4-2 「僕が溶かしていいかな?」
先に、はっきりさせておくが、エミールにとって番はこの時既にユーフェミア以外に考えられなかった。
ユーフェミアに語った通り、エミールが最初ユーフェミアに求婚した時、彼はここまでユーフェミアに惚れていなかった。
ただ単に、彼女と結婚するのは「楽しそう」だと思っただけである。
恋というものを知らなかったエミールにとって、それは恋と誤認する程度に本気であったが、今となっては恋でもなんでもなかったのだと思い知らされる。
何故なら彼はその直後、ユーフェミアに勢いよく叩かれて、その時に本当の意味で恋に落ちたのだから。
彼女はとても上手に男性恐怖症である側面を隠していた。
相手がエミールでなければ、絶対に男性恐怖症であるとはバレなかっただろう。
2000年生きた竜の知識を得たエミールは、心を読むことこそはできないが、ほんの些細な仕草で心理を読むことに長けていた。
嘘も見栄も、虚栄も、彼には全て透けて見えてしまう。
だからエミールは世界がつまらなかった。
何でもできて、何でも叶えてしまうだけの力を持っているがゆえに退屈で、楽しさを求めてこの国を散歩したことはあったが、退屈は解消されてもつまらない世界であることに変わらなかった。
彼の23年の人生で、心底楽しませることができたのは、現在のところ家族を含めてもたった1人(と言っていいのか分からないが)だけであるが、その1人は残念ながら番にするには不適当で、そういう感情すら湧いてこなかった。
けれどユーフェミアは違った。
エミールを勢いよく叩いた彼女は、顔を真っ赤にさせて「冗談じゃありませんわ!」と言いながら震えていた。
得体のしれない男に突然求婚された男性恐怖症の少女が、怒りと恥ずかしさを滲ませつつも震えながら自分を叩いて、毅然とした口調で抗議したのだ。
怖かっただろう。
未亜の記憶を聞かされた現在なら、更にその恐怖を想ってしまう。
それでも、……それでも、自分の名誉よりも妹のために、毅然とあの第一王子に立ち向かい、馬鹿にするなとエミールを睨み付けるユーフェミアに、エミールはそれが当然であるかのように恋に落ちてしまったのだ。
その琥珀色の瞳に見つめられたい。
その華奢な体に触れたい。
抱きしめて、腕の中に収めて、誰にも見られないようにとじこめて自分のものにしたい。
ぐちゃぐちゃにして、自分だけを求めるように啼かせたいと、凶悪なことさえ思った。
エミール・リブレットはこうしてはじめて自身の中に潜んでいた欲に気が付いたのだ。
会場を後にしたユーフェミアを攫って、閉じ込めて、その全身に愛を刻んで、エミール以外の事を考えられなくしてやろうと追いかけたのも事実だ。エミリアに止められなかったら、事実そうしていたのは間違いない。
それほどまでに、恋に落ちたエミールはユーフェミアを求めていたのだ。
次の日に押し掛けたあの時、エミールの中にはまだ凶悪な感情が蠢いていた。
なんとしても彼女を手に入れようと、半ば強制的に証書を持ってきて追い込んだのは事実であり、彼女が防衛的に氷の魔法を発動させ、その流れで腕の中に捕らえた時、彼はユーフェミアを攫うつもりであった。
その凶悪な感情を消したのは、エミールの体を心配するユーフェミアだった。
「けが、怪我はしてないのですか?」
そう焦ったように琥珀の瞳を細めて、辛そうにこちらを心配して腕の中からこちらを見上げるユーフェミアを見て、エミールはまた恋に落ちてしまったのだ。
ユーフェミアが怖がる原因を作って、氷漬けにされたのはエミールの自業自得であり、エミールはそれを責めるつもりは最初からない。……というか、そんな事態は想定していない。だってこのまま監禁コースのつもりだったからだ。
それなのに、不安げに瞳を揺らしてエミールを心配するユーフェミアの姿は、エミールの心を揺さぶるのに十分だった。
「してないよ、全然ちっとも。あぁ、周りが冷えてしまって可哀想だね。僕が溶かしていいかな?」
冷静を装ってそう言いながら、エミールは自分の感情をごまかすのに必死だった。
直後に自分を止めに来たエミリアに、殺気を飛ばしてしまう程度に動揺し、それに怯えるユーフェミアを見て彼は更に深みにはまった。
(あぁ、ダメだこんなの無理)
怯えながら自分を見上げるユーフェミアの凶悪さに、エミールは完敗した。
動揺なんて一度もしたことが無かったエミールが、水面下であるとはいえ、ここまで動揺させられるなど、完敗以外の何物でもない。
そして、西大陸最強の竜たる自分が、ユーフェミアという少女に完敗した言う事実をエミールは当然のように受け取ってしまった。
凶悪な感情は鳴りを潜め、この健気に自分と妹を守ろうと威嚇してくる仔猫を守りたいという庇護欲に支配されたエミールが、エミリアにどうしたらいいかと助言を求めたのは当然と言えよう。
翌日から求められたのは、一般的に見ればとても難しい、けれど彼から見ればとてもかわいいおねだりだ。そうとは知らないと言え、西大陸最強の竜の化身である自分を試そうとするその器の大きさに、エミールはまた恋に落ち、それから毎日ユーフェミアに会うたびに彼は何度も恋に落ちた。
贈り物を用意した時の驚いた顔も、お茶を飲むようになってから見せてくれるようになったはにかむような笑顔も、エミールの話を聞いて感嘆するように息をのんだ姿も、自分の得意分野を嬉々として教えてくれる無邪気な姿も、エミールを何度も恋に落とさせるのに十分であった。
エミールはユーフェミアに告げた通り、毎日恋に落ちていたのだ。
いや、もはやこれは恋ではなく愛だろう。
ユーフェミアに求められなくたってかまわない。
傷つく可能性があるなら、触れられなくてもいい。
番かどうかは別として、ただ単純にユーフェミア自身に愛を捧げ、ユーフェミアが何者にも怯えずに済むように、その隣に伴侶としていたいという願いに似た愛である。
もはや、ユーフェミアがエミールに相応しいかどうかは関係なかった。
ユーフェミアが西大陸最強の竜の化身の、最強の愛を得ているという事実は歪めようのない真実でしかなかった。




