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旅の終わりと秋刀魚の塩焼き 2

 近い未来開催されるのだろう、王妃様()楽しいお茶会に怯えながらも、逃げるようにして我が家に戻ってきた。真っ白な西洋風なお城に不釣り合いな我が家は、相変わらず城の中庭のど真ん中に鎮座していた。一ヶ月近くも旅に出ていたので、酷く懐かしい感じがする。



「へえ、ここが茜の棲み家? ふうん」



 玄関の前まで辿り着くと、ユエは楽しそうに我が家をじろじろと眺めた。



「そうですよ、ちょっと古いですけどね。竜からしたら狭いかもしれませんけど、我慢して下さいね」

「仕方ないなあ」



 ユエはそう言いながらも、何故か嬉しそうだ。

 さて、家に入ろうと私は古びた引き戸の格子扉に手をかけて開こうとした。その瞬間――何かが、横から私の体に突っ込んできた。



「ごふぅ!!!」

「……あ、茜!?」

「あああ! なんだあいつ!」



 ジェイドさんとユエが驚きの声を上げている。

 私はその突っ込んできた何かに吹き飛ばされて、玄関先の地面をゴロゴロと転がった。

 ひとしきり転がると、ようやく私の体が止まった。全身を襲う痛みに堪えながら、ゆっくりと目を開ける。すると、くすんだ秋の空と、緑色のモジャモジャした葉っぱが視界に入ってきた。



「……いててててて」



 私は痛む体に鞭打って体を起こし、強い力で体にしがみついているものを確認した。

 ……それは、頭に葉っぱを茂らせ、ゴツゴツとした木の肌を持った、小さな少女くらいの身長の何か(・・)。――木の精霊ドライアドである、まめこだった。



「まめこ……?」

「まめっ、まめまめー!」



 まめこは私の胸に顔らしき部分を埋め、ぶんぶんと頭を振りながら、力いっぱい抱き締めてきた。

 思いのほか力が強いまめこのせいで、私の肋骨が軋み、「ぐえっ」と変な声が漏れる。

 しかも、この体勢。以前、まめこに抱きしめられて精霊界に連れて行かれたときと似たような体勢だ。

 まめこの様子を見るに、今は精霊界に連れて行くつもりはなさそうだけど、それでもとても居心地が悪い。

 私はどくどくと激しく打っている心臓を必死で宥めながら、なるべく平静を装って、まめこに声をかけた。



「ま、まめこ……? ええと、ごめんね。寂しかったのかな。そうだよね、突然居なくなったようなものだもんね。ティターニアには旅に出るって言っておいたけど、まめこには言わなかったね。本当にごめんね」

「まめー……」

「もう黙って居なくならないから……離してくれる?」

「……まめっ」



 そう言うと、まめこはおとなしく腕を離してくれた。

 だけど、私のそばから離れようとはしなくて、木の枝のような細い指先で、服の裾を握ったままだ。

 まるで小さな子供が母親から離れたがらないような様子に、私は思わず頬を緩めた。

 そしてなんとなしにユエにするように、まめこの頭を撫でようとして――手を止めた。


 ……これって、触った瞬間精霊界にようこそ! なんてならないよね……?

 まめこの頭は、枝豆を収穫するときに触っているから、大丈夫だよね?

 精霊界にぽーん! なんてならないよね……?


 多分、大丈夫。心のなかで、そう確認をすると、葉っぱが茂っている頭を優しく撫でた。

 すると、まめこは機嫌が良くなったのか、ぶんぶんと体を左右に揺らした。



「……茜って、なんなの? その精霊にどんだけ好かれてるの?

 人間以外に好かれすぎじゃない? へんなの」



 背後でユエがそう言った声が聞こえたけれど、私は聞こえないふりをしておいた。

 人間以外のもの好かれるのは、ちょっぴり複雑な気分だけど、ここまで好意を寄せられると嬉しいのは確かだし。というか、ユエ。君も人外だよ……。

 そんな心の中のツッコミは、まめこと同じくらい私を慕ってくれるユエに悪い気がして、敢えて口に出さずに飲み込んだ。



 その後は、家に入って荷解きをして、家中の窓を開け放った。

 一ヶ月も締め切っていると、流石に空気が淀んでいる。順番に窓を開け放ち――居間まで来た時、私は思わず固まってしまった。

 居間の状況は酷い有様だった。ソファの周辺を中心に、沢山の食い散らかした菓子の空き袋に、ごろごろと転がったお酒の瓶や缶。丸まったティッシュやらが散乱していて――まるでゴミ屋敷のようだったからだ。

 すぐに頭に浮かんだ犯人の顔に、私は思わず頭を抱えた。


 ――ティターニア……!! あんたって人は……!!


 どうやらティターニアは、この居間でひとり飲みを満喫していたようだ。


 ……もう! そんなことをしている場合じゃないのに……! ケルカさんが待っているのに、馬鹿!


 私は呑気なティターニアに怒りを覚えつつも、すぐさまそれを振り払った。

 マイペースなティターニアのことだ。もしかしたら、ケルカさんのこと自体に気がついていない可能性もあるのだ。部外者である私なんかが、勝手に怒りを覚えるのは見当違いだろう。

 私は今日からティターニアを全力でおびき寄せようと決意しつつ、取り敢えず換気をしようと、縁側に続く雨戸に手をかけた。

 少し立て付けが悪くなってきた雨戸を、力いっぱい開け放つと――目に飛び込んできた光景に、私はまた固まってしまった。


 ――庭に面した縁側。そこに、沢山の草の葉で編まれた籠が積まれていたのだ。中にはきのこやら木の実やらがぎっしりと詰まっていた。一部は既に変色してしまっているものもあり、随分前に置かれたものだとわかる。


 ……もしかして、これって。


 私はその山盛りになっている山の幸を眺めて、嫌な予感がして思わず身構えた。

 そして、次の瞬間。今度は腹筋に激しい衝撃を感じて、後ろへとふっとんだ。



「ぷっひいいいいいいいい!!!!」

「ぶほっ……! ご、ごめーーーーーーん!!!!」



 それはやっぱり山の主で。

 私が居ない間も、せっせと山の幸を届けてくれていたらしい彼は、涙を浮かべながら、私のお腹に小さな鼻を擦り付けた。


 ……本当、黙って留守にして、ごめんね……!!!


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 体があちこち痛い。

 旅の最中はユエに噛まれた時以外は、それほど怪我をしなかったというのに、この一時間で私はボロボロだった。体中に、擦り傷や打撲傷が出来ており、動くのも億劫だ。


 ユエはそんな私を呆れ顔で見ながら、竜の軟膏を塗ってくれている。

 私は目を瞑って、膝の上の山の主を撫でつつ、腕に絡みついて離れないまめこによりかかられながら、治療を受けていた。



「……もう、僕は何も言わないほうが良いよね……?」

「ふふふ……羨ましいでしょう」

「いや全然」



 何とも言えない空気の中、軟膏が肌に馴染むと、綺麗に傷も痛みも消え去った。



「ユエ、ありがとうございます。助かりました」

「まったく。茜は本当に手間がかかるなあ」



 そう言って、ユエはぽんぽん、といつも自分がやられているように、私の頭を叩いた。

 その顔がなんだかとっても得意げで、私は思わず笑ってしまった。



 ユエと一緒に部屋のゴミを粗方片付けて、まめこと山の主の相手をしながら、休憩していたときだ。

 玄関の方から扉が開いた音がした。そして「わんっ!」と甲高い犬の鳴き声が聞こえた。

 ……レオンだ!

 そして廊下の方から犬の足音が聞こえると、茶色い小さな塊が私に飛びついてきた。


 長い舌を口から出して、まるで笑った顔のようになっているレオンは、千切れんばかりに尻尾を振り、私の顔を思い切り舐めてきた。ぺろぺろと口の周りを一生懸命舐めてくるものだから、私の顔は直ぐにベタベタになってしまった。それにとってもくすぐったくて、堪らず大笑いしてしまった。

 レオンとふたりじゃれあっていると、そこにルヴァンさんがやってきた。



「……なんだ、この部屋は。人外の巣窟か?」

「ルヴァンさん! ただいま戻りました。すみません、まだ荷解きの途中で……終わったら、挨拶に行こうと思ってたんですけど」

「いや、それはいい。レオンの散歩の途中だったからな」



 確かにルヴァンさんはレオンのリードを持っているし、レオンはハーネスを着けたままだ。

 実は、私が旅に出ている間、ルヴァンさんにレオンを預かってもらっていたのだ。一ヶ月にも及ぶ旅に、まさか犬連れで行くわけにもいかなかった。初めは、忙しいルヴァンさんの邪魔になるのではないかと心配していたのだけど……この様子だと、問題なかったようで安心した。


 ルヴァンさんは、どうやら私の帰宅を聞きつけて、わざわざレオンを連れてきてくれたらしい。

「お前、散歩してもらってたの。良かったねえ」とレオンに言うと、レオンは私の腕の中から飛び出して、ルヴァンさんの足元でくるくると回った。

 なんだか、レオンの動きがやけに軽快だ。それに、体がほっそりとしているような……。



「ルヴァンさん。レオン……痩せましたね? それに、毛艶がやけにいいような」



 私がそう言うと、ルヴァンさんは銀縁眼鏡を指先で持ち上げ、にやりと不敵に笑った。



「完璧な食事に、適度な運動。それをこの一ヶ月間、徹底してきた。

 それに君から預かったレオン用のシャンプー。あれは、レオンに合っていないようだったから、新しいものに変えてみたのだ。どうだ、素晴らしい毛艶だろう? 毎日、最高級の獄炎馬(ヘルホース)のたてがみのブラシで梳り、肉球周りの余計な毛もしっかりと切っておいた。もちろん爪もだ。レオンは、今までで最高の状態にあると言えるだろう」



 ルヴァンさんはそう言うと、足元ではしゃいでいたレオンをそっと抱き上げた。

 なんだろう、レオンを見るルヴァンさんの目が優しすぎて怖い。

 内心でルヴァンさんの変わりように慄きながらも、御礼を言うと、「本来なら、これは君の義務だと思うのだがな」と、いつものように軽い嫌味のジャブをかまされた。だけど、その時のルヴァンさんの表情は酷く優しげで、まるで赤子を抱いた聖母像のようだったので、聞き流しておいた。


 ……ルヴァンさんってば、他人にも自分にも厳しいくせに、好きなものにはとことん手をかけて甘やかすタイプなんだなあ。


 私はしみじみそう思って、ルヴァンさんの腕の中でおとなしくしている愛犬を眺めた。

 もしかして、レオン……ルヴァンさん家の子になったほうが幸せなんだろうか。

 そう思い至ると、酷く切なくなった。思わず泣きそうになってレオンを見つめると、レオンはルヴァンさんの腕から抜け出して私の方へと駆け寄ってきた。

 そして、こてんと転がって、うっすらピンク色の可愛いお腹を見せ、「きゅん!」と鼻を鳴らした。


 ……あああ、こいつぅ!!



「レオンは可愛いねぇぇぇぇぇ!」



 私は目一杯愛情を込めて、レオンのお腹を撫でくりまわした。

 レオンは「ブフッ、ブハッ!」と変な呼吸音をさせて、体をくねらせて大喜びだ。

 そんな私を、ユエやルヴァンさんは呆れて見ていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 レオンがまめこや山の主と遊び始めると、丁度いい時間だったので、夕飯の支度に取り掛かることにした。因みに、まだ仕事があるというルヴァンさんは帰っていった。

 帰り際に、とても切なそうな顔をしたルヴァンさんに思わず噴き出すと、物凄く睨まれた。


 台所に入ってエプロンを着けて、気合を入れる。

 ジェイドさんなんかは、今日は疲れているだろうから、城の食事でもいいのではないかと言ってくれたのだけど、山の主やまめこが今日はきっと離してくれないだろうし、それにやけに今日は和食が恋しかったのだ。


 海外旅行から帰ってくる度に、祖父母がいつも和食を希望するのを不思議に思っていたけれど、今なら理解できる。旅先でも、ちょこちょこ和食は作ったけれど、我が家で食べるいつもの味というのは格別なのだ。

 それに、ここに来る途中、料理人のゼブロさんから、食材のお裾分けを貰ったのだ。

 それもとっておきの秋の味。秋の間中、何回でも食べたくなるあいつが手に入った。これは、のんびりお城のご飯を食べている場合じゃない。


 私がウキウキ気分で冷蔵庫の中身を確認していると、荷物を置いた後に、騎士団の方へと戻ったはずのジェイドさんが、いつもの紺色のエプロンを身に着けて台所に入ってきた。鎧は脱いできたのか、私服姿だ。



「ジェイドさん、帰ったんじゃあ……。それに、疲れているでしょう? 無理しないでください」

「大丈夫。そんなに疲れてはいないよ。それに茜を護りながら、茜と一緒にご飯を作るのが俺の仕事だからね」



 ジェイドさんは腰に手を当てて、少し胸を逸して誇らしげに言った。

 そんなジェイドさんの言葉に、胸が温かくなって、思わず笑みをこぼした。



「ふふ……そうですか。しっかり護ってくれて、尚且つご飯作りまで手伝ってくれるなんて、最高ですねえ」

「だろ? 俺ほど役に立つ護衛騎士はそこらにはいないよ」

「お買い得ですね!」

「うん? 茜が俺を買ってくれるのかい? じゃあ、安くしておこう。今なら金貨10枚!」

「うーん! もう一声!」

「金貨10枚でも破格の値段なんだけどなあ……」



 そんな会話をしながら、ふたりでいつも通りに準備を進めていると、ユエが台所の配膳台に顎を乗せて、こちらを不機嫌な顔で見ていたのに気がついた。

 不思議に思ってユエを見ると、べえっと舌を出して居間へと去って行った。

 ……今のはなんだろうか。反抗期?

 私は首を傾げつつも、料理に集中することにした。



 今日の献立は、手早く出来るもの重視で、レンコンと人参のきんぴらと、城の厨房から分けてもらった――秋刀魚。山の主が持ってきてくれた中に、なめこがあったので味噌汁に。あとは塩昆布で揉んだキャベツだ。



「じゃあ、お味噌汁とご飯。おまかせしますね」

「ああ、任せておいて」



 私がそう言うと、ジェイドさんは手際よく、鰹節で出汁を取っていった。

 それを横目に見ながら、まずは臭みを取るために、秋刀魚に塩を振りかけておく。


 秋を代表する魚といえば、秋刀魚。秋になって、木々が紅葉してくると、異常に食べたくなる秋の味覚。

 秋刀魚を異世界で見つけた時は、酷く感動したものだ。


 もう既に何度か食べたけど、異世界でも美味しい秋刀魚のポテンシャルは素晴らしい。しかも、異世界の秋刀魚は脂がしっかり乗っていて、大ぶりで美味しいのだ。


 そして、異世界の魚というと、何故か凶暴な生態のものが多い気がするのだけれど、この秋刀魚は至って平和に捕獲できるのだという。秋になると近海に沢山集まるという異世界の秋刀魚は、秋が終わりに近づき水温が下がってくると、波打ち際に打ち上がるのだそうだ。漁村の子供たちは、それを拾い集め小遣い稼ぎするのが、秋の風物詩になっているのだという。

 秋刀魚拾い放題。素晴らしい、夢のようだ。一度は参加してみたい。

 因みに、異世界の秋刀魚は内臓も問題なく普通に食べられる。私はほろ苦い内臓が好きなので、秋刀魚はそのまま焼く派だ。


 ……ほろにが内臓……ビール……うっ……いかんいかん。


 私は一瞬頭に過ぎった金色の汁を、無理やり思考から追い出した。今日は、白いご飯を食べる。……食べるのだ!


 次にきんぴらだ。

 レンコンと人参は皮を剥いて、薄くスライス。

 鷹の爪も入れるから、種を取り除いて輪切りに。レンコンはしっかりと水洗いして、水を切っておく。

 フライパンを温めて、そこにごま油を引いた。

 途端に、フライパンからごまのいい香りが立ち昇った。

 そこにレンコンを入れ、透き通ってきたらにんじんを入れて、火が通るまで炒めていく。

 ある程度火が通ったら、酒、砂糖、みりんを入れてまた炒める。


 レンコンとにんじんから、若干水分が染み出してくるので、それを飛ばすようにして炒める。

 そして、しょうゆと鷹の爪を入れてさっと軽く炒めるのだ。

 途端に、醤油の香ばしい匂いが辺りに立ち込めた。醤油は最後に入れることで、香ばしさが引き立つ。段々と火が通るにつれて、みりんのお陰で照りが出てきて、なんとも美味しそうだ。そして白ごまをふりかければ完成。


 真っ白だったレンコンが、醤油の色でうっすら飴色になり、にんじんの橙色と合わさると温かな色合い。甘くてしょっぱい香りがとても食欲をそそる。ぴりっと鷹の爪が効いた、ほんの少しだけ刺激的で甘い一品だ。


 箸休めはザクザク刻んだキャベツに塩昆布を混ぜるだけ。塩っ気が足りないと感じたら、ほんのすこし塩を足せばいい。キャベツがしんなりしてきたら、これも完成。キャベツの塩昆布あえ。キャベツの甘味と塩昆布の旨みがマッチした、簡単だけど箸が止まらない一品。

 これで一段落だ。後は大根おろしを作って、ご飯が炊き上がる頃に合わせて、秋刀魚を焼けばいい。



「秋刀魚、そろそろ焼き始めましょうか」

「ああ、七輪の用意は出来ているよ。縁側で焼こうか」

「さすがですね。準備が早い!」

「秋刀魚は何度か食べたからねー」



 ジェイドさんはにこやかに、七輪を持って縁側に向かった。私もその後を追いかけて居間へと足を踏み入れる。すると、大はしゃぎで居間中を走り回る四匹(・・)の姿があった。

 ドタバタ激しい足音をさせて、逃げ回る山の主をユエが追い回している。まめこはふわふわとした足取りで、多分なにも考えずにユエの後ろをついて回っているだけだ。ついでに、レオンは周りが走っているから、釣られてはしゃいでいる。


 山の主は一生懸命逃げ回っていたけれど、とうとうユエに捕まって、しっぽ代わりの若木を鷲掴みにされていた。



「ぷっひいいいいい!!」

「なんだこいつー。しっぽが木だ! へんなの!」

「こら!!!!」



 無邪気に、山の主のしっぽを引っ張っていたユエの頭に拳骨を落とすと、ユエは恨みがましい顔でこちらを見上げてきた。その隙に山の主はあっという間に、まめこの足元へと逃げていった。



「あー……いっちゃった。もう、茜ー。だめでしょ? 邪魔したら。ちゃんとここで竜として上下関係をはっきりさせておかないと、後々面倒なことになるんだからね。変身して一発吠えれば確実だけど、それをしたら、このちっちゃい棲み家が壊れちゃうでしょ。

 ちゃんとそこを考えてるんだからね。邪魔しないでね」

「あ……ごめん……」



 叱ったはずなのに、ちっちゃい子に正論を語られ、叱られる切なさ。

 なんだかごめんよ……余計なことをしてしまった。

 私がしょんぼりしていると、ユエは満足げに笑ってまた山の主を追いかけ始めた。

「待てー!」とかいいながら、酷く楽しげだ。……なんだろう、なんか丸め込まれたような気もする。


 そんなことをしているうちに、居間の中にいい匂いが漂ってきた。



「茜、そろそろ焼けるよ」



 気がつけば、ジェイドさんが縁側で秋刀魚を焼いてくれていた。

 慌ててそばに近寄ると、七輪の上で秋刀魚がこんがりきつね色に色づいていた。

 じゅくじゅく、じゅうじゅうと皮が沸々と沸いて、秋刀魚の焼ける香ばしい匂いが堪らない。



「うわ、すみません。手伝いもしないで」

「いいんだよ。ほら、それよりお皿」

「あ、はい!」



 私は魚用の細長い皿を用意して、ジェイドさんに渡した。

 お皿に焼けた秋刀魚を乗せて、汁気を絞った大根おろしを乗せる。


 ――ああ、如何にも和食って感じ!


 白く塩を吹いた秋刀魚。真っ白な大根おろし。この秋刀魚の身を割いて、そこに醤油をたらせば――ああ、堪らない!

 私がごくりと唾を飲み込むと、直ぐ後ろで誰かが唾をのんだ音がした。

 不思議に思って振り返ると、私の後ろにへばりつくようにして、焼けた秋刀魚を見つめる四匹(・・)の姿があった。



「……ご飯にしましょうか」

「うん!!」

「まめー」

「ぷひー」

「わんっ!」



 私が声をかけると、四匹はそれぞれ返事をしてくれて、私は堪らず大笑いしてしまった。

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