13.alternative
遅くなったな……言葉は不要か……(AC感)
この程度、想定の範囲内だよぉ!(ヤケクソ)
「随分としくじったみたいじゃないか」
「ん……なんでアンタが……」
俺の目の前にはあの『神様』がいた。
以前と変わらない格好と風貌で、漂うように宙に浮きながら気怠そうな瞳をこちらに向けていた。
「……俺は死んだのか?」
「いや、これは汝の心象空間、所謂、夢の中だ」
「……現在、俺は爆睡中ってわけだな」
「しょうがないことよ。普通の人間なら生きて帰れていることが不思議なぐらいじゃ。しかし、よくもまぁ用意もなしに黒竜と戦おうなどと考えたものじゃ……つくづく呆れるわ」
「うっさいな。実際あのままじゃ村に危害が及びかねないだろ。救済人ならあれを倒すのは間違っていないじゃないか」
「それで汝が死ねば元も子もない」
『神様』はそう断言しつつ溜め息を吐いた。
反論できなかった。もし、俺が屠られていたら村を守れる人間はいなくなるも同然だ。それに俺が死ねばニーナは自分を責めるだろう。俺を村に連れてきたことを深く後悔してしまう。それは俺も嫌だった。彼女のそんな姿を俺は見たくない。
「あの娘に肩入れしているようじゃな。……恋か?」
「っ……! 勝手に人の心読んでんじゃねぇよ!!」
別に恋愛感情とかじゃないはずだ。もっと単純な良心とか庇護欲とかなんだよ。多分。
「ま、それは置いておこうかの。それより、だ。汝は……いや、鎌ヶ谷狩流。今の望みはなんじゃ?」
一度言葉を区切り、呼吸をおいてから放たれた言葉。『神様』のオッドアイに光が宿るのを俺は見た。幼女の纏うオーラが明らかに変わった。
「俺は…………コノエ村を救いたい。いや救ってみせる。それと『神様』、俺はもうカリュウ・ブラットだ」
それを聞いた『神様』は少し笑った。
「フッ、そうか……ではその上で問おう。代償を携える覚悟はあるか?」
その目は真剣そのものであった。
『神様』の問いの真意、その全貌は測りかねないがある程度の察しはついていた。
「つまり、《リンドヴルム》を倒せる力を与えられるが、その代償を受け入れる覚悟を俺に問いたいわけか」
「そう……汝の《ガンスディーヴァ》に宿る力の一部は今もリミッターがかけられておる」
「………ツ!! ならそれを解放すれば!」
あの竜を倒せる、そう言おうとして俺は彼女にいさめられる。
「その制限を限定解除することで放てるものが《神技》よ。ただの魔術などと勘違いするじゃないぞ。名の如く『神の技』――――神の力の一端を体現する絶滅の一撃」
その力を持つことの意味。一端に過ぎぬものであろうとも、所詮再現であろうとも、その意味とは正しく……
―――—神の力を持つということ。
責任、なんてものじゃない。それは。
「それは、ただの人間ではいられなくなるということだ」
神の名を内包する幼女は、淡々と、けれど何処か悲壮を含みつつ言った。
言うと思った。この幼女は何だかんだで俺のことを思ってくれているらしい。
だが俺はもう揺るがない。たとえ止められようとも考えを変えるつもりはなかっただろう。俺自身のことは俺が一番よく知っているのだから。
「ハッ、そんなことか。野暮ってもんだぜ『神様』。覚悟なら今更問う必要なんてないさ」
俺の答えに『神様』は一瞬驚いたものの、その後笑い出した。
「フフッ……いやいや、汝は本当に面白いやつよ。人間をそうもあっさり捨てられるとは……恐ろしくもあるほどにな。だが、あくまで最後の切り札だ。容易くは使わないように」
『神様』は俺を抱擁するようにして、そのまま顔を近づける。
「なっ……」
俺が言葉を発するより早く、彼女の唇が俺の口を塞いだ。
幼女にファーストキスを奪われただと……などと考えているうちに俺の意識は一旦途切れた。
「本当は巻き込みたくはなかったのだが……だが、汝なら本当に全てを救えるかもしれん」
聴く者のいなくなった部屋で『神様』は零した。
♰ ♰ ♰
コノエ村に張り詰める異様な空気が、困窮した現状を克明に表していた。
普段は憩いの場として利用されている村の集会所には今、多くの村人が集い、村長の話に耳を傾けている。村長の声音や村人達の表情からはその話が深刻なものであることが窺えた。
「……というわけじゃ。かの『竜喰いの黒雷竜』が迫っておる。一刻も早く避難しなければならない状況じゃ」
「そ、そんな……」
困惑する者、恐怖する者、村人の反応は様々であったが黒竜が現れたという事の重さは皆が理解しているようだ。
「村を捨てて逃げるということですか……出来れば私は残りたい」
コノエ村で生まれ育った初老の男が声を上げる。男の言葉に他の村人も頷く。
村長もそう言う者が多くいることはわかっていた。自分もそうだからだ。この村で生きてきた者にとってコノエ村こそが唯一の故郷であり生きる場所なのだ。
「それは無理じゃろう……たとえ黒竜がここを襲わなくとも、アストルト王国から派遣される軍との戦闘でおそらく一帯は焼き払われるからのぅ……」
《リンドヴルム》ほどの魔物を討伐するには普通、多くの兵士が必要となる。大軍が派遣され、大規模な戦闘を繰り広げれば周囲の環境への被害は少なくない。加えて相手となる《リンドヴルム》は雷を行使する黒竜である。幾多の雷撃で森や村は炎に包まれてしまう可能性が高い。
「くそっ、何とかならねぇのか!」
「何でよりによってそんな化け物が……」
男衆から怒声にも近い声が次々と上がる。
無理もない。平穏な暮らしを突然奪われようとしているのだ。
「街から騎士を呼ぶのは無理なのかよ村長っ!」
「可能じゃが時間がかかる。それに騎士数人では太刀打ちできん。どちらにせよ何処かの街か村に一旦逃げ、受け入れ先を探すしかないのじゃ……」
村人らは悔しさをにじませる。重い空気が辺りを包んだ。
「……やっぱり獣人なんかがいるから災いが舞い込むんだ」
村人の一人がぽつりと呟いた。その言葉に周囲がざわめく。
「人もどきなんかがいたから!」
「お前っ、ニーナちゃんは関係ないだろ!」
「でも獣人は危険な種族だ! 今は大人しくてもいつ凶暴になるか……」
「やめるのじゃ。そんな話で解決策は見出せぬ」
村長は言い争う村人をいさめつつ、思い悩んでいた。
この状況において、普段は浮上しなかった問題が浮き彫りになってきてしまっている。
意見の相違。特に獣人に対する考えの違いである。
実際、亜人種への偏見は少なからず存在し、その考えがおかしいというわけでもない。村人の大半は獣人を……ニーナのことを同じ村人として受け入れているが、心の底から良くは思っていない人もいる。それは平穏な暮らしができていた今までならば話の槍玉にあがるようなことはなかったものの、このような状況ではそんな本音が零れてしまうのだ。
そのせいで今、無意味な議論、もとい暴論が飛び交ってしまっている。
「アイツは災いの元なんだよ!」
「獣人はこの村から追い出すべきだ!」
「ニーナちゃんには悪いけどやっぱり獣人は……」
「そうだそうだっ!」
「――黙れよ」
現れた新たな声に場は静まり返った。
村人たちが声のした方向を見る。いたのは集会所の戸口に立つカリュウ・ブラットと、顔を俯けたニーナ・シュトラテーゼであった。
「あ、いや……」
それまで大口を叩いていた村人が言葉に詰まる。彼らはこの事態への不満や焦りを獣耳の少女に押し付けていただけで、当人を目の前に責め立てられるほど度胸もなかった。
「俺はこの村を救いたいと思っている。だけどな……」
カリュウは村人たちの元へと進む。いわれもないニーナを責め立てていた村人たちの元へ。そしてそのまま男衆の一人の胸元を掴む。
「種族だけでニーナを捌け口にするようなてめぇらは救う価値なんてねぇんだよッ!!」
カリュウは叫び、その男を床に叩き付けた。
「……村長、まずは村の警備を固めてくれ。見張りを立てて、あと出来るだけ村人を集会所近くで寝食させたほうがいい。もし、ここが狙われた場合すぐ逃げるよう指示が伝達できるようにするんだ」
「わかった。出来る限りのことはわしがするつもりじゃ」
「ああ頼む。俺は《リンドヴルム》をどうにかする」
「しかしカリュウ殿……」
「わかってる。けどもう簡単にはやられない。そのためにももう一つ頼みたい。この村に魔術に長けた者はいるか?」
「いや皆ができるのは初歩的なものばかり……じゃが、魔術、魔力に関する書物ならわしの書庫にあったはずじゃ」
「その書物をある限り用意してくれ。魔力の使い方がこの戦い方を制する鍵になりそうなんだ」
「わかった。すぐに用意して届けよう」
「助かる。とりあえず俺らは家に戻って装備をもう一度整える」
そう言って2人は集会所を出た。
ニーナは言葉を発さなかった。
カリュウも何も言えなかった。
雨に煙る村の中を無言で2人は歩いていった。
だから、
家に着いた後、カリュウは何も言わずニーナをただ抱きしめた。
彼は彼女と同じではないから。同情も理解も慰めにさえならないのだから。
ただ彼女は泣いた。
今はそれでいい。
それが彼女の救いになるなら。
次回―—魔力と弓
魔術の心得? そんな予告はなかった、いいね?




