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52話 謎の男

7/11誤字修正

「ハヤテ!」

「シキさん!ハヤテさんっ!?」


 私の目の前で、薄橙色の寄生虫を巨大化させたような魔物に襲われ、落ちて行く二人。

 反射的に追いかけようと、私はいつの間にか足元にできていた足場から飛び出しました。

 けれど。


「ゼーレちゃん、だめー!!」


 人型の姿のまま翼を広げた瞬間、中々耳にしないほど強い声で、ユーリさんに制止の言葉を投げつけられたのです。


「何故ですか!?早く追わないと…!!」

「そうよ!放っておいたら、ハヤテは…!」

「それじゃあ、ゼーレちゃんはー、男の子を二人も、掴んで飛ぶ事ができるのね~?」

「「!!」」


 私は、ユーリさんに指摘されて、ようやく状況に気が付きました。

 ―――…できないのです。

 自分と同程度の体重の人までなら、一人はどうにか運べるのですが、落下速度が加わっている時点で、既に引き上げる事ができない事は確定しています。

 つまり、どちらであっても掴んで飛ぶ事はできません。


「大丈夫よ~。ハヤテくん一人なら心配だけど、シキくんも一緒だもの~」

「…そ、そうよね。シキさんは魔王様なんだから、きっと何とかしてくれるわよね。ゼーレちゃん、あたし達、ちょっと落ち着きましょ?」

「でも…!」


 心配なものは心配なんです。だって、あの見た目が気持ち悪い魔物も一緒に落ちたんですよ?

 魔物に対応しながら、落下に関してまでどうにか対応しないと、って、かなり厳しいと思うんです。

 それにヒガンさんが言ってたじゃないですか。シキさんは「守る対象が複数いると、気を取られ過ぎてすぐ怪我する」って。

 守る対象だと思われてるなんて、とっても悔しいですが、つまりは今落ちてしまったのも、きっと私達を優先的に助けようとしたせいですよね!?

 放っておくだなんて、恩を仇で返すような事はお断わりです!


「それじゃあ、ゼーレちゃん。今、ゼーレちゃんが二人を追いかけたらー、わたしとアイちゃんはどうしたら良いと思う~?」

「っ、あ……」


 そう、でした。


 一緒に行けるならともかく、置いて行ってしまった場合、そこに残るのは元々あまり戦いに向いていないアイさんと、後衛専門のユーリさんとの二人になってしまいます。

 そんな状態では、その場に留まるにしても、別の道を探して追いかけるにしても、危険過ぎてままなりません。

 私は気付かない内に、自分以外の全員を危険に晒すところだったのです。


「…ごめん、なさい…。私……」

「あたしも、ごめんなさい。…どうもハヤテの事となると、冷静になれないのよね…」

「うふふ~、一つ勉強になったわね~。それよりー、シキくんも落ちたせいでー、この足場、どのくらいもつか判らないのよね~。あっちに見える通路の入口まで、わたし達を運んで欲しいのだけどー…」


 もちろん私は、二人を運びました。当然、先に運んだのは、魔術が使えないアイさんです。

 ユーリさんは神術が使えるので、万が一私がアイさんを運んでいる時に足場が崩れたとしても、少しの間は何とかできそうですから。

 けれど、少し疑問に思う事もあります。


「ところでユーリさんは、あんな感じの足場は作れないのですか?」


 これです。私はユーリさんを運ぶ際、ちょっと聞いてみる事にしました。

 だって、できるのなら、きっと既に使って通路までの足場を作っていると思うのです。それなのに、実際は私が飛んで運んでいます。

 でも、確か狂戦士状態のシキさんと戦った時、ユーリさんは土属性の神術を術名無しで色々扱っていました。どう見ても得意な属性としか思えないのに、これは一体…。


「…ゼーレちゃーん、あのねー、シキくんって規格外なのよ~?」

「魔王、という時点で世界的に考えても、かなり強い部類に入る事くらい判りますよ?」

「強さの規格じゃなくてー、術の使い方の事なのだけど~」


 そういえば、へブル火山を下山する際、メイさんも言っていましたね。

 空気中の毒であるガスというものを吸わないようにするため、ハヤテ上空から足止め用の風の魔術を使う旨を口にしたところ、メイさんが「変わった使い方」と評するのに対し、シキさんから教わったと彼は答えてましたし。

 ただ、あの時点で私は、光属性以外の神術にどんなものがあるのかあまり知らなかったので、どの程度おかしかったのかは不明です。


 …あれ?でも、たしかシキさんを育てたのって、ヒガンさんだという話でしたよね。

 シキさん、魔術はどうやって習得したんでしょうか?

 書物などから自力で習得したのなら、正真正銘規格外な魔術の使い方を考えたのはシキさんという事になりますし、ヒガンさんから教わったのであれば、ヒガンさんが規格外な使い方を考えたという事になります。


「まずー、壁から何かを突き出させる土属性の術は一応あるのよ~?でも、ぜーんぶ敵を貫く為の術だからぁ、こんな感じに人が乗れるような平たい面とか無いのよー」

「はぁ…」

「でね~、誰も知らない術を使ったという事はー、元から自分で作った術か何かを改造した術って事になるのよ~?」

「そうですね」


 ユーリさんが私には理解できない神術の構造について話し始めたところで、私は彼女に指定された通路の入口に到着しました。

 いえ、一応、それなりには解りますよ?術を改造しようとしても、構造の一部を変えるだけで別の場所に不具合ができる、とか。形態化されていない術は、どうしても無駄が多く威力も弱い、だとか。

 本来なら、ちょっとご教授願いたい感じの内容ですが、残念ながら今はそんな事をしている暇はありません。

 私は少々心苦しく思いつつも、聞き流す事にしました。


「ユーリさん、術の構造についてはとても気になるのですが、今はシキさん達を追う事に集中しましょう。…どうやったら下の方へ進めるか、わかりますか?」

「……んも~、先は長いから聞きながら歩いても~…。下へ向かうのは大丈夫よ~。土の封印施設、この洞窟の最下層にあるのー。あの穴、底が見えなかったからー、最下層まで届いている可能性は結構あると思うわ~」

「ハヤテ達、うろちょろしてないと良いんだけど…。それじゃ、急ぎましょ」


 そうして私達は、ユーリさんの案内の下、最下層を目指すのでした。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「―――……っずっ、…ど………なら…」


 ネム王国の王城の高さ程度、あの巨大寄生虫の広間から下の層へと到達した感じがしてきたころ、今までに無かった音、いえ、声が耳に届きました。

 一瞬、シキさんかハヤテさんかと思いましたが、どちらとも違う声な気がします。

 男性の声、という点では一致している気がしますが、こう…ノリが軽そうな?

 よく通るのに静かで落ち着いたシキさんの声とは全然違いますし、普段のハヤテさんの、少年らしい高さで明るく弾むような声とも種類が違います。


 どうやらユーリさんにも聞こえていたらしく、彼女の足も止まりました。

 アイさんは聞こえていないようですが、私とユーリさんが立ち止まった事で、首を傾げつつも同じく止まります。


「二人とも、何か見えたの?」

「見えてはいないわよ~」

「そうですね。遠くから知らない人の声が聞こえたのですが、洞窟の壁に反響し過ぎて、どこから聞こえたのか判別がつきません」


 空気を読んだアイさんが、小さな声で聞いてきて、そのまま私達はこそこそと状況報告を行います。どうやら、ネム王国で神族組の目が人間より見えている事が判った為に、自分には見えずとも…と思ってくれたようです。

 けれど違うんです。

 遠方は人間より見渡せるのですが、人間と同じく透見する事はできません。見えないという事は、確実に分かれ道のどれかの先にいます。


 実は十数歩進んだ先、横穴だらけの区域へと変化していたりします。

 一つ上の層までは、あまり分かれ道は無かった為、先に目視できた者勝ちだったのですが、ここでは違うようです。

 厄介ですね。

 しかも私達、洞窟の生き物をできるだけ驚かせないよう、という配慮の元、広範囲を明るくする光源である『明光(ミュール)』は使っていません。代わりに、松明の倍程度、周囲を照らす事ができる球状の光『照明(ミラ)』を使用しています。

 …そうです。この明かりのせいで、こっちは相手の居場所がわからないのに、相手にはこちらの居場所がバレているという可能性が……高いですね。


「相手が人間だった場合、効果が無いかもしれませんが…」


 それでも運良く反応してくれれば儲けもの、と思って、私は球状の光『照明(ミラ)』を、いつも通り無言でもう一つ作り、『照明(ミラ)』の光の玉だけをゆっくりと分かれ道のある区域へ直進させました。所謂、囮です。

 私は腰の剣に手を掛け、アイさんは毒薬が入っていると思わしき瓶を持ち、ユーリさんは土属性である橙に近い黄色の光の粒子を周囲に発生させ、三人で警戒しながら息を潜めました。


 一つ目の、分かれ道の入口が右にある場所。…特に不振な音はしません。

 二つ目の、分かれ道の入口が左にある場所。…どこからか、ザリッと、土を踏む音が聞こえてきました。

 三つ目の、同じく分かれ道の入口が左にある場所。…方向は不明ですが、「なっ!?」と明らかに動揺しているような声が聞こえてきます。


 …うん、何だか凶悪な相手ではなさそうです。

 この洞窟に入り込んでいる時点で、それなりには腕が立つ相手だとは思いますが、あまり警戒しなくても良いような…。


 そして、四つ目の、分かれ道の入口が右にある場所へ、『照明(ミラ)』が辿り着いた時です。


「だ、誰だ!?」


 姿は現さないものの、とうとう誰何の声が上がりました。

 私は『照明(ミラ)』の進行を止め、無言でアイさんとユーリさんの二人と、顔を見合わせます。

 そしてみんなで一つ頷き、私が代表で口を開きかけた、のですが。


「クソッ、ケルベル洞窟の亡霊め!こ、この俺様、旧シュザム王族の末裔、サイオウ・イ・シュザムが、伊耶那美(いざなみ)神の元へ送り返してやるゼ!」


 謎の解釈と共に、勝手に名乗りあげ、大きな戦斧(せんぷ)で『照明(ミラ)』を割るかのように私達の前に姿を現したのです。

 もちろん、『照明(ミラ)』は光の塊の為、割れません。

 戦斧がスッと光を通過していくのを見て、驚愕に染まる男の顔が、良く見えました。

 当然『照明(ミラ)』の至近距離にいる為、彼の全身が確認できます。


 まず、目を引いたのが、炎の色をした短髪のぼさぼさの髪。どことなく上へ上へと重力を無視して逆立っているように見えますが、まあ、これはどうでも良い情報ですね。

 次に気を引かれたのは、背中の翼と、お尻の尻尾。…色は髪と同じく、炎っぽい感じですが、どう見ても鳥系です。

 鳥系の魔族でしょうか?


 ですが、そんな冷静に分析している私の中には、もう一つ、抑えきれない自分が存在していました。

 だってですよ?まさか『照明(ミラ)』の光を見て、亡霊と勘違いするなんて思わないじゃないですか!

 しかも、亡霊と思ったくせに斬りかかって、刃が通り抜けて。でも、そこで驚くとかおかしいですよね?


 アイさんとユーリさんはどう思ったのか判りませんが、とにもかくにも私達三人は、男の行動に呆然とするかのように、無言で見守ってしまいました。

 けれど流石に三人もの人に見つめられたからでしょう。ふと、男がこちらに気付き、謎の速さで身なりを整えたのです!


「っ、やあ、お嬢さん方。俺はサイオウ・イ・シュザム。冒険者だ。…もしかしてこの光は貴女達が作ったのかな?中々上手くできているね。うっかり人魂かと勘違いしてしまったよ」


 そして彼の口から溢れ出したのは、どことなく歯の浮くような言葉。一応、美青年な見た目を飾るかのように、キラキラとした空気も醸し出し始めましたが、気付いてますか?

 私達、さっきのあなたの行動、しっかりみてましたよ?全く取り繕えてないですよ?『照明(ミラ)』だって人魂に似せようとしたりとか一切してませんので、一体どう「中々上手くできて」いるのかサッパリです。

 うっかり私達は、再度顔を見合わせてしまいました。


「えっと~、わたしはユーリ。陸津神(ろくつかみ)系神族ですー。こっちはー…」

「私はゼーレ・サンハ。天津神系神族です」

「…あたしはアイ。普通の人間の薬師よ」


 ですが、ちゃんと名乗られたからには、こちらも名乗り返すのが礼儀です。

 私以外、氏を名乗っていないあたり、警戒心をむき出しにしてますが。


「…え?陸津神(ろくつかみ)と天津神って、仲悪いという話だったような…」

「ほとんど交流が無いせいではないでしょうか?」

「確かに~、陸津神(ろくつかみ)の大半は天津神の事を良く思っていないわねー。ところで貴方はぁ、何故この洞窟にいるのかしら~?」


 …私とユーリさんの神族に対する見解が、全然違う気がします。え、これって一方的に天津神が嫌われているという事なのでしょうか。

 私がチラリと思った事を、残念な美青年のサイオウさん感じたのか、少々何とも言えない表情になりかけましたが、すぐに顔を元に戻してキラキラとした空気を発生させます。…この人、恰好付けるが趣味なのでしょうか。


「俺は仲間の為に、食料確保ってところかな?他の仲間は、魔王城への侵入経路について話し合っているところだよ」

「「「えっ!?」」」

「…ん?」


 彼の口から出たのは、思ってもみなかった言葉でした。

 だってこの辺りで魔王城っていいますと、確実の帝都ハウンドの王城ですよね?

 あ、もしかしてグレア村で懸念していた通り、多くの調査隊や外交官がやって来ていた、という事なのでしょうか。

 私達の驚きを見て、サイオウさんも首を傾げました。ですが、こちらが理由を聞いたからには、相手からの言葉も、それ相応のものが返って来るものです。


「そういえば、そちらこそ何故ここに?神族が二人もいるとはいえ、こんな危険な場所に美少女三人だけで、というのはどうかと思うよ?」


 なんなら、俺の仲間に紹介するよ?という言葉まで付け足され、やっぱり聞かれてしまいました。

 …と同時に一瞬見えた、白いソレ。

 口の中に、吸血鬼化したアイさんのお父さんと同じような鋭い犬歯が見えたのです。彼はどう見ても、鳥系魔族なのに。

 私は慌ててアイさんとユーリさんの顔を見ましたが、二人は見えなかったのか、見えなかったフリをしているのか、全く表情を変えません。僅かに、言外に含まれた「守ってやるよ」的な言葉へ対し、不快に思っているようなそぶりを見せただけです。


「えっと~、わたし達はー「穴に落ちた仲間を追いかけているところです!!」」


 ユーリさん、言葉を遮ってすみません。

 でも、彼の仲間に紹介されたら危険な気がするんです。できる限り、回避しないと!


「…えっと?俺は、このケルベル洞窟に入った事情を聞いているんだけどな?」

「が、外交でフェリル帝国に用があったのですが、帝都に入れなかった為、別の道を探していました!」


 ふう、これで完璧なはずです!

 少々困った表情をしたサイオウさんは、私の言葉を聞いて、一つ納得したかのように頷きました。

 そして、何故か分かれ道の方へ一度戻って行ったと思えば、巨大なナキウサギのような動物の死骸を引きずって来たのです。


「それじゃあ、仲間と合流するまで、俺達の仲間と行動したらどうかな。幸いな事に俺達の目的地は帝都の王城だし、なんて言ったって、俺の仲間には勇者が二人もいるから危険は少ないと思うよ?」


 ちょっと待ってください!私達、あなたとは行動したくないんです!!




 ………って、え?今、勇者様が二人いるって言いませんでした?

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