26話 風の封印施設
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「良かった~。ここの魔法陣は、大丈夫みたぁいね~」
私の神術で明るくなった空間に、姫巫女ユーリさんののほほんとした声が響きます。
目の前にあるのは、見覚えのある、淡く黄色に発光するマホージン。
実は、と言わなくてもわかる気がしていますが、ユーリさんが着替えた後、彼女たっての希望で、ユーリさんが吊るされていた場所の下にあった穴に入りました。
彼女はあの“命の泉”に、アイさんが調べあげた、ミズチと水面の術を仕掛けた本人らしく、温泉のところにも何か仕掛けようと準備していた所を、伊耶那岐の宮の天津神達に捕まってしまったそうです。
…でも、確かアイさんが“命の泉”に関する陸津神の仕掛けは、何かに記載されていたといった感じの事を言っていた気がするのですが、ユーリさんは一体何歳なのでしょう…?
見た目が年上でどこかの国の貴族風なシキさんの事を“くん”呼びしているあたり、見た目通りの年齢ではなさそうなのですが。
それとも記載されていた何かは、大して古いものではなく、最近作られたものだったのでしょうか?
「ユーリってメンタ…精神が強いのな。吊るされてたのが信じられないぜ」
「ハヤテ何言ってるのよ。平気そうに振舞ってるだけかもしれないわよ?」
「ウチなら、助かったって確信できちょる場合は表面くらい頑張れると思うわ」
もちろんエルちゃんも、一緒に降りてきています。何だかすっかりアイさんやハヤテさんと馴染んだみたいですね。何だか私の周りには、適応能力が高い人ばかりいる気がしてきました。
「そういえば、なぜユーリさんは“命の泉”に入ったら出られない水面の術や、ひたすら食べようとしてくるミズチを放ったりしたんですか?」
「“命の泉”…。ああー、水の封印施設の事ね~?」
「水の封印施設?」
「そう~。ここは~風の封印施設でぇ各地に四元素分、封印施設があるんだけどー、流石は天津神のお膝元ね~。封印の力が、まーったく緩んでいないもの~」
どうやらマホージンのある施設ごとに属性の名前が付いているようです。
何故ここの封印施設が「風」なのかがさっぱりですが、温泉の地下は立地的に火の封印施設っぽいですね。
「でも~、水の封印施設はぁ、あと少―しだけ衝撃があれば封印解けそうだったの~。でもわたし達陸津神って太陽の属性は誰も使えなくって~。だから地下から魔族が出てきても~、地上には出れないように頑張ってみたの~」
「……すまない。我等がその衝撃を与え、封印を解いてしまった」
「ええぇっ!?」
マホージンの傍にしゃがみ込んでいたユーリさんがガバリ、とシキさんの方を振り返って立ち上がります。
「祭唱を送り届けたら再封印に向かう予定だ。今のところ、地上に出た鬼系魔族は二人程いるが」
「ダメよ~、私より封印施設が先~!」
「ひ、姫巫女様!お体に障るであります!せめてもう少し速さを抑えて移動するであります」
ユーリさんが、のんびりとした口調に似合わない速さで、マホージンの奥にある模様入りの壁へ移動します。
それにしてもメイさん、止めはしないんですね。まあ、確かに鬼系魔族が二人も地上に出てきているとなれば焦るのも解ります。
…私、何となく思ったのですが、ユーリさん、封印の為にと周囲の護衛を完全無視でひた走った結果、いつの間にか一人になってて、そこを攫われたのでは…?
「あらあら…?この紋章~、陸津神の情報抜かれちゃってるみたい~」
奥の壁の模様部分に手を着いたユーリさんがあまり困っていないような声を上げました。
どうやら本来は、陸津神の方にも、あの模様は反応して扉型に変化するようです。
まあ、ここでは“命の泉”の地下もとい水の封印施設の時と違い、温泉の地下と同じく閉じ込められたわけではないので発動しなくても大丈夫だとは思います。
隠し部屋の内側からは外に出れない、とかないですし。きっと。
「ユーリ様って何やっちょるん?」
「さあ…?あたしはこの施設初めてだから、さっぱり」
「ゼーレがやってた、ぐにゃっと広がるアレじゃね?」
「………」
うん。私が水の封印施設を知らなかったように、エルちゃんもこの施設の事を知らないみたいです。
みんなが色々言っている中、ユーリさんが眉を垂れさせ、困ったような顔で壁から離れ、マホージンを挟んで反対の位置にいた私達の所へ戻って来ました。
「ごめんなさいね~。あの隠し部屋から上の部屋に出ると~、わたしを開放したという理由で……きっと天津神と戦う事になるわぁ。あの壁から出られたら~、そんな事にならないと思ったのだけど…」
「ああ。確かに天津神の味方は、ゼーちゃんとウチ等雷の御方傘下の天津神だけだったわ。こんなん隠蔽しちょった星の御方傘下の奴等は、ほぼ全員敵と思うし」
まずいですよね?いくらこちらにも強い人がいると言っても、数で押されたらきっと良くても全員怪我を負いそうです。
「あの、私も試してみて良いですか?水の施設の壁では、私に反応して出れましたし…」
「あら、そうなの~?ゼーレちゃんって、古の種族に連なる子なのね~」
私が壁の模様へ向かって歩き出すと、ユーリさんだけ着いて来ました。
メイさん、さっきまであんなにベッタリでしたが、良いんですか?
「どう…なのでしょう。私、家の事は家名以外何も知らないんです」
私はユーリさんにだけ聞こえるかのように小さく言葉を紡ぎながら、水の施設の時同様に壁の模様へ左手を着けました。
『―――起動しました。情報確認、参照します。…一致、分類・仲介者。個体名解析。…魂の仲介者。情報を更新します』
水の封印施設と同じ声が響きます。個体名解析、という言葉から、おそらく“魂の仲介者”という言葉が私を表すものだとは思うのですが、それ以外の意味はさっぱりです。
「へぇ~。ゼーレちゃんのご先祖さまはぁ、四封印の提案者だったのね~。氏はサンハ、かしら~?」
「…はい」
「んふふ~。それじゃぁ、あなたの能力、しーっかり育ててあげなきゃね~」
驚きでした。ユーリさんが、ごく普通に会話を続けたからです。私があんな事を言うと、大抵の人は何故か気まずそうな顔をして「辛い事聞いてごめんね」と言い、話しが終了してしまっていたのですが。
私の幼馴染のエルちゃんは別枠ですよ?彼女、歳は離れていますが、私を保護してくださった月の御方の妹なので、出会った当初から知っていたのか家の事は全く聞かれませんでした。
『更新終了しました。…扉を開きますか?』
「はい、お願いします!」
あの開くかどうかの問いも、水の封印施設と同じでした。
もちろん私の答えは「応」です。
「ちゃんと通れそうですね。どんな順番にしますか?」
私の声に反応したのか、壁にあった模様が扉型に広がっていくのを横目に、私はユーリさんへ問いかけました。
順番、大事ですよね。“命の泉”にあった水の封印施設ではシキさんを先頭に私、ハヤテさんの順で進んだ結果、ハヤテさんが溺れかけましたし。
だからと言って、ハヤテさんが一番目や二番目だった場合は大丈夫だったのか、と聞かれますと、もっと危険度が上がっていた気がする、という答えになります。
…さて、一番被害が少なそうな順番はどんなのでしょうか。
「そうね~。先頭はぁ、出た先が魔物の巣のど真ん中でも~、崖の側面で足場が無くても~、しっかり対処できてぇ、後続の人の危険を減らせる人が良いわね~」
「んじゃ、シキ様で決まりだな」
ユーリさんの出す条件に、ハヤテさんが即決しました。…まあ、先頭に関しては、私も異論はありません。
何せシキさんは無詠唱どころか、術名無しで自在に発動できる魔術が多いみたいですし。
ただ、術名無しで発動している為、味方である私達にも、彼が何という魔術を使っているのか、今一把握できていない状況です。なので、違う魔術に見えても、実は同じ魔術だった、という事がありそうです。
ハヤテさんがシキさんに教わったという、本来は敵に使う強烈な風による足止めの魔術を上空から自分達に向けて使い、ハヤテさん曰くの火山ガスを退けるやり方といい、私が天上世界で習った使い方を軽く通り越していました。
一番よく目にする、あの大きな水の塊は一体何の魔術なのか、非常に気になるところです。敵や味方にケガさせないように使っていた事から、防御用かと思っていましたが、実は攻撃用だった、という事もありそうです。
ですが、私とアイさん、そしてメイさんが納得顔をしている中で、ユーリさんとエルちゃんは首を傾げます。
「シキくんってぇ魔力量は多いみたいだけどー、それを扱う技術力も凄いって事なのかしら~?」
「そいや、ウチ等ってシキ君の戦っちょるとこ見てないんよね。服も偉い人っぽいから、てっきり後方支援系かと思ってたわ」
ああ、言われてみれば、そうかもしれません。
実際にネム王国の王様とはいえ知らない人からしたら、どこかの国のお偉いさんのような恰好をし、解毒や魔力譲渡ができて魔力量も多い、となると、後方支援っぽいですよね。
確かに武器も魔砲筒という遠距離用な感じですが、支援ではなく主力なんですよ?
「シキ殿の力は自分も認めるところであります。確実に自分より上の実力があるであります!」
「命の泉にしても、温泉の地下にしても、シキ様来てくれなかったら、確実にオレ死んでぜ」
「ハヤテ、グレア村で岩狼に襲われてたときの事が抜けてるわよ」
「シキさんはとっても強いですよ?私よりも絶対に強いです」
こうやってみんなの意見を聞くと、シキさんの強さに関してはベタ褒めですね。
これで女の子の扱いを心得ていたら完璧なのですが…。まあ、そこまで完璧過ぎたら近寄りがたくなるので、実際はこれくらいでも良いのかもしれません。
「メイちゃんが言うならー、信用できる程度の強さはあるのね~?他にいなかったら、わたしが行こうと思っていたんだけれどー…。うん、わたしは先頭、シキくんで良いと思うわ~」
「ゼーちゃんより上ってバリ強くない!?支援型じゃないなら、はー先頭は妥当?」
二人からお許しをもらえたので、決定ですね!
「決まりな!シキ様は先頭!な、二番目はゼーレかメイが良いと思うけど、シキ様はどう思う?」
「………」
あ、あれ?シキさんがいつも通りの無表情のまま、無言です。
何か順番に問題があったのでしょうか?
「…シキ様?」
「っ、ああ、すまない。…何の話だ?」
「「「!!」」」
シキさんの聞いていない発言に、私とグレア村からの付き合いであるアイさん、ハヤテさんが絶句しました。
え、シキさん大丈夫ですか?人の話聞いていないとか、今までありましたっけ?無かった気がするのですが…。
「何々~?シキ君って冷静系に見えるんけど、実は結構意識が彷徨に飛んでる系なん?」
「そう、なのだろうか。すまない、遠くで何か怒声や爆音が聞こえる気がして、だな…」
「えっ、シキ様、何黙ってんだよ!そこは早くオレ達に教えるとこだろ!?」
「そうよ!きっと上で何か起こってるんだわ!」
「「「「爆音…?」」」」
シキさんからの思わぬ発言に、ハヤテさんとアイさんが詰め寄りますが、私達神族四人は、顔を見合わせました。
だって聞こえないんです。人間よりは遠くの音が聞こえる私達が、ですよ?
エルちゃんも、メイさんも、ユーリさんも不思議そうな顔をしているという事は、私達神族には聞こえていない音という事になります。
…そんなのってあるのでしょうか?
「雷の守護神に何か起きてんのかも。オレは、伊耶那岐の宮の中を通って外に行く事にする。みんなはどーする?」
「ちょっとハヤテ!あんたがどうこうできる問題じゃないでしょ!?ここは早く見つからないように逃げないと!」
「怒声も爆音も聞こえちょらんけど、ウチは最初からそのまま引き返すつもりだったし、勇者様と戻るわ。…それにこの施設の穴から隠し部屋、ウチの神術無しで登るんは無理よね」
エルちゃんが、ハヤテさんに付いて行く事を宣言しました。
まあ、私も聞こえませんが、何かあった場合、雷の御方の傘下である彼女は、雷の御方の戦力をして参加する必要がありますし、ここへは私達が宮内で書類お呼び書籍を読まないよう見張りで着いて来てくれたの で、宮の外に出るのであれば、お役御免ですのでしょうがない事ではあります。
「う~ん。わたしはー…。みんなが言い訳できるように~、この紋章から外に出させて貰うわね~」
「自分は姫巫女様に付いて行くであります」
「あ、姫巫女さん、ここの天津神の奴等にボロボロにされた服、ウチにくれん?雷の御方に姫巫女さんが捕まってた証拠が欲しいんけど」
「わかったわ~。…メイちゃん」
ユーリさんの言葉に、メイさんがエルちゃんにボロボロになった服を手渡します。
結局、伊耶那岐の宮経由で外に出るのは、エルちゃんにハヤテさん、そしてシキさんと私になりました。アイさんは、ハヤテさんの一言「ユーリの体力は戻っても、傷は治ってないんだから診てやれよ」でメイさん達と紋章から外に行く組です。アイさん曰く、三級の薬師は本来医療的に患者を診るのは駄目らしいのですが、流石に切り傷の消毒適度なら、という話です。
アイさん達が壁の模様から外に出るのを見送り、私達は隠し部屋へ戻る穴を見上げる位置へ戻ってきました。
「…いるな」
「相変わらず声も爆音も聞こえんけどね。増えたんならウチ等を待ち伏せしちょるってことね」
四階から五階建て程度の建物を見上げる位置にある、薄暗い穴からは、人の影は見えません。
けれど、ユーリさんを開放した事があちらに伝わった以上、ここから先は、きっと戦いです。
私達は武器を抜き、エルちゃん準備完了の視線を送りました。




