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海辺の町、潮騒に誘われて3

異世界おもてなしご飯3〜思わぬ帰還と真夏の肉祭り〜が、カドカワBOOKS様より、7/10に発売になります。書き下ろしたっぷり。新エピソードも2編収録。マルタとヴァンテ登場巻になります。

精霊界での家族のエピ、日本でのジェイドとのアレが収録されておりますよ〜

どうぞよろしくお願いします!

 ティターニアの愉快な仲間たち(・・・・・・・)のおかげで、人魚たちは沖合の岩礁から去って行った。それを知った町の人たちは喜びに沸き、魚を満載して帰ってきた船に喝采を浴びせている。


 私たちは、騎士団が買い取ったものの中から、魚介類を幾らか無償で提供してもらった。

 大小様々な魚に、甲殻類、貝類……ザルに山盛りにされたそれは、新鮮で見るからに美味しそうだ。



「今のところ、直ぐに用意できるのが海鮮物だけでして……。後日、改めて御礼をさせていただきますからね」



 副団長はそれを私に渡すと、申し訳なさそうに眉を下げている。

 私は海産物で十分なことと、実際に人魚を追い払ったのはティターニアなのだから、彼女に美味しいお酒でもプレゼントしてあげて下さいとお願いした。


 すると副団長は、複雑そうな表情をしながらも、了承してくれた。


 料理をする場所も、騎士団からの提供だ。

 場所は、港に急遽用意された調理場。魚市場の隅っこに、騎士さんたちが簡易の竈を用意してくれた。煮炊きも出来るし、焼き物も出来る優れものの竈だ。

 どうやら、騎士さんたちは自分たちでも炊き出しをするらしい。その一部を使わせてくれるようだ。



「魔物に破壊された町なんかではね、瓦礫の中から煉瓦を集めて、こうやって竈を作ったもんです」



 副団長さんは、人の良さそうな笑みを浮かべて、満足気に出来上がった竈を眺めている。

 浄化の旅は、単純に邪気を祓うだけではなく、災害救助というような面もあったようだ。

 改めて、妹たちのしてきたことの大変さを実感していると、そこにジェイドさんがやってきた。



「茜、調理器具と調味料を持ってきたよ」

「お疲れ様、ありがとう! ……良かった。この町まで、迷わないで来られたみたいね」

「うん。真っすぐ来たみたいだ」



 ジェイドさんはそう言うと、両手に持った調理器具入りの袋と、肩に掛けていたクーラーボックスを降ろした。するとその時、ジェイドさんの頭からぴょこん、と何かが顔を覗かせた。



「あう!」



 それは、木の妖精ドライアドのフォレだ。

 フォレは、よちよちとジェイドさんの頭をよじ登ると、いきなりぴょんと飛び降りた。



「……フォレ!!」



 大慌てで、フォレの体を受け止める。すると、フォレは満足気に私の頬を小さな手でぺちぺちと叩くと、首元にしがみつき、頬ずりしてきた。小さな小さなドライアドの体は、表面はゴツゴツの木肌に覆われているけれど、ふんわり柔らかくて温かい。きっと、落ちたら怪我をしてしまうだろう。



「もう! 危ないでしょう!」

「あう……」



 私が叱ると、フォレはしょんぼりと肩を落とした。

 すると、ジェイドさんはまあまあと私を宥めると、フォレの頭を優しく撫でた。



「王城から一生懸命、荷物を持ってきてくれたんだ。それくらいでいいじゃないか」

「そういう問題じゃないの!! ジェイドさんはフォレに甘すぎるわ!」

「うっ」



 ……あっ、ジェイドさんまで凹ませてしまった。


 肩を落としているジェイドさんの姿は、落ち込んでいるフォレそっくりだ。

 ちょっぴり言い過ぎたかなあ、なんて思いながらも、フォレのほっぺを指で突く。そして、「落ちたら大変なことになるんだから」と言い聞かした。すると、フォレは小さく何度も頷くと、私をぎゅうと抱きしめた。


 ――木の精霊の「核」、フォレ。

 頑なだった覚醒前の精霊王とのいざこざの中で、一度は命を散らしたと思われた彼女は、どういうわけなのか、小さな体で戻ってきた。

 死んでしまったとばかり思っていたので、戻って来てくれたときは、涙が滲むくらい嬉しかった。そんなフォレは、私が異世界に戻るたびに遊びに来るようになった。


 以前のように、少女のような見かけではないし、言葉も話せない。意思疎通が中々難しいけれど、私に好意を持っていることは確かなようで、名前を呼ぶとどこからともなく現れ、色々と便宜を図ってくれている。


 今回のこともそうだ。フォレは以前から、魔力を使ってどこからか物体を取り寄せるのが得意だった。それは今でも変わらないらしく、彼女のおかげで重い調理器具や調味料を持ち歩かなくて済むのは助かっている。



「いつもありがとう。お手伝いしてくれるのは嬉しいけれど、ちっちゃいんだから、あんまり無理しないのよ?」

「うー!」



 フォレは両手を上げると、元気に返事をした。すると、体の割りに大きな頭のせいで、後ろに倒れそうになってしまう。慌てて体を支えると、それが楽しかったのか、フォレはケラケラと笑った。思わず私も笑みを零すと、誰かの視線を感じた。



「茜様、私はそろそろ向こうの部下のところに行きますから」



 それは副団長さんだ。彼は、穏やかな笑顔を浮かべてそこに立っていた。


 ――やばい!! 存在を忘れていた……!!


 ひやりと背中に冷たいものが伝う。慌てて手の中の精霊を隠そうとしたけれど、それよりも早くフォレの姿は掻き消えていた。けれど、首元に何かがしがみついている感覚はする。目には見えないけれど、そこにはいるようだ。



「あ……。本当に、色々とありがとうございました!」

「いえいえ。いやあ、食べるのが本当に楽しみです」



 副団長さんは、朗らかに笑うと去って行った。彼の背中が見えなくなると、ほっと胸を撫で下ろす。どうやら、フォレを見られてはいないようだ。


 フォレはなんと言っても、木の精霊(ドライアド)だ。この国では、精霊は信仰対象だ。そんなものが、目の前にいきなり現れたら、きっと大騒ぎなるだろう。私は苦笑しながらジェイドさんの顔を見ると、彼は申し訳なさそうに頭を掻いていた。


 ……どうも、私もジェイドさんも、精霊がいる生活に慣れてしまって、この国の常識からズレてしまっている気がする。フォレと話す時は、周囲に気を配らなければ。これからは、気をつけよう。


 ――それに、この町に住むかもしれないことを考えると、余り目立つのはよろしくないしね。


 そう思ったのも束の間、私たちの背後から、いやにご機嫌な声が聞こえてきた。



「わははー!! 酒を持ってくるのじゃ! ほれ、酌をさせてやろう――」

「妖精女王と飲めるなんてなあ! すげえや、一生の思い出だな!」

「そうじゃろう、そうじゃろう。飲め飲め! 酒は出し惜しむなよ、上等なやつを持ってこい。でなければ、呪うぞ……!!」

「呪われちゃあ堪らねえ。おめえら、どんどん持ってこい!」



 私は大きく嘆息すると、肩を竦めた。


 そこには、「自重」という言葉を知らない人外がひとり、海の男たちに囲まれて、楽しそうに酒を飲んでいた。更には、妖精女王が現れたと、続々と人々が集まってきている。港は、豊漁を祝う人々の他に、妖精女王目当ての見物人でごった返している――。



「もう! さっさと作って、美味しく魚介を食べて引き上げましょ! これ以上、騒ぎになる前に」

「そうだね」



 私とジェイドさんは顔を見合わせると、互いに腕まくりをしたのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 一品目は、勿論アヒージョだ。


 アヒージョは、スペイン料理の小皿料理(タパス)の定番だ。オリーブオイルで具材をくつくつ煮て、具材と一緒に旨味がたっぷり溶け出した油を、薄切りにしたバゲットを添えて食べる。正直言って、カロリーお化け。けれど、白ワインと一緒に食べれば、伸ばす手が止められなくなる一品だ。


 クラーケンは、脚の部分を使う。脚は予め塩で揉んで、ぬめりを取る。そして、下茹でをして、一口大に切っておく。にんにくはみじん切りにして、鷹の爪は種を取り除いておく。



「最後はアンチョビ! これを入れると、味に深みが増して美味しいの!」

「アンチョビ?」



 ジェイドさんは、私が手にした缶詰を覗き込むと、興味深そうに頷いた。



「魚……かな? オイルに漬かっている」

「そうなの。カタクチイワシを、塩漬けにしてから発酵させたものでね、結構塩っ辛いのよ。これが、味の決め手なの」



 アンチョビは適当な大きさに刻んでおく。このイワシの身からじんわりと出る旨味と、塩っ気が具材の味を引き立てるのだ。



「オリーブオイルは、熱しすぎないように気をつけて……揚げるんじゃなくて、油で煮る料理なのよ」



 そんなことを話しながら、平たい鉄のフライパンに材料を入れていく。自宅でやる時は、ココット鍋でもいいし、百均で売っているスキレットでも少量作るだけなら十分だ。



「そう言えば、岩牡蠣みたいな貝もあったよね?」

「あったね」

「じゃあ、何種類か作ろう。漁師さんたちも食べるんだろうし……女将さんに借りた鉄のフライパン、たくさんあるし。じゃがいもに、烏賊の塩辛のアヒージョも美味しいんだよね。うーん、明太子も捨てがたい」

「塩辛!? 明太子!?」

「ふふふ。内臓や魚卵の旨味と、オリーブオイルって最高に合うのだよ……」



 具材が揃えば、お好みで色んなものを入れられるのがアヒージョの面白いところ。いつも家でやる時は、小さなスキレットに数種類作って食べ比べするのだ。



「よっし。次は――この大きな魚!!」



 私の目の前にあるのは、まるでシイラのように頭が丸く、けれども体はヒラメのように平べったい形をしている魚だ。淡白な白身を持った、この季節に獲れる魚としては最高級の魚らしい。



「ここでは、酒蒸しにして辛い調味料をつけて食べるんだって」



「海辺の兎亭」の女将さんは、騎士たちの手伝いをすると、自前の蒸し器を持ち出して料理を作っている。蒸し器からは真っ白な湯気が立ち昇り、一緒に入れた香草のいい香りが周囲に漂っていた。


 ……うっ、後で食べに行こう。


 辛いソースと白身魚のマリアージュを想像して、ごくりと唾を飲み込みながら、私も包丁を手に取った。


 これから作るのは、アクアパッツァだ!

 アクアパッツァは、イタリア・ナポリで作られる煮込み料理。日本で言う、水炊き鍋のようなものだ。


 名前の印象からすると、難しそうなイメージがあるかもしれないけれど、これが結構簡単に作れる。見た目も豪華。魚がたっぷり食べられるし、最後の〆がこれまた――……。



「茜、魚の内臓と鱗を取るだけでいいんだよね?」

「……はっ!!」



 アクアパッツァの味を想像してうっとりしていると、ジェイドさんが声を掛けてきたので、急激に現実に引き戻される。私は緩みきった顔を取り繕うと、ジェイドさんに向かって笑顔で言った。



「そそそ、そう! 尾頭付きで使うから、よろしく!」

「……また、お酒のこと考えていただろう」

「違うよ!? 食べた後の〆のことだよ!」

「それもどうなんだ……」



 ジェイドさんが呆れ顔でこちらを見ている。私は頬が熱くなっているのを感じながら、ふるふると頭を振って調理を再開する。


 鱗と内臓を取り除いた魚――白身魚でお鍋に収まるサイズなら、大体なんでもいい――に、塩と胡椒を振っておく。あとは、お鍋にオリーブオイルを引いて、潰したにんにくにアンチョビを入れて、香りが立つまで火を通す。にんにくのいい匂いがしてきたら、そこに魚を入れて、表面がカリッとするまで焼いていく。



「魚が焼けたら、後は彩りよく、お鍋に具材を入れていくよ〜」

「ええと、ミニトマトにブラックオリーブ……あとは貝類だね」



 今日用意した貝類は、日本で言うアサリ相当のものだ。トマトも、本当ならドライトマトの方が良い味が出る。まあ、大抵の家庭にはないだろうから、ミニトマトで十分だ。


 こんがり焼けた魚の周りに、トマトの赤、ブラックオリーブの黒、アサリを配置して……後は、そこに白ワインを注いで熱する。最後にアルコールが飛んだらお水を少々。後は、くつくつとゆっくり煮ていく。味付けは、魚につけた下味と、アンチョビの塩分で十分だ。



「魚はひっくり返さなくていいのかい?」

「無理にひっくり返すと崩れるから、お玉で煮汁を掛けるのよ。魚の身もふっくら仕上がって一石二鳥なの」



 オリーブオイルで予めしっかり焼いたおかげで、魚の表面はこんがりきつね色。たっぷり注いだ白ワインは、貝類と魚の出汁で白く濁っている。汁の上には、ぽつぽつとオリーブオイルの金色の玉が浮かんでいて、ミニトマトの赤色が目にも鮮やかだ。


 ……ふっふっふ。後は、煮上がったらイタリアンパセリを散らすだけ。これで、見た目は物凄い手が込んでいそうな、けれども煮ただけという、おもてなしにぴったりの魚料理――アクアパッツァの完成だ!



「アクアパッツァは、俺に任せてくれていいよ。他の支度をしてくれるかい?」

「うん、わかった!」



 鼻歌まじりに、〆の準備もしつつ、ふと、なんとなしに顔を上げる。

 すると、市場の隅に未使用の水の魔石が積んであるのが見えた。


 それを見た瞬間、とあるアイディアが浮かんできた。通りがかった漁師さんに魔石を少し借りられないか訊く。すると、怪訝な顔はされたけれど、漁師さんは魔石を快く貸してくれた。


 ……よし! コレを使って、最後にアレを作ろう!


 私はウキウキしながら、調理に戻る。

 後は、バゲットを切ったり、箸休めになりそうなものをこしらえるだけだ。



「――くっ! 流石、ジルベルタ。葡萄酒が特産というだけある……!!」

「だろう! もっと飲め飲め!!」



 遠くでは、ティターニアが嬉しそうに飲んでいる声が聞こえる。


 ……うー! 早く飲みたい!


 私は少しソワソワしながら、アクアパッツァの具合を見るために、ジェイドさんの下へと戻ったのだった。

やっぱり伸びました涙

次回でこのエピソードは終わります。

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