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エピローグ 姉妹と桜舞い散る大宴会2

 異世界でのお花見で食べるのに相応しいのは、あの時、精霊界で食べたお花見弁当。

 懐かしい家族と一緒に舌鼓を打った、あの味を再現したい。

 そう思った私は、丁寧に下ごしらえを進めて行った。流石に、フォレがなんでも取り寄せてくれたあの時とは違って、加工品は一つ一つ準備をしなければならない。


 でも、このお花見弁当は特別だ。これだけは、手を抜くわけにはいかない。

 ――きっと、このお弁当は私たち姉妹にとって、特別なものになる。そんな予感がしていたからだ。


 私はジェイドさんと一緒に、準備を進め――花見の当日を迎えたのだった。



「よっし!」



 私は、満足気にお重の中を覗き込んで笑った。


 ――今日この日のために準備した料理たちは、四角いお重のなかで華やかに咲き誇っていた。


 まずは、お祖母ちゃん仕込みのおいなりさん。

 あの時とは違って、お揚げを作るところから始まったので、とても時間が掛かってしまった。妹が好きな、干し椎茸と人参のおいなりさんは、飾り付けた海老の赤色と絹さやの緑色がなんとも色鮮やかだ。この他に、ごまを酢飯に混ぜただけのシンプルなものと、赤飯を入れたおいなりさんを作って交互に並べれば、豪華な仕上がりになる。


 クリームチーズは、テスラのシロエ王子が用立ててくれた。それを、甘いかぼちゃと混ぜて巾着にした。オーク肉で作った熟成ベーコンで、アスパラっぽい異世界食材を巻いてカリカリに焼き上げた。大ぶりの海老は、ジルベルタ王国の近海で今朝方揚がったばかりのものだ。それをエビフライに仕上げていく。そして、山の主が届けてくれた、朝採れのたけのこをじっくりと出汁と醤油で炊いて――一番最後に作ったのはこれ。



「わあ、おねえちゃん! それって……!」

「お母さんのうな卵だよ。ひより、大好きでしょう?」

「うん。大好き! すごいや、おねえちゃんとっても上手に出来てる!」



 妹はうな卵をお弁当の中に見つけると、頬を緩めた。

 勿論鰻の蒲焼きだって一から作った。レイクハルトから小ぶりのうなぎを取り寄せてもらって、捌くところから始めたので、これもかなりの手間暇が掛かっている。

 因みに、うなぎを持ってきてくれたレイクハルトの使者に代金を渡そうとしたところ、何故か代金の代わりに醤油をねだられたのは、また別の話である。



「精霊界でね、教えてもらったのよ。お母さんみたいに出来ているでしょう?」

「楽しみだなあ……。また食べられるなんて、思ってもみなかった」



 妹は、じんわりと瞳を滲ませて、うな卵を見つめている。

 そして、笑顔を浮かべて言った。



「日本に戻ったら、また作ってね」

「……」



 私は笑っている妹をじっと見つめた。今日の妹は、いつもと比べると元気がない。きっと、今日のお花見が、この世界で皆で食べる最後(・・)のご飯だとわかっているからだ。

 色々と思うところがあるのだろう。私だってそうだ。いつものように、浮かれた気分にはなれない。

 なぜならば――私たち姉妹は、この花見が終わった後、日本に戻る手はずになっているのだ。




 浄化が終わり、聖女としての役目を終えた妹は、異世界に残るか日本に戻るのかを選ぶ必要があった。それは、この世界に召喚された時から言われていたことだ。

 王様たちは、私たちにふたつの道を提示してくれた。

 ひとつは異世界に残る道。もし、残るのであれば、最高の待遇で迎えること。

 そしてもうひとつは……日本に帰る道だ。そうなれば、相応の報酬――宝石や金塊など――を渡した上で、あの私たちが召喚されたクリスマス・イブに戻してくれると言ってくれた。


 勿論、即答出来ることではない。妹は、一旦答えを保留すると、数日間悩みに悩んだ。

 そして――日本に帰るという結論を出した。


 正直なところ、妹の出した答えに、私は驚いていた。

 妹は、この世界に残りたいと言うのではないかと、漠然と考えていたからだ。浄化が終わったとは言え、妹の持つ聖女の力は強大だ。この世界であれば、聖女としての実績もあるだろうし、楽しく暮らせるだろう。冒険や派手なことが好きな妹は、きっとそちらを選ぶに違いない。そう思っていたのに。



「ねえ、ひより。本当に日本に帰るの?」



 私は沈んだ様子の妹に、何度めかわからない同じ質問をした。

 すると、妹はいつも同じような顔をして私に言うのだ。



「もう、おねえちゃんはしつこいなあ。この世界で、私が出来ることは終わったの。この先、地上に出てくる邪気は、聖女がいなくても対処出来るくらいの量らしいし。それに、精霊信仰を広げて、聖女召喚がない世界にするっていうのは、きっとシルフィ姫や精霊王自身がやってくれるわ。私の居場所なんてないのよ」



 私は、妹が想像していたよりも、しっかりとした考えを持っていたことに驚いた。それは、無鉄砲で甘えん坊だったあの頃と比べると、成長が感じられて、姉としては嬉しくもあった。けれど、どうも思考が後ろ向きになっているような気がして、私はそこに引っかかりを覚えていた。



「そんなことない。ひよりがこの世界にしたことは、とても凄いことなのよ。皆、ひよりのことを歓迎してくれる。だから、居場所がないなんてことは――」

「それが嫌なの」



 すると、妹はふいとそっぽを向いてしまった。



「過去の栄光に縋って、ずっとお客様待遇でいるなんて嫌なの。確かに魔力は多いし、特別な力を持っている。でもさ、それが何って感じだもの。私自身はそこに価値を見いだせない。私はやれることをやった! だから、満足しているんだ。この世界に未練はないよ。それに私ね、思うんだ――」



 妹はシンクの上で、固く手を握っている。その手は、まるで妹の頑なな心を表しているようだった。



「私が、もっと物知りだったら、出来ることが沢山あったんじゃなかったのかなって。だから私ね、帰ったらいっぱい勉強するんだ。お金の心配はしなくていいみたいだから、大学に入って、いろんなことを研究してみたい。もっといろんなものを知って、自分の世界を広げて――本当の意味で必要とされる人間になりたいと思うの。おねえちゃん、応援してくれる?」



 私は妹の言葉に黙って頷く。すると、妹は私をじっと見つめて言った。



「私は自分の道を選んだよ。ねえ、おねえちゃんも自分の好きな道を選んでもいいんだよ?」



 私は微笑みを浮かべると、妹の頭を撫でてやった。



「私だって、たくさん考えたよ。この世界のこと、あちらでの生活でのこと。でも、最終的にはひよりを支えたいって思ったの。ひよりが、独り立ちするまでは見守っていたい。そんなに長いことじゃないもの。駄目かな」



 すると、妹は少し泣きそうになりながらも、頷いてくれた。

 私は小さくため息を吐くと、袖で涙を拭っている妹を見つめた。


 ……胸の奥がもやもやする。これは、すべてをやり遂げ、満足して自分の世界に帰る人間の姿だろうか。決して、間違ったことを言っていないだけに、中々判断が難しい。

 

 ――だから、聞いた。妹の本心を知りたくて、繰り返し聞いた。そして、私は確信したのだ。



「……ねえ、ひより。もう一度聞くね。本当に、日本に帰りたいの(・・・・・)?」



 すると、妹は小さく笑って、完成したお弁当を持って居間に行ってしまった。

 私は胸元でぎゅっと手を握りしめると、妹の去って行った方向を見つめた。

 縁側では、皆が花見の準備をしてくれている。私たちの送別会を兼ねた花見は、皆がそれぞれご馳走やお酒を持ち寄り、とても豪華な花見になりそうだ。



「……茜? 大丈夫かい」



 すると、居間と台所を繋ぐ扉から、ジェイドさんが心配そうにこちらを覗いていた。

 私は彼に駆け寄ると、思い切り抱きついた。



「……大丈夫とは言えないです」



 そして、ちょっとだけ愚痴を零す。すると、ジェイドさんは私の髪を撫でてくれた。



「俺がついているから」



 ジェイドさんの言葉が堪らなく嬉しくて、私は彼の胸に甘えるように顔を擦り付けた。



「……ご迷惑をお掛けします。それに、本当にいいんですか? ――騎士をやめるだなんて」



 すると、ジェイドさんは朗らかに笑って、私を強く抱きしめた。



「騎士なんて、俺以外にも沢山いるからね。それに、家族も了承している。三男だから、家督なんてこれっぽっちも関係ない。丁度いいさ」

「でも、住み慣れた世界を離れることになるんですよ?」

「それは、今の茜たちと状況は一緒だろ? それに――」



 ジェイドさんは私の耳にそっと顔を寄せると、囁くようにして言った。



「茜と一緒なら、大丈夫さ。何故かわからないけどね、そう確信しているんだ」



 その甘い声に、思わず赤面する。ぞくぞくと背中を甘いものが駆け上って来て、足から力が抜けそうになってしまった。


 ……ぐぬぬ。ジェイドさんは、気を抜くといつもこういうことをする……!!


 なんだか悔しくなってきて、私は楽しげに笑っている彼のふいを突いて、唇を奪ってやった。私の突然の大胆行動に、ジェイドさんは目を白黒させて驚いている。



「ふふふー! 目には目を、恥ずかしいことには恥ずかしいことを、ですよ!」

「茜。顔が真っ赤だよ」

「くっ……!! 私の修行が足りない!」



 私はひとしきり悔しがると、ちょっぴり涙目でジェイドさんを睨みつけた。



「ど、どちらにしろ! どこの世界でだって、幸せにしてやるんですからね。覚悟しておいてください!」

「それは、男として言われたくなかったなあ……」

「じゃあ、幸せにしてください!」

「勿論さ」



 ジェイドさんはそう言うと、甘い笑みを浮かべて、私の唇に自分のそれを重ねた。


 ……うう。いつになったら慣れるんだろう。頭が茹だっちゃいそう……。


 ひとりクラクラしていると、唇を離したジェイドさんは、途端に心配そうに眉を寄せた。



「それにしても。本当にやるのかい(・・・・・・・・)? 少し、心配だな……」



 私は、顔を振って頭をしゃっきりとさせると、ジェイドさんに向かって大きく頷いた。



「やります。私はおねえちゃんですからね、妹のために……妹がきちんと、晴れ晴れとした心で前に進めるように、手助けしてやりたい。その上で――最終的に判断するのは妹ですから」

 


 私は大きく息を吸うと、真っ直ぐにジェイドさんを見つめて、決意を口にした。



「私の最後のおもてなし。絶対に成功させてみせますから!!」

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