6-12「エミール、あんまり追い詰めたら多分憤死しちゃうよ」
こんなに突然にエミールと会う予定ではなかったユーフェミアは、あわあわと震えていた。
どこかに隠れたいけれど、ここにあるのは大きなピアノだけ。あとは側に休憩用のガーデンチェアーが一応置いてあるだけなので、どこにも隠れられない。
逃げ出したいが、退路はエミールが塞いでいる。
病み上がりのユーフェミアには、完全無欠のパーフェクト超人エミールの脇をすり抜けられるわけないので、完全に逃げ道はない。
それでも発熱時よりは冷静だったので、枕もクッションも投げない。いや、手元にあったら投げていたかもしれないので、ある意味セーフである。
逃げ場がないユーフェミアは、両手で顔を覆った。
エミールの顔を見れないし、自分の顔を見られたくなかったからだが、それ以外にどうしたらいいのか分からない。
「ユフィ? ユーフェミア」と、心地の良いテノールが自分の名前を呼んでくれるたびに、ユーフェミアは心が温かくなるのと同時に羞恥でいっぱいになる。
溢れてくるのは、好ましいとか、愛おしいだとかの感情だ。
ユーフェミアにとってこの恋は、何度も言うが未亜だった時から数えても初めての恋なのだ。
自覚したばかりの恋心が、嬉しさと気恥ずかしさと、どうしようもなく溢れる恋情に振り回されてぐちゃぐちゃにされた。自分の名を呼ぶテノールが嬉しくて、だからこそどうしていいか分からなくなる。
「おちついて、おちついて」と心の中で繰り返すユーフェミアの隣に、エミールは当たり前のように腰かけた。
近すぎるその距離に、ユーフェミアは思わず「ひっ」と悲鳴をあげそうになってしまう。
「エミール、あんまり追い詰めたら多分憤死しちゃうよ」
「それは困るなぁ」
「それじゃあ、はい」と、エミールはユーフェミアに自信作のストールを、ひらりと頭にかぶせた。
火鼠の毛を紡いだ夏糸で編まれた真っ白なそれは、ストールというにはユーフェミアを包めるほど大判だった。
光沢のある白い糸は、ストールの縁に行くほど淡い紫で染められていて、編み目の模様は貴族の持つものにしてはシンプルだったが、縁の際に立体的に編んだ花がセンス良く咲いている。
編み物をはじめて四日で仕上げた初心者の作品だと言われても、誰も信じないだろう。
ユーフェミアは目を白黒させた。
ほのかに暖かなストールをまじまじと見つめて、おそるおそるエミールをうかがい見る。
「……こ、これは?」
「快気祝いにどうぞ。こう見えて火鼠の毛を織り込んでるから暖かいでしょう?」
「君の手助けになると思って」と言葉を添えられて、ユーフェミアは少しだけ落ちついた。
「火鼠の毛を?」
「うん、冷えると大変だって聞いたから。これなら、きっと君の助けになる。そうでしょう?」
「……」
まとったストールを、するりと腕に絡める。
ほのかに暖かいそれは、確かにユーフェミアの為になるもので、ユーフェミアのことを想って贈ってくれたことがありありと分かる。
それが逆に、ユーフェミアに冷静さを取り戻させた。
「あ、ありがとう、ございます」
と、照れた顔をストールで隠しながら、ユーフェミアは精一杯お礼を言う。
受け取れませんとは言えなかった。
ユーフェミアを想って贈ってくれたことを、今のユーフェミアは否定できないし、どうしようもなく嬉しくて、嬉しくて、嬉しかった。
そうして冷静になってきた頭が、あまりも無礼で失礼な態度を自覚させ、ユーフェミアは慌てた様子で、さらに言葉を重ねた。
「その、すみません。
動揺してしまったせいで、言うのが遅くなりました。
倒れてしまってすみませんでした、面倒見てくださってありがとうございます」
「おかげさまですっかり元気です」とユーフェミアははにかんで笑った。
そんなユーフェミアを慈愛の瞳で見つめながら、エミールは「元気になってくれてよかった」と言いながら、ストールの端を手に取ってそっと口づける。
頭から被っているせいか、ストールが自身の髪の延長戦のように思えてユーフェミアの心がドキリと音を立てた。
愛の告白に似たその行為に、ユーフェミアの心臓がバクバクと鳴り出す。
それでも平静を装えたのは、王太子妃教育のおかげである。ので、ゴミ屑王太子の事は許さないが、王太子妃教育は良い経験だったと、ユーフェミアは意識を飛ばす。
意識を飛ばさないと、エミールの隣にいられなかった。
走って逃げだしたくなる衝動に耐えながら、ユーフェミアは更に言葉を重ねていく。
「倒れた上に気が狂ったせいで、その、ご迷惑をおかけしました」
「全然、気にしないで。僕の方こそごめんね、疲れていただろうに連れまわしてしまった」
「いえ、そんな……エミール様のせいでは……」
気が狂ったのは恋を自覚したせいなので、全然全くエミールは悪くない。
だからと言ってそれを正直に言えるわけはもちろんないので、ユーフェミアはバツが悪くなって視線を反らす。
重ねて言うが、ユーフェミアは無自覚に告白済みであるので、エミールは彼女が視線を合わせてくれない理由を正しく理解している。
そのため、本来なら誤解しかねないこの態度も、ただ単純に愛しくて愛しくてたまらない。
事前にカインに「今のユーフェミアを自分勝手に抱きしめたら死ぬと思ってほしい」と言われていなければ、抱きしめてぎゅっとして、そのまま自室に連れ帰って口づけの雨を降らせていただろう。
耳元で愛を囁いて、真っ赤になって恥ずかしがるユーフェミアを腕の中に閉じ込めていたに決まっている。
だって実質両思いなのだから、エミールはこれらの行為はギリギリセーフだと思っている。だって未婚約だけど、どう考えても両思いなのだ。
恋人に触れたいのは当然の感情だ。
けれども、カインに「死ぬと思ってほしい」と真顔で言われ、知恵熱を出して倒れてしまった彼女を知っているので、精一杯我慢している。
エミールは愛しい番の為なら堪えることができる立派な竜なのだ。
それに、どうしたって両思いでも、ユーフェミアにはまだその認識がない。
故に、エミールが無茶をしたら、「死ぬと思ってほしい」が本当になるかもしれないので、エミールはおとなしくしていることにした。
そんな風にエミールが思っているとは思わないユーフェミアは、気まずそうに視線を反らしながら、それでもなんとか会話をしようとしている。
健気で可愛いとしか、エミールには思えない。
「ただでさえ、お世話になっているのにご迷惑のかけ通しなのです、何か……その、お礼をしたいのですが……」
「お礼? 何でもいいの?」
「私にできる範囲でなら」




