はじめましてとあったか肉まん 中編
「おねえちゃん、今日のおやつ、期待してるから!」
「はいはい。三時頃には食べられる様に支度しておくから、熱々を食べたかったら遅れないようにね」
「わかった!」
妹はそう言って、元気よく雪が吹雪く外へと出かけていった。
昼食を食べ終わった妹は、これからゴルディルさんのところへ行くらしい。勢い良く飛び出した妹の後ろ姿は、吹雪に遮られて、あっという間に見えなくなってしまった。
「茜、じゃあ俺も行ってくる」
「はい。気をつけて行ってきてくださいね」
次に出かけるのはジェイドさんだ。どうやら騎士団のほうで呼び出しがかかったらしく、今日は珍しく出かけなければならず、明日まで会うことが出来ない。
玄関から出る前に私の方を振り返ったジェイドさんは、どこか心配そうだった。
「一応、俺の代わりの護衛を派遣しておくからね。まあ、滅多なことはないとは思うんだけど」
「誰も私なんかを襲ったりしないと思いますよ?」
「悪意がある人間以外にも、茜の場合は人外に好かれすぎて変な所に連れ去られそうだからね。誰かがいるべきだよ」
「そ、それは不可抗力じゃあ……!?」
「とにかく。俺がいない間、変なことするの禁止だからね」
「信用ゼロ!?」
ジェイドさんは私の頭をぽんぽん、と軽く叩くと、妹と同じように吹雪の外へと出ていった。
細かい雪が風に乗って家の中にまで吹き込んできたので、急いで玄関を閉める。そして、ふと振り返ると、そこには人気のない、静まり返った我が家があった。
「……最近、ひとりでいることあんまりないから、ちょっと寂しいや」
ぽつりと呟く。その声すら、家の中に反響してなんだか物悲しい。
ユエも今日は用事があると言って、朝から出かけていていない。
見慣れている我が家が、今日はやけに冷たい雰囲気を放っていて、寂寥感に苛まれた。それを振り払うように、深く息を吸うと、視線を上げて急いで台所へと足を向けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
お昼ごはんで使った食器類の片付けが終わると、私は腕まくりをしてボウルと向かい合った。
今日のおやつはプリンではなくて肉まんだ。
……肉まん。そう冬になると無性に食べたくなるアイツ。コンビニに行くと、レジに並ぶ人をもれなく全員誘惑してくる、豊満なふわっふわボディを持つ肉まんだ。
正直言って元の世界にいたときは、コンビニの肉まんが美味しすぎて、作る必要性をまったく感じなかったのだけれど、この世界には勿論コンビニなんてないし、肉まんが売っている場所なんてあるはずもない。
なんとなく毎年食べていた肉まんも、いざ簡単に食べられないとなると、無性に食べたくなるのが乙女心。ドライイーストもあるし、折角だから肉まんを生地から作ってみようと思い立ったのだ。
「寒いから、菌が発酵するか少し不安だけど。やってみますかね!」
そう言って、材料を準備に取り掛かろうとした時――台所の窓を、外で誰かが叩いているのに気がついた。急いで窓を開ける。そこには最近よく見るふたりの姿があった。
「ダニエルさん!? エーミールさんも!」
「やあ! こんにちわ。護衛しに来たよ」
「……ダニエルさんたちが!?」
私は兎に角、玄関のほうへと回るようにお願いした。この雪が降っている時期に、窓の下で呑気に立ち話なんてしていられない。いつ屋根の雪が落ちてくるかわかったものではない。
急いで玄関へと回ると、ふたりは玄関先で体に着いた雪を払い落としていた。
「私、てっきり騎士団の誰かが来るのだと思ってました」
私がふたりにスリッパを差し出しながらそう言うと、ダニエルさんは可笑しそうに笑った。
「まあ、俺たちなんかじゃあ騎士団に比べると、頼りないかもしれないけどね」
「……い、いや、そういう意味で言ったわけじゃ」
「ダニエル。その言い方は意地が悪い」
「そうかい? ごめんね、茜ちゃん」
やけにニコニコしているダニエルさんに、相変わらずのむっつり顔のエーミールさん。この兵士ふたり組が今日は私の護衛となるらしい。
取り敢えず、私はお世話になるのだからと、「よろしくお願いします」と頭を下げる。ダニエルさんはからからと楽しそうに笑って頷いて、エーミールさんは相変わらずのむっつり顔で無言だった。
台所に戻るなり、ダニエルさんは物珍しそうに室内を眺め始めた。食器棚を開けてみたり、冷蔵庫の冷気に驚いてみたり。とても楽しそうだ。
因みにエーミールさんは早々に台所にある椅子に座って、腕を組み目を瞑ってしまった。
じろじろと色んな場所を覗いていたダニエルさんは、材料がシンクの上に並んでいるのに気がつくと、キラキラした眼差しをこちらに向けてきた。
「もしかして、これから何か作るの?」
「おやつを作ろうと思いまして」
「おやつねえ……」とダニエルさんは少し考え込むと、急に手伝いを申し出てきた。
「え!? ダニエルさん、お料理出来るんですか?」
「いやー? 全然。でも、普段から君の護衛騎士も手伝ってるんでしょ? 俺もやってみたい!」
「ダニエル。普通に迷惑だ」
「エーミール。こればっかりは譲れないね。一度、料理ってしてみたかったんだ!」
腕まくりをし始めたダニエルさんを見て、エーミールさんは顔を手で覆って、大きくため息を吐いた。
そして、私をじっと見つめると、すまなそうに小さく頷いた。
……多分、言い出したら聞かないから、迷惑をかけるってことだろうか。
ふたりの関係性がなんだか面白い。ダニエルさんは自由奔放に好きにしていて、そのフォローをエーミールさんが常にしている感じ。でも、会話の端々からお互いを信頼し合っているのがわかる。相棒というのは、きっとこう言う関係のことを言うのだろう。
私は頬を緩めると、快くお手伝いを了承した。最近、料理慣れしていない人と一緒に調理する機会が多いから、ひとりぐらい増えたってへっちゃらだ。
「じゃあ、一緒にやりましょうか。ダニエルさん、エプロン持ってきますから、ちょっと待っていてくださいね」
「やったね! 楽しみだ!」
「ダニエル、年甲斐もなくはしゃぐな」
「エーミールは厳しいねー! 俺に小言を言うよりも、もっと笑ったらどうだい」
短い付き合いながらも、普段から機嫌が悪いことが少ないダニエルさん。どうやらおやつ作りを手伝える喜びで、更にハイテンションになっているらしく、バンバンと激しくエーミールさんの背中を叩いて、迷惑そうな顔をされていた。
……エーミールさんは慣れた様子だけれど、ずっとこのテンションに付き合うのは大変だろうなあ……。
エーミールさんの苦労を思いながら、ジェイドさんの紺色のエプロンを貸すと、ダニエルさんはまたテンションが上がってきたのか、ニコニコ笑顔で指先でエプロンを摘んで、嬉しそうに笑っていた。
「俺ってさ、結構こういうの似合っちゃう年頃だよね」
「それはない」
冷静にそう言ったエーミールさんに、ダニエルさんは「えー」と不満そうな声をあげて、もっとよく見ろと纏わりついている。
――なんだろう、この風景。前にも見たことがあるなあと思ったら、どうもダニエルさんのはしゃぎっぷりが王妃様にそっくりなのだ。わざとエーミールさんにエプロン姿を見せつけてからかっている様子は、まさにそのもの。これで、エーミールさんが笑い上戸なら完璧だ。
……まあ、初めてのことらしいし。はしゃいでいるんだろうなあ。
そんなことを思いながらも、似合う似合わないの押し問答しているふたりの会話を聞きながら、これは落ち着くまで時間がかかりそうだし、調理を始めてしまうことにした。
まずは生地づくりだ。
使うのは薄力粉。それとドライイースト、ベーキングパウダー、砂糖を入れて、ボウルにざるでふるっておく。空気を含んで、まるで粉雪のようになったそれに、ぬるま湯とサラダ油を入れる。そして、手で混ぜ合わせていく。
その工程に入った瞬間、いつの間にか私の後ろに立って作業を見ていたらしいダニエルさんが、そわそわ落ち着かない様子で声をかけてきた。
「わあ、それって生地?」
「そうですよ」
「ああ、如何にも料理っぽい! やりたい、やりたい! やらせて?」
折角なのでお願いすることにする。待ちきれない様子のダニエルさんは、ぐいぐいと体で私を押しのけて、ボウルの真正面のポジションを確保すると、そうっとボウルの中身に触れた。そして「わあ!」と嬉しそうな声を上げて生地を混ぜ始めた。
手で満遍なく粉っぽくなくなるまで混ぜたら、用意しておいた捏ね台の上に生地を置く。そして、それを手の平の手首に近い部分を使って、手前から奥に向かって押すようにして捏ねていく。
「ぬるま湯を入れたから、生地が温かくて気持ちいいね」
ダニエルさんは真剣な眼差しを生地に注ぎながらも、ニコニコ楽しげだ。
生地を一回捏ねたら、90度回してまた捏ねる。回して、また捏ねる。それを繰り返すことによって、均一に捏ねることが出来る。すると、段々と生地の表面が滑らかになってくる。そうしたら、次の段階だ。
「次は、こうやって叩きつけていきます!」
――ダンッ! ダンッ! ダンッ!
叩きつけた生地の手前を、奥へとおり返して、また生地の端を持って叩きつける。そうすると、段々と生地がなめらかになってくるのだ。数回、見本でやってみせると、ダニエルさんはすぐに理解して、同じように生地を叩きつけ始めた。やはり体力がある男の人だからだろう、疲れを見せることもなく何度も何度も叩きつけているうちに、あっという間に生地がしっとりなめらかになり、両手で引っ張ると千切れないくらい伸びるようになった。これで捏ねるのは終了だ。
びろーんと生地を伸ばしたダニエルさんは、エーミールさんにそれを見せに行って、「食べ物で遊ぶな」と怒られている。……本当に、仲のいいふたりだ。
「ほら、次の工程に移りますよ。この後は、生地の発酵。その間に、肉まんのあんを作っていきます」
捏ね終わった生地を、表面を張らせるようにして丸めて、綴じ目を下にしてボウルに入れる。
そして、ぬるま湯を張ったボウルに、生地を入れたボウルを重ねて、湯煎して発酵を促すことにする。暑い時期は室温でも発酵するけれど、流石に冬はこうやったほうが確実だ。ボウルには乾燥防止に濡れ布巾を掛けておく。あとは暫く放っておくだけでいい。その間にイースト菌が働いてくれる。
「さあ、あんを作っていきましょう」
「あっ、やるやる! あんも俺、作るよ」
ダニエルさんはやる気満々だ。
そして、にんまりと笑うと、ひとつ私に提案してきた。
「これが出来たら、俺の家族にも食べさせたいんだけど、駄目かな。初めての料理だろ? 折角だし」
「そうなんですか? 沢山作るつもりなので、そんなに大人数じゃなきゃ大丈夫ですよ」
「本当かい!? だって! エーミール。家族に知らせてきてよ」
「…………承知した」
エーミールさんはそう言うと、台所から出ていってしまった。
「ええと、護衛という話では……」
「大丈夫。俺、こう見えても、結構強いんだよね! 同僚たちが家の周囲は警戒しているし、少しの間くらいはへーき、へーき」
「はあ……」
ひらひらと手を振って言うエーミールさんは、用意したあんの材料を前にして、やる気を満ち溢れさせている。
……うーん。まあ、誰かに狙われてる訳じゃあないから、いいんだけど。なんだかなあ。
まあ、そんなことを考えていても仕方がない。おやつの時間まではまだ余裕があるけれど、蒸す時間を考えれば、早いことに越したことはないのだ。
あんのメインの材料は豚挽き肉。シンプルに豚まんにする。
具材はみじん切りにしたネギ。あとは細かく刻んだ水煮のたけのこ。水で戻しておいた干し椎茸も刻んで入れる。料理慣れしていないダニエルさんと、具材を一緒に刻んでいると結構な時間がかかってしまった。
それでも均一の大きさに刻まれた具材を、バットの上に広げると、頑張った成果が目に見えるからだろう。ダニエルさんは満足げにそれらを眺めて、嬉しそうにしていた。
豚挽き肉を塩で練って、粘りが出てきたら他の具材を入れる。
それと酒、ごま油、しょうゆ、砂糖、オイスターソース。しょうが汁。こしょう少々。それらをしっかりと混ぜたら、最後に片栗粉を少し。これであんの完成だ。
「あとは、これを生地に包んで、蒸すんですよ」
「へえー。あ、俺が包むからね。やらせてよ!」
「はいはい」
まるで子供みたいなダニエルさんに急かされて、発酵させていた生地の具合を確認する。
30分ほど経って、一次発酵を終えた生地はふっくらと1.5倍ほどに膨れ上がっていた。ガス抜きをして、細長くなるように形を整える。そして12等分ほどに切り分けていった。
「じゃあ、この生地をまんまるに成形しましょう。こうやって、端っこを中に折り込みながら、ぴん、と表面を張るみたいにして……」
「おお、良い触り心地!」
「丸く成形出来たら、綴じ目を下にしてベンチタイム……ええと、少し休ませます」
「なるほどね」
打ち粉をして置いたバットに、丸くなった生地を並べていく。手触りのいい生地を丸める作業は、とても楽しいものだ。初めての料理だというダニエルさんだと尚更だろう。
思わず、まじまじとダニエルさんを見ていると、彼は私の視線に気がついたのか、柔らかい笑みを返してくれた。
「楽しいねえ。新しい体験をするってことはなんて素晴らしいんだろうね。
自分の世界が広がる瞬間。――快感だね。知らないことを知るというのは、なんて楽しいんだろうね」
「……どこかで、聞いたことがあるような」
「へえ。そうなの?」
ダニエルさんが言った言葉。……なんだろう、少し前に……誰かが言っていた。
頭の中から記憶を引っ張り出そうと苦労していると、ダニエルさんは「そんなことよりも、さあ、次の工程に進もう」と私を急かした。
思考を無理やり中断されて、思わず顔をしかめた。マイペースなダニエルさんと一緒にいると、自分のペースが狂わされっぱなしで落ち着かない。
「……なんか。ダニエルさんと居ると、色々とはっきりしなくて、モヤモヤします……」
唇を尖らせてそう漏らすと、ダニエルさんは一層愉快そうに笑った。
「あはは、そうなの? それは困ったね。まあ、そういうこともあるよねえ」
目を細めて、悪びれもせずにそういうものだから、私もそれ以上言及するのはなんだか野暮な感じがして、取り敢えず目の前の調理に戻ることにした。
打ち粉をした捏ね台に、休ませていた生地を置いて、綿棒で円形に伸ばしていく。そして、粉をつけた手に伸ばした生地を乗せて、その上にあんを乗せる。そして親指であんを押さえながら、反対の手で生地をひだを作るようにして包み込んでいく。
これが中々難しい。コンビニで売っているような、綺麗な形に成形するには慣れないと上手くいかない。
「……うう」
正直言って、私は結構不器用だ。料理自体は好きだし、包丁で材料を切り刻んだりするのには苦労しない。けれど、どうもこういう成形的なものは苦手だ。餃子くらいなら、問題なく包めるのだけれど、慣れない肉まんの成形にはかなり苦戦していた。
ふと、隣で同じようにあんを包んでいたダニエルさんの手元を見てみると、私は驚きのあまり目を見開いた。
「いやあ、面白いねえ。楽しいねえ」
鼻歌混じりに生地であんを包んでいるダニエルさんの手元には、綺麗にひだが作られた――完璧なフォルムの肉まんがそこにあったのだ!
ふと、自分の手元の肉まんを見る。ちょっぴり生地が裂けてしまって、中からあんがこんにちわしているその肉まん的な何かは、酷く不格好。肉まん自体を作るのは初めてだとは言っても、これは酷い。
「茜ちゃん、どうしたの?」
首を傾げて、私を見ているダニエルさんの笑顔に、私は思わず顔を引き攣らせる。
――この人、あれか。なんでも器用にこなす万能タイプ……!? 教えている側の方が下手くそって、やばくない!?
さあっと血の気が引くのがわかる。私は愛想笑いをして、そっと自分の手元の肉まんもどきをダニエルさんから見えない様に隠した。