14.魔術
皆様、久方ぶりです(この作品では)
大変遅れましたがこれからはできるだけこちらに力を入れていきたいと思っています。2章もまもなく終了なのでとりあえずそこまではおつきあい下さい<m(__)m>
「お、おぉ……」
俺は自室で妙なうめき声をあげる羽目になっていた。
俺の目の前にある机。そこにはちょっとしたタワーが出来上がっている。といっても紙の塔だが。
村長が持ってきてくれた魔術に関する本だ。その厚さは広辞苑クラスだった。しかもそれが10冊。活字嫌いではない俺でもこの量には流石に頭を抱える。これ全部読まなくちゃいけないのか……?
「いえ魔術師でもなければそんなに書物は読まなくても大丈夫です」
「そ、そうなのか?」
読む前から既に燃え尽きた感のある俺の心中を察してニーナが声をかける。
「基礎部分とある程度の応用を踏まえておけば一般的な魔術は使えるはずですよ。あとは経験と才能らしいです。私は魔術を使って戦ったりはしたことがありませんが、戦闘用の強化魔術ならそんなに難しくはないはず……」
「じゃあとりあえず基礎部分から学んでみるよ」
それで《リンドヴルム》に対抗できるのか、俺にはわからないが少しでも戦闘力をあげなければなぶり殺しにされるだけだ。そうならないためにも、あの甲殻を破る射撃を身に着けることがどうしても必要なのだ。
ニーナに言って一人にさせてもらい、俺は雨音しか聞こえない部屋で黙々と書物を読み漁った。
異世界の言語で書かれているが俺の持つスキル《真眼》のおかげで自動的に訳されて頭に入ってくる。便利なスキルだと今更ながら思った。
そうして読んでいくとこの世界の魔術というものが段々とわかってきた。
まず、魔術とは体内を血のように流れている魔力というエネルギーを練り上げて物質または空間に干渉させるというものらしい。そして魔力は一度に消費できる量が決まっているが、その量には個人差がある。体内で生成できる魔力の総量が多ければ多いほど一度に多くの魔力を使えるようだ。
魔力はこの世界では皆が持っているものだそうだ。しかし魔力量の違いが大きい。例えば村人や商人などの一般人と王国の騎士では天地の差がある。この違いは才能と身体能力によるものらしい。そしてそのさらに上をいくのが魔術師だ。魔術師は魔術を専門に研究や行使をする職だ。彼らは身体能力による魔力の増強ではなく、天賦の才のみで多量の魔力を体に有している者らしい。
もう一つ。魔術はただ魔力を練り上げるだけではダメらしい。
魔術を行使するためには、魔力を型に流し込むように段階を踏まなければ正しく効果が発揮されない。
この段階というものに、魔術を構成する術式が深く関わってくる。
魔術を構成する基礎術式は大まかに言って、3つ。
「底」、「基」、「刻」、だ。
この一つ一つが段階となっている。
魔力を練り上げ、まずは「底」の術式を作って下地を固める。これが安全装置となって魔力の暴走を抑えてくれるらしい。
次に「基」。この術式が魔術の根本となる。魔術の属性や方向性(効果のジャンルなどの大まかな概念)を決定するものだ。
そして最後に「刻」を作る。これにより、何にたいして術式が作用するかが決まる。
このような段階を踏んで初めて魔術は発動できるのだ。
しかし魔術の術式を決め、構成しても魔術が発動しないこともある。
それは、魔術によって引き起こさせる事象が発動不可能な場合だ。
例えば、酸素がなければ火は燃えない。同じように水中で普通の炎魔術は効果が出ない。基本的に魔術とは何かに働きかけることで炎を出したり、と効果を出すものだ。
だが高等の魔術ともなってくると水中や真空で炎を出すこともできるらしい。魔力そのものを燃焼剤にして発火させるといった方法だが一般的には広く使われない。消費する魔力が多いのと、術式の構成が面倒だからだ。
それでも魔術にはできないことがある。
魔術とは何かに働きかけることで現象を引き起こすものだ。つまり元となるもの、働きかけるものがない現象は引き起こせない。
例えば世界を滅ぼせ、なんて言ってもそれは前例がなく、働きかけるものがないためできない。
つまり魔術は奇跡でもなんでもないのだ。
できないことはできない。そういうものらしい。
「それはわかったけど方法だよなぁ」
「実用編」と銘打たれた項目をひとしきり読んでみる。
が、生活に便利な魔術ばかりだった。まぁ考えてみれば当たり前だ。魔術は一般市民からすれば便利な技術であって、戦闘技術ではない。そもそも戦闘に使える魔術なんて術式がややこしいから易々と覚えられるものじゃないのだ。
他の本もページをめくって流し読んでいく。すると、あった。
「護身用魔術」「魔物退治の魔術」などと書かれたページが多くあるではないか。
そこに載っている魔術の幾つかに俺は目をつけた。
「強化魔術、属性付与魔術、か」
名前からわかるように物質を強化する魔術と属性を与える魔術だ。
前者は物体の強度や、人体なら筋力などを強化する魔術だ。ゲームなんかでもお馴染みの基本的な戦闘魔術という解釈でいいはず。
後者は少しわかりづらいが、属性というものを物体に与える魔術らしい。この世界には火、水、風、土、光、闇、の属性が存在しており、魔術を使った攻撃ではこのような属性を利用することが多い。この属性は術式「刻」の部分で付加することが可能らしく、基本的なものだと剣に炎を纏わせたりするようだ。
発火の魔術といった普通の魔術と似ているが、属性付与魔術は少し違う。
火を出す、という魔術にはもちろん火属性が伴っている。むしろ、火そのものが火属性に分類された現象なのだ。
だが、単純に「火を出す」、つまり発火させるのと、「剣に炎を纏わせる」のではわけが違う。発火魔術では炎を出せるが、これでは「物体に付与」させることはできない。
例えば、発火魔術で出した炎を木の棒に当てると木は燃えてしまう。当たり前のことだが属性付与魔術はこれを覆す。
そのまま物体に属性を与える。極端な話、氷でできた剣に氷を溶かさないまま炎を纏わせることが可能なのだ。
属性は付与される物体と不干渉を保ったまま顕現するということだ。
さらに言うと、攻撃が当たった瞬間に剣から炎を噴き出させることもできる。
これは攻撃に対して属性を付与させているからだそうだ。
この二つの魔術。それは基本的な戦闘魔術に過ぎない。
だが、駒は出揃った。
俺は小窓から外の景色を覗き見る。まだ雨は止んでいなかった。
「ヤツが動き出す前にどこまでやれるか……」
ここからが本番だ。
もう戦いは始まっている。村を救い、人々を守る。俺の為すべき仕事。
俺は早速、魔術の練習に取り掛かった。
まず、《弾薬製造》で矢を作る。次に属性付与の術式を構築していく。
魔術には心象が影響しやすい。そのため集中が必要だ。心を落ち着かせ、型となる術式に魔力を流し込み、構築させていく。
イマイチ、魔力を型に流し込む工程がよくわからなかったが普段、《弾薬製造》や《真眼》を使う時と同じような感覚で問題なかった。
「底」を作り、「基」の工程に取り掛かる。全身が少し熱を持ってきた気がする。魔力で魔術の根本を形成するのだ。目には見えないが今、俺の体内で魔力が練られ、一つの術式を構築していっている。何となくだがそれが感じ取れた。
本に記されている通りに工程を進めていく。最後に「刻」の部分で俺は矢にたいして術式が作用するように決定させる。
「《属性付与》」
俺は短く言葉を放つ。実際に言葉を言ってから発動させることは魔術を正確に発動させる上で重要なことらしい。なんでも心象に明確な意思をもたらすと書いてあったが俺にはよくわからん。
次の瞬間、俺の持つ矢に火がついた。矢が燃えているのではない。矢そのものに炎が宿ったというのが正しいだろう。
「案外、簡単だな」
俺は火を消してから再び属性付与の練習にとりかかった。
☨ ☨ ☨
冷たい雨だ。
少し暑いぐらいであった森の気温は下がり、寒いぐらいだ。そのせいか普段は活発な魔物や動物がいない。
いや、原因はそれだけではないだろう。
森の奥から風の音がした。それに混じって何処からか雷鳴が木霊する。辺りの木々が吹き飛んだのはその少し後だった。
黒竜、《リンドヴルム》は地に降り立った。四本足で湿った大地を力強く踏みしめる。その足から生える爪は刃物のように鋭い。
翼を持つ竜は二本足の場合が多い。前脚が退化して翼へと変わるからである。
しかし、《リンドヴルム》は翼と強靭な脚を兼ね備えている。それだけでこの竜は他の生物とは一線を画す存在だとわかる。
事実、《リンドヴルム》を超えるような竜はほとんどいない。
その力はひとえに災厄。
破壊をもたらす裁きの竜。
そんな畏怖すべき存在を面白そうな表情を浮かべ、見ている者がいた。
「ま、こんなものだろう……」
小柄な少女は森にある洞穴で雨宿りをしながら、呟いた。
「すぐにでも村を襲わせるのも手だが……フフ、芸がない。だが早く来てほしいものじゃ」
そう言って少女は嗤う。
「お前の飼い犬、見極めさせてもらうぞ? 『オモテの妾』よ」
空を見上げて少女は言った。
雨はまだ止まない。
次回ーー「決戦」
果ての陰謀を越え、災厄を穿て。