5-32 「負けるつもりないからね」
ディシャールにおける、音楽の歴史は月の精霊国と密接に関わっている。
それまでは民族音楽ばかりであったようだが、月の精霊姫と共に宮廷音楽として月の精霊国からピアノの元になった楽器や、バイオリンなどの弦楽器や、トランペットなどの金管楽器が伝わったとされる。
その形は、ものによっては多少違うものはあるが、概ね地球にある楽器とよく似ている。
特にバイオリンとピアノはまさしく同じもので、この楽器二つは、突き詰めるところまで行くと同じものになるのか、それとも月の精霊国に地球の楽器職人が異世界転生でも果たしたのか定かではない。
真実がどうであれ、この世界において音楽は基本的に管弦楽がメインだ。
他国では、打楽器メインのリズムミュージックも盛んだと聞くが、ディシャールにはまだ入り始めで、貴族の子女達が自分磨きに好むのは、専らピアノとバイオリン、それからフルートである。
国内貴族で、いくつか楽団を持っている貴族もいるが、一番の楽団と言えば王立騎士団の騎士楽隊だろう。
式典の際に見事な音楽を披露する彼らは、演奏者でありながら騎士なのだと言う。
要するに、地球・日本における自衛隊の音楽隊と同じような物なのだろう。外国だって、軍隊が音楽隊を有しているから、そういうものなんだろうと思っている。
お飾り騎士と呼ばれがちだが、彼らもまた騎士試験を突破した立派な騎士だと言うことを、ユーフェミアはよく知っている。
さて、名目上ユーフェミアはミニオーケストラの編成と言い当てたが、楽器に大きな差異はなくとも編成には地球との大きな差異がある。
バイオリン、ヴィオラ、チェロにコントラバスの弦楽器。クラリネットやフルートの木管楽器とオーケストラに並ぶ楽器がいくつもある中、金管楽器のトランペットにチューバ、ホルン、トロンボーンと並ぶ中に何故か堂々とサックスがあったりする。
ちなみにこのサックス、ディシャールにおける基本編成である。
未亜の家は、音楽に縁深い家だったのでよく知っているのだが、たとえ縁深くなかったとしてもオーケストラの基本編成にサックスが無いことは知っていただろう。
まぁ、サックスは未亜もユーフェミアも大好きなので言及しない。
地球でだって時代によって編成などは変わったし、ましてやここは異世界だ。
所変われば音楽だって変わるし、編成も変わる。
そのうち地球にもなかった新しい音楽が生まれるかもしれないと思うと、ユーフェミアはわくわくしていたりする。
そんな程度には、ユーフェミアは未亜であった時分も含めて音楽が好きだった。
そんなユーフェミアであったので、デイビットに紹介された舞台は心躍るものだった。
リブレット公爵家が領地に交響楽団を有しているというのは聞いていたが、基本的に王都からでることがなかったユーフェミアは別の土地の音楽を聴いたことがとんとない。
アレクシオは国外に開かれた港町なので、その影響を考えたらユーフェミアの音楽心が疼いてしょうがなくなった。
「レディは音楽が好きなのかな!」
「はい、楽器も少々嗜んでいますが、最近はなかなか……。
デイビット様は奏者なのですか? 楽器は何を?」
「なんだと思う? ……って聞くと、みんな俺は打楽器だろうって言うんだがな! こう見えて俺はバイオリン一筋だ!」
そういうと、デイビットはひょいっと舞台に上がった。
「今はみな、休憩中なんだがな! せっかくだ、出会いの記念に一曲披露しよう!
おい、エミール! 伴奏してくれ!」
などと言いながら、コンサートマスターの席においてあったバイオリンに手を伸ばす。
聞かせてくれるのは有難いが、大丈夫なのだろうかと思っているとカインに「デイビット、この楽団のコンマスなんだよ、信じられないかもだけど」などと言われる。
まじかー、と声を出さなかったことを褒めてほしい。
「えー、やだよ。なんで僕が君のために伴奏しないといけないのさ」
エミールは未だ不機嫌のままだった。
まぁ、無理もないと思う。が、ブライアンなら裸足で逃げ出していたであろうほどの不機嫌具合だ。気がついていないのか、知っていても無視しているのかは分からないが、それに動じないデイビットはなかなかのものだと思う。
「破廉恥な貴様が悪いんだ! いつまでもうじうじするな!
それより、レディにかっこいいところを見せたいと思わないのか?」
「はぁ?」
「せっかく知り合った可憐なレディだ! 俺は良いところをみせたい!
貴様もそうだろう!!」
胸を張って、堂々とした声音でデイビット・グランハートは言った。
いっそ清々しいほどの素直さに、ユーフェミアは拍手しそうになったほどだ。
「っていうか、デイビット様はエミールが公爵家の嫡男だって知ってますのよね?」
「知ってるよ。一応カテゴリーとしては幼馴染みたいなもんだからね」
「……不敬では?」
「いや、今のエミールはその辺の商家の息子だからさ。まともな席だともうちょっとだけまともだよ」
「なるほど」
などと、カインとユーフェミアが会話している隙に、エミールはちょっとだけ考える。
考えて、考えて、それからそろりとユーフェミアに近寄った。
「……ユーフェミアは、音楽が好き?」
「え? ええ、好きです」
「僕が伴奏ちゃんとしたら、褒めてくれる?」
こいつ何言ってるんだろう? と、ユーフェミアは首を傾げた。
エミールの背後で若干引いてるデイビットが目に入る。
いや、普通にドン引き案件だろうとは思うがどうしたものだろうか。
「えっと……
褒めるか褒めないかは別ですけど、とりあえず演奏が素晴らしかったら、さっきの破廉恥な振る舞いは許しますわ」
ユーフェミアのその言葉に、エミールの表情がパッと明るくなった。
上機嫌に戻ったエミールは、ひょいっと舞台に上がると意気揚々とピアノの前に座った。
そういえば、突っ込むのを忘れていたけれどエミール・リブレット。
ピアノも弾けんのか恐ろしいなと、ユーフェミアの頭にそんな言葉が掠めたが、今更である。
「デイビット、伴奏はしてあげるけど、僕、君に負けるつもりないからね」
「はんっ! 望むところだ!!」
およそ、音楽をこれから二人で奏でるとは思えない会話をした2人は、スッと位置につく。
いつの間にか、舞台の周りにはただならぬ雰囲気を察した観衆たちが集まってきていたが、その喧騒が一呼吸の後、すっと一瞬消えた。




