15話 ヘブル火山
「は、ハヤテ、これ登るの!?」
補助神術で移動速度を上げ、グレア村を出て国境を二つほど渡った私達は、信じられない光景を目の当たりにしていました。
いえ、おそらくシキさんとハヤテさんは知っていたはずなので、信じられないのは私とアイさんだけです。
シキさん曰く、伊耶那美の宮は山の頂上にあるらしいのですが………。
「これ、溶岩流れてますよ?私みたいに飛べないと無理じゃないですか?」
そうです。今、私達の前にある山はヘブル火山。絶賛噴火中です。
どっかーんといった噴火の仕方ではなく、溶岩がダラダラと流れる感じの噴火です。
火山弾とかは無さそうですが、山のあちこちにマグマ溜まりならぬ溶岩溜まりがあり、歩いて登るのはかなり厳しそうです。
「参拝者に与える試練だそうだ」
「ただ、登山中に山で一晩明かすのは危険だから、朝から登って伊耶那美の宮で一泊するか夕方までに下山するかしないとらしいぜ」
「邪神って認識してる人が多い神様に参拝者って……」
「大半が陸津神系神族か魔族だ。かく言う我が国でも伊耶那美神は邪神の扱いにはなっていない」
「「えっ?」」
さっきから私とアイさんだけが驚いています。
そもそも何故、一日に千人、人の魂を喰らうという上位神が邪神と認定されてないのかが、とっても不思議なのですが。
「我が国での伊耶那美神は、穢れた魂の浄化を担っており、そこで浄化された魂が伊耶那岐神へ渡り、新たな生命となる、と位置付けられている」
「ふーん。でもそれ、魂の数が九千個足りないわよね?そこはどうなってるの?」
「さてな。元々の魂を十に割っているのか、新たに魂を作っているのか、どこか別の場所から持ってきているのか。本人でなければ検討もつかん」
「別の、場所から……」
シキさんの変わった解釈に、ハヤテさんが何故か一瞬、考える様子を見せました。
「…で?陸津神や魔族向けの試練を、あたし達人間が越えないといけないわけだけど」
「………」
「ま、とりあえず行こうぜ?シキ様が水属性の魔術使えるワケだし、熱が厳しかったら氷とか出したりとかさ」
「氷は水と風の両属性が使える者でなければ無理だ」
「え゛!?ただでさえガスとかヤバそうなのに、暑さもなんもできないのかよ!?」
「…がす?」
「え?……あ、ああこっちには無いんだっけ…。ガスってのは火山地帯で発生する、目に見えない空気中の毒?瘴気みたいなヤツで、人間がそこそこの時間吸ってたら死ぬ物質…?なんだけど」
「「「………」」」
ハヤテさんの言葉に、三人とも固まりました。シキさんまで固まるのは珍しいですね!
ハヤテさんが言っている事が正しいのかもそうですが、何故アイさんが知らない事を彼女の幼馴染なハヤテさんが知っているのか、とっても疑問です。
「…人間には毒になる空気中の毒、そのガスというものが、何故この火山にあると思えるのか聞きたいのだが」
「ん~、それは見たまんま?ほら、見てみろよ。この火山の近く、鳥の一匹も飛んでねーんだぞ?火とか溶岩が好きな魔物はいるかもだけど、少なくとも魔力の無い動物は避けないとヤバいレベ…程度だって事だろ」
「ね、一度イグヌス街まで戻りましょ?あそこは人も沢山住んでるし、この火山にも近いから比較的安全な道を知ってる人がいるかもしれないわ」
「ん~、ま、それが妥当じゃね?シキ様、ゼーレ、それで良いか?」
「そうだな」
「………」
でも、街で調べるという事はそれだけ時間がかかるということです。
既にあの“命の泉”を出て十日は経っているのです。
あまり時間をかけていては、日の守護神だった日の御方の殺害に何か関与していそうな鬼系魔族が次々に地上へ出てきてしまうかもしれません。
「ゼーレ?」
「…あの、私だけ先に行ってみるというのは駄目でしょうか?」
そうです。感覚的にこの火山周辺の神力は無くなっていたりしていないので、私が窒息する心配はありません。
それにシキさん曰く、伊耶那美|の宮にいるのは陸津神。彼らは系統が違っても私と同じ神族です。それなら、神族に毒となるものは無い可能性が高く、溶岩と魔物にさえ気を付ければ、私なら問題なく行けるはずです。
先に行けたらその分、火属性の使い手の方へ同行のお願いする時間も早くなりますし、その間にシキさん達が火山へどうにかして登って来たら後はみんなで下山するだけです。
どうでしょう?
ところが、私の中々良い気がしていた案も、シキ様の一言で切り捨てられてしまいました。
「イグヌス街で火属性の使い手が見つかったらどうする」
「あ」
そう、でした…。伊耶那美の宮に行くのは、火属性の使い手がいる可能性がとても高いからであって、他のところで知り合えたなら、その方を連れて行っても問題無いのです。
ううう……。私があのマホージンの効果を切ってしまったかもしれないだけに、ちょっと焦りすぎなのかもしれません。
「わかり、ました…。イグヌ」
「だが、時間が無いのも確かだ」
「え?」
別に、シキさんが私の言葉を遮ったから驚いた訳ではありません。
目の前に、薄い桃色の花びらを持つ、咲いている状態の花と蕾の状態の花の二つを付けた、茎に葉が付いていない花が差し出されていたからです。
…この花、見たことがあります。あの“命の泉”から繋がる施設にあった巨大なマホージンの部屋に、シキさんが設置した花です。あの時は、今、目の前に出されている花と違って花は一つしか付いていませんでしたが。
「シキさん、これは……」
「え!?何!?シキさん今、どこからそれ出したの!?」
「アイ、シキ様は超一流の魔術師なんだぜ?魔術に決まってんだろ」
「……。イグヌス街で火属性の使い手が同行者となれば、蕾の方を花開かせる。お前の方で同行の許可を取れたならばこの咲いている花を、光で十秒以上包んでおけ。それでこちらに伝わる」
「シキさん……!!」
出会ってすぐも少し思いましたが、シキさんは世話焼きです。
役に立てないと思って凹んだ私を、無表情とはいえ励まして、なおかつ行きやすいようにお膳立てしてくれるのですから!
……何だか自分の心境を冷静に分析しようとすると、ちょっとシキさんの信奉者みたいで何とも言えない気分になりますが。
「良いか、一つ頭の中に留めておけ。ゼーレ、お前は天津神で、あちらは陸津神だ」
「?わかりました」
正直、私はこの時、全く意味を理解していませんでした。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
どちらかが先に使い手の同行が決まれば、イグヌス街の火山方面入口が合流地点。
同行者が決まったという合図が無い限りは、イグヌス街組は火山を登る方法を探して私を追う形で合流する事になり、私は天士の姿に戻って飛行する事にしました。
実はこちらの姿の方が、寒暖の影響を受けにくいんですよね。天上世界という超高高度な位置で生活していたにも関わらず、冬国の人間達と違って薄着なのはここに理由があります。
足元に広がる赤い光と黒い岩。ドロドロ流れてます。溶岩です。
寒暖の影響は受けにくいと言いましたが、流石に火の温度までいくと駄目です。水が沸騰する少し前程度までの温度ならギリギリ生存できますが。ちなみに暑さ自体は、人間の細胞が耐えられるか否かという温度辺りから感じ始めます。
寒さに関しては、氷点下になると肌寒くなります。…熱に対しての方が耐性が高そうですね。
シキさん曰く黒い宮殿らしいのですが、頂上に近づいてきた今も、それらしき形は見えません。
頂上の火口のあちこちからドロドロと流れる溶岩が見えるだけです。
本当にこの火山がヘブル火山なのかから疑わしく思い始めたのですが、このフレア共和国にはここ以外に火山は無いそうなので…、火山に伊耶那美|の宮があるという事の方が誤報ではないでしょうか?
いえ、でも…。
火山の裏側じゃないかと思う方もいらっしゃると思いますが、私、伊耶那美|の宮を探す為にまっすぐ頂上を目指さず、火山をぐるりと回るように螺旋状に頂上へ向かって飛んでいるんです。
…それなのに見えないって、まさか隠蔽系の神術でもかかってるのでしょうか?
と。頂上に着き……!!
ありました!
なんと!火口の中央に陸地があり、そこに真っ黒でテカテカしている建物が立っています!
おそらく神術なのでしょう。その陸地は溶岩の高さよりも明らかに低い位置にありますが、そこへ溶岩は流れ込もうとしません。
……ただ、見た目がとても暑そうではなく熱そうなのですが、ここにいらっしゃる方々は大丈夫なのでしょうか?
見た目はどことなく天照議事堂に似通っている気がします。
議員さん達が寝泊まりする建物である月読寝殿とは違う形ですね。
ただしタンポポの花のような色の天照議事堂と違い、真っ黒です。
そういえば、参拝者はどうやってこの火口を渡るのでしょうか。
一応、宮殿の入口前から馬車一台通れそうな幅の石橋が伸びていますが、一部溶岩に浸かっているようにしか見えません。
近距離で焼けそうな状態を我慢して突き進み、最後は跳ねて避けなければならない、という事でしょうか。
あまり挑戦したくありませんので、直接入口に降り立つ事にしました。
が。
ダンッ
「っい!?」
直接降り立てません!
え、あの最後の辺りが溶岩に浸かっている橋を渡らないと入れさせないって事ですか!?
…すごい試練ですね。
ですがこちらも地下から地上へ出てこようとする、鬼系魔族の通路という名のマホージンをどうにかしないといけません。
でも、何故鬼系魔族は私達の先祖の天津神の人達に封印されたのでしょうか?
封印されたからにはそれなりに理由があるはずですが、今の時点ではわからないので、調べるにしても封印し直してからですね。
いざ!
石橋の前に降り立ち、私は足を踏み出します。
…そういえば、橋の上を低空飛行とかどうでしょう?
飛べたら、あの溶岩に浸かっている辺りも溶岩の上を飛べば良いだけですし。
「えいっ!」
……駄目でした。石橋の両側に障壁があるらしく、いつぞやの泉から繋がる施設と同じように翼がつっかえて飛べません。
え、という事は、溶岩に浸かっている部分は、走り幅跳びで越えなければならないんですね?
立ち幅跳びでは、絶対に越えられません。走り幅跳びでもちょっと感覚が狂っただけでドボンです。
人間なら、近づくだけでも危険なので、さらに長い距離を跳ばなければなりません。
助走をつけて…。
タタタタッ
「とうっ―――あっ!?」
トスッ
「え?」
熱く、ありません。痛くも、ありません。
踏切りに失敗して、溶岩に浸かった部分へ落ちたのに、です。
足に何かが纏わりつく感覚も無く、見た目はドロドロの溶岩に両足を突っ込んだ状態ですが、何も無いところを歩いている感じなのです。
……そうですね。確かに、試練です。
精神面に対しての。
よく考えてみたら、石橋の両側に障壁がある時点で溶岩は入り込まないですよね。
それに石橋が融けていないあたり、石橋の裏にも障壁があって溶岩から守られていそうです。
で、先ほどの石橋上の溶岩は、障壁の左右に見える溶岩の高さと同じ高さに、溶岩の幻影が見えるように設定されていたようです。騙されました。
光と闇の混合神術で、確かにありましたね。幻影。私を地上世界へ送り出してくれた月の御方が使えるのに、すっかり忘れてました。
左足が、先に火口中央の陸地へ到着します。
天士状態の体とはいえ、特に暑さを感じないので、どうやらここは人間が生存できる程度の気温のようです。
とりあえず、四人立っている門番さんらしき方に話してみましょう。
………?
なんだか近づくごとに、門番さん達の雰囲気がピリピリしていく気がするのですが…。
「貴様、のこのこと現れよって!ここに何用だ!?」
「え?あの、ちょっとお願いを……」
「はっ!姫巫女様を盾に脅迫に来おったか!」
門番の人達が喧嘩腰です。
その前に、姫巫女様って誰ですか?多分、見た事すら無いのですが。
「あ、の?姫巫女さん?とか脅迫とかって一体何の話なのでしょうか?」
「この天津神の下っ端め、白を切ると言うのか!おい、皆、捕らえるぞ!!」
「「「承知!!」」」
え、ええっ!?陸津神と天津神は反りが合わないとは知っていましたが、いきなり何かの犯人扱いって何なんですか!?
…お願いの為にも、私は大して抵抗できず、彼女らに捕らわれたのは言うまでもありません。




