60話 二人の陛下
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「ここですじゃ」
吸血鬼風の、青白い化粧を全身に施したままのウブスナさんが、このフェリル帝国の王城の中でも一際豪華な扉の前で止まりました。
彼に連れられて後ろを歩いてきていた私達、シキさんに、アイさん、ハヤテさんに、ユーリさん、私、そして雪羊姉弟の三人もそれに倣って止まります。
元々はシキさんの国が決めた、会談という名の殴り込み。
それが、何故か殴り込み先の人の手を借りて実現しようとしています。
けれど多分、シキさんはもう戦う気は無くなっていそうなので、これは恐らくウブスナさん主動の戦いとなりそうです。
何故なら、シキさんが行動する事になった原因は、「吸血鬼に、人間を狩り尽されては困る」というものが多分最初にあり、後から「ネム王国への襲撃に対する報復」が加わっただけだったのです。
アイさんのお父さんからの証言で、地上に吸血鬼を率いて来た者は、これ以上吸血鬼を増やそうとしていない事が判りましたし、ウブスナさんの言葉から、襲撃の黒幕は金の翼を持つ男だという事が判った為、もう戦う理由はありません。
それでもここまで来たのは、吸血鬼を地上へと誘った犯人に関する情報への対価と、ウブスナさんに対する同情があったからではないかと、私は感じています。
何故かといいますと……。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「…ウブスナ殿、我の聞き間違いだろうか。二人という言葉が聞こえた気がしたのだが」
ウブスナさんに招かれた執務室、ユーリさんが盗聴されないよう神術を施した中で、シキさんの率直な質問が響きました。
うん。私も聞こえましたよ?陛下二人って。
「聞き間違いではないですじゃ。この国には新しく皇帝の位が設けられましてのう。現在は帝王陛下と皇帝陛下の二人がいるのですじゃ」
「それは…政務に支障は無いのか?」
やり方によるのではないでしょうか?
フレア共和国とか、名前からして最高権威の代表者が数人いそうですし。
でも、今まで最高権威が一人だった国がいきなり二人に、というのは混乱が起きそうですよね。
「ネムの国王陛下、この部屋に入って、何か感じませんでしたかのう?」
「………」
ウブスナさんの質問に対し、沈黙するシキさん。
あ、やっぱりシキさんもあえて無視していたんですね。ここで沈黙してしまうという事は、気付いて無視していたか、今まで全く気付かなかったかのどちらかという事になります。
ですが、仕事の鬼なシキさんが気付かないハズはありません。
でも、言いづらいですよね。この部屋にできている、八つの書類の山の事とか。
けれど、やっぱり微妙な空気をものともしない勇者様はいるものです。
「この紙の山ってゴミ?まさか国政に必要な書類とかじゃねーよな」
「そのまさかじゃ」
ハヤテさんに向かって大きく頷く、ウブスナさん。
いえ、こんなところで鷹揚な姿を見せられても…。
仕事を溜めるのはよくないと思いますよ?しかも、こんな、何の書類がどこにあるのかも判らないような状態にするのは、かなり問題的だと思います。
「ぶはっ!ウブスナのじーさんって、脳筋系?書類仕事より体動かす方が!ってヤツ?」
「ちょっとハヤテ、いくら何でも失礼よ!」
ウブスナさんの言葉に、ハヤテさんが爆笑し始めました。もちろん、アイさんが止めようとはしています。
ですが、前に聞いたシキさんの言葉から考えても、ハヤテさんの言い分も当たってそうだと、私はうっかり思ってしまいました。
だって、人狼族は、基本的に魔術が苦手で、肉弾戦が得意とか聞いちゃってるんですよ?魔術は使っても補助系で己の基礎能力を底上げさせるだけ、とか。
かなりの偏見だと思わなくもないですが、それを聞いたら肉体労働は得意でも、書類仕事は苦手としか思えません。
もちろん、完全に失礼だと思うので、口にはしませんよ?黙ってます。
そして、流石にウブスナさんも少々憤慨した様子を見せました。
「本当に失礼な小僧じゃのう。ワシは武官とはいえ、この国で三番目に書類裁きが早いと評判なのじゃぞ?まあ、一番手と二番手が仕事を放棄したせいでこの有様じゃが」
「「「え?」」」
私とアイさん、そしてハヤテさんの声が重なります。
「何しろ八つの山の内、三つは帝王陛下の分、四つは宰相殿の分じゃからのう」
「どっちにしろ、一つは山作ってんじゃね?」
「莫迦を言うでない!陛下と宰相殿の分が無ければ、溜まる事無くさっさと終了させている量じゃったのじゃ!!」
「確かに、普段の三倍以上に量が増えた上、自分の専門外であった部分まで捌かねばならんとなれば、ああなるな」
「そうですじゃ、そうですじゃ。やはりネムの国王陛下は話の判る御方ですじゃ」
ハヤテさんに怒り、シキさんへは嬉しそうに頷き、変わり身が凄いウブスナさん。
でも、私、気付きたくない事に気付いてしまったのですが…。
「あの、ウブスナさん。つまり今、ウブスナさんが本来の職務以上の事をこなさなければ、この国は回らなくなるという事ですか……?」
今まで、吸血鬼達に占領されてしまった状態でも、どうにか国としての体裁が残っていたのは、全て武官であるウブスナ元帥のおかげだったのでは、という事です。
武官に武の方面ではなく、政の方面を支えられていました、とか、国としてダメだと思います。
「残念な事にのう。吸血鬼共の従属種に成り下がった奴等はまあ、多少お馬鹿さんになったとはいえそれなりに働いておるのじゃが、精神に影響する魔術に捕らわれおった陛下と宰相殿は使い物にならぬのじゃ」
「精神へ作用する魔術ならー、解除すれば元に戻るんじゃないかしら~?討つ必要は無いと思うのだけどー…」
そうですね。込める神力の量が、相手の魔術に込めた魔力の量より上回る事ができれば、光属性の神術『滅楔消闇光』で解除できると思います。
けれど、ウブスナさんは沈痛な面持ちで言葉を絞り出しました。
「それが、どうにもならないのですじゃ。陛下二人と宰相殿は常に行動を共にしてましてのう…。どうにかしようとするならば、人狼族の長でもある帝王陛下と一族の中ではそこそこ強い宰相殿、そして陛下を制御下に置くことができる程の力を持った吸血鬼のあ奴を、同時に相手せねばならないのですじゃ」
「でもー、わたし達が協力するならぁ、一人で三人を相手にする事もないし解除の方向でいけると思うわよ~?」
「じゃが解除の手立てがないのですじゃ。吸血鬼共の特性を見るからに、恐らく光属性であれば解除できるとは思うのですがのう。生憎と、闇の魔術を吹き飛ばせる程の力を持った魔術師は、この国にいないのですじゃ」
ウブスナさんの言葉に、私達は顔を見合わせました。
つまり、ウブスナさんは吸血鬼に掛けられた魔術を解く事ができないから、族長も一緒に討つという苦渋の決断を下したという事です。一応、星の勇者様という事になっているのに、希望の欠片もありません。
そして対処できる可能性があるのに、それを黙っていられる程、私は苦しそうな彼を放っておけませんでした。
「あの、ウブスナさん、私、できるかもしれません」
「どういう、事じゃ?」
視線を床に固定していたウブスナさんが、私の方へ顔を向けます。
「私、光属性の神じゅ、あ…魔術が得意なんです。上級の、『滅楔消闇光』なら、解除できるはずです」
失敗する可能性も多分にある事は、口にしませんでした。
成功させれば良いんです。
相手は最低でも二人に、同じ種類の魔術を掛けているんです。それに、神術と魔術が実は同じものだったというのなら、帝国が占領されてから今までずっと魔術で洗脳されている時点で、きっと術者からの魔力供給型。
術は、基本的に効果を発する限り、徐々に込められた力を使い、最後には効果が切れてしまうからです。
…と考えると、シキさんが封印施設で使っていた状態固定の魔術、『地乾固無変』が、どれくらいの期間存在できるのか、非常に気になりますが。
まあ、とにかく、供給型なら、敵対勢力と戦う為の力を残しつつ、最低二人に対して力を送り続けなければならないので、力が分散していると思うんです。
ユーリさんからも、私の神力は結構あるとお墨付きを貰ったので、私が全力で術を放てば、何とかなる気がするんです。
「ではウブスナ殿、先に吸血鬼を倒し、ゼーレが解除を試みて、それでも解除できなければ帝王も討つ、という事で良いな?」
「へ?シキ様、別に吸血鬼を倒す前にやっても良くね?成功したら敵が二人も減るワケだし、楽だと思うけど」
「そうですね。私もハヤテさんと同じ事を思っていましたが…」
ハヤテさんと私がシキさんに意見した途端、シキさんの眉間が、僅かに顰められました。
「成功すれば、だ。失敗すればどうなる。ゼーレ一人分の穴を埋めるのは、そう容易くはない。最低でも…そうだな、ハヤテ、今のお前三人分程度の戦力は必要になる」
何だか私の戦力が、ハヤテさんを引き合いに評価されてしまいました。
そうですか。ハヤテさん三人分ですか。
ハヤテさんは最近、そこらの魔物には一対三でも絶対負けないという程強くなってきてますが、喜んで良いのか悪いのか微妙な感じです。
「もしゼーレが全力で解除を試み失敗した場合、ゼーレを庇いつつ強敵三人を相手にしなければならん。それよりは術者を倒し、術自体が弱まったところで解除を試みた方が成功率も上がる上、万が一失敗しても敵は二人。何とかできるだろう」
狼共の実力はある程度知っているしな、という呟きが付け足されましたが、多分聞こえていたのは神族である私とユーリさんだけでしょう。
そしてシキさんの言葉に納得した私達は、応接室で待っていた雪羊三姉弟と共に、ウブスナさんの案内の下、彼の部屋を後にしたのでした。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「さて、早急に正気を取り戻させ、あの書類の山を返却しなければな」
シキさんの言葉に、ウブスナさんが大きく頷きます。
「そうですじゃ。体の構造が変化した国民が多い以上、今までの対応が無意味になる事柄もあるのですじゃ。その対応方法を考えるのは、政の中心である陛下と宰相殿。さくっと解決して貰わなければなのですじゃ。―――皇帝陛下、ご覚悟!!」
バンッ、と開け放たれる、観音開きの豪華な扉。
扉の向こうには、少し遠く、高い位置に玉座のある、謁見の間らしき場所が存在していました。
そしてピシリ、と音が響いた感覚が、私達を襲います。
玉座へ向かう階段の一番下には、ウブスナさんと色違いの、魔術師のような外套を羽織った人狼が立っていました。
ウブスナさんの声に反応したのか、ゆっくりとこちらを振り返ってくる人狼はウブスナさんと違い、今まで見て来た人狼の皆さんと同じく、狼の頭を持ち、よく見る灰色です。
そこまでは問題ありませんでした。
問題はその先です。
謁見の間に唯一ある椅子、玉座の上には、二人分の人影があったのです。
…うん、この時点でおかしいです。一つの椅子に二人でって………。
片方は赤を基調とし、金の刺繍が入った露出の少ない豪華な服を纏う、鍛えられた筋肉が目立った人狼。
階段下の人狼と同じく狼の頭で灰色の毛並みですが、左目には切り傷と思われる、大きな目立つ古傷があり、耳の模様が金色の毛になっていて、正に王者であり猛者、という姿………だったのでしょう。
そしてもう片方は、人間を青白い肌にし、耳を尖らせた感じにした姿である、恐らく吸血鬼の男。
黒髪に銀色の目をしていて、服装は武装を解いた漆黒の騎士、という姿に見えなくもありません。
顔も、シキさんよりは年上でも中年とはいえない域である、美青年な感じです。
ええ。その二人が玉座の上にいたんです。
吸血鬼の男が、膝の上に筋肉の目立つ人狼を座らせた形で。
しかも、どう見ても接吻をしているようにしか見えない状態で。正直、回れ右してここから離れたいです。
吸血鬼の男の方が、微妙に顔を顰めているのは気にしません。接吻といっても、主に人狼から顔中を舐められている感じですが、自分で帝王を洗脳しているはずなので、きっと彼の趣味なのでしょう。
…精神的に被虐趣味ですか。私には理解できない世界ですね。
門番さんが言っていた、「陛下は今、偉大なる実験を行っています」って一体何だったのでしょう?
まさか、別種族同士でも子孫が残せるか、とか、そういう類の………?
つまり、ウブスナさんが扉を開けた次の瞬間、目に入ってきた衝撃的な光景に、私達の時は、止まってしまったのです。
けれど、身内の事で一番衝撃を受けていたと思われるウブスナさんが、最も早く自我を取り戻して怒鳴りました。
「宰相殿!恋人の不貞に、指を咥えて見ているとは、一体何をしているのじゃ!!」
………え?
ここでまさかの三角関係ですか?




