67話 転送の間を目指して
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「魔術って思ってた以上に不便なのね」
険しい岩山に積もる雪がだいぶ上の方に見えてくる程度に下山した頃、アイさんがぽつりとつぶやきました。
今、私達がいるのは、シエルド山脈。聖オオオ国側の中腹です。
昨夜、帝王の葬式の準備をするらしい人狼二人と、正気に戻った姉弟を連れて家へ帰ると言ったシラヌイさん達を置いて、ハヤテさんの転移術で一気に移動したんです。
そうです。雪羊姉弟、正気に戻せたんですよ!
「操ってる状態まで解けるなら、吸血鬼化まで消し飛ばしちゃったら良いのに」
「…力及ばす、すみません」
「っ、ぜ、ゼーレちゃんのせいじゃないわ! 謝らないで! 魔術で消せないのは、そんな“設定”にした創造神様なんだから、あたしはそっちに文句言ってるの」
光属性の『滅楔消闇光』で、正気だけは取り戻す事ができたんです。
まあ、シキさんが、洗脳状態が解除できるなら試したらどうだ、とか言ってくれたおかげでもありますが。
ちなみに、本当はシラヌイさんとシグレさんは私達に着いて来たがっていたのですが、天上世界では飛行魔術が使えないと危険である事から、ハヤテさんの魔力総量上あまり人数は増やせないとの事で、別行動をお願いしていたりします。
飛行魔術は単体用でも風の上級魔術。複数用となると究極魔術に該当するらしいので、風の属性の適正が低い二人は諦めるしかなかったようですが。
一応、お姉さんのミズキさんが帰宅を促した事で、多少は気分も持ち直せたようなので気にはしていません。
「…それにしても、これって不法入国にならないかしら?」
私が一瞬でも落ち込んだからか、アイさんが話題を変えてきました。
でも、不法入国って今更ですよね? だって命の泉があるグレアの森とアイさん達の故郷である麓街ハービスって、国が違うのにハヤテさんの魔術で転移してたんですから。私が気絶してる間に。
どう返答すべきかと悩みかけたところで、現在人化している世話焼き気質なシキさんが答えていました
「不法入国だな。だが、聖オオオ国のシエルド山脈近辺となると天津神系神族の領域だ。国境を気にしそうにない彼らが国に報告しない限り、問題にはならないだろう」
「ちょっとシキさん、何でそこで私を見るんですか…?」
いえ、多少は自覚ありますよ?
地上世界に降りてすぐ、あちこちに飛び回っていて、国境そのものに気付きませんでしたし。
しかも人間のみなさんは天士状態の私の存在に気付く事もなく、例え国境の見張り台近くを通ったとしても、完全にお咎め無しです。自分に見えない、空気同然の何かを咎める人間なんていませんしね!
「くそ、リア充爆発しろ…!!」
「…ハヤテ、その言葉、どういう意味?」
あ、そうです。人生に疲れたかのようにして座り込んでいたハヤテさん、復活しました。…結構後ろ向きな感じに。
けれど言葉が後ろ向きなだけで、行動は非常に前向きです。
今だってみんなの先頭に立って下山中ですし。それに彼が不穏な空気を出しかける度に、アイさんが傍に行って甲斐甲斐しくあれこれしてるので、完全に復活する日も近いと思います。
「えっ!? あーっと、リアってのはリアル…現実の世界って意味の言葉の略で、充は充実の略。ようは妄想の世界以外で充実した生活を送れてるヤツの事」
「それが何でシキさんとゼーレちゃんの反応に掛かるのか、よく解らないんだけど」
「リア充ってのは、友達関係が円満なヤツとか、恋に一生懸命になれる状態のヤツにも使う言葉で…」
二人の会話を盗み聞きした私にも非はあるかと思いますが、ハヤテさんが言った内容なら、アイさんとハヤテさんの二人にこそ当てはまる気がします。
私の隣を歩いていたユーリさんも小さくクスクスと笑っているので、きっと同意見ですよね?
最後尾を歩いているシキさんは…気になりますが、少々振り返り辛いので振り返りません。
体勢的に、というわけではありません。
…実はですね、昨夜、“お願い事”を口にし、謁見の間を沈黙の静寂に染めた後、少ししてからアイさんに指摘されたんです。
まるで愛の告白を通り越して、結婚の申し込みをしてるみたいね、と。
もちろんそんな気はありませんよ!? 色んな面で頼りになるなぁとか、美青年だなぁだとかは思ってましたけど! 過去形ではなく、現在進行形で!
でも、アイさんのその言葉のせいで、シキさんとは何だか気まずい感じに…。
しかも昨夜ハヤテさんの転移魔術でネム王国の首都へ飛び、シキさんのお城で一泊する事になった時、アイさんとユーリさんがその事を引っ張り出して、何故かヒガンさんから激励の言葉を笑顔と共に貰ったせいで、余計に事態が悪化した気がしてます。
今朝に至ってはユーリさんから、結婚関係で軽率な言動をする者同士お似合い、という意味に取れる言葉まで貰ってしまい、何だかシキさんに申し訳なくなってきてしまいました。
え? 何故天上世界へ行くのに直接伊耶那岐の宮へ行かず、一度ネム王国へ行ったのか、ですか?
理由は簡単。ハヤテさんの魔力量を調整する為です。
転移魔術も複数用の飛行魔術もかなりの魔力を必要とするらしいのですが、ハヤテさんの魔力総量は、ほぼ魔族な体となった今ですら私の半分程度の量らしいんです。
で、現在の私の神力…魔力量は、上級魔術発動に最低限必要な量の約四十回分。
転移魔術は上級魔術に必要な魔力を人数の倍の量が発動に必要で、それに加えて飛距離が伸びるにつれて必要量も増えるそうです。
飛行魔術は転移魔術よりましとはいえ、上級魔術に必要な魔力が人数分だけ発動に必要で、それに加えて飛行時間が経つにつれてガリガリと魔力を消費していくらしいのです。
その時点で、いきなり伊耶那岐の宮へ行って天上世界に向かうのは無謀だという事になりました。
だって、発動させる為だけでも、上級魔術に必要な魔力十四回分は必要なんです。
フェリル帝国から聖オオオ国までは大陸の端から端へ行く距離に近いので、どう考えても無理そうですよね。
それでネム王国へ転移した後、私とユーリさんの神族組がハヤテさんへ魔力供給をし、シキさんのお城で一拍する事に決まったんです。
ちなみにシキさんは、天上世界での移動中にハヤテさんへ魔力供給できるよう、地上世界では溜め込んでもらう事になりました。
私達神族は眠らないと神力…魔力が回復しないので、ハヤテさんへの供給は寝る前だけです。
アイさんは自分が何もできない事を気にしていましたが…。 アイさんはハヤテさんを精神的に支えて、魔術が乱れないようにするという重要な使命がありますよ! と伝えると、呆気に取られた後、しっかり納得してくれました。
何せ天上世界は、公道や建物内以外、生き物が立つ事はできない水蒸気の塊である雲の平野が広がってるんです。
魔術の操作が狂って墜落したら最後、雲を突き抜けて地上世界へ真っ逆さま。助かる確率は恐ろしく低いでしょう。
公道を歩く間はともかく、犯人に会う予定がある以上、そこが必ず立つ事ができる場所とは限りません。
天上世界では、ハヤテさんの魔力が切れないようにし、彼の魔術操作が狂わないよう精神的に揺らがないよう気にしなければならないのです。
「あ、ハヤテくーん、前方右から、無機物系の魔物が二体来てるわよ~!」
「りょー解! 危なくなった時はよろしく!」
ユーリさんとハヤテさんの言葉に、ハヤテさんの隣まで行っていたアイさんが下がって…いえ、上ってきました。
そうです。この下山している道中、基本的にハヤテさん一人が魔物を倒してるんです。
もちろん、魔力を溜め込む為ですが。
それにしても、人が戦っているのを眺めているだけとか、非常に居心地が悪いです。大変な事をたった一人に任せきりとか、性に合わないといいますか…。
「う~ん、シキくんが言った通りー、この山に天津神来ないわね~」
「教都アシハラや国境の関所には翼を持った存在があるって情報も、どこまで確かなのか判らないけどね」
あああっ、二人とも、どうして人が戦っている後ろで、そんなに呑気に会話できるんですか?
小型とはいえ、背の高い大樹族のヒガンさんよりも大きな、石竜二匹がハヤテさんの相手なのに。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「ぐ、くそっ! 前回は雷の御方がいたからともかく、今回まで通しては星の御方配下の名折れだぞ!!」
「それに何なんだ!? あの金髪の天士、前回は銀色の羽じゃなかったか!?」
「……何だか私達が悪役になったみたいな気分です」
「まあ、押し入ってるのは確かだし、しょうがないんじゃないかしら」
約二日かけて下山と谷越えをした私達は、伊耶那岐の宮へ正面から入っていました。
前回ここを出る前、雷の御方を天上世界へ送る為に無理矢理通ったので、宮に残っていた星の御方傘下のみなさんには最悪の記憶としてしっかり覚えられていたようです。
って、はい、武器発見! 『消影閃』で消させてもらいます!!
「それにしても、ハヤテとゼーレの動きが手慣れているな。…前回我が帰った後、一体何があった」
「雷の御方が、星の御方の不正を報告しに天上世界へ戻ろうとしたところ、行く手を阻まれたんです。そこで私が相手の武器を消し、ハヤテさんが聖剣で向けられた神術を吸収、雷の御方達が神術で吹き飛ばしながら転送の間まで駆け抜けました」
「………そうか」
今シキさんに背を向けてるので顔は見えませんが、何だか言葉の前の間、が気になります。
星の御方傘下の方達に、同情しませんでした?
今回はシキさんとユーリさんが敵を吹き飛ばす、もとい薙ぎ払う役なので、殺さないようにするのはともかく、同情で手加減しすぎて吹き飛ばせなかったりしたら大変です。
「げ、転送の間の扉、前回ぶっ壊れた時のままかよ!?」
「我が塞ぐ! そのまま行け!」
そうこうしている内に、前方に終点が見えてきました。
ハヤテさんが言った通り、扉が壊れたまま…いえ、壊れた扉を完全に取り払った転送の間です。
真っ先に辿り着いたハヤテさんは、中を覗いてから慌ててこちらを振り返りました。
「ユーリ、中に二人いる! 追い出すの手伝ってくれ!」
「はーい。ちょっと詠唱するからぁ、神術の吸収よろしくね~」
どうやら私達は部屋の外で待機みたいですね。
元々扉があった出入り口を塞がない位置に立ち、私達は追っ手の対処です。
アイさんは私のすぐ傍で荷物を漁り出し、シキさんは敵対している天津神系神族のみなさんの中へ飛び込んで行ってしまいました。
行った先の方向から、何かを焼くような音と動揺の騒めき、そして叫び声が聞こえるので、きっと神力もとい魔力の補給ついでに戦力を奪っていっているのでしょう。
う~ん、対吸血鬼ガイムの時は心配でしたが、今は全く心配になりませんね。
同格と思わしき人物がいないからでしょうか?
「よし。ゼーレちゃん、確か風の魔術も使えるようになってたわよね?」
「え、そうですけど…?」
「ちょっと見てて。―――えいっ!!」
「う、ぐ!? か、体が…!!」
アイさんが片手に収まる大きさの紙風船的な何かを天津神系神族に当てると、中から出た液体が掛かり、何故か当てられた彼が地へと倒れ込みました。
「あ、あの、アイさん? それ…」
「大丈夫。ただの液状マヒ剤よ。油紙の紙風船に入れて、隙間を閉じたの。飲食が必要な生き物だったら、糞尿をまき散らす事になりかねないけれど、神族は食べないから問題無いわよね?」
「え」
ちょっとアイさん、そんな少し液体が掛かっただけで倒れ込む程の恐ろしい物を、まさか私に使えと言うんですか!?
「いいいっ、いいです、結構です! アイさん、それはアイさんが危険になった時に使ってくださいっ!」
「大丈夫よ。シキさんならきっと避けてくれるわ。それにこれ、ハービスを出る時に作ったから沢山あって邪魔だし…」
アイさんから、恐ろしい液体を封じた紙風船が押し付けられようとした時です。
転送の間から、大きな真っ黒い球体が、暴風に押されて飛び出て来たのです。
そして敵対している天津神系神族達にぶつかり、数人が球体の中に呑み込まれていきました。
…何でしょう、あれ。とっても禍々しいものに見えるのですが。
「皆! 追い出せたぜ! 早く来い!!」
「黒いのには触れないでね~!」
けれど、転送の間からハヤテさん達の言葉が聞こえてきたので、あまり考えない事にしました。
きっと考えても無駄です。
シキさんにも聞こえていたらしく、こちらに戻ってきているのが見えるので、そろそろ私も中に入りましょう。
それにしてもハヤテさん、ユーリさん、本当にありがとうございます。
アイさんの悪魔な道具を手にしないで済みました。
※天上世界の事で空気の話が出ないのは、ゼーレが酸素ではなく魔力で呼吸する生き物の為。
※アイは紙風船を見えないはずの天津神に当てているが、ゼーレの攻撃位置とシキが敵の中へ突入した事から予測しただけ。




