51話 勇者ハヤテの動揺
注! 51話は勇者ハヤテ視点です。
腐女子も一応は乙女。体は男の子ですが。
6/26注意書き忘れていたので追加。
6/28誤字修正
「アイがどうなっても良いならば、好きにするといい」
シキ様の口から出たその言葉に、オレの頭の中は一瞬真っ白になった。
久々に十年ちょっと慣れ親しんだ、麓街ハービスへ一時的に帰って来ていたせいで、気が緩んでいたのが悪かったのか。
でも、おかしい。フラグは立たないよう、誰もオレの家に連れてってないのに。
「まさかアイ、どっかに行ったのか!?」
「旅客馬車ではない馬車に乗って、な」
オレはハービスへと引き返していくシキ様の背を追って、ゼーレといた森の茂みの影から飛び出した。
一周しかゲームをやっていないとはいえ、ハービスでのイベントは一回やり直した内容だ。
フラグが立つ行動も把握してると思っていたのに。
一回目、ゲームで主人公の家へ寄ろうとした時に「誰を連れて行きますか?」という謎の質問と共に、アイとユーリの名前が表示され、エンディングに関係するのかと思ったオレは、ユーリを選んで向かう事を選択した。
けど、ゲーム内の時間が翌日になった時、早朝から叩き起こされてユーリが消えた事を伝えられた。
そしてそのまま捜索しながら帝都ハウンドへ向かう事になったけど、ユーリは回復神術でかなりお世話になってたせいで、フィールドに出た後、かなり厳しいプレイを強いられたから、泣く泣くセーブせずに中断。ヤ、だってしょうがないだろ?オレ、基本的にBLゲーという恋愛シミュレーションばっかやってたから、難しかったんだよ!
…で、二回目はアイを選んで家へ行く選択に変更した…、という記憶は日本人として生活していた中では新しい方だから、間違いない。
何せ一周目はフェリル国の王城でラスボス戦だったから、本当にストーリーの終わりの方だったのだ。
その先で見たイベントは………アイが実の親な糞医者に吸血鬼へと変えられかけていたというもの。
ゲームではギリギリなんとかなった。だからゲームと同じような行動をすれば、きっとアイは助かる。
…けど、ここでは本当に助かるのか?
だってヒガンが言ってた事から考えて、今はゲームで言う二周目以降のストーリー進行のはずだ。
ぼっちエンドという内容が怖すぎたせいで、絶望したくないが為にヒガンには他にどんなエンドがあったのか、聞かなかった。
でも、もし聞かなかったエンドの中に、下手したらアイが助からないルートがあるとしたら…?
それに、ゲームの世界とはいえ、オレ達は生きている。
ゲームでは宿屋とかでしか表現されなかったけど、食事や睡眠だって毎回必要なのだ。
果たして“ゲームと同じような行動をすれば”とはどこまでやるべきなのか…?
道中は睡眠を摂る事無く移動する事が、助かる条件な可能性だってある。ゲーム内ではできる行動でも、現実では実行できない事だって多々ある事を、オレはこの十年ちょっとで学んでいた。
頭から血の気が引くのを感じながらもシキ様の後を追うオレ。
けどそこに、追いかけて来たゼーレの、イマイチ状況を理解してない言葉がかかって来た。
「二人とも、何故そんなに焦ってるんですか?アイさんだって、魔物への対応はそれなりにできると思いますよ?」
やめろよ、ゼーレ。こんな時くらい空気読めよ。
アイが、吸血鬼にされたあげく、太陽が戻ってくるのと同時に死ぬかもしれないんだぞ!?
「んな、普通の魔物との戦闘は、そこまで心配してねーよ!」
普通なら何の問題も無いはずのゼーレの態度にイラついて、気付けばオレは叫んでいた。
彼女はこの先の展開なんか知らないから、オレ達の態度に疑問を持って当たり前なのに。
「…彼女の両親の所属から考えると、最悪の事態を考えた可能性があるという事だ」
アイの事に気が向き過ぎて説明できないオレの代わりに、シキ様がゼーレへと説明する。
アイがオレを置いて一人で家を出た事。馬車に乗って既にハービスを発った事。シキ様は監視用の花を馬車へ付け、戻ってきた事。
ゲームでは、全てフラグが立つ事で発生する内容だ。
―――…何で。
「王都方面ではなく、国はずれの村へ向かう道に曲がった事は確実だ。そちらの方面で戦地だった地域となると、現時点の情報では例の国しかない」
「くそっ!何でだよ!?家に帰ってフラグ立てたりしなかったのに、何でアイがっ!」
どーにかして、早く追いつかないといけない。どーすれば……。
オレは、どこを歩いているのかも確認する事なく、シキ様を追うという作業をしながら、ひたすら考えていた。
スピード二倍の魔術を掛けて走るか?けど、それって馬車に追い付けんのか?だってゲームでは、馬車を引く馬と御者は既に吸血鬼化してて、吸血鬼化する前を遥かに凌ぐ体力になってた設定だったハズだ。
多分、ゲームとほぼ同じ結果になる。ヤ、一人で行ったら魔物と戦うのにも時間がかかって、間に合わないかもしれない。
一瞬でも早く行ける方ほ…―――っ!
あった。あれだ。
オレは足を止め、聖剣を抜いて空へと掲げた。
「我が魔力よ、我が求めし次なる場所へ、我等を送り届けん!!」
そう。転移魔術だ。まだハービスを出てあんまし時間が経ってないなら、次の街の辺りへ先回りして、待ってたら良い。
うん。ナイスアイディア!存在を思い出して良かった!
何かシキ様が叫んだ気がしたけど、オレは大して気に留めなかった。
だってアイを助ける事が最優先だろ?何を言ってたかなんて、後でまた聞けばいい。
オレは、魔力の出力を上げる事を意識しながら、術を完成させる為に口を開いた。
「『複身転移送』!」
カッ!
フラッシュの威力を広範囲向けにしたような激しい光が、聖剣から迸る。
…術が成功したかと思った瞬間、オレの意識は白い闇へと沈んだ。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
転移魔術に失敗してから次に目が覚めた後は、実をいうとあんましハッキリとは覚えていない。
ただ、ただ、できる限りゲームでの行動と同じにしないと、とその事だけを考えていた。
今思うと、かなり皆に迷惑をかけたと思う。
寝る事もせず進もうとするオレに、シキ様はそれならオレの事を運んでくれると言い、その間、人間なら寝ていろとかまで言ってくれた。
ユーリはすぐに体力が尽きる為、シキ様に担がれ、ゼーレは対魔物の為にシキ様と並走、もしくは傍を飛行してくれた。
野営は、ゼーレの体内神力が半分を切った時だけにしてくれて、それ以外は貫徹で移動になった。
神族は神力の回復をする時以外は寝ないと聞いたけど、シキ様は魔族だし見た目よりタフとはいえ、本来、睡眠を摂る種族のハズだったのに。
「くそっ!早くしないとアイが…!このバカ医者、どけっ!!」
オレはもうすぐそこに見えるアイを助けようと、暗かったハズの周囲がいきなり明るくなる中、聖剣を振るった。
だけど、注射器でアイの左腕に吸血鬼の血を入れた彼女の実の親父が、メスなんていう小さな刃物で邪魔をする。
クソッ、何でメスなのに聖剣の攻撃に耐えられるんだよ!?
「心配せずともハヤテ君にも入れてあげるから、もう少し大人しくしていてくれないかね」
しかもバカな言葉まで掛けてくるという、超うざい仕様。
アイの腕の皮膚が、注射をうたれた場所から、じわり、と変色したのが見えた。早く、早く…―――!
その瞬間、後ろから皆が駆け付けた音がした。
「太陽の光なんかで死ぬ吸血鬼とかお断りだ!シキ様!頼む、このバカ医者を…!!」
オレは医者と刃を交えていた状態から一歩下がってヤツのバランスを崩し、素早く駆け寄ってくるシキ様に後を任せてアイの元へ向かった。
そのまま抱き上げてシキ様の横を通り抜け、ゼーレ達がいる場所まで下がる。
アイの腕は………。良かった、ゲームで見た状態よりも、進行してない!
「ハヤテさん、アイさんは…」
ゼーレが心配そうに聞いてくる。
「…まだ、戻せる。ユーリ、使える中で一番強い回復魔じゅ、神術をかけてくれ」
「え?回復神術は怪我以外治せないわよ~?」
「治すのは怪我だ」
そう、怪我だ。そして、吸血鬼化させる細胞を死滅させる事ができるのは、聖剣しかない。
ごめんな、アイ。絶対、痛い。
小さい時から、ずっと傍にいてくれて、親には育児放棄ギリギリの対応をされてた『新千早』なオレのお姉ちゃんみたいに、何かあったとき、いつも助けてくれたのに。
誰も知り合いがいないこの世界で、一番の味方だったのに。
オレは、こんなヒドイ事しかできない。
アイが暴れる事によって、彼女が必要以上に自身の体を傷付ける事がないように、オレはアイの左肩へ自分の右膝を乗せて固定した。
そして、アイを運ぶ為に一度仕舞った聖剣を、静かに引き抜く。
「ハヤテさん、何を……!?」
ゼーレがオレを止めようとするのを視界の端に捕らえながらも、オレはアイの左手を自分の左手で握り込んで。
「―――…アイ、ごめん」
変色した部分の中心に、剣を差し込んだ。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
ぐらぐらっと揺れる地面。足元も頭上も大地の色をした中で、生き埋めにされそうな心配を煽る空間。
…ゲーム内では、よく皆平気だったな…。
日本で体感した地震とは違う感覚に、オレはひっそりと溜息を吐いた。
だってほら、日本は元々地震列島だからそれなりに対策してあるし、震度四程度の揺れとか怖くないけど、ここはゲームの世界。しかも耐震構造とか何ソレ美味しいの?な洞窟だ。
でも、今は前ほどストレスを感じていない。
何せアイを助けたその日、自分は日本という異世界で暮らしてた記憶を持っている事を、皆に打ち明けれたのだ。
もちろん、そこまで本気で取り合って貰えてない感じだし、シキ様からは「高熱で前世の記憶が蘇ったのでは」とか言われてしまった。
テレビ画面が白く光るくらいじゃ、普通死なねーよ!?だから断じてオレは死んでない!きっと魂だけが“ハヤテ”に憑依してるだけだ!
けど、頼みの綱のアイにすら、憑依の事を信じて貰えなかった気がする。…何で?
そんでオレ達は、オレの発言のおかげか、ユーリの発言の影響か、帝都ハウンド近くにあった入口から洞窟に入り込んでいた。
で、今までの流れから、土の封印施設へ先に行くことになったワケだけど…。
実は一周目、そんなイベントは無かった。洞窟といえば、ラスボスの城へ行くためのダンジョンでしかなく、イベントはサブを含めても二つしか無い。
一つはメインイベントの中ボス戦。もう一つは腐女子ホイホイと呼ばれる、主人公ハヤテとシキのサブイベント。
…実を言うと、オレはなんとなく、予想が立っていた。
ゲーム「太陽の救世主」で腐女子ホイホイと呼ばれていたサブイベントは、三つしか無い。
他のサブイベントでも結構仲良くしてるけど、この三つだけは命の危険を伴うレベルで次元が違ったりする。
もう、腐女子の方々からしたら「自分の危険を顧みずに助けに行くのは、愛よね!」と思えるイベントなのだ。
そして、一回目は水の封印施設の近く、二回目は火の封印施設の近くで発生している。
…となると、どう考えても最後のサブイベントは、土の封印施設の近く、だ。
一周目は風の封印施設しか見なかったけど、多分あのサブイベントがあった地点の近くにあるはず。
けど、あのイベントは………。
「みんなー、そろそろ地盤が脆くなっている所よ~。足元に気を付けて進んでね~」
ユーリの声かけに、オレは考え事から意識を浮上させた。隣を歩くシキ様からチラリ、と視線を寄こされたから、多分、考え事してたのは気付かれてる。
…そーだよな、もう少し、周囲に気を配らないと。
洞窟内を歩く陣形は、洞窟に入った時から変化していた。
先頭は、前衛なオレとオールラウンダーなシキ様が主戦力として歩き、中衛は元々前衛だけど武器が減って神術の使用が多くなったゼーレが、前にも後ろにもすぐに駆け付けられる位置に。毒薬を投げたり毒矢を吹いたりするアイもそこだ。ユーリは物理攻撃が苦手な為、神術オンリーで戦うスタイルとして後衛になり、殿から土の封印施設への道を教えてくれる事になっていた。
ちなみに、後ろから敵が来た時はゼーレがすぐに駆け付けられるよう、中衛と後衛の距離はほとんど離れていない。
歩いた感じ、どう脆くなっているのかサッパリな通路を過ぎ、ちょっとした広間に出た時だった。
ゲームで中ボスだった存在、地竜もとい、巨大ミミズが現れたのは。
ドオオンッ、と広間の下から地面を突き破って現れたそれに、「確かに地盤、脆いな」と思ったのは仕方ない。
ゲーム画面では演出の為に、派手に土を巻き上げて現れたのかと思ってたけど、実際にやられると派手というより恐怖の目晦ましだ。…一瞬で目の前が土一色なって、地竜の姿が見えなくなった。
しかも、バサバサと上から土が降って来て、めちゃくちゃ不快だ。
けど、ゲームで出て来た魔物の得意属性と弱点の属性は、今まで変わってた事例は無い。…いける!
「皆、ヤツは土属性が効かない!弱点は風属性と火属性だ!」
皆の視線が、一瞬、敵からオレに移される。でも、致命傷になるような隙はできなかった。
「了解した」
「火ですね、頑張ります!」
シキ様とゼーレからは返事が、ユーリは返事の代わりに風の刃を繰り出した。
アイは敵のサイズ的に邪魔になると判断したのか、ユーリの近くに控えている。
オレは、シキ様が魔砲筒による水弾で巨大ミミズを仰け反らせたのを見て、聖剣片手にヤツへと突っ込んで行った。
太さの直径が二メートル位ありそうなヤツは、正直言って、デカい。体の一部は地面に入ったままだし、全長は不明だ。
目も無く暗闇が見える、歯も無い肉の口をポッカリと開けて襲ってくる様子は、グロテスクという言葉が合っている気がする。……オレ達で切り刻んだら、余計にグロテスク度UPするよな…。
聖剣が効くのか一度斬り付け、浅い傷ができたのを確認してから、オレはゼーレの『火炎広弾』を避けてシキ様のところまで後退した。
「どうだった?」
「結構固いけど、浅い傷は付けれた。傷も治ったりしねーし、多分物理でも効く」
「…そうか」
ゲームでは防御力が高かい相手は魔術オンリーで倒してたけど、現実は避けたりとかしないとだから、物理攻撃が効くか否かは、非情に大事な要素だ。
前衛が物理攻撃がどの程度効くのかを知っていると、無駄な怪我も減るから情報共有は大切だったりする。
「神術が途切れそうだな、そろそろオ…」
オレもまた行くか、と言おうとした時だった。
ズッ、とシキ様がいない側、左足が地面に沈んだ。
しかも、え?と思った瞬間には、広間全体がゴオッと音を経て、地面がバラバラに落ち始めたのだ。
「っちょっ、まさかココで!?」
体を襲う浮遊感と共に、オレの耳にはアイ達の悲鳴が聞こえたけど、オレはゼーレは知らないがアイとユーリは助かる事を知っている。
その証拠に、落ち行くオレの目には、彼女達の下に壁から土の台が伸び、無事受け止められたところを確認する。
…このとっさの状態で魔術を使えるのはシキ様だけだ。
一応、シキ様の下にも台が伸びて、彼の手に腕を掴まれたオレはそこに引き上げられたのだが。
オレはシキ様に引き上げられる時、上を見たせいで、気付いてしまった。
「っ、シキ様!もっと分厚く!!」
「ハヤテ?」
シキ様が首を傾げた瞬間、オレ達が乗っている壁から伸びた台に、巨大ミミズが上から攻撃をしてきたのだ。
そう、オレが見たのは、天井に張り付きこちらの隙を窺うヤツ。
オレとシキ様は、巨大ミミズの地竜と共に落下を始めた。
「ハヤテ!」
「シキさん!ハヤテさんっ!?」
上から聞こえる、アイとゼーレの声。けど、今、視界は巨大ミミズで一杯だ。
…まずい。落ちてる途中で攻撃されたら、防御とかできない。ってか、落ちる瞬間に見た足元には底が見えなかったから、落ちきったら死ぬ!!
バシュバシュシュッ
「っ、ハヤテ、飛行魔術を唱えろ!『風枷』!」
けれど流石というか、チートなシキ様のウォーターカッターのような水攻撃によって、巨大ミミズは小さな肉塊にされてしまった。
続いて彼が唱えたのは、足止めの下級魔術。下から物凄い風が来て、一瞬落下速度は落ちたけど…。すぐに魔術の範囲を抜けてしまったのか、また落下スピードが上がってしまう。
「ハヤテ!聞いているのか!!」
「っわ、かって、る!」
落下による風圧が凄くて、叫ばなければ聞こえない。
しかも、だんだん息が苦しくなる。どんどん風が強くなってきて、上手く呼吸ができないのだ。
「全てを、まい…上げるっ、そう、だい…な」
「………」
呼吸もままならない俺が、必死で詠唱しようとしていると、隣でシキ様が魔王の姿へと変化した。
…何の為にわざわざ変化したんだ?
オレが詠唱中なのにちょっと気を取られた隙に、オレはシキ様に腕を捕まれ、引き寄せられた。
「シキ、様?」
「気付かなくて済まない。風圧で呼吸がままならなかったのだな」
オレは、顔をシキ様の胸板に押し当てる形で、彼に抱きこまれていた。オレがハヤテじゃなかったら、絶対に喜んで眺めるシチュエーションだ。
けど、今のオレはハヤテ自身。イケメンに抱きしめられてちょっとトキメキかけたけど、それはオレの心が普通の女の子だった名残だから、多少はスルーして欲しい。
それにしても、これは、何だろ?
彼の体を通して、何かの振動が伝わってくる。…何か、固い物を削っていってるかのような。
「ハヤテ、これだけ会話をしていてまだ底に着かないという事は、地に叩きつけられる衝撃を受ければ、間違いなく死亡する。早く唱え直せ」
「わ、わかった」
「『風枷』!」
再度、シキ様が風属性の魔術を放った。水とか土の属性ではめったに術名すら言わない彼が唱えてるって事は、きっと苦手な魔術のはずだ。
多分、少しでも落下速度を落とそうとしているんだろう。そうオレが分析してる間に、また唱えられて、背中への風圧が少しの間だけ増した。
オレは、まだ少しドキドキしている心臓を治めるように深呼吸して、詠唱の言葉を口に乗せる。
「全てを舞い上げる壮大な風よ、我等を空へと運び賜え」
今、目は金色になってはいないんだろう。周囲に術発動前のキラキラは見えない。
けど、自分の中にあった力が近くに纏わりついたのを感じる。
この飛行魔術は、詠唱よりも術名が難しい。オレは、噛まないように、慎重に術名を紡いだ。
「―――『飛空広、風移送』
ふわり、とオレ達を包む、黄緑色の光。
そしてオレにかかる、重力という名の圧力。
「っ、お、重っ………!?」
「ハヤテ?」
上に飛ぼうとしても、飛べない。まるで、下からとてつもない吸引力で吸われる中、どうにかその風に抗おうと翅をバタつかせる、小さな虫になった気分だ。
落下速度は少し遅くなったとはいえ、今までの加速がとてつもなかった事を物語っているかのように、焼石に水な状態だった。
「く、そ!重力に、負けてたまるか――!」
オレの様子に状況を察したらしいシキ様が、再び風の魔術を唱えたのが聞こえた。
けれど、スピードは多少落ちたとはいえ、落下は止まらない。
ちょっ、ピンチ具合、ゼーレ達に空中を運ばれたときの比じゃねーよ!?
オレが、背中へと吹き付ける風の音に恐怖を感じ始めた時だった。
ぐるり、と視界が反転したのだ。
いや、実際にはシキ様の服一色のままだったけど、背中に感じていた風圧が無くなって、明らかに下がシキ様の体の方向に入れ替わったという事を感じただけだ。
そして。
ドゴン、ドゴン、ドゴン!
規則的に大きな音が響き始めた。
同時に、シキ様の体を通して感じていた、何か固い物を削るかのような振動に、何かにぶつかるような衝撃が混ざり始める。
「っ、シキ様、何やって…!!」
「ハヤテは飛行魔術に集中しろ」
シキ様は無言で土属性の魔術を使える。
今もずっと規則的に聞こえてくる音は、もしかしなくても壁から薄めの土の台を伸ばさせて、背中からぶつかり物理的に落下速度を落としてる音だ。
オレに、シキ様からそんな事までされる理由は無い。
慌てて彼から離れて、少しでもシキ様の負担を減らそうとしたが、シキ様の腕に強く掴まれてたせいで叶わなかった。
ドゴン、ドゴン、ドゴン!
さっきよりも、心なしか音と音の間隔が広くなったような気がする。
オレは、シキ様に抱きしめられてるせいで、穴の底まで後どれくらいかすら、解らない。
早く、飛ばないと。
オレは必死に宙へ浮くイメージを続けた。
圧力は減ってきている。もう少しでいけるかもしれない。
ふ、とオレは腰に刺さっている聖剣を思い出した。普段は装備者の魔力を奪う、それ。けど、ピンチの時には。
頼む、相棒、力を貸してくれ…!
視界が、白く輝く。
そして消える、オレにかかっていた圧力。
オレ達は、穴の底に着く前に、宙に浮けたんだ!
もう大丈夫だと判断したんだろう、オレを拘束していたシキ様の腕が解かれる。
少し横に移動して下を見て見ると、後五十メートル位で底だった。…危なかった。
「シキ様、飛べた!助かったんだ!」
「…そうか。良かった」
「って、背中!!」
オレの喜びの声に鈍い反応を見せたシキ様へ疑問を感じかけて、すぐさま気付く。
そうだよ、シキ様、背中で何度もぶつかってたじゃん!
せめて止血くらいしないと、とオレは底に降り立ちながら、シキ様の背後へ回って、動きを止めた。
彼の背中は、真っ白なドロドロした液体に塗れていた。
背中から腰に掛けて衣服がズタズタになり、薄桃色だったはずのそれが真っ白に変色し、一部の千切れかけている触手からは、白い液体が今も零れ落ちていた。
そこでオレは思い出す。
オレは、何度かシキ様が白く塗れていたところを見なかったか?
「シキ様、この傷………!」
そう、傷からこぼれるのは、たとえ白くとも、血しかありえない。




