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【書籍化】異世界おもてなしご飯〜巻き込まれおさんどんライフ〜  作者: 忍丸
再びの春へ編

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そして掴み取ったものは5

注意:一気に最後まで読むことをオススメします。

途中であきらめないで……!

 戦場となった穢れ島周辺で活躍しているのは、勿論妹たちだけではない。各国から集まった援軍も、破竹の勢いで魔物を駆逐していった。


 特に竜の働きは目覚ましいものがあった。

 巨竜がブレスを吐き、魔物の群れを分断する。すると、そこに若い竜たちが群がり、魔物を蹂躙するのだ。勿論、巨竜の背に乗った援軍たちも負けてはいない。彼らも彼らなりの戦い方で、魔物と対峙していた。



「――必殺」

「「「いけえええええええ!!」」」

「輝ける刃《シャイニング・ブレード》!!」



 巨大な魔剣(イールキラー)が一閃し、蛇のような魔物が崩折れる。レイクハルト領主のひとり、ベルノルトさんは薄っすらと目を開けると、剣に着いた血を払った。



「……お粗末」

「「「かっこいいーーーー!!」」」

「「「ベルノルト様ー!!」」」



 戦場に黄色い声援が飛んでいる。と言っても、声を上げているのは筋肉質の男臭い兵士たちだ。レイクハルトの一団の戦法は、他の援軍に比べると常軌を逸していた。

 何故ならば、甲冑の上に白いエプロンを身に着けた料理人(・・・)たちが主戦力だったのだ。他の兵士たちは、弓を射ることはあれど、基本的には巨竜の背から応援を送るスタイルだ。

 先頭に立って応援しているのは、同じく領主のレオナルトさん。彼は、メガホンのようなものを手に、戦場を駆け巡り、巨大な出刃包丁を手に奮戦している料理人たちを煽っていた(・・・・・)。



「この戦いが無事に終われば、ルヴァンが醤油の製法を格安で(・・・)教えてくれると約束してくれた! これでまた、鰻の蒲焼きが食べられるのだ! さあ! お前たち。レイクハルトの未来の為に、力を尽くせ……!!」

「「「醤油……!!」」」

「思い出せ! たれの味を! 思い出せ! 濃厚な脂の匂いを!」

「「「か……蒲焼き……!! うおおおおおおおおお!!」」」



 レオナルトさんの言葉に、料理人たちは今にも涎を滴らせそうなほどの恍惚な表情を浮かべて、魔物に向かって行った。魔物をひと薙ぎする度に、「蒲焼きィィィィィ!!」と叫んでいるのが、狂気じみていて恐ろしい。



「一体、なんなの……!?」



 私はごくりと唾を飲み込み、がむしゃらに剣を振っている料理人の姿に慄く。すると、ジェイドさんがぽん、と私の肩を叩いた。



「茜……レイクハルトで、蒲焼きを振る舞っただろ?」

「そうですね、それがどうかしたんです?」

「実は、あれ以降レイクハルトの領民の中で、鰻の蒲焼きブームが巻き起こったんだそうだ。暫く白焼きで誤魔化していたものの、蒲焼きの味を忘れられない一部の領民たちが、暴動を起こしかけたらしい」

「ひえっ」



 まさか、レイクハルトでこんなことになっていようとは。

 どうもレオナルトさんたちは、醤油に代わる調味料を使って蒲焼きを再現しようとして、失敗したのだそうだ。



「蒲焼きのたれを作れない領主はいらない――つまりはそういうことさ」

「いや。どういうことですか」

「あのたれ、美味しいもんな」

「そういう問題ですか!?」



 レオナルトさんたちは、失ってしまった領民たちからの支持を再び得るためにも、醤油の製法を絶対に手に入れる――そういう決意を持って戦いに臨んでいるらしい。見ると、レイクハルト軍の旗印には、「唯一無二の醤油」とこちらの世界の言葉で刻まれている。

 ――なんてこった! 醤油のために命がけなんて!



「あそこの鰻には、中毒成分でも入っているんじゃないんですか……!? 至急、調べたほうが」

「確かに彼らの熱意は異常だね。でも、白焼きにはあまり惹かれないそうだから、やっぱりたれ(・・)が原因なんじゃないかと……」

「ううう。醤油のせい!? 意味がちょっとわからないです……」

「大丈夫だ。俺も意味がわからない」



 眼下では、レイクハルトの皆が、巨大な魔物を打ち取り、勝鬨を上げている。

 彼らの情熱の矛先は、醤油――そして、その先に繋がる鰻の蒲焼きに向かっているのだ。



「……醤油って、作るのに時間がかかったはずですよ。製法が解っても、それを実現するまでに一体どれだけの時間がかかるんですかね……」

「しっ! 茜。それは言ってはいけないよ」



 ああああ。事実を知ったときに、彼らはどう反応するんだろうか。キリキリと傷んできた胃を押さえつつも、醤油コールが沸き起こっている戦場を只々眺めることしか出来なかった。


 その時、どおん、と大きな爆発音が戦場に響き渡った。音のした方に目を向けると、爆発によって流氷が削られ、細かく砕けた氷が煙のように舞い上がっている。

 やがて、風に流されて煙が晴れると、そこには魔物の死骸の山が出来ていた。

 死骸の山の上では、灰色の襤褸を着た人外たちがぴょんぴょんと楽しそうに跳ねている。

 彼らは、いつかティターニアが私の部屋に連れてきた人外によく似ていた。



「ほほ。あれらもやりおるわ」

「えええ……強い」

「当たり前じゃろう。人外のなかでも、特に古きものたちじゃ」



 すると、ティターニアは私の方を振り向くと、にやりと笑った。



「ああ、そう言えば、あれらは唐揚げがいいと言っておったぞ」

「唐揚げ?」

「そうじゃ。勝利の暁には、食べきれないほどの唐揚げを、と」

「……そ、そう」



 ……なんだか、嫌な予感がする。逃げたほうが賢明な気がしてならない。

 じり、と少しずつ後ずさりすると、ティターニアは逃さないとばかりに、私の腕を掴んだ。



「それとな、あそこにいる人外はな、枝豆をたらふく。あの人外はな、酒と煮魚がいいと言っておった。ああ、あれは確か、揚げた芋が良いと言っておったなあ」

「ティターニア、まさか」



 するとティターニアは、にんまりと意地悪そうな笑みを浮かべた。



「人外が、見返りを何も求めずに助けてくれるわけがないじゃろう。人外とは、自分本位で欲望に忠実なものじゃ。すべてが終わったら、覚悟をしろよ。あれらに礼のもてなしをしなくては、お主の命が危ない」

「私の命」

「流石に、あれほどの人外が怒り狂ったら、妾も助けられる気がしない。精々頑張れよ」

「……ティ、ティターニア」



 若干震えつつ、ティターニアにしがみ付く。ティターニアのことだ。こんな酷いことを言いつつも、きっと助けてくれるに違いない。そう思って、妖精女王を見上げると、実に楽しそうな空色の瞳と視線がかち合った。



「妾はチータラを所望するからな? チータラに合う酒を、たんまり用意するのじゃぞ。ふふふ、楽しみじゃのう。勝利の美酒はさぞ美味かろう。気に入らねば、呪うからな?」

「……うっ。目眩が……」

「茜! 気をしっかり持て……! 俺も手伝うから……!」



 そう言えば、ジェイドさんはこんな人外たちと一週間も付き合っていたのだ。それはそれは大変だったろう。それに比べれば、私のなんて屁でもない。

 そう思い直した私は、大きく深呼吸して、ティターニアを見上げた。

 妖精女王は、ニヤニヤと笑いながら私を見つめていた。そして、ぽんと私の頭に手を置いて言った。



「お主ならやれるじゃろう?」

「……馬鹿」

「ほほ。妾にそのような暴言を吐けるのは、お主だけじゃの」



 呵呵と笑ったティターニアは、酒瓶に直接口を着けて呷ると、満足そうな息を吐いた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 妹やカイン王子、各国の援軍や竜たちの活躍により、確実に魔物の数は減っていった。

 黒山のようだった魔物の群れは、散り散りに分断されて、あとは各個撃破するだけとなっている。それまで、戦場を文字通り飛び回って魔物を排除してきたユエは、ぐるりと周囲を一周して状況を確認すると、徐に妹の乗る氷上船へと近づき、声を掛けた。



『ひより! カイン! そろそろじゃない?』



 ユエの言葉に、妹は大きく頷いた。



「そうだね、そうしようか。カイン!」

「ああ! 皆の者! 我らはこれから、穢れ島へ乗り込む。そして、邪気を根こそぎ浄化する。最後の浄化だ。気を引き締めろ、島内にはまだ魔物が潜んでいるやもしれん」

「「「応!!」」」



 カイン王子の言葉に、騎士たちは拳を天に突き上げた。

 そして、ゆっくりと妹を乗せた氷上船は、進路を変えて穢れ島へと向かっていく。


 ――とうとう、浄化は大詰めだ。

 心臓が激しく脈動している。体が震えて、息が詰まりそうになる。拳を強く握り締め過ぎたのか、指先が痺れている。この段階になって、不安で不安で仕方がない。



「――茜。手を貸して」

「ふん。まったく、お主はもう少し、能天気であることを心懸けた方がいいのではないか」



 すると、私の手をティターニアとジェイドさんが握ってくれた。伝わってくる温もりに、少しだけ気分が落ち着いたような気がして、ほっと一息つく。



「ありがとう――」



 そう、ふたりにお礼を言おうとした時だ。

 妹の乗っている船の上に、宝石で装飾された、綺羅びやかな道化の服が見えたような気がした。



「……テオ?」

「――あれはなんだ」



 するとその時、ジェイドさんが焦ったような声を上げた。

 ジェイドさんは私の手を離すと、体を乗り出して下を覗き込んだ。



「なんじゃ。何かおるのか?」



 ティターニアも興味を引かれたのか、私の手を離して歩いて行った。何故か、置いていかれたような気持ちになった私は、急いでふたりの後を追う。そして、同じように下を覗いた。


 ――ぞわり。

 その瞬間、全身に鳥肌が立ったのがわかった。

 氷の大地の下を、なにかとてつもない巨大なものが動いている。

 それは魚とも、動物とも言えない歪な形をしていた。ぬるり、と蛇のように氷の下を這うようにして進むそれは、一体全長何メートルあるのだろう。少なくとも、そこらの魔物とは比べ物にならないくらいの大きさがある。



「ティターニア、あれはなに……? 人外? 魔物?」

「……妾も知らぬ。あんな歪んだもの、知らぬ」

「……そう」



 悠久の時を生きてきたティターニアすら知らないなんて、あれは一体なんなのだろう。どうも嫌な予感がしてならない。

 内心酷く焦りつつも、私に出来ることはない。只々それを、視線で追うことしか出来なかった。


 そんななか、ユエ率いる竜たちが魔物を蹴散らし、穢れ島までの道を切り開いた。

 妹の乗った氷上船は、穢れ島目指して一直線に進んでいく。妹は、氷上船の船首で、大きな真珠のような石が嵌った杖を手にして、前方を睨みつけている。

 不思議と、その傍にはカイン王子の姿はない。妹を守ると常日頃から宣言し、実行に移しているカイン王子。彼が居ないことに、酷い違和感を覚える。


 ――どうして、こんなときに……!


 私は姿が見えないカイン王子に苛立ちを覚えつつも、どうにも落ち着かずにぎゅっと自身を抱きしめた。あの巨大な影が、気になって堪らない。けれど、あの影に気がついているのは、どうも私たちだけのようだ。氷上船の周囲には、何匹もの竜が飛んでいるけれど、気づいた様子はない。


 ……どうか、あの影が何事もなく通り過ぎますように。


 すると、私の願いが届いたのか、巨大な影は姿を消した。


 ほっと胸を撫で下ろす。もう大丈夫――そう思ったけれど、現実は無情だった。氷上船がもう少しで穢れ島に辿り着こうとしたそのとき、異変が起きた。突然、氷上に大きなひび割れが発生したかと思うと、船の真下の氷が割れ、大きく沈んだのだ。



「……ひよりッッッ!!」



 妹は船の縁に掴まって、倒れないように耐えている。同乗していた騎士たちも、自分の態勢を整えるので精一杯で、妹を助けるまでいかないようだ。


 すると、氷が割れた下に、ゆらりと黒い影が現れた。

 その影は、最初は薄い色だったのにも関わらず、みるみるうちに色が濃くなっていく。何かが上昇して来てい(・・・・・・・・・・)る(・)!


 ……あれはなに。嫌だ! 止めて。ひより……!!


 その瞬間、テオの予言が頭を過ぎった。それは、巨大な化物が船の下から現れ、妹を狙って襲ってくるというものだ。予言のなかでは、化物は一緒に居たカイン王子を喰らい、妹は難を逃れた。けれども、それは悲劇の始まりだった。化物から逃れたものの、妹は悲惨な最期を遂げるのだ。


 ――これじゃあ、あの予言と一緒じゃないか。


 体が異常なほど震え始め、冷や汗が滲み、上手く思考が出来なくなる。

 その間にも、事態は進行していく。ぶくぶくと大きな気泡が幾つも水面に現れたかと思うと、水面下から化物が姿を現し始めた。


 昏い氷の海の底から現れたそれは、頭は人間の髑髏そのものだった。

 虚ろな眼窩に、仄暗い光を灯したそれは、昏い海のなかにあって白く際立って見える。

 髑髏の下は、まるで蛇の標本のように骨が連なっている。そして、むき出しの内臓がどくん、どくんと脈打ち、まるで百足のように骨の足が蠢いている。それは正に、化物と言うに相応しい、見るもおぞましい姿をしていた。


 ――その化物は、やたらゆっくりとした動きで、確実に獲物を補足するために、大きく口を開けた。ざばあ、と歯と歯の隙間から、海水が滝のように流れ落ちる。


 ティターニアは化物が現れた瞬間、舌打ちすると、ひらりと鳥の人外から飛び降りた。無数の妖精たちを従え、氷上船に向かって、ぐんぐんとスピードを上げていく。

 


「や……やだ……ひより。ひよりィィィィィィィィィ!! 逃げてええええええ!!」



 私は、堪らず妹に向かって叫ぶ。今ここで叫んでも意味がないことは解っていても、叫ばずには居られなかった。船の縁にしがみついていた妹は、蒼白になって海から現れたそれを見ていた。妹は、逃げることも抗うことも出来ずに、手にした杖を握りしめたまま――。


 氷上船の帆先もろとも、ばくん、と化物に喰われてしまった。



「……あ」



 ごりごりと、化物が妹を咀嚼(・・)している。



「ああああああああああああああああ」



 その化物は、やたら美味そうに眼窩の光をうっとりと揺らめかせ、妹を味わっている(・・・・・・)。



「いやああああああああああああああああああ!!」



 その時、誰かの絶叫が聞こえた。

 それが自分の口から漏れている悲鳴だと気がつくまで、暫く懸かった。

 私の目は、その化物の髑髏に釘づけだった。だって、だってそこには――。


 化物の髑髏の歯と歯の隙間から、杖を握りしめたままの妹の手が見えていたのだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 妹が化物に食べられた瞬間、戦場が静まり返った。

 誰も彼もが表情を強張らせ、突如現れ、人類の希望たる聖女を咀嚼しているその化物を見つめていた。


 髑髏から見える腕は生々しく、彼らの希望が散ったことを象徴しているようだった。

 一番始めに動いたのは、一体誰だったのだろう。

 鎧が擦れる音がしたかと思うと、それを皮切りに大混乱に陥り、化物から距離を取ろうと、走り出そうとした――その時だ。



「物語は――盛りあがりがなければ、面白くないと思わないかい」



 飄々とした声が辺りに響き、誰もが足を止める。

 すると、口の中のものを美味しそうに咀嚼していた化物が、苦しそうに呻いた。



「ウゴ……ゴゴォォォォ……!」

「ふふふ。驚いたろう。心臓が停まるかと思っただろう。もう、見るのも辛いと思っただろう。愉快! なんて愉快だろう! 物語はそうでなくては!!」



 私は自分の見ているものが信じられずに、目を擦った。

 妹は確かに化物に食べられた。それも私の目の前でだ。その証拠に、今も化物の口からは、妹の片腕が――そう思った時、またもや自分の目が信じられなくなる事態に襲われた。


 なんと、妹の手が動き出したのだ。


 杖を握った手を、にぎにぎと動かし、化物をおちょくるようにして元気いっぱいに指を動かせた。それはやけにコミカルな動きで、まるで現実感がない。

 やがてその指は、最後にぎゅっと力強く杖を握りしめた。そして、次の瞬間――手の持ち主は、にゅるり、と歯の隙間から滑り出た。



「――偽物(フェイク)さ。驚いたかい?」



 そして、姿を現したテオは化物の口の中に、巨大な火球を作り出し――弾け飛ばせた。

 轟音が辺りに響き渡り、化物が大きく仰け反った。髑髏の隙間から、もうもうと白い煙が溢れ出し、耳障りな悲鳴を上げている。



「皆! 行くよ!」

「「「応!」」」



 同時に、何人かの騎士が化物に向かって走り出した。

 その中のひとりは、やたらと周囲の騎士よりも小柄だった。そして、その騎士は化物に向かって、手にした杖から白い閃光を放った。化物は、その光を浴びると、苦しそうに身を捩る。それが合図となったのか、周囲の騎士、兵士や竜が化物に一斉に襲いかかった。


 私というと、体から力が抜けてしまい、その場にへたりこんでしまった。

 ジェイドさんは私に寄り添い、体を支えてくれている。



「ひよ……り……? あれ、ひよりですよね……?」

「ああ。そうだ。聖女様だよ。無事だったんだ……本当に、良かった」



 ――ひぃっく。

 私は安心してしまって、性懲りもなく浮かんできた涙を止めるべく、ひとり葛藤する羽目になったのだった。

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