5-2 「もちろん用意してるに決まってるじゃないか」
「どうしてエミール様との婚約を拒絶なさるの?」
イリアのその言葉に、ユーフェミアはびくりと体を震わせる。
エミールが四聖の巨竜の魂持ちであることを、イリアは知らない。
番云々の話は最初に聞いたものの、それっきりだ。
ユーフェミアが転生者であることも、男性恐怖症であることも知らない。
ただ、ユーフェミアがエミールからの求婚を拒絶しているという事実しか知らないままだ。
ユーフェミアはイリアに、エミールの事情を喋るつもりも、自分の男性恐怖症の話もするつもりはなかった。
エミールの事情はエミールの事情だ。
ユーフェミアが勝手に喋る道理がない以上、高潔で潔癖であるユーフェミアは、ユーフェミアの口からそれを語ることはしないだろう。
それと同じように、ユーフェミアが転生者であることも、男性恐怖症であることも知らなくていい。
この二つは、ユーフェミアの中でセットのようなものだ。
転生者であることが知られれば、前世がどんな人間だったのか知りたくなる。
未亜の生涯は、端から見れば幸福な人生とは決して言えない人生だった。
虐待され、虐められ、心と体に傷を負い続けて、最後は兄に襲われて、飛び出した雪の中で儚く散った、そういう人生だ。
思い出話として喋るには辛く、悲惨と言ってもいいような事ばかりな人生だった。
だからと言って、ユーフェミアは、未亜の人生を不幸だと蔑んでいるわけではない。
断片で概要を話せば悲惨ではあったが、楽しいことが無かったわけではないからだ。
莉愛という妹と、莉愛の母である義母、それから愛犬のジョン。
こんな未亜でも親しくしてくれた友人たちがいてくれたことが救いだった。とはいえ、易々と人に話したい話ではない。
心優しいイリアに、自分……とは厳密には違うとはいえ、悲惨な体験をした話をしたくなかった。だからと言って、イリアには嘘をつきたくない。
好奇心の強いイリアに、エミールからの求婚を何故受けないのかと話せば、話の流れでまず間違いなく自分が男性恐怖症であることをユーフェミアは話してしまう自信がある。
それを明かせば、なし崩しにユーフェミアは転生者であることと、前世で起こった事を正直に話してしまうだろう。
それだけはどうしても避けたくて、ユーフェミアは困った顔でイリアを見つめた。
その表情を見てイリアは、イリアがユーフェミアとエミールの結婚を望んでいるのかと思われたと勘違いし、慌てて「違いますわ、お姉様!」と声をあげる。
「お姉様、イリアはお姉様が望まない相手と結婚してほしいとは思ってませんわ。せっかくあのろくでなしと円満に婚約解消できたんですもの! せっかくなら、お姉様が望む方と結婚していただきたいと思っていますわ!」
「イリアっ……」
「私がお尋ねしたいのは、エミール様がダメな理由です。
エミール様って、顔よし身分よしの優良物件じゃないですか。
加えてお姉様に一途で真っすぐで、とても紳士的。
あのろくでなしのクズだけじゃなくて他の貴族の子息にくらべても飛びぬけて良い方にイリ……私は思うのです。
いったい何がダメなんでしょう?」
イリアは至極不思議だと言うように首を傾げた。
まぁ確かに、エミールは存在自体は優良物件だ。貴族の令嬢であるなら、求婚されたら飛びついて然るべきタイプの男であるのは、ユーフェミアだってもう理解している。
でもダメなのだ。
何がどうとは言えないがダメなのだと、ユーフェミアはその美しい顔を悔しそうに歪める。
はっきりと言っておくが、もうすでにユーフェミアは崖っぷちである。
その崖っぷち感が分からないイリアとカインではない。
「イリア、あれもう意地になっちゃってるんだよ。そっとしておいてあげな」
「ここまで意地になるお姉様も素敵ですわ……」
「あうぇ?? イリアも随分大概だね???」
「何をコソコソとお話ししているのよ!」
イリアとカインの会話はろくすっぽ聞こえなかったが、ユーフェミアにとって都合の悪い話であるのは間違いなく、ユーフェミアは不機嫌そうに頬を膨らませる。
「で、デートなんだけど」
「だからデートじゃないと何度も」
「何を着ていくの? 町娘スタイルで行くんでしょう?」
そこまで言われてユーフェミアはハッとした。
そうだ、服がない。
ユーフェミアはアレクシオに来るにあたっていくつかドレスと、見苦しくない室内用のワンピースを持ってきているが、あくまでそれは公爵令嬢のそれだ。
決して町娘が着るようなものではない。
「え? 服? もちろん用意してるに決まってるじゃないか」
「……は?」
ユーフェミアは茶会を切り上げ部屋に戻ると、手持ちの服とにらめっこして、どうしようもないことに気がついた。しかたがないのでユーフェミアは恥を承知でエミールに相談しに行き、返された言葉がこれである。
ユーフェミアの名誉のために言うが、決してねだろうと思って行ったわけではない。
土地勘のないアレクシオの街で、既製品のそう言った服を求めるのに適した店を聞きに行っただけのつもりだった。
だがしかし、帰ってきた言葉は用意してあるの一言である。
「だからっ! そういうことしないでくださいって言ったじゃありませんか!!!」
初日の事を思い出したユーフェミアは、エミールに断固として抗議した。
そんなユーフェミアを見ながら、エミールは微笑ましいとでも言うように瞳を優しく緩めると、ユーフェミアの小さな手をとった。
「そんなことを言わないで、ユーフェミア。僕は今立場上、エミリアから君をお願いされてるんだ。
最愛の妹に頼まれた、愛らしい友人に服も用意できないちっぽけな男にさせないでおくれよ」
そういって、手をぎゅっと握られてユーフェミアは真っ赤に顔を染める。
あまりにももっともだとでも言うような言い分に、ユーフェミアの混乱した頭が「妹の友人に服を贈るのは、普通????」と錯覚させる。
ちなみに、他の世界と同じように妹の友人だからと言って、わざわざ服を贈るのは、ディシャールにおいてもそうそう普通の事ではない。
気があるか、お人好しか、女の敵のいずれかである。
「アレクシオで、僕達リブレット家の服を作ってくれている仕立て屋に頼んだ一等ものだよ。
もちろん、町娘としてのね。
王都の流行とは少し違うけれど、エミリアの気に入りの店だからね。ユーフェミアも好きだと思うのだけれど……それでもダメかな?」
エミールはそう言って、いつものわんこのような顔をユーフェミアに向ける。
ダメじゃない、ダメじゃないから困ってしまう。
ユーフェミアは慌てたように、エミールに握られた自身の手を取り戻すと「き、気に入らなかったら着ませんからね!」と、真っ赤になりながら捨て台詞を残してその場を立ち去った。
正直、気に入ろうと気に入らないと、その服でなければ町娘ユフィにはなれないので、ユーフェミアには着る以外の選択肢などないのだが、ユーフェミアがそのことに気がつくのは2人がデートをしている最中の事である。
そして、ユーフェミアが届けられた服を見て「……かわいくてむかつくぅ……」と大層悔しそうにうめくのは、2日後の事であった。




