第六十三話 今も昔も変わらずに
第六十三話です。町を挙げてのハロウィンパーティー当日。仮装にお菓子、そして不思議な招待状に記された謎解き。湊、しろ、ひまり、優斗の四人は、町のあちこちに隠された手がかりを追いかけることに。果たして、朝比奈家に眠る「本当の宝物」とは何なのか。少し不思議で、どこか懐かしいハロウィンの一日が始まります。それでは、どうぞ。
十月三十一日、土曜日。朝比奈家の朝は、いつもより少し慌ただしかった。
「ひまりさま、そちらの箱お願いします!」
「えっと……これですか?」
「はい、そちらを庭の方に運んでください!」
玄関先では、ひまりが大きな段ボールを指差している。中身はハロウィン用の飾り付け道具だ。オレンジ色の風船や黒いガーランド、カボチャを模した置物などがぎっしり詰まっている。
「朝から元気だな、ひまりは」
「だって今日はハロウィンだよ? 楽しみにしてたんだから!」
ひまりはそう言って、箱を抱え直した。その隣では優斗が、別の箱を運んでいる。
「湊、こっちはどこに置けばいい?」
「庭のテントの横。 町内会の人たちが来たら確認してくれると思う」
「了解!」
普段なら静かな朝比奈家の庭には、すでに何人もの人が集まっていた。町内会の役員や商店街の人々が、テントの設営や飾り付けを進めている。庭の一角には休憩スペースが設けられ、子どもたちに配るお菓子も準備されていた。
「朝比奈さん、おはようございます!」
「おはようございます。 今日はよろしくお願いします」
湊が挨拶を返すと、町内会長が笑顔で近づいてきた。
「いやあ、若い人たちが手伝ってくれると助かりますな。 雪代さんも朝からありがとうございます」
「いえ、皆さんと一緒に準備できて楽しいです」
しろはエプロン姿で、テーブルの上に並べたお菓子を整理していた。カボチャ型のクッキーに、コウモリを模したチョコレート。小さな袋にはキャンディーが詰められ、どれも丁寧にラッピングされている。
「わあ、しろさん! これ全部作ったんですか?」
ひまりが目を輝かせた。
「はい、皆様が喜んでくれたらと思いまして」
「絶対喜ぶよ! 私も食べたい!」
「ひまりさんの分もありますよ」
「やった!」
「俺の分もありますか!?」
「優斗さまの分も、もちろんあります」
「ありがとうございます、しろさん!」
「お前ら、まだイベント始まってないぞ」
湊が呆れたように言うと、町内会長も楽しそうに笑った。
◇
午前中いっぱい、準備は続いた。庭の木にはオレンジ色の飾りが吊るされ、玄関には大きなカボチャの置物が並ぶ。町内会の人たちが持ち込んだ装飾も加わり、普段の朝比奈家とはまるで別の場所のようだった。
一方、商店街でも準備が進んでいる。
各店舗の軒先にはハロウィンの旗が掲げられ、公園には屋台やゲームコーナーが設置されていた。夕方からは仮装した子どもたちが町を巡る予定だ。
「これだけ飾ると、すっかりハロウィンって感じだね」
ひまりが庭を見回しながら言った。
「そうだな、ここまで大きくなるとは思わなかったけど」
「でも、皆様楽しそうですよ」
しろが微笑む。その言葉どおり、集まった人たちの表情は明るかった。町内会長が若い頃の話を始めれば、商店街の人が昔の祭りの思い出を語り出す。優斗は子ども向けのゲームの準備に夢中になり、ひまりは飾り付けの最終確認に走り回っていた。湊もその様子を眺めながら、手元の作業を進める。ふと、テーブルの隅に置かれた黒いカードが目に入った。
あの謎の招待状だ。
今日のイベントの目玉として組み込まれた謎解き企画。その最後には、朝比奈家に眠る宝物が待っているという。
「ご主人?」
しろの声に、湊は顔を上げた。
「どうかしましたか?」
「いえ、今日の謎解き、どんな結末になるのかなと思いまして」
「そうですね。 僕も少し気になっています」
湊はカードをそっと手に取った。差出人は、分からない。けれど、今日一日を楽しみにしている人たちがいる。それだけでも、この招待状が届いた意味はあったのかもしれない。
「ご主人、そろそろお昼の準備を始めますね」
「分かりました。 僕も手伝います」
「では、こちらをお願いします」
しろから渡されたのは、料理の入った大きなトレーだった。湊はそれを受け取り、賑やかな庭へと戻っていく。時計の針は、ゆっくりと昼に近づいていた。ハロウィンの夜までは、まだ時間がある。朝比奈家と町の人々にとって、長く楽しい一日が始まろうとしていた。
◇
昼を少し過ぎた頃。朝比奈家の門の前に、一台の車が停まった。
「ただいまー」
聞き慣れた声が庭まで響く。
「あれ?」
段ボールを運んでいた湊が振り返ると、そこには旅行鞄を手にした母・美咲と父・恒一が立っていた。
「母さん、父さん。 帰ったんだ」
「うん、ちょっと予定が早く片付いてね。 せっかくだから顔を出そうと思って」
「おかえりなさいませ、美咲さま、恒一さま」
しろが丁寧に頭を下げる。
「ただいま、しろちゃん。 準備、ずいぶん進んでいるわね」
「はい、町内会の皆さんにも協力していただいています」
「おお、これは賑やかだな」
恒一は庭を見回し、感心したように声を上げた。
「今年は町全体でハロウィンイベントをやるんだ。 うちの庭も会場の一つになってる」
「それはすごい。 湊が中心になって進めたのか?」
「いや、最初に言い出したのはひまりだよ。 俺はちょっと手伝ってるだけ」
「ふふ、そういうところは昔から変わらないな」
恒一はそう言って湊の肩を軽く叩いた。
◇
両親が帰宅したことで、準備はさらに賑やかになった。美咲はしろと一緒に料理の確認を始め、恒一は町内会の人たちに混ざって庭の飾り付けを手伝うことになった。
「お父さん、そっちの飾りをもう少し右にお願いします!」
「これくらいか?」
「もうちょっと! そうです!」
ひまりの指示に従い、恒一がカボチャの飾りを木に取り付ける。
「父さん、意外とこういうの好きなんだな」
「こういうのは嫌いじゃないぞ。 昔はよく似たようなことをしたものだ」
「昔?」
「いや、何でもない」
恒一は一瞬だけ言葉を止めたが、すぐに笑顔に戻った。
「それより、こっちの飾りも手伝おう」
「うん、頼むよ」
湊は特に気に留めず、別の作業へ戻った。一方、優斗は美咲に話しかけていた。
「美咲さん、よかったらこっちも見てもらえませんか?」
「あら、優斗くん、ずいぶん張り切っているのね」
「もちろんです! 今日はしろさんもいますから!」
「なるほど、そういうことね」
美咲は意味ありげに微笑んだ。
「優斗くん、しろのことをよろしくね」
「はい! 任せてください!」
「母さん、変なこと頼まないでよ」
湊が横から口を挟むと、美咲は楽しそうに笑った。
「何も変なことは言ってないわよ?」
そのやり取りを見ていたしろも、困ったように微笑んでいる。
◇
しばらくして、恒一がリビングへ戻ってきた。テーブルの上には、謎解き企画で使用する黒いカードが置かれている。
「これは?」
「ああ、それ。 少し前に届いた招待状なんだ」
湊はカードを手に取り、恒一に見せた。
「差出人が分からないんだけど、ハロウィンの夜に朝比奈家の宝物を探せって書いてあってさ」
「……へえ」
恒一はカードを受け取ると、表から裏へとゆっくり眺めた。
「面白いことを考える人がいるものだな」
「だろ? それで、町内会の謎解き企画に組み込んだんだ」
「そうか。 それはいい考えだ」
恒一はカードを湊に返した。そのとき、彼の表情がほんの一瞬だけ曇ったように見えた。
「父さん?」
「ん? どうした?」
「いや、何でもない」
「そうか」
恒一は軽く笑い、再び庭へ出ていった。湊は手元のカードに目を落とす。差出人不明の招待状。朝比奈家に眠る宝物。父さんなら何か知っているのだろうか。そんな考えが頭をよぎったものの、すぐに別の声が聞こえてきた。
「ご主人、お昼の準備ができましたよ」
「分かりました。今行きます」
湊はカードをテーブルに置き、しろのもとへ向かった。恒一のわずかな変化に気づいたのは、どうやら今のところ湊だけだった。そして、父は誰にも聞こえないほど小さく呟く。
「……懐かしいな」
その言葉は、賑やかな屋敷の中に溶けて消えた。
◇
午後五時。朝比奈家の庭には、色とりどりの装飾が並んでいた。オレンジ色のカボチャのランタン。黒いコウモリの飾り。木々に巻き付けられた紫色のライト。玄関には大きなジャック・オー・ランタンが置かれ、屋敷全体がハロウィン仕様に変わっている。
「よし、これで準備完了だね!」
ひまりが満足そうに両手を腰に当てた。
「いやあ、なかなかの出来栄えだな」
優斗も庭を見回している。町内会の人たちも準備を終え、商店街や公園の方では、すでにイベント開始を待つ人々の姿が見え始めていた。
「皆さん、本当にお疲れさまでした」
しろが町内会の人々に頭を下げる。
「いやいや、雪代さんこそ。 朝からずっと働きっぱなしじゃないですか」
「私は大丈夫です。 皆さんと一緒に準備できて楽しかったですから」
その言葉に、町内会長も嬉しそうに笑った
◇
準備が一段落したところで、湊たちも仮装に着替えることになった。ひまりは黒い魔女の衣装。大きな帽子に紫色のリボンをあしらい、手には小さな魔法の杖を持っている。
「どう? 似合う?」
「うん、いいんじゃないか」
「もうちょっと何かないの?」
「似合ってるよ。 これで満足?」
「うん!」
ひまりは満足そうに笑った。優斗はというと、黒いマントに牙を付けた吸血鬼だった。本人はかなり気に入っているらしく、何度も鏡を確認している。
「どうだ、湊。 なかなか様になっているだろう?」
「吸血鬼というより、ちょっと張り切った文化祭の実行委員に見える」
「ひどくないか!?」
「ふふっ」
しろが小さく笑ったそして、しろは黒を基調とした魔女の衣装に身を包んでいた。落ち着いたデザインのワンピースに、控えめな装飾。いつもとは違う髪型も相まって、普段のメイド姿とはまた違った雰囲気を漂わせている。
「どうでしょうか、ご主人」
「……似合ってます、とても」
湊は少しだけ言葉に詰まった。
「ありがとうございます」
「しろさん、すごく綺麗です!」
「優斗さ、ありがとうございます」
「俺の衣装も褒めてくれ!」
「優斗さまも、よくお似合いですよ」
「ありがとうございます!」
優斗が満面の笑みを浮かべる。最後に湊は、黒いジャケットにマントを羽織ったシンプルな仮装を選んでいた。本人としてはあまり目立たないものがよかったらしい。
「さて、そろそろ行こうか」
湊がそう言うと、ひまりが頷いた。
「うん! 謎解きの時間だね!」
◇
四人は庭の入口で、運営を担当する両親や町内会の人々に声をかけた。
「父さん、母さん、あとは頼んだよ」
「任せておきなさい。 こっちは大丈夫よ」
美咲が笑顔で答える。
「せっかくのハロウィンだ、お前たちは楽しんでこい」
恒一もそう言って、湊の肩を叩いた。
「ありがとうございます、何かあったら連絡してください」
「分かってるよ」
しろも二人に頭を下げた。
「それでは、少し行ってまいります」
「しろちゃん、楽しんできてね」
「はい、美咲さま」
四人は屋敷を後にした外へ出ると、町はすっかりハロウィン一色だった。仮装した子どもたちが家族と歩き、商店街からは賑やかな声が聞こえてくる。店先ではお菓子が配られ、通りにはカボチャのランタンが並んでいた。
「すごい人だね!」
「思っていた以上に盛り上がっているな」
「これなら、謎解きに参加する人も多そうですね」
しろが周囲を見渡す。湊はポケットから、あの黒い招待状を取り出した。
『ハロウィンの夜、朝比奈家に眠る宝物を探してください』
その言葉をもう一度読み返す。
「さて、まずは最初の手掛かりを探そうか」
「うん!」
ひまりが元気よく返事をした。優斗もマントを翻し、しろの隣に並ぶ。
「どんな謎でも俺たち四人なら解けるはずだ!」
「その自信はどこから来るんだよ」
「もちろん、仲間への信頼だ!」
「……まあ、頼りにしてるよ」
湊が笑う。こうしてにぎやかなハロウィンの夜に、四人の謎解きが始まった。
◇
最初の手掛かりは、商店街の一角にある古い時計店だった。店先には、今では珍しい振り子時計や懐中時計が並んでいる。四人が店に入ると、白髪交じりの店主が穏やかに出迎えた。
「おや、朝比奈さんところの坊ちゃんじゃないか」
「こんばんは。 今日はよろしくお願いします」
「話は聞いているよ。 さあ、これを見てごらん」
店主が差し出したのは、一枚のカードだった。
『針が止まっても、時は止まらない 町を見守り続けるものを探せ』
「十中八九時計に関係する謎だね」
ひまりが店内を見回す。湊は壁に掛けられた大きな振り子時計に目を留めた。文字盤の下には小さな引き出しが付いていて、怪しげに少し空いている。
「これじゃないか?」
引き出しを開けると、中から次のカードが出てきた。
「正解だね!」
優斗が嬉しそうに声を上げる。店主は懐かしそうに湊を見つめた。
「昔、君のおじいさんがこの時計を店に持ってきてね。 町の時計を直すのが好きな人だったよ」
「祖父が?」
「ああ。 商店街の時計が壊れると、よく顔を出してくれた。 朝比奈家の方々にはずいぶん世話になったものだ」
湊は初めて聞く話に、少し驚いた。
「そうだったんですね」
「次の場所でも、きっと面白い話が聞けるよ」
店主はそう言って、四人を送り出した。
◇
二つ目の場所は、昔から町にある銭湯だった。暖簾をくぐると、番台に座った女将が四人を迎える。
「あらあら、今日はずいぶん賑やかだねえ」
「謎解きの続きで来ました」
湊が説明すると、女将は笑いながら一枚の紙を取り出した。
『湯けむりの向こうに見えるもの 町の人々が集う場所を探せ』
「湯けむりの向こう……?」
ひまりが考え込む。すると、しろが脱衣所の入り口の壁に飾られた古い写真に気づいた。
「あちらの写真ではありませんか?」
そこには、銭湯の前で大勢の人々が笑顔で並ぶ姿が写っていた。その中には、朝比奈家の人間らしき姿もある。
「よく気づいたね。 これは昔、朝比奈家の人たちが町の催しを手伝ってくれたときの写真だよ」
女将は写真を指差した。
「この銭湯も、昔は町の人たちの集会所みたいなものだったんだ。 朝比奈家の人たちもよく来ていたよ」
写真の裏を確認すると、小さな封筒が貼り付けられていた。中には次の手掛かりが入っている。
「また朝比奈家の話だな」
湊は不思議そうに呟いた。
「きっと、今回の謎解きには朝比奈家の歴史が関係してるんだよ」
ひまりが楽しそうに推理する。
「ますます面白くなってきたな!」
優斗もすっかり夢中だった。
◇
三つ目は、町の近所にある神社だった。境内にはハロウィンの飾りが控えめに施され、参道には小さなランタンが並んでいる。四人が社務所を訪ねると、神主が待っていた。
「よく来ましたね。 次の謎はこちらです」
渡された紙には、こう書かれていた。
『願いを見守る場所 多くの人が手を合わせる場所に、次の道しるべがある』
「これは分かりやすいですね」
しろが境内を見回す。湊たちは拝殿の近くにある古い石灯籠に目を向けた。台座の隙間を調べると、小さな木札が挟まっている。木札には、次の場所を示す印が刻まれていた。
「正解です」
神主は穏やかに頷いた。
「朝比奈家には、この神社も昔から支えていただいています。 祭りのときには、いつも大勢の方が手伝いに来てくださいました」
「うちの家って、そんなに昔から地域の行事に関わっていたんですね」
「ええ。 君のお父さんも、子どもの頃はよく境内を走り回っていましたよ」
「父さんが?」
湊は少し意外そうな顔をした。
「あんまり想像できないな……」
その言葉に、ひまりたちは笑った。
◇
最後の場所は、四人が普段から利用している喫茶店だった。
「いらっしゃい、待っていたよ」
マスターは四人の姿を見るなり、カウンターの奥から一枚の封筒を取り出した。
「ここまで来たということは、順調みたいだね」
「どうして分かるんですか?」
「さて、どうしてだろうね」
マスターは意味ありげに笑った。封筒の中には、最後の謎が入っていた。
『人々の思い出が集まる場所 今日までの道のりを振り返り、最初に見つけたものを思い出せ』
「最初に見つけたもの……」
湊はこれまでの手掛かりを並べた。
時計店、銭湯、神社、そして喫茶店。
それぞれの場所で聞いた朝比奈家の昔話。
「もしかして、最初の招待状じゃない?」
ひまりの言葉に、湊は目を見開いた。
「そうか。 最初の招待状に書かれていた言葉と、これまでの手掛かりを合わせるんだ」
カードを並べていくと、それぞれに小さな文字が隠されていた。四人で順番を整理すると、最後に浮かび上がった言葉は――
「ア サ ヒ ナ ケ ノ ニ ワ、か」
「やっぱり最初に戻るんだね!」
ひまりが嬉しそうに声を上げた。
「よし、戻ろう!」
◇
朝比奈家に戻ると、庭はすっかり夜の装いになっていた。イベントは大盛況で、町内会の人々や子どもたちが楽しそうに過ごしている。
「あらお帰りなさい。 どうだった?」
美咲が四人を迎えた。
「最後の謎も解けたよ。 うちの庭にある木の下を調べればいいみたい」
「まあ、そうなのね」
美咲は楽しそうに微笑んだ。湊たちは招待状に添えられていた写真を取り出した。そこには、朝比奈家の庭に立つ一本の大きな木が写っている。写真の裏には、小さく印が記されていた。
「この木だな」
湊は庭の奥にある大きな木を指差した。四人で根元を調べると、土の中に何かが埋まっているようだった。
「これ、掘ってみようよ!」
ひまりがスコップを持ってくる。湊と優斗が交代で土を掘り、しろとひまりが周囲を見守った。しばらくすると、スコップの先が硬いものに当たった。
「何かあるぞ!」
土を丁寧に取り除いていく。やがて姿を現したのは、古びた木箱だった。
「これが宝物……?」
湊は箱を持ち上げ、表面についた土を払った。箱には小さな鍵が掛かっていたが、先ほどの喫茶店で受け取った封筒の中に、ちょうど鍵が入っていた。鍵を差し込み、ゆっくりと回す。
カチリ。
小さな音とともに、蓋が開いた。中に入っていたのは、古い写真の束と、一冊のアルバム。そして、何枚かの手紙だった。
「これは……」
湊が一枚の写真を手に取る。そこには、まだ幼い頃の父・恒一が写っていた。周囲には町内会の人々らしき大人たちと、同年代の子どもたちが並んでいる。
「父さん……?」
「やっと見つけたか」
背後から声がした。振り返ると、恒一が美咲と一緒に立っていた。
「父さん、これって……」
「ああ、昔のハロウィンパーティーの記念品だよ」
恒一は懐かしそうに箱を見つめた。
「実はな、この企画を考えたのは俺なんだ」
「えっ!?」
四人の声が重なった。
「町内会長さんたちにも協力してもらってね。 時計店も銭湯も神社も喫茶店も、みんな昔からの知り合いだ。 事前に話をして、謎解きの準備を手伝ってもらったんだよ」
「じゃあ、あの人たちがみんな知っていたのは……」
「そういうことだ」
恒一は笑った。
「昔、俺が子どもの頃にも、同じようなハロウィンパーティーがあったんだ。 町の人たちが協力してくれて、毎年楽しみにしていた。 いつか自分の子どもにも、あの頃の楽しさを味わってほしいと思っていたんだ」
湊はもう一度、写真に目を落とした。
「それで、今年のハロウィンに合わせて仕掛けを?」
「ああ。 お前たちが町の人たちと一緒に楽しんでいる姿を見たくてな」
「父さん……」
恒一は少し照れくさそうに頭をかいた。
「まあ、ちょっとしたサプライズというやつだ」
美咲が隣で笑う。
「この人、ずっとこの日のために準備していたのよ。 帰国してからも、町内会長さんと何度も連絡を取っていたんだから」
「母さんまで知ってたのか……」
「もちろんよ、面白そうだったもの」
ひまりは箱の中の写真を覗き込み、目を輝かせた。
「すごい! こんな昔からハロウィンパーティーをしていたんだ!」
「私たちも、こうして新しい思い出を作れましたね」
しろが優しく微笑む。恒一は四人を見回し、満足そうに頷いた。
「これからも、この町とのつながりを大切にしてくれると嬉しいよ」
庭の向こうから、子どもたちの楽しそうな声が聞こえてくる。箱の中に眠っていたのは、ただの古い写真や手紙ではなかった。何十年も前から続いてきた、人と人とのつながり。それこそが、朝比奈家に眠る本当の宝物だった。
◇
木箱の中身を確認し終えた頃には、時計の針は午後七時を回っていた。庭では、ハロウィンイベントの後片付けが始まっていたが、町内会長の提案で、最後に関係者全員で簡単な打ち上げをすることになった。テーブルには、しろと美咲が用意した料理やお菓子が並べられている。
「いやあ、今年は本当に大成功でしたな!」
町内会長が満足そうに声を上げた。
「子どもたちも大喜びでしたよ。 謎解きも大盛況でしたし」
「最後の宝箱には驚かされましたねえ」
町内会の人々が口々に感想を話す。
「まさか父さんが仕掛け人だったとは思わなかったよ」
湊が恒一を見る。
「驚いてくれたなら大成功だ」
「それにしても、あんなに大勢の人を巻き込むなんて、父さんもなかなかやるね」
「昔から世話になっている人たちだからな。 今回の話をしたら、みんな喜んで協力してくれたよ」
恒一は楽しそうに笑った。
「それに、昔の写真を見ていたら、またこういう機会を作りたくなってな」
「素敵なことだと思います」
しろが言うと、美咲も頷いた。
「私もそう思うわ。 昔の思い出を、今の人たちと共有できるんですもの」
その言葉に、町内会長も嬉しそうに頷いた。
◇
「ところで、優斗くん、今日はどうだった?」
美咲に話しかけられた優斗は、待ってましたと言わんばかりに胸を張った。
「最高でした! 特に、しろさんの手作りのお菓子が!」
「ふふっ、ありがとうございます」
「それだけじゃないだろ」
湊が横から突っ込む。
「もちろん、しろさんの仮装も素晴らしかったです!」
「はいはい」
「湊、お前も少しは褒めてやれよ」
恒一が笑いながら言った。
「ちゃんと褒めたよ。 似合ってるって」
「本当ですか?」
しろが湊を見る。
「本当ですよ。 とても綺麗でした」
「……ありがとうございます」
しろは少しだけ頬を赤くして、視線を落とした。それを見ていたひまりが、にやりと笑う。
「湊って、そういうところは素直だよね」
「どういう意味だよ」
「さあ?」
ひまりは楽しそうに笑い、優斗も何か言いたげに湊を見ていた。賑やかな笑い声が、夜の庭に広がっていく。
◇
しばらくして、町内会の人々も一人、また一人と帰り始めた。最後まで残っていた人たちを見送り、湊たちは庭の片付けを始める。
「今日は本当にお疲れさまでした」
しろがテーブルの食器をまとめていると、湊が隣にやってきた。
「しろさんもお疲れさまです。 朝からずっと動いていましたよね」
「皆さんと一緒でしたから、あっという間でした」
「それでも、少しは休んでください」
「ありがとうございます。 でも、ご主人もですよ」
二人で食器を運び終えると、庭には静けさが戻っていた。飾り付けのライトだけが、秋の夜を柔らかく照らしている。
「今日は楽しかったですね」
しろが庭を見渡しながら言った。
「はい。 思っていた以上に大きなイベントになりました」
「それに、恒一さまの昔のお話も聞けましたね」
「父さんにも、あんな子ども時代があったんだな」
湊は箱の中で見つけた写真を思い出した。
「昔からこの町の人たちとは持ちつ持たれつだったんですね。 僕も今日、初めて知りました」
「ご主人も、皆さんに大切に思われているんですよ」
「そうでしょうか」
「はい。 今日一日、皆さんと一緒にいてよく分かりました」
しろは穏やかな表情で湊を見つめた。
「ご主人がこの町で過ごしてきた時間も、きっとたくさんの方の思い出になっているんだと思います」
「……そうだといいですね」
少しの沈黙。風が吹き、庭の木の葉が静かに揺れた。
「しろさん」
「はい?」
「これからも、こういう時間を一緒に過ごせたらいいですね」
湊は庭を見たまま言った。
「ハロウィンだけじゃなくて、クリスマスとか、お正月とか。 何でもない日でも」
「……はい」
しろは小さく頷いた。
「私も、ご主人と一緒に過ごす時間が好きです」
湊が振り返る。
「ありがとうございます。 僕も、しろさんといる時間が好きですよ」
その言葉に、しろは一瞬だけ目を見開いた。そして、少し困ったように微笑む。
「……そう言っていただけると、嬉しいです」
頬に残る熱を隠すように、しろはそっと視線を逸らした。今日見つけた宝物は、古い写真や手紙だけではない。人と人とのつながり。そして、今この瞬間にも増えていく大切な思い出。湊としろにとっても、今日という日はきっと忘れられない一日になるだろう。
「さて、そろそろ中に入りましょうか」
「そうですね、冷えてきましたし」
二人は並んで屋敷へと戻っていった。
十月三十一日。賑やかなハロウィンの夜は、こうして静かに幕を閉じた。
第六十三話でした。今回はハロウィン編ということで、町全体を巻き込んだイベントを描いてみました。
ちなみに、今日は十月三十一日、ハロウィンですね。そうです、現実世界(名探偵津田でいうと2の世界)とリンクしてます。せっかくの季節イベントですから、読んでくださる皆さんにも、現実のハロウィンと重ねながら楽しんでもらえたらと思い、頑張って今日に合わせました。近年のハロウィンといえば、仮装をして街を歩いたり、友人同士でパーティーを開いたり、テーマパークや商業施設でイベントを楽しんだりと、さまざまな形で親しまれています。一方で、繁華街での混雑やゴミの放置、周囲への迷惑行為などが問題になることもあります。楽しいイベントだからこそ、参加する人も、そうでない人も気持ちよく過ごせることが大切ですよね。個人的には、ハロウィンは必ずしも大勢で騒ぐ必要はなく、家族や友人とお菓子を食べたり、ちょっとした仮装を楽しんだりするだけでも十分に素敵なイベントだと思っています。今回の朝比奈家のハロウィンも、そんな「誰かと一緒に楽しむ時間」を大切にしたお話になりました。そして、最後に明かされた招待状の送り主。恒一もなかなか粋なことをしてくれますね(笑)。さて、ハロウィンも終わり、季節はいよいよ冬へと向かっていきます。湊たちの秋から冬にかけての日常も、引き続き楽しんでいただければ幸いです。感想、ブックマーク等お待ちしております。それでは次回もお楽しみに。




