4-13 「やっぱりこいつ頭おかしい」
「公爵閣下が、彼を真っ当に教育できない事情は分かっている。
君が彼を育てたい方向性は尊重する。けれど、頭をたれて甘やかす事だけは絶対に許さない。君に必要なのは嫡男の為のそういった教育係だろう?
僕はこんな成だけど真っ当だ。君だって真っ当で、嫡男を最低限真っ当にしたいだろう?
僕は彼を甘やかさないし、癇癪を起しても死ぬことはない。
燃やされたって、首をちぎられたって、死ぬことだけは決してない。
彼に勝てるほどの魔力は有さないけれど、彼の疑問や欲に見合っただけの知識を持っている。なんてたって僕の特性は「生きる辞書」だ。
閣下、何なら制約を交わしたって構わない。
君は僕を利用すべきだ。
僕は僕の為にもエミールを真っ当にしなくていけないんだからね」
リブレット公爵は最初こそ懐疑的だったが、試しに任せて見ればカインは公爵家の誰よりもエミールに気に入られ、そしてエミールと正しくぶつかりあった。
カインははじめから、普通の人間が持つ人間性をエミールに押し付けるつもりはなかった。
エミールは竜だ。
しかも西大陸の始祖ともいえる竜の王と言っても差し支えない。
その竜に人間になれと言う方が無理だし、人格否定がしたいわけではない。
カインがしたことはあくまで、人というものをつまらなく愚かだと軽んじるエミールに、人間の思考原理や思いやり、善意と悪意と言った「人間性」という概念を教え、傲慢であることの恥ずかしさを教える事だった。
「は? もう一回言ってみて? 君3周回って馬鹿なんじゃないの?
あのね、確かにそれをしたら怪物は全部死ぬかもしれないけれど、人間だって死ぬでしょう!?
そんなんだから君は人の心がないって言ってるんだ!!
偉大なことに犠牲はつきものかもしれないけれど、その犠牲を極力少なくして利を得るの!
君はそれができる能力があるのに、面倒だからってすぐに物理に走らない!
今だけじゃなくて、これから先のことも考えるの!
君にとって世界がつまらないのは仕方ないけれど、そのつまらない世界を、自分の力で少しで面白くしようとしないのは怠慢だ!
全面焼け野原にしたってつまらないなら、焼け野原にした後にどうやってそこに緑を戻すか考えることを楽しめばいいだろう! ばーかばーか!」
結論から言って、幼いエミールは片手で足りないほどカインの首を引きちぎり、ケラケラ笑いながら残酷なキャンプファイヤーしたりもしたが、根気よく、時に寄り添い、時に突き放し、暴言で応酬し合いながらエミールに「真っ当な精神」を教えたカインは、エミールに「人間性」という概念を教えることに成功した。
それでも、傲慢であることの恥ずかしさを知り、エミールは傲慢であることを隠すことができるようになったものの、依然として何でもできるという傲慢さを持ったままだった。
隠せるようになっただけマシかもしれないと、カインが半ば諦めようとしたところに訪れた転機は末の妹であるエミリアの誕生だった。
エミールが7歳の春のことである。
エミールは、弟のブライアンも可愛がっていたが、竜の血が濃いエミリアを殊更かわいがった。
エミリアがブライアンと違ったのは、夜泣きもしないほど大人しかったブライアンに対して、赤子のエミリアが自己主張が強く、我も強かったことだ。
エミールより年が上の血縁者は、全員が全員本能に従って、エミールに頭をたれてしまうが、赤子であるブライアンとエミリアはそうはいかない。
赤子である無邪気さと自由さ故に、全く思い通りにならない事実に、エミールは不機嫌になるかと思えば、すっかりとハマってしまったのだ。
エミールは、今にも通じていることだが「何でもできるはずなのに、それを覆される」という事に興味を引くらしい。
エミリアを通してエミールは、大切なものを慈しむ愛情を学び、愛情を持ったが故に傲慢さは鳴りを潜めた。両親ですら軽んじていたエミールだったが、今となっては父と母をきちんと家族として認識し尊ぶようになって、公爵夫妻がカイン相手に泣いて喜んだのはここだけの話である。
大人になった現在に至るまで、エミールは傲慢だ。
何でもできるし、何だって解決できる。今になっても世界はやっぱりつまらないと思っている。
それでも、3歳のあの頃より、最低限家族に対する愛情を覚えたエミールにカインは肩の荷が降りたつもりでいた。
彼が召喚され、7年ほど経った頃、エミールは10歳となった。その前年、龍皇子がやらかした事件ですったもんだあったが、だいぶまともになったエミールの側に、保護者としてカインがずっと控えている事はなくなった……はずだった。
「カイン、君暇でしょう? ちょっと付き合ってよ」
にっこり笑いながら、そう誘ったエミールに、まさかリブレット領でも有数の高ランクの魔物が蠢く魔獣の森に連れていかれるとは思わなかった。
カインは、死なない。
その身が魔力を練った粘土であり、創造主の代理という名の端末という立場である以上、死ぬことは決してない。
ついでに言えば感情もない。
(彼にあるのは前世の記憶から来る反応であって、感情からではないのだが、その辺はややこしいのでまぁ置いておこう)
けれど目的のために、生への執着はある。
本来目覚めたいタイミングだった時代まで、あと長くて15年。
ここまできたら無駄に眠るよりも、エミールの使い魔として起きていた方がいいほどのタイミングであり、現に彼はそのつもりで、リブレット公爵領の筆頭地アレクシオの城の蔵書室に「司書」として滞在していた。
「馬鹿なの? ねぇねぇ、馬鹿なの????」
カインは何とも楽しそうに、森を散策するかのように魔獣の森を歩き、的確に魔獣を殲滅するエミールを見て、カインは「やっぱりこいつ頭おかしい」とドン引きした。
リブレット領において、長年の悩みの種であった魔獣の森を10歳という若さで単身制圧したエミールに、カインはようやく「なんでこんなことしたの?」と聞けば、エミールはにこやかにこう答えた。
「だって、魔獣なんかが領にいたら、エミリアが危ないでしょう? いつまたあの馬鹿みたいなのにうちのエミリアが狙われるか分からないんだから、芽は早いうちに摘まなきゃ」
カインは遠い目をしながら「とんでもないシスコンになってしまった」と呟く羽目になったのだった。
次回はもう少し話が進展するはずです。




