12.曇天の地にて
今回は短いです。
でも、また明日更新できるので……
言葉を発せなかった。
突如、目の前に現れた災厄――黒の竜。
俺が感じていた予兆、その原因がコイツだと確信した。《ガイアドレイク》はただ逃げてきたに過ぎない。森を異変に陥れた本当の存在は別にいたのだ。
「|《真眼》(ヴェルター)発動」
即座にスキルを発動。宙を滞空する竜の正体を探る。
【魔物:ワイバーン種 《リンドヴルム》】
大型の飛竜。黒い鱗を纏う異様な姿と周囲一帯を殲滅させる破壊力は人々に恐怖を与える。幾つかの伝承にも登場しており、生息年数は不明。雷を扱うとされ、同族であるはずの竜種を襲い、喰うさまから『竜喰いの黒雷竜』とも呼ばれる。
《リンドヴルム》……
一読しただけでこいつの強大さがわかった。なるほど、こんなのがいれば生態系が崩れるなんてレベルじゃない。森も村も蹂躙される。そう確信した。
おそらく、獲物の竜を求めて何処からか移動してきたか、あるいはただの偶然。
だがこの黒竜にとってはどちらも同じことだ。本能のままに喰い、破壊するだけ。そんな理不尽なまでの力がこいつにはある。
もうこれは森の異変なんて問題ではない。
生命そのものの危機、だ。
それは、俺も同じこと。
逃げたい、とさえ思ってしまう。俺は自分でもわからないうちに震えていた。
これが人智を超えた力なのか、と。
呆然と思う。
――だが、ここで退くわけにはいかない。ニーナを、村の人達を守るためには《リンドヴルム》をどうにかしなくてはいけないのだ。
「もう一仕事だ」
ジャキッ、と音を立てて《ガンスディーヴァ》が展開される。これも異世界救済人として引き受けた仕事だ。それに、化け物を倒すなんてまさに冒険の醍醐味ってものだろう。
俺は自分自身を奮い立たせ、武器を構えた
「きやがれ、《リンドヴルム》」
その言葉に応えたのかはわからない。《リンドヴルム》は一度吼えて、滑空を開始する。俺のいる場所に向かって。
《弾薬製造》のスキルによる矢の顕現が一瞬で完了、同時につがえられる。
竜は口を開き、歯向かう小さな存在を飲み込もうとする。それは俺が獲物と見定められたという証拠。そう、それでいい。
「はあああああああぁぁぁぁッ‼」
放たれた幾つもの矢と疾風の如き黒竜が激突する。
開戦の法螺貝など、彼らには不要であった。
* * *
コノエ村の天候は急変していた。
それまで姿を見せて輝いていた太陽は雲に覆われ、空は澄みきった青からどんよりとした灰色になってきている。
「雷鳴か……」
遠くの空に舞った雷光と重く響いてきた音を聴いて、村長は呟いた。
彼は先程から嫌な胸騒ぎを感じていた。急変する天候がそれを助長する。おまけに黒っぽい雲は森、カリュウが入って行った方角から迫ってくるのだ。
何もなければいいが、と村長は思う。
来客である彼にこのような仕事を頼むのは村長としても申し訳なかった。だが、コノエ村は高齢化が進み若い人材が少ない。若者は街に出ていくか、国の兵隊になるばかりだ。
それに森の奥には危険な魔物もいるため生半可な実力の者では危険でもある。
そのため、カリュウに頼むというのは正しい判断ではあったのだが。
「そういえば昨晩は紅い月であったのう……」
言い伝え、という程のものではないが紅い月が出た翌日は災いが起こるという話がある。
昨夜は月が紅く光っていた。
そして最近続いていた魔物の異変。
一つ一つの要素が積み重なって不安を煽っていた。
村長はゆっくりと村の中を歩く。女房達が天候を考えて、外に干してある衣類をせっせと取り込んでいる様子が見える。
「ニーナよ、やはり不安か?」
「あ、村長さん……」
村の唯一の獣人、ニーナ・シュトラテーゼを見つけた。村の境界線である木組みの防護柵に寄りかかって、しきりに外を気にしている様子であった。
「あの人は強いかたですから……私はいつカリュウ様が帰ってきてもお出迎えできるようにここにいるだけです」
「そうか……」
それ以上は何も言わなかった。ニーナも本当は彼を心配しているのだ。誰よりも。
どれほどそこにいただろうか。やがて、ニーナが「あっ」と声を上げる。
見ると、村の外、森へと続く道からこちらへと歩いてくる者がいるではないか。日が射していないため周囲は薄暗く、顔は見えない。だが背格好からしてカリュウで間違いないだろう。
何か異変の手がかりは掴めたのだろうか、と訊きたいことは積るばかりだが今は感謝の言葉をかけるべきだ。
ニーナも彼の元へと走り出して――――
止まった。
「カリュウ様……?」
ニーナの声が震えている。
一体どうしたのかと思ってカリュウを見て、村長は驚愕した。
カリュウは血だらけであったのだ。足取りこそしっかりとしていたが息遣いは荒く、体のあちこちに傷を負っている。
村長は急いで駆け寄り、力が抜けたのか崩れ落ちるカリュウをニーナと一緒に支えた。
「急いでわしの家へ運ぼう。治療をしなければ」
「カリュウ様……カリュウ様……っ‼」
「しかし……一体何があったのじゃ」
村長の言葉にカリュウは口を開く。かすれ気味の声で、しかしはっきりと彼は答えた。
「黒の竜……《リンドヴルム》だ…………」
その言葉を聞いて二人は一瞬で血の気が引いた。
「まさか……竜喰いの黒雷竜が何故……」
村長は疑問を浮かべるとともに事態の重大さを悟った。村長もその竜については何度か言い伝えを聞いたことがある。
街を壊滅させた。
その地に棲む竜を全て屠った。
幾つもの雷で森を焼き払った。
あまりにも強大で、畏怖され、時に崇められることさえある伝説の翼。
常世を滅ぼす暴力――《リンドヴルム》。
それが何故、こんな場所に現れるのか。
「逃げろ……村を捨てて逃げるんだ」
そこまで言ってカリュウは意識を失ったようだった。
「カリュウ様っ‼」
「大丈夫、気を失っておるだけじゃ。さ、早く治療に向かわねば」
淀んだ空からは冷たい雨が降ってきていた。
次回――魔術の心得
迫る破壊を穿て、ガンスディーヴァ。