5-37 「えみーるのばーかばーか。ぽんこつ竜王!」
お久しぶりです。
とりあえず今回の更新分数話で、多少進展します。
手を繋ぎながら、ユーフェミアとエミールは三度アレクシオの街を歩く。
今日は割と手を繋いで歩いているはずなのだが、ユーフェミアはさっきから急に顔をあげられなくなっていた。
今すぐ手を振りほどいて逃げ出したい気持ちで暴れたくなっているのに、その手を振りほどきたくないと、心が囁いてやまない。しっちゃかめっちゃかで狂ってしまいそうになる。
ようやくの思いで、手を繋いでる相手を窺うように仰ぎ見れば、視線が交わったエミールが「ん?」と首を傾げた。
さっきまでの、あの何とも言えない照れた顔とは違う、いつもの余裕がある腹立たしい笑顔のはずなのに、ユーフェミアの心がまたきゅんと鳴る。
(いやいや、さっきは確かに可愛いと思ってしまったけれど……これは恋じゃないわ。
全然恋なんかじゃない。
全然全く、これっぽちも恋じゃないわ。
殿方をかっこいいと思って恋に落ちるならまだしも、可愛いと思って落ちるなんてありえないでしょう、きっと普通じゃない!
大体私は恋に落ちてないし!!)
などと思いながら、ユーフェミアは首をぶんぶんと振る。
恋愛偏差値0点でポンコツのユーフェミアにはまだ理解できていないことだが、男性のカッコよさに惹かれて恋に落ちるならいいが、可愛いに惹かれて恋に落ちると更に根が深いというのはカインの持論だったりする。
が、それを教えてもらうのはこのデートが終わってからの話だ。
一方エミールは、ユーフェミアがおかしなことになってるな? とは思いつつも、まさか自分がユーフェミアの恋愛対象という意識の縁に明確に立ったなどと、全く思っていなかった。
彼は人の心が分からない人外であるが、感情の機微に聡いはずである。
なのに、まさかユーフェミアが先程のエミールの照れ顔で落ちかけているなどとは、全然まったくピンときていない。
むしろ、ユーフェミアの様子がおかしいことに「さっきの演奏で興奮しすぎて情緒がおかしくなってるのかな? 可愛いけど大丈夫?」などと、ちょっと心配している有様である。
そんな二人を後方から、ぱたぱたと羽をはためかせて見守っていたカインは、相変わらずのチベスナ顔だった。現状、場を理解しているのは彼だけである。
ジャンルとして両片思いは大好きだが、こんな焦らしプレイですらない別方向にポンコツな両片思いで、長期連載はごめんである。短編にしてほしい。
「砂糖吐きたい」
「君いつから砂糖なんて吐けるようになったの?」
「砂糖精製できるって知れたら、高値で売れそうだね。カインが」などとエミールに言われ、「うるさいよ!!! えみーるのばーかばーか。ぽんこつ竜王!」と悪態をつくしかできない。
ディシャール……というより、この世界において砂糖は高級品である。
一昔前より入手しやすくなったが、一般的な調味料というよりは高級志向の貴族向けの調味料なのでそんな会話になるのだが、カインが言いたいのはそう言うことじゃない。
かといって、ポンコツが加速しているユーフェミアがいる前で、「ユーフェミアがエミールの事好きになったみたいだから、ガンガンせめて結婚しろ」などと言えない。
短い付き合いだが、恋愛事でユーフェミアに直球を投げてはいけないことは分かっている。
負けず嫌いで恥ずかしがり屋なこの少女に、面と向かって言えば拗れる。間違いなく拗れる。
拗れるだけならまだしも、拗れた末に「おうちかえる」と言い出して、王都に帰ってしまったら目も当てられない。
今更逃すようなエミールではないと分かっているが、間違いなくカインは八つ当たりとばかりに首を絞められるだろう。
痛覚はないと自称するカインだが、絞められたいわけではないので、この展開は遠慮したい。
(っていうか気がつけよなぁ……。なんでユーフェミアのポンコツうつってるんだよ)
なんて思うが、気がついたら気がついたで、エミールはユーフェミアに「ねぇね。ユフィ、僕の事好きなの?」とか言いだしそうで、カインは何も言えない。
羞恥心という地雷の上で、小気味よくタップダンスを踊るようなことを、平気でするだろうと思われているエミールなのでこれはしょうがない。不可抗力である。
さて、そんな風にカインをやきもきさせている二人は、微妙な空気のままではあるもののアレクシオの街の散策を続けた。
祭りにざわめく街を、2人はちょっとした距離感のまま手を繋いで歩く。
途中大道芸を披露する道化師を横目で見たり、雑貨の出店を覗いては公爵令嬢が求めるには安価な、それでいて職人の芸が細かい木製の髪飾りを手に取ってみたり、 飴細工の屋台で可愛い竜の飴を作る実演販売を見たりと、思い思いに寄り道しながらだが、ユーフェミアは立ち止まるたびにエミールの顔を見ては、何とも言えない感情に引き続き支配されていた。
胸がぐるぐるして、気恥ずかしさにどういう顔をしていいか分からなくなってしまって、エミールの顔がこちらを向けばつい背けてしまうのに、その横顔に惹かれてやまない。
人はそれを、きっと恋のときめきだと言うのだろうけれど、未亜として生きてユーフェミアとして生きる現在に至るまで、恋などしたことが無いユーフェミアには、これが恋のときめきだなんてわからない。
そう、分からないはずだった。
気がつけば辺りは夕暮れを迎えていた。
真白の壁が夕焼けで少しずつ赤く染まっていく様子に、ようやく気がついたユーフェミアは自身をどこかに連れて行こうとするエミールを、少しだけ不安になりながら仰ぎ見る。
「どこへ?」
「あともう一か所だけ。見せたい景色があるんだ」
そう言うと、エミールは口に綺麗な指先を添えて、高い音の美しい指笛を吹く。
耳に心地よい音だった。
その指笛が響くと同時に、一陣の風がごぉっと吹いて、ユーフェミアは思わず目を瞑る。
「大丈夫だよ、ユーフェミア」
心地の良いテノールが、優しくユーフェミアの耳に届く。
おそるおそる、ユーフェミアが目を開けると、そこにいたのは薄く光るふわりとした毛をまとった、大きな大きな真白の竜だった。




