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ただ普通に美味しいお酒が飲みたかった話 中編

 ――その日の夕食時。

 疲れた顔で帰宅した妹は、帰るなり居間でふんぞり返って紅茶を飲むルイス王子をみて、顔を顰めた。



「げっ、ルイス王子」

「どうしたの?」



 一緒に帰ってきたユエも、ひよりの後ろから居間を覗き込み、知らない人間がいることを知ると、表情を強張らせた。



「誰だ、お前」

「この家には、俺の味方は誰もいないんだね……」



 帰るなり表情を曇らせたふたりの様子に、ルイス王子は肩を落としつつも、どこか面白がっている雰囲気だ。

 妹はルイス王子に近づかない様に、カニ歩きで部屋の隅を移動して、私の傍にやってきた。そして、がっしり私の腕にしがみついて、警戒を隠そうともしない。



「こら、ひより。ちゃんとご挨拶しなさい」

「うう……だって。ルイス王子って胡散臭いからさあ。なんか苦手で……」

「わあ、本人を目の前にして、それを言うのかい?」

「だって、俺だの私だの……その時々で態度が違うから。本当にカインのお兄ちゃんなんだよね?」

「もちろんだよ。そして『お兄ちゃん』かあ。……うん、もう一度言ってくれないか……って、エーミール。脇腹を剣の柄で突くのは止めてくれないか。痛いじゃないか」

「俺は、お前が決定的に嫌われないように、防波堤になっているだけだ」



 ふたりがいつも通りやりあっているのを、半ば呆れて眺めていると、今まで居間の扉の所で様子を窺っていたユエが、急にスタスタとルイス王子に近づいた。そして、ぐいっとルイス王子の首元を鷲掴みにすると、くん、と匂いを嗅いだ。

 すかさず、エーミールさんが動き出す。一切無駄のない動きで、腰に佩いた剣の柄に手を掛けると、素早く抜刀する。そして、鈍く光る剣先をユエの首元に突きつけた。



「……ユエ!?」

「ふうん」



 剣を突きつけられてもユエはまったく動じなかった。じろじろとルイス王子を眺め、ゆっくりと目を細めると、胸ぐらから手を離した。その間、ルイス王子は薄い笑みを貼り付けたままだ。

 ユエは縦長の瞳孔の金の瞳で、エーミールさんをじろりと睨みつけると、入れ墨で青く染まった指先で、剣先を摘んだ。



「竜である僕に、こんな薄っぺらい金属が通用するとでも? ――僕に傷をつけたければ、竜殺し(ドラゴンキラー)でも持ってくるんだね」

「……ぐっ」



 カチカチと剣が揺れて、金属の擦れる音がする。エーミールさんの表情はかなり険しい。恐らく、エーミールさんは剣を動かそうと、全力を込めているのだろうけれど、ユエのたった二本の指先に捕らえられたその剣は、一向に動く気配がない。



「……ユエ! 駄目だよ。止めて!」

「…………」



 私が声を掛けても、ユエは瞬きもせずに、エーミールさんを視界に捉えたまま、剣を離そうとしなかった。

 数瞬、部屋の中を緊迫した空気が支配する。一触即発のその状況を打ち破ったのは、ルイス王子だった。



「――すまないね。ユエくん。こいつも、悪気が合ったわけじゃないんだ。俺を守ろうとしただけなんだよ。どうか許してくれないか」



 その瞬間、ユエの視線がルイス王子に移る。緊迫した空気が、ほんの少しだけ緩んだ。



「……お前」



 ユエは、ルイス王子をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。その金の瞳に見据えられても、ルイス王子の表情は崩れない。



「お前もフェルの血筋だね。……一瞬、違う魔力の臭いが混じっていたから、わからなかったけど」

「そうさ、ほら。俺の金髪に碧眼。……どうみても、この国の王族だろ?」

「僕は、人間とは違って、見た目で判断はしない。竜は魔力でものをみるからね。色なんて知らない」

「……はっはっはっは。そうかい、そうかい。聖人フェルファイトスの友人の黒竜。お会い出来て光栄だよ」



 ルイス王子は、そう言ってにこやかに手を差し出した。けれど、ユエはその手を無視して、何か納得出来ないことがあるのか首を捻っている。そして、何か思い当たったのか、顔を顰めると、指先で摘んでいた剣を思い切り薙ぎ払った。すると、よほど強い力だったのだろう。剣を握りしめていたエーミールさんごと、客間と居間を繋ぐふすまに突っ込んでいった。

 大きな音がして、外れたふすまとエーミールさんが隣の客間へと消える。

 そして、余計なものがいなくなったと言わんばかりに、ふん、と鼻を鳴らしたユエは、怒りの篭った眼差しでルイス王子をきつく睨んだ。



「僕、お前嫌いだよ。――嘘の臭いがする。フェルには感じなかった臭いだ」



 ユエのあからさまな敵意を向けられても、ルイス王子は微笑んだままだ。

 一体どうなるんだろう――私はドキドキしながら、その光景を眺めることしか出来なくて――いつの間にか、隣に妹がいなくなっていたのに気が付いていなかった。

 気がついた時には、既に妹はユエの隣に移動していた。そして、拳を大きく振り上げた妹は――。



「こらあ! ユエ!!」

 ――ゴン!!

「――いったあ!!」




 怒声と共に、ユエの脳天にゲンコツを食らわせたのだ。

 頭を抱えて、しゃがみこんだユエは、涙目でひよりを見上げた。竜であるユエにダメージが!? と思ったら、ひよりの拳には白く輝く魔力が纏わりついていた。どうやら、魔力で拳を強化したらしい。

 ……わあ、うちの妹が、なんだかとんでもない!



「ユエ、駄目でしょ!? ふすまが壊れたらどうするの! それに、エーミールさんも剣を抜かなくっても! ユエが本気になったら、そんな王子なんて、即ぺしゃんこなんだから無駄だよ」

「ちょっと待って、聖女様!? それもどうなのかなあ!?」

「……る、ルイス……」

「うわあああ! 血! エーミール、血ッ!」



 ルイス王子の悲鳴が響く。ユエは痛みで涙目になっているし、ルイス王子は違う意味で涙目だ。更にはボロボロになったエーミールさんは、手を伸ばしたまま、ぐふっと力尽きた。それを見たルイス王子は大慌てで駆け寄り「エーーーーミーーーーールッ!」なんて、映画のヒロインがヒーローが息絶えた時みたいな叫び声を上げている。ああ、なんだこれ!?

 痛みが引いたユエは、ルイス王子にお前のせいだなんて言いはじめるし、妹はそんなユエに説教を始めている。ルイス王子はルイス王子で、ボロボロになったエーミールさんを只管揺さぶっているし……。

 エーミールさん以外の三人が、酷く騒がしい。更には居間の隅で昼寝をしていたレオンまでもが起きてきて、騒ぎに興奮して吠え始めた。終いには、室内の異常に気がついた兵士たちが、我が家の周囲に集まり始めた気配がしたところで、とうとう私の堪忍袋の尾が切れた。



「いいかげんにしなさいッッッ!!」



 その瞬間、ビクッと三人が固まり、レオンは尻尾をお腹に捲って、クッションの後ろに隠れてしまった。



「ユエ! エーミールさんの傷の手当! その前に、ルイス王子とエーミールさんに、ごめんなさいしなさい! どんな理由があっても、初対面の人にいきなり喧嘩を売るようなことはしない! ひよりも、簡単に人の頭を殴らない! ユエに謝って! ルイス王子は――ふすまを直すの手伝って下さい!」

「ええええ? ふすま? 俺が?」

「あなたの護衛騎士がふっとんだ結果でしょう!?」

「それを言うなら、そこの竜だって――」

「あなたが、一番暇でしょう!?」

「確かにそうだね!」



 後ろの方で、たどたどしく「ごめんね」しているユエの声を聞きながら、私はルイス王子に手伝わせて、なんとかふすまを直した。その間に、竜の軟膏で治療を終えたエーミールさんも、無事に意識を取り戻して一安心する。

 なんとか事態の収拾が終わると、しょんぼりしている面々を見回した。すると、何故か全員ビクリと身を縮こませた。

 私は、ぱん! と両手を合わせると、夕食を食べるために指示を出す。



「はい! ご飯にしますよ! ひよりとユエは手を洗ってきて! エーミールさんは怪我をしたので、座っていてください! ルイス王子は配膳を手伝って下さい!」

「だから、なんで俺が」

「あなたが、一番暇でしょう!?」

「確かにそうだね!」



 そうして――色々とあったけれど、みんなで粛々と夕食の準備を進め、十五分後には夕食を食べ始める事ができた。

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