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15.決戦の刻

長らく放置していましたがようやく書き出すことができましたので投稿再開します。スローペースですがこれからも続けていきますので、どうか暖かく見守ってください。

 俺は夜通し魔術の練習に励み、次の朝に村を発った。

 夜明け前。まだ太陽は顔を出さず辺りは薄暗い。体調も万全ではなかった。魔術練習の疲れと先日にリンドヴルムから受けたダメージが回復し切っていない。

 それでも、やらなければならない。


 見ず知らずの俺を―—しかも記憶喪失なんて怪しげな素性の男を快く迎え、衣食住を提供してくれた恩がある。それにニーナのこともある。だからこそ俺はここで奴を倒さなければいけないのだ。

 俺は腰に下げている相棒ガンスディーヴァに目をやる。

 そして『神様』が言っていた言葉を反芻した。

 

 『神造兵器』、『神技』、『リミッター』。


 このクロスボウに秘められた力。それを彼女は解放してくれた、らしい。

《ガンスディーヴァ》に触れた俺の手は震えていた。そんな力を扱えるのかという不安が頭をよぎる。

それに《神技》は最後の切り札だ。『神様』曰く、魔力の消費が尋常じゃないらしい。俺としても軽々しく使うつもりは毛頭ない。

だからこれは、使わないつもりでいく。

 そのために魔術を練習していたのだ。俺の持てる力だけで《リンドヴルム》を征する。その決意はとっくにできていた。


 

 森の中は静かだった。異様に静かだ。


「ああ」

なるほど、と思う。 獣たちも感じているのだ。

 黒竜の息吹を。

奴の恐ろしさを。


 ―—その時、風が薙いだ。


 風向きが変わる。いや、変えられたのだなと思った。


 朝霧の靄を振り払って虚空に飛翔した影が一つ。

 鴉の如き黒を纏い、蒼の雷光を宙に這わせる一対の翼、牙をむきだした大顎。


「待っててくれるなんて律儀な竜だぜ」


 狩人は得物を手に取り、そして時を待ちわびた黒竜リンドヴルムが咆哮した。

 

 

 * * *



「|《真眼》(ヴェルダー)発動ブーフ!」


 スキルを使い《リンドヴルム》を捕捉する。だが名前と種族が解析されただけで有益な情報は得られない。念のために、と思って使ったのだがやはり無駄だった。


 プッシュアクションで展開した《ガンスディーヴァ》を構えて俺は走る。《リンドヴルム》は滑空し降りてくる。降り立つと同時に衝撃で周囲に木々が倒壊していった。

 グルル、と低く唸った黒竜は恐るべき速さで地を蹴って突進してくる。

 巨躯に見合わない馬鹿げた速さだ。

 チッ、と舌打ちをして俺は横っ飛びに回避する。

 これぐらいはなんてことない。俺はすかさず狙いを定め、撃つ。近距離から放った矢は黒い甲殻に刺さり、折れた。ダメだ、大したダメージを与えられない。


 バックステップで一旦距離を取り、《弾薬エントヴィ製造ッケルン》で矢を装填する。


 しかし《リンドヴルム》は待ってくれる程甘い相手ではない。

 地面から浮き、滞空したまま加速する。凶悪な前脚での蹴り。

それに対し俺は矢を射放った。それは上空へと外れる。

 俺の攻撃など意に介さず、《リンドヴルム》はとびかかってきた。


 俺は躱さない。だが代わりに黒竜の動きが止まった。

原因は《リンドヴルム》の背。

 そこに大量の矢が突き刺さっていたのだ。そして一気にそれらが発火した。


「――拡散多重射撃《村雨・火遁煉かとんれん式》」


 上空に放った矢を空中で拡散させることで対象に矢の雨を降らせる曲芸、《村雨》。それに火属性の魔術を掛け合わせたのだ。急ごしらえの技だったが上手くできた。


 《リンドヴルム》が怯む。なるほど、属性付与の魔術は有効らしい。

 俺は走り、さらに矢を装填。動きを止めている《リンドヴルム》に向かって放つ。


分裂矢キャニスタ、水明式!」


 幾つもの矢が水を纏い、撃ち放たれていく。俺はその着弾を待たずに体を回転させリロード、魔術の術式を構築してトリガーを引いた。


「貫通矢、鏡花水月式ッ!!」


 水属性魔術で作られた、魔力の光が収束しレーザーとして撃ち出された。

 幾つかの矢が《リンドヴルム》を捉え、それに続いて水のレーザーの甲殻を貫いた。


 よし、いける。

 俺はそう思った。

 魔術と射撃の組み合わせは想像以上に上手く噛み合っていた。射撃の精度もスピードも上がってきている。これなら手数で圧倒することもできる。

 さらに続けて矢を放つ。宙で変幻自在に分裂し増える魔術の矢を《リンドヴルム》は躱せない。おまけにその矢から火や水が噴き出るのだ。

 俺が身につけた魔術と矢の攻撃は撃てる状況さえ整えば、絨毯爆撃にもなり得る。 

 もう俺は以前の俺ではない。


「この手でお前を斃す!!」


素早く矢を5発装填し構えたところで《リンドヴルム》が動いた。


いや、何かがおかしい。その動きは妙に緩慢で……まるで何かが起こる予兆のようにも思えた。


そして。

それは起こった。



『グオオオオオオオオオオオオオオオオッ―—―—!!』


甲殻が弾けた。いや違う。甲殻の、鱗の隙間から光が溢れだしたのだ。

蒼い光。それは雷光だ。


俺は理解した。

《リンドヴルム》が持つ本来の力が今、開放された、と。

変化は止まらず、体の表面を迅雷が這い、鱗の一つ一つが雷を纏う。


それは雷神。蒼雷の黒竜。

なるほどこいつは、死神だ。


体全体に雷を纏って、そのシルエットを蒼く輝かせながら《リンドヴルム》は羽ばたいた。

俺は目を見開いた。


「速いッ……!?」


 元々素早かった《リンドヴルム》の動きがさらに加速していた。しかも滑空した時に空気中を電気がバチバチと弾けていく。


「クソッ!」


 俺は矢を連射して応戦していく。同時に火属性を付与させて攻撃力を底上げした―――—が。

 《リンドヴルム》は止まらない。全くダメージが通っていないように思えた。


 何故?


 答えは雷だ。《リンドヴルム》が纏う雷はスピードを加速させるだけではない。それそのものが鎧となり攻撃から身を守ってくれるのだ。

 まさに雷の鎧である。


 マズイ……これは厄介だ。

これ以上単発威力を上げられる魔術はまだ習得できていない。これまで有効打となっていた攻撃が全て無効化されるのでは手づまりだ。

さぁ……どうする。あの雷の鎧が解けるのを待つか? いや、そもそも自然に解除されるものなのかわからない。それに戦闘が長引けば長引くほど消耗するのは俺の方だ。魔術攻撃のせいで魔力も減っているのがわかる。自然回復するものでも無闇に使うことはできない。


持久戦はダメだ。となると残された手段は……一つ。

神技、だ。


しかし、もしこの切り札が《リンドヴルム》に効かなかった場合、本当に詰んでしまう。おまけに魔力もなくなってしまえばまともに応戦もできなくなる。

故にこれは一種の賭けだ。村を救えるかどうかの。


使えるのは一度だけ。失敗してしまえばそこで終了。その事実に俺は手が震える。放つタイミングを見極めなければならない。そう考え、双眸をより《リンドヴルム》へと集中させた。


落ち着け、カリュウ・ブラット。

今まで通りにやるだけだ。


荒れ狂う稲妻のように飛翔し縦横無尽に森の中を移動する《リンドヴルム》に《ガンスディーヴァ》の狙いを定める。短く息を吐く。

これで決めるしかない。神技を発動しようと、魔力の流れを研ぎ澄まし念じる。


だができなかった。正確には、迷った。

失敗した時、喪ってしまう場所と人々を考えてしまったのだ。それは俺自身気づいていなかったもの。重さ。プレッシャーの、重さだ。

決意ができていようと、いかに覚悟が定まっていようと逃れられない責任感は静かにその首を絞めていた。


それがまずかった。

その隙は覚醒した黒竜に対して致命的過ぎるものだった。


「がっ…………!!」


 横っ腹からの凄まじい衝撃。体がミシリ、と音を立てたのがわかった。

 《リンドヴルム》による滑空突進。最後に急激に機動を変えるそれを躱しきれなかったのだ。防具でも防ぎきれないほどの力。強烈な痛みに意識が飛びそうになり、俺は吹き飛ばされるまま斜面を転がって行った。



 * * *



ほんの僅かな間だが意識を失っていたようだ。

体が思うように動かない。それほど受けたダメージは大きかった。手足に感じている痺れるような感覚は《リンドヴルム》の雷のせいだろう。


「く……そっ……」


 手痛い一撃だ。避けなければいけないはずの攻撃をまともに食らってしまった。完全な俺のミスだった。

 だが呆けている暇もない。俺は右手に握っている武器を確認する。武器を手放さずにいれたのは良かった。それにどこか傷んだ様子もない。流石の頑丈さだ。


 俺は奴の気配を感じとった。間近ではない。

 《リンドヴルム》は追撃しようとはしてこなかったらしい。すぐにでも仕留められたはずなのにそうしなかったのは奴の意思だろうか。《リンドヴルム》は俺を正面から叩き潰したい、とでも思っているのかもしれない。


 ――無論、のぞむところだ。


 俺は立ち上がった。

《リンドヴルム》もそれを待っていたかのように空から舞い降りる。



「《治癒魔術ヒール》」


 俺は魔術で傷を癒す。完全に回復するわけではないがとりあえず体をちゃんと動かせるようにするためだ。

もう魔力は無駄遣いできない。神技に全てをまわす。


 《ガンスディーヴァ》を正面に構えた。

 いくぞ、と心の中で唱え、魔力を一気に練り上げる。

 風音が聞こえなくなり、俺の眼はただ一匹の黒き竜を捉えて離さない。

 魔力を注ぐとともに、音を立てて《ガンスディーヴァ》が姿を変えていく。弓と銃が一体化したようなクロスボウとしての姿から、やがて無骨な黒の弓へと変貌を遂げた。


 漆黒の弓とともに生まれた一本の漆黒の矢をつがえ、俺は真の姿となった相棒、《ガンスディーヴァ・ディバインス》を再び構えた。


 黒竜は静かに迅雷を奔らせる。呼応するように雷鳴が静寂な森を包んだ。

 そして滑空。宙で鎧を形成している雷が弾け、稲妻は竜の残像と化す。


 風切り音を立てて、《リンドヴルム》が舞う。向かうは一人の狩人。

 

 「――神技」


 俺は腕に力を込める。


「《インドラの矢》」


 解き放たれた矢は真紅の光となって虚空を駆ける。

 そして突き進む蒼き雷の全てを粉砕し、黒竜を貫いた。

 やがて爆発。光の束は《リンドヴルム》を中心点として収縮して一気に爆ぜた。《インドラの矢》――神話の一撃は黒竜の全てをその一矢のもとに下し、跡形さえなく打ち砕いてみせた。



「はぁ…はぁ……」


 俺はその場に崩れ落ちていた。

 やった……やったんだ。

俺は《リンドヴルム》を討伐したのだ。《真眼》で確認したが《リンドヴルム》はもう表示されない。あるのはドロップした素材と煌石があるのみだ。


見上げた空には雲から顔を出す太陽の姿があった。

もう黒竜が振りまいた絶望はどこにもない。


俺は暫く呆然と空を見上げていたが、ドロップアイテムを回収する作業をしてから歩き出した。


 ――さぁ、彼女ニーナのもとへ帰ろう。




次回―—帰還

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