3-2 「ほんの少しだけ触れてもいいかい?」
前回のざっくりあらすじ
*ユーフェミアの前世 未亜の人生は超絶ハードモード
*実父と異母兄はクズ
*義母と異母妹は天使
*まともな男との遭遇率がほぼ皆無
ユーフェミア・リンスフォードは物心ついた頃からかすむ記憶を夢に見ていた。
それはまるで、人ひとりの人生が映画のように流れていくのを見ているようであった。
ユーフェミアは確かに才女だったが、未亜として蓄えた記憶が、才女としてのユーフェミアを後押ししたのは正しいだろう。彼女はユーフェミアとしての才能に加え、未亜としての記憶を無自覚に行使していたのだから、はっきりと自覚した今となっては才女と言われるのも納得である。
ユーフェミアが未亜としての記憶をはっきりと自覚したのは件のお茶会の時、子爵家のあの令嬢が第一王子たちに罵倒されているのを見てからだ。
見た時に襲われたのは謎の既視感だった。
誰かに似ていると思ったのだ。最初はイリアかと思ったが、イリアがいじめられているところなど、彼女は見たことが無い。おそらくそれは、未亜が幼い頃にいじめられていた記憶だった。
幼い少女が、一方的にいじめられているその光景が、まるで自分がその被害者のように思えて苦しくなるほど不快だった。
激昂して叱り飛ばしたのはユーフェミアとしての性質だった。
公爵令嬢として、正しく、潔癖に育てられたユーフェミアは未亜という存在に浸食されていない。
ユーフェミアはユーフェミアで、未亜は未亜である。
ただ、怖くなかったのかと言えばユーフェミアはこの時恐怖を少し感じていた。どうしてなのかはこの時の彼女には分からなかった。ただ恐怖から過剰に言葉を重ねたのは間違いない。
その日から少しずつだが、未亜の人生を夢に見るようになった。
才女であるユーフェミアが、それを前世だと認識するのは早かった。
未亜の人生を全て夢に見たユーフェミアが、男嫌いになったのは最早致し方ないと言えよう。
問題は、未亜の男性恐怖症をそのまま受け継いでしまったことにある。
未亜の人生において加害者はいつだって男性だった。ユーフェミアとして、未亜ほど酷い目に遭った記憶はないが、いくら才女といっても、7歳だったユーフェミアに未亜の記憶はトラウマを残すに十分だった。
男性の怒鳴り声も、振り上げる拳も、色のついた目で見られることも、全てが怖かった。
フラッシュバックのように脳内に、未亜の苦しくて辛い記憶が駆け巡るのだから無理もない。
ただ、それを怖がって膝を抱えることは、ユーフェミア・リンスフォードとしても第一王子の婚約者としても許せる事ではなかった。
昼間に第一王子とやり合ったその夜に、ベッドの中で未亜の記憶を思い出して魘されることは常だった。唯一の救いは、第一王子に嫌われていたことだろう。あの王子がユーフェミアを色のついた目で見ることがあったら、ユーフェミアはもっとひどいことになっていたと思っている。
真実として、ユーフェミアは怖がりで、それを弱みだと思っている。
未来の王妃として、そんな弱みを持っていることを誰にも知られたくなかった。
せめて誠実な人をとユーフェミアが望んでいたのは、少しでもバレたくなかったからだ。
過剰防衛の強がりだと思われないように、理路整然と真実を指摘するのは彼女なりの防衛手段の一つで、今ではそれはユーフェミアの長所だと皆が思っている。誰も恐怖からの防衛反応だとは思わないだろう。
そう思わせることができるほど、ユーフェミアはこの男性恐怖症という弱みを家族にすら上手に隠していた。
まさか、こんな形でバレるとは思っていなかったのだ。
しかも、得体のしれない求婚者相手に、苦しいだけの自分の前世を語る日が来るなんて思いもしなかった。前世のことが分かる原因となった口調については、パニックになると前世の未亜に引きずられることが原因だ。今も若干冷静ではないので、口調が完全に未亜に引きずられてしまっている。
どうして話してしまったのか、ユーフェミアには今でも分からない。
ユーフェミアが「そんなものは知らない」と言い張れば、エミールは内心がどうであれそれを受け入れていたような気がする。
けれどこの2週間、得体が知れないながらもエミールはあくまで紳士的に、誠実に、真っすぐにユーフェミアに求婚をし続けた。
その瞳に、未亜が浴びた色が無かったことが信用できない原因の一つだったが、今ではその瞳が逆に信頼に値する証に見えた。
未亜としての人生をざっくりとだが、誰かに話したのは初めてだった。
普通の人に話せば頭がおかしいと思われるだろうし、未亜の人生は幸福とは言い難い。むしろ辛いことの方が多くて、聞いていていい気分はしないだろう。
真っ白な雪に包まれたあとの記憶はないから、未亜はあの寒さの中で凍死したのは間違いない。
前世で凍死したユーフェミアが、氷の魔法の使い手になるというのはとんだ皮肉としか思えなかった。
あまりにも辛すぎる過去なので、ユーフェミアとしてはいっそ笑い飛ばしてほしいくらいだった。
けれどエミールは真剣な顔でユーフェミアを見つめてばかりいる。
真剣な目で見られることに、ユーフェミアは居心地が悪くなった。
そういえば、家族ではない異性とこんなに近くに座ったのは初めてだった。
第一王子と婚約中の時だって、公的なパーティーのエスコートくらいでしか隣同士になった記憶が無い。あんな馬鹿でも、エスコートの時だけは王子様然とエスコートしてくれたような記憶がある。
あの王子も黙っていれば顔はいいんだ顔は……と、考えを反らし始めた頃、エミールはようやくはぁと息を吐いた。
その吐息がどうしようもなく色っぽく見えて、ユーフェミアの鼓動がドキリと鳴った。
「エミール様?」
「あぁ、ごめんね。ちょっと冷静になるのに時間がかかるねこれは」
「エミール様……そんな気にしないでくださいね。私が被害にあったわけじゃないんですから」
「あのね、ユーフェミア。僕は愛しい人が苦しんでいるのを「君が被害にあったわけじゃないだろう」なんて言って、軽んじるほど愚かではないよ。もし僕がその異世界に行けるというなら、君を殴って躾けたとのたまった男も、君の人生を狂わせた父親も、幼さから傷つけたクソガキも、君に触れようとした兄とは名ばかりのクソ男も、全員切り裂いて殺してやりたいくらいだ」
そう言いながら、彼は拳を強く握った。
金色の瞳の奥に怒りの炎が揺らめくのを感じて、ユーフェミアは少しだけ恐怖で身を震わせる。
その反応を見て、エミールは悲しそうに微笑んだ。
「ごめんね。今の僕じゃ君を怖がらせてしまうね」と微笑む彼に、ユーフェミアは少しだけ申し訳なくなってしまい、しゅんと顔を伏せてしまう。
「ユーフェミア、いやなら断ってくれていいのだけれど、ほんの少しだけ触れてもいいかい?」
そう許可を求められ、ユーフェミアは少しだけ迷うように視線をさまよわせた後「少しだけなら」と許可を出しながら、ソファに置いてあったクッションを抱きしめた。
居心地の悪さから逃げたくてとった行動だったが、エミールにはどうでもよかったようだ。
彼はユーフェミアの髪の毛を一房、その細く整った綺麗な指先に絡めるように手に取ると、いつだったかと同じように口づけた。
その行いにユーフェミアが硬直している10秒ほど、じっくり口づけてから彼は「うん、充電できた」とにっこり微笑みながら、名残惜しそうに髪の毛から手を離す。指に絡んだ髪の毛がほどけていくのが、ユーフェミアの瞳にどうしようもないほど厭らしく見えた。
「ふ、ふうぇ」
「ふうぇ?」
「え、えみーるさまのばか! へんたい! すけべ!」
耳まで真っ赤になりながら、ユーフェミアは持っていたクッションでエミールをぽすぽすと殴った。
「はれんち! はれんちですわ!」と言いながら殴るユーフェミアに対して、エミールは「えー、ちょっとまって、痛いよユーフェミア。落ち着いて」とさして痛くもなさそうな顔でそれを受け止める。
「かみ、髪の毛は! ダメです! 破廉恥です」
「いや、本当は抱きしめたかったんだよ? 僕凄く我慢したと思わない?」
「だき……!?」
抱きしめられるのと天秤にかけたら、髪を触られた方がましかもしれない??? と、ユーフェミアは一瞬迷ったが、それでも気軽に髪に触られるのは勘弁してほしい。
ユーフェミアはクッションをぎゅっと抱きしめながら、しばらくはぅはぅと視線をさまよわせ、やがてクッションで顔を隠しながら「それでも髪はダメ……です……」と繰り返した。
エミールがぼそりと「うっわ……反則」と呟いたのがユーフェミアに届いて、彼女は思わずキッとエミールを睨み付ける。
「反則って何ですか! この国において不埒なことをするエミール様が悪いのでしょう!!?」
「いや、ちょっと待って、それ以上やめ……あ、でもユーフェミアに罵られるの悪くないね?」
ほんの少し頬を赤らめてそんなことを言うエミールに、ユーフェミアは絶句した。
前々から思っていたがエミール、かなりの変態だ。
罵られて喜ぶ層がこの世界でも一定数いることは知っていたが、ユーフェミアの人生においてそう言った層に出会ったのはエミールが初めてだった。未亜もまた同じであったから、両方の人生を合わせても初めてのタイプだった。
やっぱりいろいろ早まったかもしれないと蒼褪めるユーフェミアに、とても真剣そうなエミールがさらに追い打ちをかける。
「ねぇね、ユーフェミア。すけべってどんな意味? 異世界の言葉?」
「せくはらやめてください!!」とユーフェミアがもう一度エミールの事をクッションで殴ったのは言うまでもない。
概説
助兵衛とは、「好き」をしゃれて擬人化していった「好兵衛」から変化したとみられる
出典 Wikipedia




