小ネタ 疲れた日のごはん
茜とジェイドの日常。……甘いです
「……つ、疲れた」
「本当だね」
私たちは、ふたりで暮らすための新居候補地を探して、時間を見つけては世界中を見て回った。時々、ティターニアの邪魔が入ったり、精霊王からの招きを受けたりして中断することもあったけれど、いろいろな場所を見て回ること自体はとても楽しく、新しい土地に行くたびに心躍らせていた。
けれど、いざ行ってみると、どこも素敵に見えるから不思議だ。
「はあ。悩ましいねえ」
「そうだな」
ジェイドさんと視線を交わして、苦笑いを浮かべる。
どこにだっていいところもあれば、悪いところもある。正確な情報を集めて、取捨選択していく。それは、かなり重要なことだ。移り住んでから後悔したって仕方がない。
これから生涯を過ごす場所を決めるんだもの。
慎重に――なんて考えていると、くたくたにくたびれきってしまうのが常だった。
ある日のこと。色々見て回った私たちは、やっとのことで家に帰ってきて、旅行鞄に詰め込んでいた荷物をほどく。
締め切っていた雨戸を全開にして、洗濯機を全開に回して……。
あれこれやっていると、あまりの疲労感に、少しだけ休憩しようと座ったソファから立ち上がれなくなってしまった。
「……ごはん、作らなくちゃ」
ちらりと時計を見て、ため息を零す。
もうそろそろ夜の七時。けれど、まだお米すら研いでないし、お肉や魚だって冷凍庫に入ったままだ。いくらかは買い物してきたけれど、どうにも台所に立ちたくない。
「お母さんって偉大だわ」
ふと、昔のことを思い出して笑みを浮かべる。
私が小さい頃は、よく家族旅行に行っていた。子どもを二人連れての旅行だ。親だってくたくたに疲れているはずなのに、私の母は旅行から帰った日であっても、食事の支度を欠かしたことがなかった。
……子どもはいないけれど、状況だけは一緒だ。
旅行帰り、くたくたに疲れ切った体。でも、自分は母のように料理の支度をしたいとは思えない。……子どもがいるかいないかの違いかしら、なんて適当なことを思いながら、重い体に鞭打って、やっとのことでソファから立ち上がった。
――その時だ。
「あれ、座っていてよかったのに」
ジェイドさんが台所から姿を現した。その手には、缶ビールとグラスがふたつ。
思わず目を白黒させていると、ジェイドさんは私の背中を押してソファへと戻した。更には、手にグラスを握らせると、缶ビールを注いでいく。
もこもこと白い泡が膨らんできて、ビールのたまらない匂いが鼻をくすぐった。困惑しつつ、ジェイドさんを見つめる。すると彼は、柔らかな笑みを浮かべると、空のグラスを差し出してきた。慌てて、ジェイドさんのグラスにもビールを注ぐ。すると、ジェイドさんはにっこり笑って、グラスを合わせた。
「はい、乾杯」
「か……乾杯?」
恐る恐るビールに口をつける。
旅行前に冷蔵庫に入れて置いたものだからか、キンキンに冷え切ったビールは、ゆっくりと私の喉を通って胃に落ちていった。その味、香りに、思わずうっとりとしていると、ジェイドさんはいそいそと台所に戻っていく。
なんとなくぼうっとそれを眺めていると、ジェイドさんがすぐに戻ってきた。
その手には、ラップが掛かった皿がひとつあった。
「……ベーコン?」
皿の中身を見て思わず首をかしげると、ジェイドさんは笑顔で言った。
「ベーコンにチーズをかけて、レンジでチンしたんだ」
ジェイドさんはそういうと、ラップを剥がした。ふわりと白い湯気が立ち上って、皿の中身がよく見えるようになった。そこにあったのは、確かにベーコンだ。けれど、チンしたせいか、表面はしっとりと濡れて薄桃色へと変わっている。その上には、とろけたチーズがかかっていて、なんとも美味しそうだ。
「あんまり脂身が多くないやつ?」
「そうそう。卵と焼くと美味しい系のベーコンじゃなくて、コンビニとかで売ってる切れ端のやつだよ」
ジェイドさんは私にフォークを差し出すと、茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。
「お好みで黒胡椒。ほら、食べてみて」
「う、うん……」
フォークでベーコンを刺して、ゆっくり持ち上げる。すると、みるみるうちに乳白色のチーズが伸びて、慌ててフォークを回してベーコンに巻き付けた。
ほかほかのベーコンはまだ熱そうだ。ふう、と息を吹きかけ、口元に持って行く。すると、ぷんとベーコンの薫香が匂ってきて、思わず頬が緩んだ。
「……んっ。美味しい!」
口に含んだ瞬間、ベーコンの柔らかさに驚く。
焼いた時は堅くなりがちなベーコンだが、チンしただけなので、まるでハムみたいな柔らかさだ。それに、とてもさっぱりしている。余計な油を使っていないからだろう。肉のうまみを、ダイレクトに感じることができ、更にはチーズの濃厚な味がおいしさを引き立てていた。
「ジェイドさん、これ美味しいね……!」
思わず感動していると、ジェイドさんはどこか自慢げに言った。
「簡単だけど美味しいだろ? ほら、おつまみもあるからこっちも食べよう」
更には、柿の種を模したおつまみまで出してくれて、心が震えた。
至れり尽くせりだ。私が料理したくないと考えていたのを、見抜いたのだろうか?
……また、ジェイドさんに助けられちゃった。
嬉しいけれど、自分の怠け者な部分を見られてしまった感じがして複雑な気分……。
すると、ジェイドさんが私の頭に、ポン、と手を置いた。
驚いてジェイドさんを見ると、蜂蜜色の瞳に優しげな光を宿して私を見つめている。
「また、変なとこで気を遣ってないか? 今日、茜が疲れていたみたいだったから、俺が用意したまでだよ。……手抜き過ぎたかな?」
「て、手抜きだなんて。そんな! とっても美味しい!」
私はベーコンをもうひとつ口にすると、「ほら、最高!」と親指を立てた。クスクス笑っているジェイドさんにホッとして、やっぱりこの人には隠し事なんてできないな、なんて肩をすくめる。
「私の母は、こういう日もきちんと料理をしていた人だったから、ちょっぴり罪悪感があったんだ。それだけ」
「そうなんだ」
「うん。ジェイドさんにはとっても感謝してる」
私はジェイドさんに寄りかかると、甘えるみたいに頭を擦り付けた。
「私は私。母は母。そう思ってるんだけどね。……やっぱり疲れてたみたい。ジェイドさん、いつもありがとう」
ジェイドさんはいつだって、絶妙なタイミングで私を甘やかしてくれる。
ベタベタに必要以上に甘やかすんじゃなくて、しんどいと思ったときに、ちょうどいい塩梅で、手を差し伸べてくれるのだ。
……ああ、やっぱり好きだな。
私はそう思うと、ますますジェイドさんに体を密着させた。
すると、どうしたことだろう。
ジェイドさんが、突然もじもじし始めた。どうしたのかと顔を見つめる。すると、その頬がほんのり赤くなっているのに気がついた。
「どうしたの?」
するとジェイドさんは、非常に気まずそうに口を開いた。
「いや。……どうも、俺も疲れてるみたいだ」
「えっ!! 大丈夫!?」
「……だ、大丈夫は大丈夫なんだけど」
ジェイドさんはしばらく視線を彷徨わせていたかと思うと――。
ボソリと呟いた。
「なんかこう、ムラムラして」
「…………ムラムラ」
「うん。ムラムラ」
「「…………」」
私はにこりと笑うと、少し遠くを見た。
「と、とりあえず。これ飲んじゃいましょうか……」
「そ、そうだな」
「「…………」」
……ふたりの間に、いつもよりちょっとだけ沈黙が多かったのは、内緒である。
じぇ、ジェイドはムラムラせんもん! みたいな人はごめんなさい……!
ジェイドもムラムラする時はするんだ!!(なにをいってるのか)
そういえば、最近ジェイド君ばりに主人公を甘やかしてくれるヒーローが出てくる連載を開始しました(ダイマ)
人外旦那様×子リス系若奥様の契約結婚ものです。
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