの中華そばらしいホタテ感を想像してたが、これは全くもって違う。露骨に獣感が漲っている。脂ぎったそのヴィジュアルを裏切らない攻撃力だ。その獣じみたスープを麺と一緒に啜り上げると渾然一体とした美味さが口の中に広がる。
そしてチャーシュー。これも私好みの「出涸らし感」が堪らない。スープと麺のコンビネーションにこいつを加えて啜るとまさに至福だ。どうやら、ブラザーの舌に間違いはなかったようだ。
麺の残りも半分ほどになり、後半戦に入ったので「もやし」を残してはいけないと思い、そいつを絡めて食べ始めたのだが、あれ?シャキシャキ感が実に心地よいではないか。控えめに言って爆発的な美味さだ。
私のように素晴らしい性格のナイスガイは素直に己の非を認める事が出来るもの。どうやら「もやし」に関しては経験値の浅さからくる誤解だったと認めざるを得ない。これはトッピング必須の代物。トッピングに「もやし」が必須なラーメンもこの世にあるという事だな。
故郷からはるか遠く離れた神戸。前川清が歌ってたこの地で私の知見は更なる広がりを見せた。
第一旭を堪能した翌日。宿泊先の元町から電車に乗り、大倉山駅まで。歴史や文化に主眼を置いた上での「神戸らしいラーメン」として第一旭と並んで挙げられる「神戸の中華そば もっこす」の総本店に足を運んだ。実はここが今回の旅の本命だ。
筋金入りのラーメン好きは歳を取ると「人ならざる能力」がその身に宿る。それは写真を見ただけでそのラーメンが自身の好みか否かを判別する力だ。当然、私にもその力が宿っている。それゆえに某ブラザーのお気に入りである「もっこす」の写真を一瞥しただけで分かった。「絶対にこれは私好みのラーメンだ」と。
「もっこす」も第一旭と同様、一歩足を踏み入れただけで名店だと分かる雰囲気を携えていた。昭和レトロをビンビンに感じさせる内装は長い間に渡り競争激しい飲食業界をサバイブしてきた証。信頼できるエビデンスだ。
第一旭で修行した人が創業した「もっこす 総本店」。確かにその流れを汲んでいるので第一旭と同系統のラーメンだが、「豪快さ」とか「荒くれ度」でいくとこちらの方が遥かに上。熊本弁で「頑固者」を意味する「もっこす」の名に相応しいやんちゃ振りだ。基本メニューの「中華そば」ですら一般的なラーメン屋さんのチャーシュー麵よりも遥かに量が多い「攻撃的チャーシューシフト」が敷かれている。その証拠にデフォルトでラフレシア状態だ。チャーシュー麵に至ってはまさに圧巻。チャーシューで丼に蓋をしたような塩梅なので麺やスープ、ネギやもやしが一切見えない有様。この圧倒的な豚肉の物量はプレデター(肉食動物)にこそ相応しい。
そして、第一旭には「チャーシューが適量」のサービスラーメンという逃げ道があったが、もっこすにそんな弱気なメニューは存在しない。もっこすを食べようと思うのなら真っ向から大量のチャーシューと向き合わなければならない。
実際に食してみて感じたのは第一旭同様、如何にも醤油然とした見た目よりからは想像も出来ないワイルドネス。これはあくまでも私の嗜好だが、完全に第一旭の上位互換だった。
ラーメンとは難しい食べ物で、いくらスープが美味しくても麺が自身の嗜好と合わなければ心の底から美味しいと思えない。その点、もっこすは最高のマッチング。自家製ストレート生細麺なのだが、これは完全に私のストライクゾーンど真ん中。それを獣じみた野蛮なスープに絡めて頂くと「パワー!」と叫びたくなるほど美味い。旅行の後にHPで確認してみたら「野菜と豚足を圧力釜で仕上げた豚足しょうゆ味」と記載してあった。「豚骨しょうゆ」は食べた事あれど、「豚足しょうゆ」は生まれて初めて。どうりで第一旭よりも獣感が強いわけだ。
麺とスープだけでも充分すぎる満足感なのに、執拗に乗せられた出涸らしチャーシューや、すでに私の中で神戸のラーメンに欠かせないトッピングとなっている「もやし」も控えている。私好みの麺に脂ぎったスープを絡めて食べ、更にチャーシューを絡めて食べ、追い打ちをかけるように「もやし」を絡めて食べる。もうどうにかなってしまうほど幸福なラーメン体験だった。
こうして一泊二日の強行日程で行われた神戸ラーメン紀行は終了。美味いラーメン、それも今までのラーメン観を一新するようなとびっきりのブツに出会えた幸福な旅だった。もし、昔の私のように「もやし不要論」を唱えるブラザーがいらっしゃるのなら是非とも神戸へ。そして「第一旭」か「もっこす」を食べに行って欲しい。貴方が私と同じように素直に己の非を認める事が出来るナイスガイならきっと「もやし」を肯定出来るようになるはずだ。
何にせよ、神戸ラーメンを食べに行くきっかけを作ってくれた某ブラザーに感謝だ。今後も魅力的なラーメンの写真をアップしてくれたら私的にも非常に助かるので、健康診断に引っかかるまでラーメン屋に通いまくって欲しい。
さて、最後にお願いしたい事が1つ。それは今後も「筆者の意見がコロコロ変わっても指摘しない」で頂きたい。今まで散々「余計なトッピングは極力不要」と熱く主張してきた人生だったが、読んで頂いた通りこのザマだ。今回は55話目なので、この調子ならひょっとしたら87話目あたりに「厚切りトロトロチャーシュー最高!」なんて言い出すかもしれない。きっと心優しいブラザーの皆様は見て見ぬふりをして下さると思うが、さすがにその変節ぶりにちょっとイラっときて「ペラペラチャーシューはどこにいったんですか?www」なんて辛辣なコメントが来る可能性もゼロではないだろう。もし、そうなったら・・・尊敬するあの人の名言で切り抜けるしかないな。
「笑ってごまかすさあ!」




