31 ★魔王
爆散した獄炎竜の粒子が、まばゆい光の粉雪となってマグマの大地へと降り注いでいた。
「……私たち……獄炎竜を倒したの?」
七花が魅入られたように、幻想的に舞う光の粉雪を見つめながら呟いた。
俺は横たわっていたシエルの小さな体を、そっと抱きかかえ――
「大丈夫かシエル? お前のおかげで勝てたぜ」
抱き上げた彼女の体は、羽のように軽かった。一瞬不安がよぎったが、やがてシエルはうっすらと深紅の瞳を開き、安心したように小さく息を吐く。
「……エーテル切れで元気が出ないだけじゃ。……あゆむこそよく頑張った」
あのシエルがこんなになるまで……。本当に奇跡みたいな勝利だった。
「お前らは、誰も越えられなかった獅子宮の深度70の壁を見事にぶち破ったんだ。かくいう俺も、これほどの偉業は初めてなんで興奮してる」
後藤の顔には俺たちを誇るような温かい笑みが刻まれていた。
「当然、3人とも冒険者試験は合格だ。こんな特大の金星を上げといて不合格にしたら、世界中の視聴者にどやされちまうからな」
後藤のその宣言に、俺たち3人は弾かれたように顔を見合わせる。
「やった……!」
「よっしゃあ……!」
「うっし……!」
「「「これで冒険者だァァァァッ!!!」」」
体力はとうに限界を超え、全員が満身創痍のボロボロだった。だが、S級ボスを打ち倒し、夢だった冒険者になれたという事実が、すべての疲労を吹き飛ばしていく。
あまりの嬉しさに、俺たちは無我夢中で歓声を上げ、手を取り合って喜びを分かち合った。
――ひとしきり喜んだ後、ふと我に返った神丸が、怪訝な顔で後藤に訊いた。
「――ちょっと待て、『視聴者』ってどういうことだよ?」
「実はな、お前らが獄炎竜とやり合い始めたあたりから、監視用ドローンの映像が全世界に生中継されてたんだよ。あとで説明するが『深度決壊』っていう非常事態が起きたんでな。エンタメ目的じゃなく、国家レベルの緊急ニュースとしてだったんだが……」
後藤がニヤリと下品な笑みを浮かべる。
「まさか、試験中のルーキーがS級のエリアボスを撃破しちまうとはな。地上に帰ったらきっと大騒ぎだぜ。お前らは今日から世界的なヒーローだ」
「そんな……ばかな……なんてこった! この俺が早くも有名人ってことか!?」
「そういうことだ。サインの練習でもしとくんだな」
だとすると、SNSのフォロワーとかも爆増するのだろうか?
俺の絵を世間に認めさせ、さらに大金を稼ぐッ……! 少し回り道をしている気もしなくはないが、着実に栄光の未来へと近づいているぜ!
――その時だった。
宙を漂っていた獄炎竜の光の粒子が、突如として美しい光の渦となり、俺たち5人の身体へと吸い込まれてくる。
体内へ流れ込んだ粒子は蒼い脈動へと変わり、俺たちの肉体と深く融合していく。
――ドクン! ドクン!
力強い心音に呼応するように、新しいエーテルが身体中に漲ってくるのを感じた。
「――何が起きたんだ!?」
「温かい……」
「まさか、『祝福』か!?」
神丸がハッと息を呑み、信じられないといった様子で声をあげた。
「ああ。S級モンスターを討伐した時に起きる特大のボーナス、『祝福』ってやつだ。おそらく、新しい魔法が使えるようになってるはずだぜ。エーテル指数もかなり跳ね上がってるだろうな」
要するに、『大量経験値による一気にレベルアップ』みたいなものか。
まさかそんなファンタジーな現象まで本当に起こるとは。こいつは、ますますこれからの探索が楽しみになってきたな。
「……神丸、お前は一気に指数が『3万4千』まで上がってるぞ。七花はちょうど『3万』か。さすが深度70の祝福、上がり幅がえぐいな。二人ともB級冒険者に迫る数値だぜ。――そして六条麦、お前は……相変わらず『0』だな。逆になんでなんだよ!」
「ええ!? 俺だけゼロなの? そりゃないよ……こんなに頑張ったのにさぁ」
「あゆむ君は数値じゃ測れない男ってことよ。逆にかっこいいじゃん」
そう? 俺って逆にかっこいいかな?
あぁ、なんて七花は優しいんだ。たまに怖いとか思っててごめんよ。
「そんじゃ、とりあえず地上に戻るとしますか。まだ獅子宮内は危険だからな。安全な場所に戻ってから、また話そう」
後藤はそう言うと、上空のドローンに向かって転送の要望を出した。
だが――十秒、二十秒と待っていても、マナフレアの転送光は一向に降り注がない。
「……んあ? どうしたんだ……マナフレアが応えてくれないな」
「……違う」
突如、俺の腕の中のシエルが、珍しく声色を震わせた。
「わしが、あのとき感じた脅威は『獄炎竜』などではなかった……もっと根源的で、恐ろしい存在……」
「なんだってシエル?」
俺が何のことか理解できずにいると――
「……そんな馬鹿な。『テリトリー』が解除されていない」
後藤の息を呑む音。
「本当だ! テリトリーが消えてないぜ!? どういうことだよ!?」
神丸が疑念に声を荒げる。
「……このテリトリーの主は……別のモンスターってこと?」
七花の声は震えている。
「だが、近くにそれほど強力なモンスターの気配はないぜ?」
後藤がいぶかしげに首を傾げた、その直後だった。何かに気づいたように、彼の表情がサッと青ざめる。
「……まさか、テリトリーの範囲が馬鹿でかいってことか……?」
冷や汗を滲ませながら、後藤は慌てて広大なダンジョンを見渡した。
「『獅子宮』の全域じゃ」
シエルが鈍く揺れる深紅の眼光で呟いた。
「このテリトリーの範囲は『獅子宮』の全域じゃ。つまりそれが意味するところは――」
その時だった。
背後で、何かが割れる気配がした。
物理的な音ではない。空間が引き裂かれる音。
魂が直接削り取られるような、悍ましい悪寒。
振り向くと、何もない虚空に黄金色の亀裂が入り、そしてガラスのように空間が割れた。
その黄金の裂け目から、静かに――1体の『異形』が姿を現した。
燃え盛る炎のたてがみを揺らす獅子の頭部に、六本脚の馬の下半身。
それはまるで、異形のケンタウロスとでも呼ぶべき悍ましい様相だった。
漆黒に染まった強靭な肉体には、マグマの筋が血管のように脈打っている。
見上げるほどの威容ではあるが、先ほどの獄炎竜と比べれば遥かに小さい。
しかし――
――ゾォォォォォ……。
身の毛もよだつほどの、圧倒的な威圧感。
肺に流れ込む空気が鉛に変わったかのように重く、ただ呼吸をすることさえ困難を極める。
明らかに異質だ。先の獄炎竜がただの獣に思えるほど、それは洗練され、研ぎ澄まされた純粋な『死』そのものだった。
「なんだよ……なんなんだよ、あいつは……」
神丸が歯の根を鳴らす。
「嘘だろ……。そんな……エーテル指数……64万だと。まさか……あれは……」
後藤の顔色が、蒼白に堕ちてゆく。
「……そうじゃ、奴こそがこの獅子宮の王。深度100のエリアボス」
シエルが、失われた記憶の底から何かを思い出したかのように呟いた。
「――『獅子の魔王・ガルガレオン』」
王は、ゆっくりとこちらを振り向き――
その深紅の瞳で静かに俺たちを射抜いた。
全身の細胞が凍りつく。
魂そのものを縫い留められたかのように、俺たちは吐息一つさえも漏らすことを許されなかった。




