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黒い八咫烏の背に乗って


間一髪で避けられたのは美女のおかげだ。


彼女は私の肩を掴み引き寄せてくれていた。


「ちっ、もうバレたか。悪いけど一緒に来てもらうよ。どのみち顔を見られたんじゃ、いずれ狙われる。巻き込んですまないね」


「へ? え? うおっ!?」


「悲鳴が可愛げないねえ」


すいません生まれる時に落っことしてきました、という私の反論は、突然身体が空高く舞い上がったことで吐き出されずに飲み下された。


美女が私を抱え込んでその上えらい跳躍をしたのだ。推定何メートルだろうか。二桁いってるかもしれない。何しろ白い雲が近いし。オリンピック選手も真っ青な健脚だ。突風で一気に乾燥肌である。


「ヤト!!」


美女が叫ぶ声が耳元で響く。鼓膜が破けそうですが我慢します。それに腰を抱いてくださっているのは良いんですが腹肉に食い込んでおりますよぐえええ。


いえそれより前方から巨大な黒い飛翔物が向かってきてるんですが。あれ何ですか。ってえええでっかいカラス!?


ぎゃおう、ぎゃおうとお返事しながらどえらいスピードで姿を現したのは真っ黒い羽毛が艶やかに虹色に光るカラスだった。かなり巨大だ。そのうえ足が三本ある。日本の神話に登場する『八咫烏』がもしも現存したらこんな感じかな?といったデザインだ。


それは空を真っ直ぐにこっちに向かって滑空していた。


「ああああの! アレって何なんですか!?」


「あれはアタシの使い魔、ヤトよ。奴から距離を取るには速さが必要だから来てもらったの。今からあの子に乗って移動するから」


「せ、選択の余地は」


「死んでもいいならあるけど」


にっこり。そう形容するにふさわしい絶世の微笑みというカウンターを受けた私は頷くしかなかった。だって今も下から光の矢みたいなのがビュンビュン飛んできているし。状況は全くわからないがこれは絶対に駄目なやつだと思う。あと風が強すぎて目がドライアイでかなり痛い。


「言う通りに致します!」


「ふ。物分かりがいい女は助かる」


ほぼ一択しかない回答を慌てて口にしたらニヒルな笑みで返された。

って貴女も女性ですよね? と思った一瞬、なぜか美女の表情がどこか男性っぽく見えた。


骨格がゴツくなり、目元もやや力強さが増したような……しかしすぐにそれは掻き消え、目前までやってきた黒い巨大カラスに私の眼球は釘漬けになる。


でかい。綺麗。すご。

とあまりの迫力に語彙力が消える。


「気の良い奴だから、あまり怖がらないでやってーーー」


「かっ……可愛い!! 君に乗れるとか! 最高か! 私レイナ! よろしくねヤトちゃん!」


美女が言い終わるより先に巨大黒カラスに挨拶すると、何となく通じたのか「ぎゃおっ!」と返事をしてくれた。


うおい可愛いなお前おい。


あまりの愛らしさに状況を忘れてにやけてしまう。

そんな私を見て美女はなぜか目を丸くしていた。

何だ?


「嘘。人間嫌いのヤトが挨拶するなんて……! 貴女、レイナって言ったわね。もしかして人間じゃないの?」


大変心外な台詞を吐きながら、美女がヤトと呼んだカラスを口笛吹いて自分の方へ誘導していた。超跳躍でスカイダイビング状態なのに器用なことだ。


「失敬な。私はどこからどう見ても、百歩譲って人間です!」


「譲らなきゃいけないの……」


日本語がおかしいのは重々承知だがあの愚兄妖怪の妹として生まれた私は果たして真っ当な人間と言えるのだろうか。まだせめて人でいたいぞ私は。いやまあ社畜ではあるがな。


「まあいいわ。名乗るのが遅れたけどアタシの名前はディーダよ。ちょうどいいから街まで送ってあげる。真っ直ぐ行けばわりと大きなところがあるから」


「それはありがたいです。よろしくお願いしますディーダさん」


「ああ。……こっちもその方が都合が良いしな」


「え?」


「いえ何でもないわ」


時々口調が男っぽくなる気がするのだが癖なんだろうか? まあ何でもいいか、と思ったところであれ? 今気付いたんだがなぜに言語が通じているのだろうか。とふと思考が止まった。


本当に今さらである。


私はずっと日本語しか喋っていないはずだ。なのにディーダさんの言葉が普通に理解できるし話も通じている。


どうなってるんだこれは。あれか。異世界転移でよくある神様的要素でも含まれているのか。


だったら出て来い神様。この私が仏様に代わって成敗してくれるわ。こちとら仏教だぞ。


「レイナ、百面相してないでヤトに乗って。たてがみ掴んで離さないでね。落ちたら確実に死ぬから」


「承知しました!」


そんなことを考えていたらディーダさんからお利口にも足元で翼広げて「どうぞ」状態になっている巨大怪鳥に搭乗を促された。というか背中に向けて投げられた。パンツスーツのお尻がぽすんと音を立てて黒く光る羽毛の上に落ちる。全然痛くない。素敵。


扱いは雑だけど。


「ヤト、悪いが全速力で頼む」


ディーダさんは軽々とヤトの背に飛び乗ると、腰元についているポーチから長い紐を取り出し黒い首にかける。手綱だ。


「ぎゃおう!」


「うおっ!?」


ディーダさんの声掛けに大きく返事を返したヤトは雄々しい両羽をバサリと翻し、空高くへと飛翔した。その反動で落っこちそうになった私は慌ててヤトの羽を引っ掴んでしがみつく。


「―――まだ殺られてたまるかよ」


「おおお、落ちるっ! ってディーダさん何か言いました?」


「別に。ねえ、レイナ。貴女アタシがエルフだって気づいてる?」


一瞬、風に紛れて不穏な単語が聞こえた気がしたけれど、話題を変えて誤魔化されてしまった。しかも、ディーダさんはおもむろにそんな話をし始める。


ええもちろん気づいておりますよ。だってお耳が尖っておりますもんね。金髪碧眼美女ってくればこりゃあ○ードス島ですかい? とでも言いたくなりますよねオタクとしては。永遠のエルフ美女として日本史に名を刻んだ女神様を忘れるわけがない。


「お耳の形でそうだろうなとは。やっぱりエルフの人って美人が多いんですねえ。眼福です」


「美人って……そっか。貴女別の世界から来たって言ってたものね。なら知らないとしても不思議ではないのかしら。それとも演じてるだけかしらね?」


「演じる……子供時代の演劇では切り株の役しかしたことないですね」


「それは気の毒ね……」


ああ青春の古傷が抉られてしまった。仕方がない。私という存在はあの愚兄のせいでとにかく気配を殺そうと必死だったのだ。おかげでついたあだ名が黒子。ほくろと同じ漢字で呼ばれる身にもなってほしい。


ともあれ、ヤトちゃんが高く飛んでくれているおかげか、地面から何本も追いかけてきていたはずの光の矢は一本も見えなくなっていた。ちなみにここまで終始矢は飛んできていたけれどすべてディーダさんが薙ぎ払ってくれていた。

あれは一体何だったんだろうか。

先程ディーダさんが一瞬見せたのと随分似ているけれど。


聞かないのも変かと思い、先ほど聞いた単語も相まって思い切って聞いてみることにする。


「言いたくなければ良いんですけど、ディーダさんは追われているんですか?」


「……ちょっと厄介ごとを抱えててね」


数秒だんまりをしてから、ディーダさんはそう答えてくれた。


けれど顔はこちらには向いておらず、真っ直ぐヤトが飛ぶ方向、つまり空の彼方へと視線は注がれている。


うむ。やはり美人だ。だが時々どこか男っぽい気配がするのはなぜだろうか。


私は愚兄とそのオタク仲間達、あんどとある事情のために男性全般が苦手なので鼻は良い方だ。だがディーダさんはどっからどう見ても絶世の美女である。なにしろ巨乳だし。スイカが二つお胸についている。肩は凝らないのだろうか。


私もD程度はあるが背中に大陸移動しかけているのでパッと見はBくらいにしか見えない。寄せて上げるエンゼルなブラは私のエンゲル係数では無理なのだ仕方があるまい。


「レイナ、貴女が別の世界から来たっていう話、今は一応信じてあげる。まあ半分くらいわね」


「あ、ありがとうございます!」


それから、ディーダさんは道すがら(空すがら?)この世界について教えてくれた。


まず今私がいる国がヴァースと呼ばれていること

大地には海や森があり、環境においては現代の地球とよく似ているらしいこと。

ただ衣食住を営んでいるのが人間の他にエルフ族、獣人族、妖精族などで、他に昨日のケルベロスのような魔物など多種多様な生物が存在していることなど。


「―――人間の街には騎士団があるから、さっきみたいな魔獣に襲われることは滅多にないわ」


「それは安心しました。次会ったら確実に死ぬ気がしますし」


「あのくらいならアタシが倒してあげるわよ」


「マジですか。ディーダさん女神。最高。嫁にしてください」


「嫁って……そういうことを軽々しく言うもんじゃないわよ」


私の立候補にディーダさんはなぜかしゃくとり虫でも噛み潰したような渋苦い顔をした。そんなにおかしなことを言った覚えはないのだが。

にしても美女は心意気も美しいようだ。もし私に百合属性が合ったら惚れていたかもしれん。だが百合は花である。花は愛でるものと相場が決まっているのだ。



と、まあこうして、私とディーダさんの短い旅が始まったのであった。


―――ついでに。


これは私的余談だが、巨大犬型生物とその子犬版を倒してくれたのはディーダさんですか、とか、一体誰に追われてるんですか? とかの最重要な事は、今は聞くとまずい気がしたので、置いとくことにした。


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