3-4 「俺の命日今日かもしれない」
リブレット公爵家の次男坊である、ブライアン・リブレットは王宮の近衛騎士団の騎竜隊の副隊長だった。近衛騎士団の団長は叔父であるアズディール・リブレットで、リブレット家は王宮近衛騎士団の全てを統括している立場にある。
近衛騎士団は王宮騎士団とは別扱いだ。
どちらも王家に剣を捧げていることに変わりはなく、近衛騎士団は尊き人間を守る護衛の任を主としている。
王宮騎士団が王家と王国を守る騎士であるなら、近衛騎士団は王族と貴族、近隣諸国の来賓を守るための騎士である。
王宮騎士団の総括をするのは、炎帝の狒狒を祖先とする12公爵家ユーテクシアだ。
荒事を得意とし王国の治安を守る彼らには不慣れな、対外的に広報として活躍する近衛騎士団は王宮騎士団に比べれば所属人数は1/3と少ないが、やんごとなき方々に、いかに紳士的に品位を持って対応できるかという所に重きを置いている。
伯爵家以上の爵位が無いとなれないという所も、対外的に重要なポイントの一つだ。
はるばるやってきたこの国で、身分の高い騎士に接待されることに不満を漏らすものはいないだろう。ディシャールの近衛騎士団に護衛してもらえることは、近隣諸国の来賓たちにとってある種のステータスになっている。
他国に対しても、身分に対しても、差別意識を公言するものは厳しく罰しているので、基本的に心根も見た目も清廉潔白で美しい者しかなれない。
そこまでいけばお飾り騎士団と揶揄されることもあるだろうが、決してそういうわけではない。
なんせ総括しているのは、竜の血を継ぐリブレット家だ。
年に一度ある騎士対抗戦では、王宮騎士団に比べてはるかに人数が少ないはずなのに成績上位に半数以上食い込んでいる始末だから、リブレット家はたちが悪いのだ。
ディシャール国の少数精鋭。それが近衛騎士団であった。
ブライアンが副隊長を務めているのは、その近衛騎士団でも更に人数が少ない騎竜隊だった。
20人ほどで編成されているその隊は、騎竜と呼ばれる竜に乗る、竜騎士の集まりである。
馬ほどの大きさの翼をもった騎竜に乗り、空から要人を守る騎竜隊は近衛騎士団の中でも花形だった。
騎竜隊が近衛騎士団に分類されているのは、総括しているリブレット家が竜を先祖に持っているからだ。
騎竜自体、リブレット領の一角で保護されていることもあるのだが、それ以上にリブレットの血を持つものでないと、騎竜を使役しきれないと言う所がある。
騎竜は竜の中では中型だが、それでも竜だ。
プライドの高い彼らは、自分が認めたものしかその背に人間を乗せないし、絆が無い人間の言うことは聞かない。
基本的には主と認めた竜騎士が側にいるから問題ないのだが、万が一という時にストッパーとなりえるのがリブレット家の血を持つ者の存在だった。
彼らは人間として生まれているが、先祖は四聖の巨竜という聖なる竜である。
絶対的な縦社会で生きる竜にとって、四聖の巨竜の血を色濃く受け継ぐリブレット家の人間は、ある意味絶対的な存在だ。万が一、騎竜が暴走したとしても竜の魔力を発動すれば強制的に使役することができる。その為、リブレット家が総括している近衛騎士団の所属でなければならなかった。
第二王子のアーロンと同い年で、親友であるブライアン・リブレットは一言で言えば騎竜馬鹿だ。
幼い頃から、気がつけば領地で養育する騎竜と共に生きてきた。エミリアやエミールに遠く及ばないとしても、彼もまた竜の血を受け継ぐリブレット家の息子である。
竜に愛される素質に満ちていた彼は、ごく自然に竜騎士となる道を選んだ。
家がそうだったからその道を選んだわけではない。なりたかったから、なるために努力を重ねた。
近衛騎士団の騎竜隊に入るうえで、親の七光りと軽んじられないだけの実力を身に着けることがどれだけ大変だったかは、ブライアンにしか理解ができないものである。
王立学園に在学中から、騎士団に籍を置いていたとはいえ、リブレットの血を持つだけなら騎竜隊に入ることはできるだろうが、5年という短さで副隊長の地位を得たのはひとえに、ブライアンの能力が優れていたからである。
だがブライアンは知っている。
上には上が、しかも圧倒的な上がいることを。
「運動がしたいんだ」とにこやかにやってきたエミールが、若干不機嫌であることに気が付いた段階でブライアンは全てを諦めた。
「俺の命日今日かもしれない」などと思いながら、訓練着に着替えた彼らは城で一番大きな訓練場にやってきた。
ディシャール王都の中央にそびえたつディシャール城は、王族が暮らし各国の来賓をもてなすための王宮と、政務を行い国を守る騎士達が暮らす王城の二つに大きく分かれている。訓練場は王城の一角にあり、華やかな王宮と違って若干……いや、だいぶ男臭い。王族男性が仕事上来るならともかく、貴族の御令嬢や各国の来賓が来る場所では決してない。
それでもたまに、若い女官や侍女が騎士を見に来てはきゃぁきゃあと黄色い声援をあげているため、人が集まりやすい訓練場は多少華やかだった。
周囲には近衛騎士団の竜騎士隊のメンバーの他、王宮騎士団の屈強な騎士達もいるが、彼らはエミールの姿を認めてごくりと喉を鳴らした。
「場所を開けてくれる?」というにこやかなエミールのお願いに、騎士たちが我先にと場所開けていく。空気が読めずにおろおろと戸惑っているのは今年入隊したばかりの若い騎士達だろう。
場所を開けていく間に、あちらこちらからやじ馬たちが集まってくるのを見て、新人たちは更に戸惑ったよう縮こまった。
「おい、早くこっち来い。巻き込まれるぞ」と先輩に声をかけられて、彼らはようやく動き出す。
「一体何が起こるんですか?」
「あの方、ブライアン副隊長にお顔が似ている気がするんですが、どなたなんですか?」
「いや、珍しいからよく見ておけよ。勉強には一切ならないと思うけど、滅多にないからな」
聞こえてるんだよな……などと思いながら、ブライアンは肩を回した。
準備運動のつもりだったが、果たして効果があるのかは謎である。
ブライアンの顔立ちはエミールによく似ていた。兄と妹は父方から受け継いだ銀の髪をしているのに対して、彼の髪は少し灰がかったアッシュブロンドであった。しかしながら、その金の瞳は兄弟揃いの色であり、得体のしれない恐ろしさを持つエミールと違ってどこか人間味が溢れている印象を受ける。
ただ、本来であれば快活であるはずのブライアンのその表情は現在死んでいた。さしずめ、死んで3日経った魚の目である。
死刑宣告を受けて悟ったようなその表情を気にすることもなく、エミールはにこにことブライアンに声をかけた。
「えーっと、じゃあ僕は魔法禁止ね。でも大丈夫? 副隊長がハンデ貰ったら、あとで色々言われたりしない?」
「いいえ、大丈夫です兄上。俺は命のほうが大事です」
真顔でそう言い返すブライアンは必死だった。
死ぬのは分かってる。分かってはいるが、ただせめてこの兄の魔法で死にたくなかった。エミールが本気になれば、にっこり笑ったその直後に消し炭にされる。
過去に3回くらい落雷を落とされた経験があるブライアンにとって、兄の魔法はトラウマだった。騎士となるうえで兄の魔法以外を受けたことはもちろんあるが、兄の魔法は威力がぶっちぎりえげつなかった。
あんなものをくらって一発退場するのを見られる方が、ブライアンの騎竜隊副隊長としての進退に関わる。
それなら多少卑怯と謗られても、ハンデをつけて死んだほうがマシだった。
相手は人外なので、相互理解ができるならハンデは必要だ。
ただ、ブライアンにも近衛騎士団の騎竜隊の竜騎士として努力してきたプライドがあるので、そんな簡単に死んでやるものかと拳を握る。
すぅと深呼吸して、兄弟は視線を交し合った。
直後、スパンっという音共にブライアンは拳に魔法で作り上げた炎をまとわせて振り下ろす。
大きな音の後、訓練場に衝撃波が広がり観客たちから歓声が上がった。見れば、ブライアンの拳の先が大きくクレーター上に抉れている。
四聖の巨竜の血を継ぐリブレット家の子供たちは、本来であれば四聖の巨竜が操ったとされる火と水と風と雷の魔力からそれぞれ一つずつ受け継ぎその魔法を行使する。
エミリアは風の魔法を。現当主は水の魔法を受け継ぎ、ブライアンは火の魔法を受け継いだ。
エミールが四属性全て受け継いだのは完全なるチートなので比べてはいけない。
魔法を拳や武器に乗せるのは、騎士として任命されるための最低条件だ。
特に扱いが難しい火の魔法をこうして拳に乗せることができるブライアンは、騎士としても相当優秀であると皆が思っている。
その拳を、エミールはいとも簡単にひょいと避けた。
それを既に予期していたブライアンは、すぐさま態勢を立て直したかと思うと、その美しいエミールの顔に、容赦なく炎の塊を叩きこむ。
にこっと、エミールが微笑むのを新人たちの何人が目撃できただろうか。
エミールは向かってきた炎の塊を、あろうことか手刀で弾くと、ブライアンの間合いの外へと体を引いた。弾かれた炎が観客たちめがけて飛んでいき、慌てた悲鳴があたりに満ちる。
そんな周囲をお構いなしに、トンっという軽い着地音のあと、エミールはとても楽しそうに微笑み一気にブライアンの懐へ侵入した。
顎を狙って掌底を繰り出そうとしたエミールを、ブライアンは後ろに体を引くことで回避する。「あっ……ぶな」と、思わず声が出た。
自分の顎があることを確認したくて、思わず手でさすってしまったのは仕方がないことだろう。
ここまで、およそ30秒ほどの出来事である。
「お? これは今回10分持つんじゃないか?」
「いや、5分持てば充分すごいから。前回は2分だったんだぜ」
「じゃあ俺3分に100ギル」
「5分に300ギル!」
賭け事をはじめた同僚たちの声を聞きながら、ブライアンは舌打ちをした。
あとで覚えてろよと思いながらゆっくりと仕切りなおす。
「余所見?」と尋ねる声が聞こえて、ブライアンは思わず震え上がった。
気がつけば兄に背後を取られていたことに気が付いて、背筋がぞくりと粟立ったかと思った頃には、エミールの美しい回し蹴りがブライアンを襲った。
咄嗟に両腕での防御が間に合わなかったら、ここでノックアウトだったかもしれない。
ミシリという嫌な音が腕から聞こえた気がしたが、ブライアンは聞こえなかったことにした。戦場において、怪我をしたまま戦うことは常である。
どうせこの戦いの後、ブライアンは死ぬのであるからして、腕にヒビが入ろうがなんだろうが関係ない。
アドレナリンが出てるせいか痛みは感じなかった。
ブライアンはこれ幸いとばかりに兄から距離を取ると、炎を波状にして兄に投げつけた。
大ぶりなこの攻撃は、避けられるのは分かっている。
分かっているからこその誘導のための攻撃だった。
波状の炎を幾重にも重なるように投げつけたブライアンは、エミールをある一点に追い込むと高純度の炎の塊を作り出した。目前に浮かしたそれを、炎を乗せた拳でエミールに向けて叩き込んだ。
炎と炎を掛け合わせた相乗効果のせいか、ただでさえ高純度だった炎が更に燃え上がり竜巻のような炎に変化してエミールを襲った。
エミールは一瞬顔をきょとんとさせたが、それからにやりと意地悪く微笑んでその場で飛び上がる。寸でのところで避けたように見えた、その炎の軌道がぐにゃりと曲がるなどと誰が予想しただろう。角度を変えたその炎が、空中で身動き取れずにいたエミールに大きな音を立てて直撃した。
「っしゃぁあああ!!!!!!!!!!」
ブライアンから歓喜の声が上がった。
勝利を確信して拳を握り噛み締めるように掲げたブライアンは、決して悪くないだろう。
相手が普通の人間だったら、おそらくここで勝負は決まっていた。
だが相手はエミールである。最後の最期まで油断などしてはいけないことを、ブライアンは忘れてしまっていた。
「わぁ、あぶなかったね」
ブライアンは背後から聞こえる声にびくりと体を震わせた。
ゆっくり振り返ったそこにいたのは、さっきブライアン渾身の魔法が直撃したはずのエミールだった。多少訓練着が焦げているから、当たるっちゃ当たったのかもしれないが、エミール自体は無傷であった。
(あ、死んだな)
ブライアンの脳裏に走馬灯が駆け巡った次の瞬間には、彼の意識は途切れていた。
アクションは難しいですね。
硬貨単位は100ギルで1000円くらいです。




