5-1 「揶揄うのも大概にしてちょうだい」
「お姉様エミール様とデートなんですか?」
可愛い妹にそう言われ、ユーフェミアは思わず眉根を寄せた。「誰から聞いたの?」と問えば、素直で愛しい妹は「カイン様です」と素直に答えてくれる。
素直なのは大変喜ばしいし、無邪気で楽しそうなイリアは大変可愛いので、ユーフェミアはそれはそれで大変満足なのだが、デートと言う言葉には納得がいかないし、とても腹立たしい。
今日の姉妹は、仲よく午後のお茶をアレクシオの城のバルコニーで頂いている。
眼下に広がるのは、アレクシオ城の自慢の庭園である。花祭りが近い季節ともあって、彩り豊かな多彩な花たちが、お行儀よく咲き誇っているのが一望できる特等席である。
飲んでいるお茶は、東大陸で有名なカップの中で花が咲く所謂工芸茶という美しい茶だ。
これはジャスミンがベースなようで、すっきりとした味わいのものなのだが、当たり前のように東大陸からの輸入品であり、高級品だ。珍しい茶の収集はリブレット公爵家の老執事セフィリオの趣味なのだという。
彼は「麗しいお嬢様方に飲んでいただけて嬉しいです」と、ニコニコしながら色々なお茶を淹れてくれるので、毎日飽きることがない。
「デートじゃないわ、ちょっとあの男と街に出て、花祭りを見物するだけです」
「それを、世間一般的にはデートと言うんだよユーフェミア」
そう言ってどこからともなく現れたのは、この1週間の間ですっかりとユーフェミアの肩の上を気に入ったカインだ。
カインは、さも当然と言うようにユーフェミアの肩に降り立つと「やぁ、こんにちはリンスフォード姉妹」と挨拶しながら、ユーフェミアの頬にすり寄った。
随分と気安い……、いや気安すぎるようにも思うが、カインは羽のように軽くて、ほのかにぬくぬくと暖かいので、ユーフェミアはちょっとした事情から拒絶できずにいる。
まぁ天然の、生きるもふもふ襟巻なのだから仕方がない。
「年頃の若い子が、2人で外を出歩くのならだいたいデートって言うんだよ」
「お黙りなさいな、裏切り者」
「ひどいなぁ。分かってて行くと決めたのは君なのに」
「カレーの為だものね」と、ユーフェミアに聞こえるだけの声で囁くカインに、ユーフェミアは閉口した。
まぎれもない事実なのだが、やっぱり納得がいかないのでカインの小さな口を指でかるくつまんでやる。
「ふぁーふぇーはふぃりょくふぇふぃだからふぃふぁふぁないよね」
「まだ喋る気なの? 揶揄うのも大概にしてちょうだい」
そう言ってやると、カインは「怖い怖い」と言ってイリアの方へとするりと逃げた。
イリアはといえば、カインが自分の方へと来たことにアイスブルーの瞳を瞬かせて迎え入れる。ユーフェミアはずっと知らなかったことだが、イリアは竜に限らず生き物がどうしようもなく好きらしい。
最初、ユーフェミアはカインをイリアにどう紹介しようかと悩んだ。
この世界は地球で言うような獣の他に魔獣、聖獣と言った幻想種に溢れ、目には見えないが精霊がいるとされる世界である。
だが非常に残念なことに、全ての生き物と言葉を交わし合える世界ではない。
ヒト型の生き物ですら前述した通り、国が異なれば言葉も違う。
西大陸でさえ、大国であるディシャールの言語が公用語ではあるものの、大きくわけて三つの言語が混在しているし、訛りや方言を入れたら100を超える。
ユーフェミアは王妃教育の一環で、西大陸三言語と東大陸の公用語である龍帝語は母国語と遜色なく話すことができるが、訛りや方言まではいってくるとさすがに分からない。
日々精進せねばと、今もなお己を鍛えている最中である。
ちなみにどうしようもないクズ王子は「うちの国の言葉が公用語なんだから必要ないだろ」とドヤ顔でユーフェミアに言ったことがある。
その言葉を聞いた瞬間「なぐりてぇ……」と呟かなかった自分を、心の底からほめてやりたいと思ったユーフェミアであったことを思い出したが、今は置いておこう。
ちなみに、さっくりと解説すると魔獣は自然魔力の発生源に生まれる魔力で作られた、獣の形をした意思無き獣で、聖獣は竜をはじめとする魔力を帯びた聖なる獣である。
獣は地球にもいるような動物が殆どなのだが、それらは全て魔力を持たない獣を指すことが一般的だ。
魔獣は獣の形をしただけの魔力の塊で、真実の意味で生き物ではない。
魔力が形を持って暴れているだけの存在であると、定義されている
魔力を発散するために人や町を襲ったりするが、前にカインが話した通り、国内の発生源はエミールがことごとく潰してしまったのでディシャールではここ数年まともな人的被害は起きていないとされている。
一方、聖獣は魔力を帯びた知性を持つ、人よりも高位な存在であり、どちらかといえば精霊に近い存在である。
言語は持たないが、聖獣が気に入った人間相手にはごく稀にだが所謂テレパシーのようなもので意思疎通を測ることもあるが、それこそ本当にごく稀である。
そして、精霊だが……この世界において精霊とは、姿と呼ばれるべき肉体が無く、この世界の数多の場所に魔力と巡らせ魔石として結晶化させているという存在だ。
意思はあるが、目に見えるわけでも、人と意思疎通ができるわけでもない。
地球の日本に例えれば、八百万の神に近くて、それを束ねる存在が精霊神という存在であり、このディシャールという国だけでなく、西大陸全土に広がる精霊教のシンボルとなる神であるが、万物の根源足る神であり、祈ったからと言って人間の願いを聞き届けてくれるような神ではない。
ディシャールは、建国神話の際にその精霊神たる王の娘が大地に降り立ち、建国王と結ばれたという伝説がある、稀有な国である。そのため精霊教を国教とし、王家は精霊神の血を引いているという前提がある。
でも、だからといって精霊神と意思疎通ができる間柄でもないというのは、王妃教育を受けた際に教えられた秘匿事項の一つだ。
ちなみにユーフェミア達、12公爵家の真祖である聖なる獣、精霊獣はこのどれにも該当しない。
どちらかといえば、聖獣と精霊の狭間の存在らしいのだが、元々の伝承には精霊の王に仕え、地上に降り立ち試練を与えた後は建国王に仕えたという記述しか残っていないのだ。
この件に関しては、昔から議論が活発なのだがさすがに話が逸れすぎるので置いておこう。
話はだいぶ逸れたが、つまりヒトですら多言語に溢れたこの世界で、理解の外側に位置する幻想種や精霊と言葉を交わすなど、夢のまた夢であるというのがこの世界における定義である。
そんななか、明らかに聖獣の形に近いのに人語を介するカインはどう考えても奇異な存在だ。
カイン曰く、カインは創造主の端末なので、精霊神が管理する派閥とはまた別の派閥の所属らしい。それでも見た目は限りなく聖獣という幻想種である。
そのカインが饒舌におしゃべりする様子は、転生者であるユーフェミアですら、慣れるのに時間を要したくらいだ。
そんなカインであったから、ディシャールにおけるまともな感覚を持った者であるなら、カインという奇天烈な存在に卒倒するのはごく自然なことである……と思ったのだが、イリアはそうはならなかった。
「わぁ、かわいいですねお姉様! わんちゃんですか?」
言うに事を欠いて、イリアはカインをわんちゃんと呼んだ。
なかなかどうして、カインの容姿を見て犬と呼んだのかはいまいちわからないが、ユーフェミアはイリアが卒倒せずにカインを受け入れたことにほっと胸をなでおろした。その横で、2人についてきた侍女達は絶句し、片方は目元を押さえてふらつくのを我慢していたのだから多分イリアが特別なのだろう。
カイン自体に害悪はないので、侍女たちもほどなくしてその奇異な存在に慣れていった。
ちなみにリブレット公爵家では、カインの存在は周知されているようで、通りすがりに屋敷の使用人達にすれ違っては、カインは自ら「やぁ! 今日も精が出るね!」などと言って声をかけていく有様だった。
使用人達も、カインの存在に対して別段驚くわけでもなく、普通に……というよりは、主人とまではいかなくとも高位の貴族のお客様と言うように接している。
カインは目が覚めてから20年、許される時はエミールの側にいると言うから使用人達も今更なのだろう。
その使用人達と同じようにカインに接するイリアを見て「イリアったら……大物ね!」と思ってしまうのが妹馬鹿のユーフェミアである。
カインに「突っ込むところそこなの!!?」と言われたがもちろん気にしない。
性格はともかくとして、カインの見た目はとてつもなく愛らしい。
中味はオタクで小うるさいお調子者だが、黙っているか、きゅいきゅい鳴いていれば、愛らしいもふもふである。
ユーフェミアは最近羽の生えた、耳がちょっとだけ長いフェレットだと思うことにしている程度に、見た目だけはとてつもなく愛らしい。ちなみにおなかはぷにぷにである。
その見た目だけは愛らしい生き物と、見た目も中身も300点満点で愛らしい最愛のイリアが触れあっている様子を見るだけで、ユーフェミアにはご褒美だった。
この世界にはまだ写真という技術がないのが口惜しい。
手元にカメラがあったなら、ユーフェミアは延々とこの光景にシャッターを切っていたことだろう。
今日も今日とて、イリアとカインは仲良さそうに触れ合っていた。
もふもふは可愛い。
妹は超絶可愛い。
ユーフェミアにとって、ここが天国である。
「それで、お姉様。エミール様とデートなのでしょう?」
「……断じて違うわ」
再度、念を押すようにイリアに問われ、ユーフェミアはにこりと淑女の微笑みを浮かべながら否定した。
そう、デートではない。
例えイリアでも、誰が何と言おうとデートではないのだ。
ユーフェミアのそんな気持ちを察してか、聡いイリアは微笑みながら息を吐くとユーフェミアの隣へと座った。
ふかふかのソファに体が沈むのを感じながら、イリアは「ねぇ、お姉様」とユーフェミアに話しかける。
「どうしてエミール様との婚約を拒絶なさるの?」




