↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
起きてください、しろさん  作者: アメリカンフットボーラーの威を借るオタク
PR
44/44

第四十一話 再会と昼飯は突然に

第四十一話です。突然帰ってきた湊の父と母。久しぶりに家族四人が揃った朝比奈家で、とりあえず昼食を囲むことに。食卓を囲みながら、両親は湊やしろの五年間について尋ねていく。そして最後に、二人から湊としろへ伝えられた言葉とは――。

 朝比奈家に、久しぶりに四人の人間が揃った。玄関から差し込んでいた夏の光も、いつの間にか少し高くなっている。時計を見ると、もう十一時を回っていた。


「……腹減ったな」


 最初に沈黙を破ったのは、父、朝比奈孝一(あさひなこういち)だった。あまりにも自然な一言に、湊としろは驚きを隠せない。


「え?」


 湊が顔を上げる。


「いや、お前らも墓参りから帰ってきたなら、腹減っただろ」


「……まあ、それはそうだけど」


 言われてみれば、朝から何も食べていない。墓を掃除して、手を合わせて、暑い道を歩いて帰ってきた。湊も空腹を自覚した途端、胃のあたりが妙に存在感を主張し始めた。


「とりあえず、昼飯にしよう」


「まだ昼前だけど」


「腹が減ったなら飯だろ」


「理屈が雑だな……」


 そんな会話をしていると、母、朝比奈美咲(あさひなみさき)が小さく笑った。


「じゃあ、お昼にしましょうか」


「私もお手伝いします」


 しろがすぐに立ち上がる。


「しろちゃん、久しぶりなんだから座っててもいいのよ?」


「いえ。 こういうことをしているほうが落ち着きますので」


「そう?」


「はい」


 しろはいつものように、ほとんど迷いなくキッチンへ向かった。その後ろを母がついていく。


「じゃあ、一緒に作りましょうか」


「はい」


 二人がキッチンに立つ。冷蔵庫を開ける音。食器を取り出す音。包丁がまな板に当たる、小気味のいい音。そんな生活音が、静かだった家の中に少しずつ増えていった。湊はその様子を、何となく眺めていた。しろがこの家に来たばかりの頃は、母とこうして並んで料理をすることなんてあったのだろうか。


 五年前。

 中学一年生だった自分。まだ今よりずっと小さかった自分の隣に、しろがいた。


 そして今。


 当たり前のように、母としろが同じキッチンに立っている。


「湊」


「ん?」


 父の声で、湊は振り向いた。


「久しぶりなんだから、少し話そう」


「……何を?」


「色々あるだろ」


「色々って?」


「学校の話とか」


「ああ……」


 湊はソファに腰を下ろした。父も向かいに座る。


「高校生活はどうだ?」


「楽しいよ」


「友達は?」


「いるよ」


「彼女は?」


「いない」


「即答だな」


「なんで父さんにそんなこと聞かれなきゃいけないんだよ」


「いや、父親として気になるだろ」


「ならないでいい」


 即座に返すと、父が笑った。その笑い声が、家の中に響く。キッチンからも、母としろの話し声が聞こえてくる。


 なんでもない会話。

 なんでもない昼前の時間。


 けれど湊は、妙に落ち着かなかった。いつもなら静かな家は、今日は人の声であふれている。


 父がいて。母がいて。しろがいて。そして、自分もいる。ただそれだけなのに。五年前、といっても一時期だが、当たり前だったものが、今では少しだけ懐かしく感じられた。


「……まあ」


 父が笑いながら言う。


「今日はゆっくりしよう」


「うん」


 湊は短く返した。キッチンから、味噌汁の香りが漂ってくる。久しぶりに、家で食べる四人分の昼飯だった。



 昼を少し過ぎた頃。朝比奈家の食卓には、四人分の昼食が並んでいた。白いご飯に味噌汁。焼いた魚と、いくつかの副菜。特別豪華な料理というわけではない。けれど、湊にはそれが妙に新鮮だった。


「いただきます」


 四人の声が重なる。


「……うん」


 湊は味噌汁を一口飲んだ。温かい。それだけで、少しだけ肩の力が抜けた。


「どう?」


 母が尋ねる。


「おいしいよ」


「よかった」


 母が嬉しそうに笑う。向かいでは父が焼き魚を食べながら、しろに話しかけていた。


「しろちゃん、湊の学校生活どう?」


「学校生活、ですか?」


「ああ。 ちゃんとやってる?」


「はい。 ご主人は真面目に学校へ通っていらっしゃいます」


「そうかそうか」


「ただ……」


 しろが少しだけ考える。


「夏休みの宿題は、少々後回しにする傾向があります」


「え、ちょっと」


 湊がすぐに口を挟む。


「それは今言わなくていいでしょしろさん」


「事実ですので」


「事実でも!」


 母がくすくすと笑う。


「昔から変わらないわね」


「母さんまで……」


 久しぶりの食卓なのに、話題が自分の宿題なのはどうなんだ。そう思いながらも、不思議と嫌ではなかった。父も母も笑っている。しろも、ほんの少し口元を緩めている。食事の音と会話が交互に続く。それだけで、家の中が以前より広くなったような気がした。


「ところで」


 父が箸を置いた。


「湊としろちゃんって、普段どんな感じなんだ?」


「……普段?」


「そう。 五年も一緒に暮らしてるんだろ?」


「まあ」


 湊が答える。


「朝起こしたり、起こしてもらったり、ご飯作ってもらったり」


「なるほど」


「あと、買い物に行ったり、一緒に出かけたり」


「文化祭の準備も手伝ってくれたし」


「へえ」


 父が妙に楽しそうな顔をする。


「結構、仲いいんだな」


「家族なんだから普通じゃない?」


「家族……」


 その言葉に、しろの箸が一瞬だけ止まった。けれど、すぐに何事もなかったように食事を続ける。母がしろを見る。


「しろちゃんは、湊と暮らしていて困ったことはない?」


「困ったこと……ですか」


「はい」


 しろは少し考えた。


「……寝起きが悪いことでしょうか」


「それは困ってるんじゃなくて、湊が悪いだけだろ」


「その通りです」


「即答!?」


 また笑い声が起きる。父は楽しそうに湊を見る。


「五年前は、こんなにしっかりしてなかったもんな」


「父さん、五年前の話ばっかりするなよ」


「そりゃあ久しぶりだからな」


 そう言って、父は味噌汁を飲んだ。


「いろいろ聞きたいんだよ」


 湊は一瞬、黙った。五年前。しろがこの家に来た春。自分が中学一年生だった頃。あの頃のことを、湊は少しずつ思い出し始めていた。


「……まあ」


 湊は箸を動かしながら言った。


「話すことなら、いっぱいあるよ」


 その言葉に、父と母が顔を見合わせる。しろだけが、静かに湊を見ていた。四人の昼食は、まだ始まったばかりだった。


 

 食事が一段落した頃だった。


 父が、ふと箸を置いた。


「……なあ、湊」


「ん?」


「ちょっと、謝らないとな」


 その声には、さっきまでの軽さがなかった。その雰囲気を感じ取った湊も箸を止める。母も静かに湊のほうを見た。


「俺たち、ずっと家を空けてただろ」


「……うん」


「お前が中学生の頃から、ほとんど家にいられなかった」


 父は少しだけ目を伏せた。


「仕事だから仕方ない、って言い訳して」


 母も続ける。


「私たちなりに、一生懸命やってきたつもりだった。 でも……」


 一度、言葉を切る。


「湊には寂しい思いをさせたと思う」


「……」


 湊は何も言わなかった。確かに、両親がいないことを寂しいと思ったことはある。


 学校から帰っても家に誰もいない日。

 誕生日に電話越しで祝ってもらった日。

 授業参観や学校行事で、両親の代わりにしろが来てくれたこと。

 

 思い出そうとすれば、いくらでも出てくる。けれど。


「……別に」


 湊は小さく息を吐いた。


「今さらじゃない?」


「そう言うと思ったよ」


 父が苦笑する。


「でも、それでも謝りたかったんだ」


 母も静かに頭を下げた。


「ごめんなさい、湊」


「……母さん」


「あなたが大きくなっていく時間を、もっと近くで見ていたかった」


 その言葉を聞いて、湊は視線を落とした。少しだけ、胸の奥が熱くなる。


「……俺も」


 湊は小さく呟いた。


「二人が帰ってくるのは、全然嫌じゃなくて」


「うん」


「むしろ……嬉しかった」


 父が笑った。


「そっか」


 その隣で、しろが静かに座っていた。やがて母が、しろのほうへ顔を向ける。


「それから、しろちゃんにも」


「……私、ですか?」


「うん」


 母は少し困ったように笑った。


「湊のこと、ずっと支えてくれてありがとう」


「……」


「私たちがいない間、この家を守ってくれてたでしょう?」


 しろはしばらく黙っていた。そして、ゆっくり首を横に振った。


「私は……自分の仕事をしていただけです」


「それでもよ」


 母が笑う。


「ありがとう」


 しろは返事をしなかった。ただ、少しだけ目を伏せた。四人の間に、静かな時間が流れる。窓の外では、蝉が鳴いている。夏の昼下がり。久しぶりに家族が揃った食卓。その空気は、少しだけ寂しくて。それ以上に、温かかった。


「……さて」


 父が突然顔を上げる。


「せっかく帰ってきたんだ、今日はいっぱい話そう。 いろんな話をしよう」


「急に戻したね」


「しんみりしたままだと、また腹減るからな」


「もう食べただろ」


 湊が呆れたように言う。母としろが、同時に小さく笑った。久しぶりの家族の時間は、まだ始まったばかりだった。

四十一話でした。今回は作中では初めて登場した湊の両親と、家族四人で昼食を食べるお話でした。こういう「何か大きな事件が起きるわけではないけど、久しぶりに家族が揃っている」という話、個人的にはかなり好きです。四十話までは一回も登場しなかった両親なので、読者の皆さんからすると、「ちゃんと親いたんだな」くらいの感覚かもしれません。作者も書いていて同じことを思いました。ただ、二人とも湊のことをちゃんと気にかけているし、しろにも感謝している。離れて暮らしていた時間が長かったからこそ、今回の「ごめんなさい」という言葉には、それなりに意味があるんじゃないかなと思っています。そして今回、個人的に一番描きたかったのが、四人で食卓を囲む場面です。今までの朝比奈家は、湊としろの二人が中心でした。そこに両親が加わるだけで、同じ家なのに少し違って見える。家って、建物そのものよりも、そこに誰がいるかで雰囲気が変わるんだな……と書きながら改めて感じました。そして次回からは、いよいよ五年前の話へ。しろが朝比奈家に来た頃のことを、少しずつ描いていきます。今のしろしか知らない湊や読者の皆さんにとっては、「最初のしろ」がどんな人だったのかも見えてくると思います。二人がどうやって今の関係になったのか。そこをゆっくり描いていければと思います。感想、ブックマーク等いただけると幸いです。次回、第四十二話もお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。