そして掴み取ったものは4
「浄化の光よ――!」
猛スピードで氷上を滑っていく船の上で、妹が巨大な真珠のような石が嵌った杖を、天高く掲げる。
すると、そこからまばゆい光がレーザーのように放たれ、魔物の群れを貫いた。光を浴びた魔物は、苦しげな悲鳴を上げて崩折れる。その様子を見ていた妹は、むん! と、得意げに胸を張った。
「私だってすごいってとこ、見せてやるんだから!」
すると、直ぐ様カイン王子の号令とともに、魔法の矢が一斉に魔物の群れを襲い、魔物たちの息の根を止める。
粗方魔物を倒し終わると、氷上船は大きく旋回して、また別の群れに向かって走り出した。妹は立て続けに、魔物のの群れに浄化の光を浴びせながら、高笑いをしている。
「これぞ、人間砲台ー! ふはははは! 私の前に立って、生きて帰れると思うなよ……!」
「いやあ。聖女様は、まるで悪党の親玉のようですねえ」
「セシル、思っていても口に出すな!」
カイン王子は、誰よりも大量の魔法の矢を射ながら、セシル君にツッコミをいれつつ、騎士たちに指揮を飛ばして忙しそうだ。セシル君はいつもどおりの穏やかな笑みを浮かべながら、近づいて来た触手を剣で薙ぎ払い、頃合いを見計らって魔法薬をカイン王子や妹に渡したりしている。
「……うう。三人がいつもどおり過ぎて、逆にすんごい心配なんだけど」
「茜。気をしっかり持って」
「ジェイドさーん……」
その様子を上空で見ていた私は、気が気ではなかった。妹の力は圧倒的な破壊力を持ってはいるものの、何匹かの魔物は攻撃をすり抜けて反撃して来ているし、魔物の群れの後方には、とんでもない巨体を持つ魔物の姿も見える。アレに妹が立ち向かうと思うと、胃がキリキリ痛んで仕方がない。
ジェイドさんは私の肩を抱くと、自身も戦場の様子から視線を外さずに言った。
「俺たちは、ここで見守るしかないんだ。――信じよう」
「……はい」
胸が詰まる思いをしながらも、なんとか頷く。妹は意気揚々と杖をかざし、浄化の光を放ち続けている。頑張れ、と心の中で呟きながら、私はじっとそれを見守った。
「あぁ!! 駄目!!」
すると、一緒に戦場の様子を見ていたマルタが悲鳴を上げた。
……ひ、ひより!?
心臓がとまりそうになりながらも、妹の姿を探す。けれど、船の甲板に立つ妹は健在だった。
「……よかった。マルタ、びっくりしたじゃない。どうしたの?」
妹でなかったことに安堵しつつも、マルタに視線を向ける。
するとマルタは顔面を蒼白にして、戦場のある場所を見つめていた。マルタの視線の先を追うと、そこにはでっぷりと醜く太った、人間の赤ん坊のような巨大な魔物の姿があった。
「あの魔物……! 確か伝承にあった魔物だ。アレを攻撃すると、内部から毒混じりの体液が爆散しちゃうの。爆弾みたいな奴なのよ! このままじゃ、氷上船の皆が危ない!」
「ええ!?」
慌てて、魔物と氷上船の位置関係を把握する。……ああ、駄目だ! このままだと、妹たちの船が、まさにあの魔物の居る群れに突っ込んでいくじゃないか!
どうも、カイン王子たちはあの魔物のことには気がついていないらしい。どうすればいいのかわからずにオロオロしていると、マルタが樫の木の杖を取り出した。
「あたしの出番だわ! 妖精女王! あの船の上に、あたしを連れて行って!」
すると、ティターニアは半分面白がっているような口ぶりで言った。
「ほう? 小娘がか? お主が行って、なにが出来る?」
マルタは、ティターニアの言葉に自信たっぷりに笑みを浮かべると、どんと胸を叩いた。
「あたしは『毒味のマルタ』――毒の専門家なの。あたしに解毒できない毒はない!!」
「面白い。ならば、行ってくるがいい」
ティターニアはくつくつと笑うと、笑みを浮かべたまま――マルタを突き落とした。
「へ? ……ぎゃああああああああああああああああああ!!」
「……まっ、マルタああああああ!! ティターニア、なにしてんのおおお!!」
マルタの悲鳴が遠ざかっていく。私は勢いよく鳥の人外から体を乗り出し、眼下を覗いた。
慌てる私を他所に、ティターニアはケロリとしたままで人差し指をくるりと回した。すると、淡い燐光が指先に纏わりつくように現れ、マルタの方へと向かって飛んでいった。
「心配するな。妾の下僕がおるのでな」
すると燐光――妖精たちは、悲鳴を上げて空中で暴れているマルタの体を支えたのだった。
次第に落下スピードが落ちて行くのを確認して、ほっと胸を撫で下ろす。マルタはぐったりとしながらも、意識を保ってはいるようだ。
「……ひ、ひえ。死ぬかと思った」
マルタは、自分の体が妖精たちに支えられて居るのに気がつくと、漸く落ち着きを取り戻したようだった。そして、涙でぐちゃぐちゃになった顔を引き締め、まだ遥か足下に見える氷上船に向かって叫んだ。
「団長様あああああ!! 前方に、毒を持つ敵がおりますーーーー!!」
けれども、戦いの喧騒のなかで、マルタの声は届かない。
マルタは何度も何度も叫んだ。けれど、ダージルさんやカイン王子は、一向に気がつく様子はない。焦れた私は、隣に立つティターニアになんとか出来ないかと聞いてみた。
すると、ふうむと少し考え込んだティターニアは、また指先をくるりと回した。
「要するに、あれらが気がつけばいいのじゃろう。これなら、どうじゃ」
その瞬間、マルタを支えていた妖精たちが、まばゆい光を放ち始めた。
妖精は色とりどりの光を放ち、何度も明滅を繰り返す。それは、皆既日食で薄暗くなった戦場にあって、非常に目立っていた。
「……なんだァ?」
一番最初に気がついたのは、騎士たちだ。船上で剣や槍を振るっていた彼らは、頭上に輝くものを見つけた瞬間、大いに動揺して騒ぎ始めた。すると、彼らを指揮していたダージルさんも空を見上げた。そして、一瞬だけぽかんと呆気に取られたかと思うと、すぐに正気に戻って叫んだ。
「マルタァ!!」
「団長様あああああ!! 前方に、毒の魔物が!!」
「なにィ!?」
ダージルさんは、慌てて船の進行方向を確認した。すると、既にかなり近い場所に、赤ん坊の魔物が迫ってきていた。妹は、目の前に迫ってくる魔物の群れに向かって、今にも浄化の光を放とうとしている。それを確認した途端、ダージルさんは妹の方へと駆け出した。
「聖女様! そいつは撃っちゃならねぇ!」
「えっ!?」
けれども、時は既に遅し。妹の放った閃光は、赤ん坊の魔物の胸を貫いていた。
「お、おおおおお……」
その魔物は、胸を貫かれた瞬間、体の内部から歪にぼこぼこと膨れ上がり、みるみるうちに質量を増していく。
「まずい! 船の進路を変えろ!」
「ま、間に合いません……!!」
このままでは、大量の毒液が氷上船を襲う……! そう思った瞬間、マルタが動いた。
「妖精さん! 行くよお!」
マルタの掛け声と共に、妖精たちは落下速度を速めた。速度はみるみるうちに増して行き、自由落下と大して変わらないほどになった。先程上空から落ちた時は、意識を失いそうなほど恐怖を露わにしていたマルタは、今度は堂々とした態度で呪文を唱えた。
「毒はあたしの血。あたしの肉。あたしは、すべての毒を識る者。あたしはあらゆる毒を中和する――!!」
すると、マルタを中心に魔法陣が展開された。それは以前、料理を手伝ってくれたときに見せてくれた魔法陣よりも、比べ物にならないくらい巨大だ。青白い魔力で描かれた魔法陣は、マルタが魔力を流す度に複雑さを増していく。その間にも、赤ん坊の魔物の体は膨れ上がっていった。そして、とうとう限界を迎えたのか、肌の表面に亀裂が走り始めた。
「――――!!」
そして、魔物が咆哮を上げた瞬間。その体は弾けて、全方位に向かって紫の液体を撒き散らした。同時に、マルタの魔法も完成する。魔法陣から溢れ出した魔力が、弾けた毒液に纏わりついて、毒性を奪っていく。
「聖女様を、あたしたちの希望を、毒なんかで失ってたまるかあああああ!!」
マルタはそう叫ぶと、より一層魔法陣に魔力を注いで、すべての毒を中和しきった。紫色だった毒液は、透明な液体に変わって、辺りにシャワーのように降り注ぐ。
マルタは、空中でその様子を見た瞬間、うっすらと笑みを浮かべて脱力した。そして、そのまま氷上船へ向かって落下して行った。
「あああ、マルタが……!!」
「ふん。心配せずとも良い。ほれ、見てみよ。ほほほ、なんとも見ものじゃのう」
思わず目を瞑った私に、ティターニアは面白い余興を見るような軽いノリで言った。恐る恐る、目を開ける。すると、私の目に飛び込んできたのは、落下してきたマルタを、ダージルさんが受け止めた場面だった。
「――よっと」
「ひゃあああああ!?」
途端にマルタは顔を真っ赤に染め、顔を覆ってしまった。
無事に受け止めたマルタを、ダージルさんは所謂お姫様だっこに持ち替える。そして、マルタに向かって満面の笑顔を浮かべて言った。
「マルタ、よくやった! すげえなあ! 本当にすげえ!」
「あわわわわわわ……」
待望の褒め言葉のはずなのに、マルタは狼狽えるばかりで、禄に返事も出来ないような有り様だ。
ダージルさんの顔から、なるべく遠ざかるように顔を背け、ぷるぷる震えているのがここからでも解る。
「ち、近い……近すぎる……いい匂いがするう……」
「うん? なんだそれ。俺、汗臭いだろ?」
「そういう問題じゃないんで……って、何言ってるのあたしー!」
すると、そこに騎士のひとりが近づいて来た。どうも、先程の赤ん坊の魔物が複数発見されたらしい。
それを聞いたダージルさんは、あわあわしているマルタを見て、にっこりと笑った。
「そうか。なあ、マルタ。お前、もうちょっといけるか?」
「へ!? へい! ら、らいじょうぶ、れす!」
「よっしゃわかった! 多分、あの魔物はお前がいなくちゃ倒せねえ。頼りにしてるぜ、マルタ」
「ちょ、ちょっとま、待ってくだしゃい!」
ダージルさんが、マルタを不思議そうに見つめた。すると、マルタは恥ずかしそうにダージルさんに耳打ちをする。すると途端にダージルさんが大笑いし始めた。
「あっはっは! 腰が抜けたのか! 大丈夫だ、俺が抱いていてやるよ!」
「そ、それは、ご迷惑ですから!」
「なあに、遠慮することはねえよ」
すると、ダージルさんは目尻に沢山の笑い皺を作って、優しい声で言った。
「今から俺は、お前の盾だ。守ってやるから、安心しろ。ほら、首に捕まれ。騎士団長たるもの、片手が空いていれば戦える」
「〜〜〜〜〜〜!!」
「お!? マルタ!? 大丈夫かー!?」
ダージルさんの発言に、マルタは茹で蛸のように真っ赤になり、くてんと脱力してしまった。
――ダージルさん、なんて罪深い……!!
あの人、本当に天然でやっているんだろうか。
私は、熱くなってしまった頬を自分の手で冷ましつつも、今にも死にそうになっているマルタをもう一度見た。
ダージルさんがマルタに注ぐ視線は、どこまでも優しく――若干の甘やかさを含んでいるようにも見える。
……これは、報われる予感なのかな。
私はまるで自分のことのように嬉しく思いながら、それでもまだ浄化の途中なのだと気を引き締める。眼下では、まだまだ熾烈な戦いは続いている。早くすべてが終わればいい。
そう願いながらも、私はまた戦場へと視線を戻した。