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そして掴み取ったものは8

「……私は、一体何を……」



 彼は、落ち着かない様子で周囲を見回している。けれども、不思議なことに、銀色の睫毛で縁取られたその瞳は閉じられたままだった。どうしたのだろうと訝しんでいると、彼は宙に向かって手を伸ばし、何かを探すように彷徨わせた。そして、妹の靴のつま先に触れると、ほう、と熱い吐息を漏らした。



「その魔力――もしや、あなたは精霊王様ではありませんか」



 すると彼が発した言葉に、妹の傍に立っていた精霊王がビクリと体を竦めた。

 彼は本当の精霊王に気づくことはなく、妹に向かって語りかけた。



「ああ……ああ、来て下さったのですね。待っていたのです。神殿に軍勢が攻め込んできた時も。身が焼けてしまいそうなほどの炎に巻かれて、逃げ惑っている時も。――我が首が落とされた瞬間も」



 すると、彼は震える手で自分の目を触り、くしゃりと顔を歪めた。



「熱い煙に巻かれて、目が見えなくなってしまいました。精霊王さまの美しい御姿を、この目に出来ないのが口惜しい」



 彼はそう言うと、妹の足に縋り付いた。彼の手は、既に半分ほどが白骨化してしまっていて、どうやら上手く動かせないようだ。何度も何度もずり落ちては、また縋り付くを繰り返している。



「――ッ!!」



 妹は一瞬たじろいだ。他人に――それも、一部が白骨化しているような人から触れられるなんて、恐怖以外の何物でもないのだろう。けれども、妹は表情を強張らせながらも彼を振り払うことはなかった。只々、悲しそうに足下のその人を見つめている。

 するとその人は、震える声で妹に尋ねた。



「あれから、何年経ったのでしょう。私は何故ここにいるのでしょう。信者たちは無事なのでしょうか。私は首を切られ、死んだはずでしょう? なのに、私はどうしてここに――」

「……まさか」



 その言葉を聞いた瞬間、私は目の前の人が誰なのかを理解した。思えば、この見事な銀髪には見覚えがある。精霊たちが見せてくれた、精霊王に纏わる過去。穢れ島が、炎と煙、そして暴力に晒されたあの日。巨大な精霊王を象った像の下で、その銀髪は血で染まっていた――。

 

 彼は穢れ島で処刑された、当時の精霊信仰の最高指導者。その人に間違いない。


 すると、妹に質問を投げかけ続けていた彼は、突然、ぐしゃりとその美しい銀髪を手で乱暴にかき乱した。途端に息が荒くなり、体が震え、額に血管が浮かび上がってくる。



「……そうか。私は――あの場で死ぬことが、あまりにも無念で、悔しくて、悲しくて、痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて――ああああああああああ!!」



 ゆらりと、彼の体から邪気が一瞬立ち昇る。けれども、この場に満ちた妹の魔力によって、あっという間に浄化されてしまった。そのお陰で、彼はすぐに正気を取り戻したようで、はっと顔を上げた。



「……なんてことだ。私は精霊王様に仕える身でありながら、人ではない何かに堕ちてしまっていたのですね」



 すると彼は、急に辺りを手で探り始めた。そして、妹の手にした杖に指先が触れると、白骨化した手で手繰り寄せて、輝石の嵌った部分を自分の頭に向けさせた。



「どうか、どうか……! 早く、私をあなたの力で消し去って下さい!! 目の前にいるのは、あなたへの恨みつらみで我を忘れ、人間であることを捨てた化物です!!」



 彼の伏せられた瞳から、透明な雫が零れ落ちる。

 するとその時、精霊王が動いた。彼女は、その人の傍らにしゃがみ込むと、手で濡れた頬を拭ってやった。



「……泣かないで。自分のことを、化物だなんて」



 すると彼は、一瞬だけ驚いたような顔をすると、ふわりと柔らかく笑った。



「やはりあなたはお優しい。こんな化物にすら、慈悲を頂けるとは……。あなたに比べると、なんて私は滑稽で愚かなのだろう。覚えていらっしゃいますか。初めて供物を捧げた時のことを」



 彼は、時折声を震えさせながらも、乞うようにして精霊王に語りかけた。

 すると、精霊王は静かに頷いた。



「わたくしが初めて食べ物を口にしたのは、あなたの用意してくれた供物でしたね。今でも覚えています。とても美味しかった」



 それはどこまでも優しい言葉。きっと、自分に対して言われたら、思わず笑みを零してしまうような――そんな言葉なのに、彼はまるでそれが聞こえなかったかのように、暗い表情のまま話を続けた。



「人間は、純粋なあなた様と違ってどこまでも穢れている。そんな人間の作ったものを口にするなんて、さぞおぞましかったことでしょう。けれど、優しく寛大なあなたは、嫌な顔ひとつせずに食べてくれた。それに、美味しいとまで言ってくれたのです。あのときの感動は、今でも忘れられない――」



 その人は頬を薔薇色に染め、うっとりとした様子で言った。しかし、それを傍で聞いていた精霊王は、不快そうに顔を顰めてしまった。



「どうしてそんなことを言うのです? わたくしは、人間が穢れているだなんて、思ったこともありません」



 まるで真逆の表情を浮かべたふたりの掛け合いは続く。いや、掛け合いと言っていいものなのだろうか。それは、どこまでも平行線を辿り、どこまでも噛み合わない。まるで、お互いに壁に向かって話しているようだった。不思議に思って、彼をまじまじと見る。

 ……ああ、長い銀髪に隠れて見えなかったけれど、髪の毛の下や首元に掛けて煤と血でべったりと汚れている。もしかして、彼は耳が聞こえていないのかもしれない。

 そのことを精霊王に教えようとも思ったけれど、ふたりの掛け合いは切れ間なく続けられていて、どうにも口を挟めるような雰囲気ではない。私はモヤモヤとしたものを抱えながらも、彼らを見守った。



「私との雑談にも応じて下さいましたね。貴いあなたの一言一句、無駄にしていいものなど何もないと言うのに、なんて恐れ多いことをしたのでしょう。でも、嬉しかった。あなたと別れた後、息が上手く吸えなくなるくらい、嬉しくて泣いてしまった」

「さっきから、何を言っているの? あなたとの他愛もない話は、わたくしの密かな楽しみでした」

「私のような、下等な存在が声を掛けるなど……なんて烏滸(おこ)がましいことを。けれど、あなたは私を罰せずにいてくれました。あなた様ほどの方であれば、愚かな人間の考えることなんて、筒抜けでしたでしょうに、私が邪な想いを抱くことすら許して下さった。……ああ、なんて慈悲深いのでしょうか」

「どうしてあなたを罰する必要があるのです! それに、邪な想いなんて知りません。意味がわからない!」

 


 精霊王は(かぶり)を振ると、その人の手を取った。



「わたくしは、あなたを友だと思っていたのです。どうして、あなたを罰することが出来るのでしょう」



 すると彼は、怒りの表情を浮かべて精霊王を罵った。



「今思えば、どうして罰してくれなかったのです。届かぬ存在に恋い焦がれた、愚かな人間を。独占欲と、妄想に取り憑かれた滑稽な私を罰してくれていれば、こんなことにはならなかった!」



 彼の言い分は、どこまでも自分本位だった。精霊王ははるか高みの存在であり、自分は下劣で取るにならない存在だと言い続けている。万能の存在である精霊王は、自分の想いも含めて、すべて知っているはずだと決めつけている。

 精霊王は彼が何かを語り、自分の世界に浸るたびに、悲しそうな、辛そうな表情になっていく。

 ――そして、彼が最後の言葉を紡いだ瞬間、精霊王はその手を離してしまった。



「愛する人に断罪されていれば、魔物に堕ちるほどに後悔の念を残すことはなかったのです。……ええ、そうです。私はあなたを愛していた。愛していたからこそ、憎かった。私の気持ちをご存知であるはずのあなたが、私を見捨てたことに腹が立ったのです。私は憎くて憎くて憎くて痛くて痛くて痛い痛い痛い――あ、ああああああ!!」



 その時、また彼の体から邪気が立ち昇り、そしてあっという間に浄化された。

 そして彼は、ハッとして周囲を見回すと、震えながら氷上に額を擦り付けるようにして伏した。



「わ、私は――一体……。ああ、駄目だ。私はもう、正気ではない」



 そして彼は、ゆっくりと顔を上げ、晴れやかな――どこか吹っ切れたような笑みを浮かべた。



「精霊王様――どうか、私のことはお忘れ下さい。私には、あなたの記憶に残る価値すらない」



 そして、次の瞬間には淡い燐光となり、溶けるように空へと還っていった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――しん、と静まり返った氷上を、やけにぬるい風が流れていく。

 精霊王は、数瞬の間、固く目を瞑っていた。



「……すべてはわたくしが未熟であった故。わたくしの業から始まったのだわ」



 精霊王はそう呟くと、ゆっくりと虹色の瞳を開き、まっすぐに顔を上げた。



「忘れてなど、やるものですか」



 そして、決意の篭った眼差しで妹と私を交互に見た。



「よくやってくれました。これで、一応の危機は去ったでしょう。この世界の管理者として、最大の感謝をあなたたちに」

「これで……次の急増期までは、大丈夫でしょうか」



 妹がそう聞くと、精霊王は表情を曇らせた。



「今のところは。けれど、人間の数は今も増え続けています。穢れの元は増えるばかりです。何か手を打たなければ、急増期の間隔は短くなっていくでしょう。……それは避けねばなりません」



 すると、カイン王子が精霊王の下へと一歩前へ進み出た。彼はその場に跪き、頭を垂れた。



「精霊王よ、我らが目指しているのは、将来的に聖女召喚が不要になる世界なのです。どうすれば、邪気を減らして行けるのか……共に考えましょう。微力ですが、私たちも協力させて下さい」

「ヒトの子よ。よく言ってくれました。共に、明るい未来を手に入れましょう」



 精霊王はそう言うと、にこりと笑った。

 するとその瞬間、精霊王の放つ輝きが一層増した。その光は、在る種の畏れを抱くほどに神々しく、精霊王たちの様子を見守っていた人々は、自然とカイン王子に倣ってその場に跪いた。

 ――もう、彼女を『精霊王』と呼ぶのは相応しくないのかもしれない。

 そう思いつつも、私も皆と同様に彼女に頭を垂れた。



「聖女。そして、その姉よ。こちらに来なさい」



 するとその時、突然精霊王が私たちを呼び寄せた。私は妹と顔を見合わせると、精霊王の下へと向かう。周囲から注がれる羨望の眼差しを、居心地悪く思いながら歩いていると――。



「最大の功労者であるあなたたちに、わたくしからのお礼を」



 そう精霊王が言った瞬間――私は後ろから、急に誰かに抱きしめられた。



「お疲れ様」



 途端に、胸が酷く苦しくなる。視界に入り込んだその手は、柔らかくて温かくて。聞き慣れた声は、切なさと寂しさを喚起させるものだ。私は息をするのも忘れ、恐る恐る後ろを振り向く。すると、視界いっぱいに笑っている母の顔が映った。



「……どうして」

「あの子がね、色々と便宜を図ってくれたのよ。ほんの少しの間だけ、ここにいられるようにって」



 驚きのあまりに勢いよく精霊王の方を見ると、彼女は唇に人差し指を当てて、悪戯っぽく笑っていた。もしかしたら、正攻法ではないやり方で家族を呼び寄せてくれたのかもしれない。

 ――じゃあ、もしかして!

 私は期待を胸に、隣にいる妹を見る。すると、妹は無言で父に抱きついていた。抱きつかれている父は、感激の余りに涙を浮かべて、なんとも情けない顔をしている。



「ひよりが、こんなに素直に甘えてくれるなんて……ちっちゃい時以来じゃないか? 父さん、嬉しくて溶けちゃいそうだ……」

「馬鹿ね。溶けちゃったら、その幸せもすぐに終わっちゃうわよ」



 母の言葉に、父は蕩けきった表情を引き締めると、「それは絶対に駄目だ!」と言って、妹を強く抱きしめた。母は、そんな父を若干呆れた風に見つめてから、自身も妹に近寄っていった。そして、妹の頭を優しく撫でると、感慨深げに言った。



「私が死んだのは、ひよりが十歳のころだったわね。本当に大きくなった」



 妹は顔を上げると、母の顔をまじまじと見つめた。そして、恐る恐ると言った風に母に尋ねた。



「本当にお母さんなの? 嘘じゃない?」

「嘘じゃないわ。ああ、ひより……頑張ったわね。大変だったでしょう。辛かったでしょう。……でも、ちゃんとやり遂げた」

 


 母は、妹の頭に頬を寄せると、涙を零しながらしみじみと呟いた。



「流石、私とお父さんの子だわ。なんて誇らしい」

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」



 すると、妹は父から離れて母に抱きついた。そして、堰を切ったかのように話し始めた。

 


「ねえ。聞いてくれる? 私、頑張ったんだよ。聖女なんだよ、すごいでしょう……」

「うん」

「でもね、おねえちゃんが支えてくれたから、ここまで頑張って来れたんだよ。おねえちゃんは私よりも、もっともっと頑張ったんだから」

「うん……」

「私はね、なんにもすごくないの。おねえちゃんがいたから。さ、寂しくなんて、なっ、なかったんだから。お母さんたちがいなくったって、大丈夫だったんだから……私は、だいじょ」

「ひより」



 すると、母が妹の言葉を遮った。そして、猫っ毛を撫でてあげながら、耳元でそっと囁いた。



「うん。茜も頑張ったけど、ひよりももっと頑張ったね。えらい、えらい」



 その瞬間、ひよりはくしゃりと顔を歪め、今にも泣きそうな顔をしていた。

 母はひよりを撫でながら、「えらい、えらい」と言い続けている。けれど、妹は顔をふるふると振って、自分よりも私がすごいのだと、何故か意固地になっているではないか。


 ――ああ、もう! まったく、手間の掛かる……!!


 私は妹に駆け寄ると、母ごと抱きしめた。すると、妹は目をまんまるにして驚いている。



「何言っているの。ひよりはすごいよ。私には絶対に出来ないことをやり遂げたんだもの。本当にすごいのよ。自信を持ちなさい。それにね――」



 そして、私は目に零れ落ちそうなほど涙を溜め、晴れ晴れとした笑顔を浮かべて妹に言った。



「約束したでしょう? 全部終わったら、頑張ったねって……やったねって泣き笑いするんだって。嬉し涙をいっぱい流そうって。変なことに拘ってないで、素直になりな。馬鹿」

「ううううう……!!」



 けれど、私がそう言ってもなお、妹は中々素直に泣けないようだった。

 すると、すかさずしわくちゃな手が伸びてきて、妹の頭を乱暴に撫でる。それは、祖父の大きくてゴツゴツした手だった。



「ほれ、泣け! じいちゃんもいるぞ」

「ふふふ。ひよりのそういう頑固なところは、お爺さん似かしらねえ」

「じいちゃん、ばあちゃん……!!」



 気がつくと祖母も妹に寄り添い、温かな眼差しを注いでいる。

 お祖父ちゃん子だった妹は、顔を真っ赤にして祖父の首元にしがみつくと――。



「う、わああああああん!!」



 ……やっと、泣くことが出来たのだった。



「もう、本当にうちの妹は」



 そんなことを言いつつも、私も妹と一緒に涙を零す。妹の泣き声を聞いて、やっとすべてが終わったのだと実感する。家族揃って、おしくらまんじゅうみたいに身を寄せ合い、笑顔で泣いている妹を囲む。妹はボロボロと涙を零し、盛大に洟をすすり――顔を蕩けさせて、嬉しそうに笑っていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 やがて、泣いていた妹は、袖で涙で濡れた顔を拭うと、キラキラした眼差しを私に向けた。



「おねえちゃん! もう一個の約束、覚えている!?」



 妹の言葉に、私は大きく頷いた。



「覚えてるよ」



 すると、妹はぱあっと顔を輝かせて、今度は私に抱きついて言った。



「おねえちゃん、帰ったらご馳走いっぱい作ってね! 私、おねえちゃんのご飯がないと死んじゃう!」

「あはははは! 折角、生き延びたのに死んだら困っちゃうねえ。ご馳走にしようか。ひよりの好物をいっぱい作ろう」



 私と妹は、額を合わせて笑った。お互い、涙で顔がぐちゃぐちゃだ。けれど、胸の中は達成感で一杯で、どこまでも清々しく、まるで春の空のように晴れ渡っている。

 すると、そこにジェイドさんが声を掛けてきた。



「茜! 俺も、ご馳走を作るのを手伝うからな」



 私は嬉しくなって、大きく頷いた。すると、皆が次から次へと声を掛けてくれた。



「ひより、あまり食べすぎないように、私がついていてやろう」

「殿下が聖女様の暴走を止められるとは思えませんが……」

「ひより! 僕も食べるー! 競争しよう!」

「おうおう。じゃあ、早く帰れるように、支度を急がなきゃあなあ」

「茜。お刺身も作るでしょ! あたしに任せて!」

「ぬ!? 妾は酒がいいぞ! わはは、宴じゃ。魚と乳のつまみを、山盛り用意せよ」

「正直なところ、僕はくたびれたから寝ていたいんだけど……まあ、道化の都合なんて、きっと誰も聞いてくれないさ」



 それは、ここまでの長い長い苦難の道のりを、一緒に乗り越えて来てくれた仲間たちだ。



「ひより」

「おねえちゃん!」



 堪らなく嬉しくなって、妹と頷き合う。そして、ふたりで彼らの下へと駆け寄り、誰彼構わず抱きしめて、笑いあって喜び合った。



「ぎゃー! なんでお前らは、僕の髪をぐしゃぐしゃにするんだ!」



 妹たちに集中攻撃されたユエは、そこらじゅうを走り回って逃げ始めた。その姿を、古龍が優しい眼差しで見つめている。



「お、おま……止めろ! 抱きつくのなら、そこのヒトの雄としていればよかろう!? なんで、妾まで……ぶっ!!」

「おやおや、妖精女王と言えど、聖女の姉には型無しだねえ。なんて愉快な姿……おや、妖精女王。その手に浮かぶ火球は何かな……? ハッハッハ! ……ごめんなさい!」



 一気に氷上が騒がしくなる。そんな私たちを、周囲にいた兵士や騎士たちも、やんややんやと囃し立てている。



「みなさん!!」



 するとその時、母の声が聞こえて思わず動きを止める。そして、声のした方を見ると、両親と祖父母が並んでこちらを見ていた。



「――うちの娘たちを、どうかよろしくおねがいします!!」



 両親と祖父母はそう言って、揃って深く深く頭を下げた。そして顔を上げた時、皆、目に涙を浮かべて、どこか誇らしげな表情をしていた。



「おかあ……」



 嫌な予感がした私は、母の下へと行こうと一歩踏み出そうとして――止めた。

 なぜならば、その時には既に私の家族は燐光となって消えてしまっていたからだ。

 途端、どうしようもなく寂しさが込み上げてきて、息が詰まりそうになる。けれど、すぐに私の手を温かいものが包み込んだ。



「茜」



 それはジェイドさんだ。彼は、私を優しい笑顔を浮かべて見下ろすと、そっと寄り添ってくれた。

 私は彼の大きな手を握り、その温かさにほっとする。そして、消えてしまった家族を想う。

 ――少しは、安心してくれただろうか。



「……う、ああああん……!!」

「ひより。私がついているから」



 妹が泣く声と、カイン王子が慰める声が聞こえる。

 泣いている妹の傍には、寂しさを埋めてくれる素晴らしい仲間たちがいる。

 きっと、妹の涙もすぐに枯れて、笑顔が戻ってくるだろう。そんな予感がしていた。


 ――ふと、空を見上げる。

 雲ひとつない春の空は、どこまでも広がっているように見える。

 少し前の雪雲で覆われていた名残は、今はどこにもない。

 すべてが解決した訳ではない。けれど、私たちはやれることをやりきり、最低最悪の未来を回避することが出来た。……妹がいて、仲間がいて、友だちがいて、好きな人がいる。私たちは、当たり前に大切な人が傍にいる未来を、その手に掴んだのだった。

次回、エピローグです。

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