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海辺の町、潮騒に誘われて1

甘々注意報発令中(当社比)

 召喚の儀は、毎週土曜日の朝10時に行われる。

 我が家の庭にある、桜の木。そこの前に、山ほどの食料や、買ってきて欲しいと頼まれた品を積み上げて、精霊王の魔石――所謂、聖石を手にしてその時を待つ。

 それは、ジルベルタ王国にあった、聖女召喚の術式が刻み込まれたものとはまた別のものだ。所謂、目印(・・)のようなもので、彼の国で魔法が発動した瞬間、それを持っていた者が召喚される――そんな仕組みになっている。


 今日も時間になったので、いそいそと桜の木の下にジェイドさんと一緒に移動する。

 すると、足下にまばゆい光を放つ魔法陣が現れた。次の瞬間、ふわりと浮遊感を感じて、瞑っていた目を開ける。するとそこには――。



「……」



 心底嫌そうに顔を顰めて、懐中時計を手に佇む例の魔道士さんの姿があった。

 黒っぽいローブを目深に被り、げっそりとやせ細っているその人は、前回会った時よりも、目の下の隈が濃くなっているような気がする。

 私は背筋をしゃんと伸ばすと、勢いよく頭を下げた。



「きょ、今日もありがとうございます……」

「ふん!」



 彼は、榛色の瞳を細め、鼻を鳴らすと、スタスタと何処かへ行ってしまった。すると、彼の後ろに待機していた、同じローブを着た老人たちも、私たちにぺこりと頭を下げて去って行く。そして、その場に残ったのは、私とジェイドさんだけになった。


 今、私たちがいるのは、城の地下にある祭壇の間だ。

 中央に、一段高い舞台が設えられていて、それを取り囲むように複雑な魔法陣が描かれている。壁に掛けられた松明の灯りに照らされて、一見すると、生贄でも捧げそうな雰囲気がある部屋だ。


 私は魔道士たちが部屋を出ていくのを見送ると、はあとため息を吐いた。



「相変わらずだね……」

「まあ、人生を懸けて守ってきた秘術を、こんなホイホイ使われたらね……」



 ジェイドさんと顔を見合わせて苦笑する。

 あの花見の日。妖精女王(ティターニア)に、聖石に簡単に魔力を充填されてしまった彼は、あの後かなり荒れたらしい。精霊王に傾倒していた彼にとって、あの石はそれほど神聖なものだったのだろう。そのせいなのだろうか。毎回、異世界に召喚される度、非常に不愉快そうな顔に出迎えられる。


 正直なところ、彼の複雑な心中が察せられるだけに、なかなかこちらも複雑なものがある。

 ……なんとかして彼の笑顔が見たいなあ、なんて思うのは贅沢な願いだろうか。



「ようこそいらっしゃいました。茜様、ジェイド」



 すると、魔道士たちと入れ違いに、私たちの方に誰かがやって来たのに気が付いた。

 それは、黒々とした髪をひっつめにして、シワひとつないメイド服を着込んだ、王妃様付き侍女筆頭カレンさんだ。カレンさんは、私たちの足下にある品を確認すると、部下の侍女に指示を出して、それを運び出させた。そして、カレンさんは私たちに向き合うと、今日の予定を聞いてきた。



「ええと、少し遠出をしようかと……」

「そうですか。それは良うございますね。……ああ。そういえば、この間頂いた」



 カレンさんはそう言うと、徐にポケットからとあるものを取り出した。

 それは、花の絵柄が可愛らしいハンドクリームのチューブだ。いい香りがすることで有名な、よくデパートなんかに入っているショップのクリーム。この間、それをカレンさんにプレゼントしたのだ。



「……これのおかげで、長いこと苦しんできた手荒れが治りました。感謝いたします」



 カレンさんは頭を下げると、目元をゆるりと緩めた。

 私は嬉しくなって「お世話になっていますから」と伝えると、途端にカレンさんの目がキラリと光った。



「そう言えば、王妃様が今度、時間を作るようにとおっしゃっておりました」

「……時間?」

「ええ。ドレスやら、宝石やら、靴やら……仕立てるものは沢山あります。会場も決めねばなりませんし、招待客も選別しなければなりません。そちらの世界と違って、こちらは手紙が届くまで数ヶ月を要することもありますから、何事も前もって行わなければ」

「え、ええと!」



 私は、まるでマシンガンのように喋りだしたカレンさんを遮り、こっそりとジェイドさんの手を握る。そして、忙しなくジェイドさんの目に合図を送りながら、じりじりと扉の方へと向かった。



「……きょ、今日は時間があまりありませんのでー! また今度! 失礼します!!」



 私はそう言って、勢いよく儀式の間を飛び出した。




 パタパタと忙しく廊下を駆け抜ける。すれ違った兵士たちは、一瞬驚いたような表情をするけれど、走っているのが私とジェイドさんだと気がつくと、途端に頬を緩める。そして、笑顔で挨拶をしてくれる。


 私たちは、沢山の人に挨拶を返しながら、息が切れるくらい走り続けた。そして、たどり着いた先は――城の中庭だ。

 異世界は、日本とは季節が少しずれていて、もうそろそろ初夏を迎えようとしている。

 明るい太陽の光が、青葉を色鮮やかに照らし出して、庭全体がきらきらと眩しいくらいだ。



「はあ……なんとか逃げられた、かな?」

「危なかった。王妃様ったら、まだ諦めてなかったのね」

「まだ、王家主催で結婚式をするつもりらしいね。王妃様も困ったものだ」



 私とジェイドさんは顔を見合わせると、大きくため息を吐いた。



『茜ちゃんは、私の娘のようなものだもの! 任せておいて!』



 王妃様は、私とジェイドさんが婚約したと知ると、大層喜んでくれた。

 瞳に涙を浮かべて、まるで実の母のように私を抱きしめてくれた。死んだ母に似た雰囲気を持つ王妃様にそう言われると、内心嬉しくはある。多分、一緒にあれこれ悩みながら、結婚式の準備をするのはきっと楽しいだろう。けれど……。


 ……国民の血税を、そんなことに使わせてなるものですか!


 私は、確かに聖女の姉ではある。けれど、ジェイドさんは普通の貴族だし、税金をたっぷりと掛けて、盛大に式を挙げてもらう筋合いはない。

 それに、あまり目立つことは嫌だ。式を挙げるとしたら、出来ればこじんまりと……身内だけで済ましたい。


 そう思った私は、最近は王妃様からとことん逃げることにしている。



「ルイス王子がさっさと結婚してくれれば、王妃様の熱も下がると思うんだけどねー」

「まあ、国家間の色々な駆け引きがあるだろうからね。次代の国王の婚約者の選定ともなると、なかなか難しいんだろう」



 あの、一癖も二癖もある第一王子……彼に嫁いでくるお嫁さんというのは、一体どんな人になるのだろう。早く結婚してくれないかなあなんて思いながら、空を見上げる。はるか上空で、大鷲が飛んでいるのが見える。眩い太陽の光の下、優雅に空を飛んでいる大鷲の姿は、夏頃によく見られる光景だ。

 ……ああ、異世界はもうすぐ夏本番だ。

 ひとり物思いに耽っていると、ジェイドさんが何かを思い出したかのように、ぽんと手を打った。



「じゃあ、これからどうしようか……旅行するんだよな?」

「そうだね。ティターニア……は、まだ来てないけど、そのうち来るでしょ」



 キョロキョロと辺りを見回す。けれど、どこにもあの白金の髪も、白いレースのドレスも見当たらない。いつもなら、すぐに出迎えがあるのだけれど……まあ、あの気まぐれな妖精女王のことだから、気にしないことにしよう――なんて思いつつ、うーんと首を捻る。なにせ、先日唐突に思いついたものだから、旅行について具体的な案なんてなにもない。


 すると、そんな私にジェイドさんはあることを提案してくれた。



「じゃあ、どうだい? 茜も行ったことのある場所だけど、観光はしていないところ……なんて」

「へ? そんなところ、あったっけ?」

「ああ、結構な近場でね。活気があっていいところだよ」



 すると彼は、すうと蜂蜜色の瞳を細めた。そして、手を私の頬に伸ばすと、さらりと撫でる。そして、指先で耳朶を掠めるように触れて――柔らかな微笑みを浮かべて言った。



「将来、ずっと一緒に住む場所を探すんだものな。色んなところに行ってみよう」

「……ッ! しょしょしょ、しょうね!?」



 ――ああああ! なんだこの甘い雰囲気は!


 動揺して、顔から火が出そうなくらいに熱い。堪らず、くるりと後ろを向いて、熱くなってしまった頬に手を当てて羞恥心に耐える。すると、背後からくつくつと笑う声が聞こえた。どうやら、からかわれたらしい。


 ――じぇ、ジェイドさんめ……!


 私は拳を握りしめると、いつか仕返ししてやると心に決めた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ジェイドさんが言っていた場所――そこは、王都からほど近い港町だった。

 そこは妹のひよりが、氷上船に乗って穢れ島に向かって出発した地。王都から、馬車だと2日、大鷲だと半日程で到着する場所にある。



「ありがとう!!」

『ああ、楽しんでくるがいい。帰ったら、我が妻に土産話でもしてやってくれ』

「うん。そうする。リリによろしくね!」



 強い風を巻き起こしながら、私のよく知る大鷲よりも一回りほど大きなそれは、天高く登って行った。それは、大鷲のリリの旦那さまだ。本当ならば、久しぶりにリリに会いたかったのだけれど、彼女は今、絶賛子育て中だ。やんちゃ坊主に振り回されて、色々と苦労しているらしい。


 町から少し離れた場所に降ろして貰った私たちは、ゆっくりと港町の入り口に向かって歩いていく。すると遠くから、ある音が聞こえてきた。その音を聞いた瞬間、私の中のテンションがあっという間に最高潮に達した。



「ジェイドさん! 行きましょう!!」

「……わっ、茜!?」



 私は、堪らずジェイドさんの手を引いて、音のする方に向かって駆け出す。そして、暫くしてなだらかな上り坂を登った先に――あるものが見えてきた。



「海だーーーー!!」



 それは、どこまで透き通った青い海。

 白い砂浜がどこまでも続く海岸線。きらきらと太陽の光を反射しながら、穏やかな波が打ち寄せては返している。


 歩き辛い砂地を踏みしめて、ジェイドさんの手からボストンバックを奪い取って、ポイと投げる。

 そして、サンダルをそこらへんに放り出して波に向かって走った。



「きゃあー!! 冷たいー!! ジェイドさんも! 早くー!」



 足に触れた海の水の冷たさに、笑いながらジェイドさんを見る。ジェイドさんは苦笑すると、自分も靴を脱いでこちらに近づいてきた。私は、海水の感触を楽しみながら、ジェイドさんに言った。



「祖父の家がある場所って、どちらかと言うと山の中でしょう? 両親と住んでいたところもね、海から遠い場所だったから……もう、海ってだけで嬉しくなっちゃうの!」

「そうなのか」

「うん。もう、潮騒とかやばいよね。もう……ワクワクする!」



 スカートの裾を摘んでぱしゃぱしゃと水と戯れると、子どもの頃に戻ったような、そんな気分になる。それに異世界の海の美しさは格別だ。まるで沖縄のような澄み切った碧。その美しい色に囲まれている――そう思うだけで、気持ちが沸き立つ。

 普段、山の中に住む者にとって、海というのは憧れの場所。海と言うだけで、テンションマックスになれる場所なのである。


 だからなのだろう。……この時、私は浮かれきっていた。砂に隠れて石が転がっているのに気が付かず、思い切りそれを踏みしめてしまった。

 ――その結果。



「ひゃあ!」

「茜!?」



 大きな水しぶきを上げて、ジェイドさん諸共、転んでしまった。



「……」

「……」



 ぽたぽたと水を滴らせて、ジェイドさんが私に覆いかぶさっている。

 幸い、波打ち際だったから、溺れるようなことはなかった。けれど、ふたりしてずぶ濡れだ。

 暫く、沈黙が流れる。お互いになんとも言えない微妙な顔で見つめ合っていると――堪らず、噴き出してしまった。



「ぷっ……! あはははははは!!」

「ふ……あははははは……!!」



 身を捩って、ひたすら笑う。ジェイドさんも、私の首元に顔を埋めて、可笑しそうに笑っている。

 ……ああ、何しているんだろ。

 そんな風に思う冷静な自分も頭の片隅にいるのだけれど、今が楽しいからいいや、なんて気楽な自分もいるのだから面白い。


 ――こんなこと、一年前には絶対に考えられない。妹がもたらした平和。それによって得られた幸福があってこその笑顔だ。



「もう! 町に入ったら、何はともあれ着替えなくっちゃ」



 私は肌にへばりついている服を摘みながら言う。折角、新しく仕立てたばかりなのに、ひどい有様だ。

 


「だなあ。宿を探そう。少しのんびりしたら……その後、何処に行こうか」

「なに言っているの。のんびりしていられないわよ」



 私がそう言うと、ジェイドさんはぱちくりと目を瞬いた。

 なんのことやら理解していないジェイドさんに、私は小さく笑うと、彼の耳元に口を寄せて、囁くように言った。



「もしかしたら、あの町で食堂を開くことになるかもしれないのよ。着替えたら、すぐにでも市場を見に行かなくっちゃ。名物がなにかとか、調べることが沢山! しっかりして? ……未来の旦那様」



 すると、「未来の旦那様」と言った瞬間、ジェイドさんの耳が真っ赤になってしまった。


 ――ふっふっふ! 仕返ししてやったぜ……!!


 そう思って、内心ほくそ笑んでいると、両手をがっしりと抑え込まれてしまった。



「……まったく、君って奴は。茜のせいで、転んでずぶ濡れになったんけどな」



 ジェイドさんは、蜂蜜色の瞳を意地悪そうに細めると、その薄い唇を弓なりにしならせた。



「お仕置きが必要かな」

「え? ちょっと。待って!? えええええ!?」



 どんどん近づいてくるジェイドさんの顔。私は顔を振って抵抗したけれど――為す術もなく、唇を塞がれてしまったのだった。


 ……教訓。海だからって、調子に乗ったらいけません。

前中後編の予定でした……が、HAHAHA! 全四回の予定です〜


新作「あやかし世界の貸本屋さん」もどうぞよろしくお願いします!

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