13 第一次選考『エーテル指数測定』
『ただいまから、冒険者試験の第一次選考を開始いたします』
いよいよ、冒険者試験が始まった。
エントランスに集まった数百人の受験者たちの間に、ピリッとした緊張が走る。
『第一次選考は『エーテル指数測定』です。指数6000以上で合格となります。各自、受験番号で指定された測定機へ移動してください』
「一次選考はエーテル指数測定か。事前のネット情報通りだな」
だが、例年の合格ラインは5000前後だったはず。今年は1000も引き上げられている。
「先日の箱舟バーストが想像を超えた規模じゃったからな。即戦力を求めておるのじゃろう」
リュックの中からシエルが小声で分析する。
「なるほどなぁ。ま、どちらにせよ俺はエーテル指数ゼロ……作戦が上手くいくかどうかに懸かってるんだけど」
◇
「えーと、俺の受験番号は415だから……ここか」
指定された測定器へ移動すると、すでに長蛇の列ができていた。
しばらく並んでいると、隣の列の測定器の方から「おぉ!」というどよめきが起こった。
「おい見ろよ、あの娘すげぇぞ!」「すでにD級冒険者並の指数だな!」
声のする方を見ると、ちょうど先ほどの制服少女が測定を終えたところだった。壁の電光掲示板にはデカデカと『指数 9000』と表示されている。
俺の世代のエーテル指数の平均値が2000程度であることを考えると、9000はかなりのものだ。
少女は表情一つ変えず、「当然」といった涼しい顔で待合室へと歩いてゆく。
「あの小娘は、指数以上にエーテルの扱いが並外れておった。実戦ではおそらくあゆむと似たタイプじゃろう」
「俺と似たタイプってどういうこと?」
「こざかしい、ってことじゃ」
そんな無駄口を叩いていると、今度は会場全体を揺るがすような大歓声が沸き起こった。
みんなの視線の先にある中央の電光掲示板には、なんと『指数 12000』という数字が表示されている。
「1万2千だって!? 化け物かよ!」
「龍之介様すてき〜!」
「流石は神丸家。英雄の息子は伊達じゃないってことか」
「ハッ、ただの七光りだろ」
方々から賞賛とやっかみの入り混じったざわめきが聞こえてくる。
測定器の前に立っているのは、俺と同じくらいの年齢の少年だった。長髪を後ろで三つ編みに結い、どこか人を寄せ付けない鋭い目つきをしている。
控えめに言ってもイケメンだ。まったく気にくわないね。
「なんか有名人みたいだな。誰なんだろ?」
「それよりあゆむ、次がぬしの番じゃぞ。集中せよ」
シエルの声にハッとする。
いかん、人を気にしている場合じゃない。さあ、ハッタリ勝負の時間ですよ。
俺は息を整え、測定器――バスケットボールくらいのガラス球――の前に立った。
試験官が事務的な声で促す。
「受験番号415番。両手で測定器に触れてください」
恐る恐る、ガラス球に両手を添えた。
数秒の沈黙の後、電光掲示板に無慈悲な数字が灯る。
『指数 0』
……一瞬、会場が静まり返った。
そして次の瞬間、爆笑とどよめきが巻き起こった。
「ゼロ!? おい見ろよ、指数ゼロだってよ!」「あいつ、非覚醒者のくせに間違えて試験受けに来たのか!?」「ウケるんですけど!」
試験官も呆れたようにため息をついた。
「……君、ここは非覚醒者が冷やかしで来る場所じゃない。不合格だ、帰りなさい」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺は武器持ちの覚醒者ですよ! ほら!」
俺は慌てて「アクセス!」と叫び、宇宙色の万年筆を顕現させた。
「なんだねそれは……ペン? 確かに心象魔法のようだが……」
「描いたものを立体化させることができます!」
「創生系か、珍しくはあるが……だめだ。指数がゼロでは話にならない。君を合格にしたら、人生を懸けている他の受験者に示しがつかない」
冷たい視線。嘲笑。俺は知っている……前世で何度も浴びた、人を見下すときのあの目だ。
不穏な空気が俺を包む。
「――おいおい、武器持ち覚醒者なのに指数ゼロだって?」
その時、気怠げな声と共に、一人の男が人混みを掻き分けて現れた。
黒いスーツをだらしなく着崩し、無精髭を生やした40代くらいのおっさんだ。禁煙パイポを咥えている。
「後藤さん! ええ、この少年、エーテル指数がゼロなんです」
試験官が慌てて頭を下げる。このだらしないおっさん、偉い人なのか。
ならばここが勝負どころだ! 俺はすかさず切り札を切ることにした。
「あ、あの! 僕、A級冒険者の神丸ロゼさんの紹介で来たんです! これを!」
俺はポケットから、ロゼにもらった名刺を差し出した。裏には『私、神丸 ロゼは六条麦 歩を冒険者に推薦する』と殴り書きされている。
後藤と呼ばれた男は名刺を受け取ると、ふぅーっとため息をついた。
「お前が例の『おすすめ』かよ……。ロゼから話は聞いてるぜ。紹介状も本物だ。だが、0とはねぇ……あいつも、めんどくせぇ奴を寄こしやがって」
後藤が頭を掻きむしっていると、俺は事前にシエルと打ち合わせていた『作戦』を実行に移した。
「違うんです! 僕のエーテル指数がゼロなのは、僕の魔法が『召喚系』だからなんです!」
「……あん?」
「僕のエーテルは、常に式神の維持に使われているんです! だから、本体の僕はゼロなんです。本当の指数は、こっちを測ってください!」
俺はリュックを開け、両手でちびシエルを高く掲げてみせた。
「きゅるんっ」
シエルは、普段の尊大な態度を完璧に隠し、アイドル顔負けのあざとい笑顔で小首を傾げた。
……おい、冷や汗かいてるぞ、お前。
「はぁ? 式神だと? 生物系の心象魔法もいるにはいるが……お前、創生系なんだろう? 生物を創生した例なんて聞いたことねぇぞ。」
「と、とにかく測ってみてください!」
後藤が胡散臭そうに頷き、シエルが小さな両手をガラス球にペチッと当てた。
すると――。
『指数 33000』
「「「さ、3万3千!!??」」」
会場全体が、今日一番の絶叫に包まれた。
当然だ。この2週間の間、シエルが我が家の食費を食い潰しながら、ひたすらに溜め込み続けたエーテルなのだから。
「……嘘だろ。B級冒険者に迫る数字じゃねぇか」
後藤がパイポを落としそうになりながら、シエルをまじまじと見つめる。
シエルは無言で「きゅるるん」と猫を被り続けているが、額からは滝のように汗が流れていた。バレる、これ絶対バレるぞ!
後藤が顔をシエルの至近距離まで寄せる。シエルの頬がピクピク引きつっている。
「……まぁ、ロゼの紹介だしなぁ。そういうイレギュラーがいても面白いか」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ、ここは特例で合格にしといてやる。ロゼに感謝しな、お前に期待してるんだとよ。まぁ、試験はまだ続く。お前が偽物ならすぐに落ちるだろうよ」
後藤がひらひらと手を振った、その時だった。
「ちょっと待てよッ!! ふざけんな!!」
ドカドカと凄まじい足音が近づいてきたかと思うと、俺は胸ぐらを思いきり掴み上げられた。
目の前にいたのは、先ほど『指数12000』を出していた三つ編みのイケメンだった。
「てめぇ、何ズルしてんだよ! 人型の式神なんているわけねぇだろう!」
「な、何を言っているんですか。ズルなんかじゃぁありません! 実際にいるでしょう? ほら、そこに可愛い式神ちゃんが」
シエルが愛想笑いで手を振っている。
イケメンはギリッと歯を食いしばり、俺を睨みつけた。
「そいつが何なのかは分からねぇが、覚醒者のエーテルが完全にゼロになるなんてあり得ねぇんだよ! お前みたいな卑怯な野郎が、『姉貴』の名前を使ってんじゃねぇよ!」
……姉貴?
ん? こいつ、さっき周りから『神丸家』って呼ばれてたよな。確かロゼの苗字も『神丸』。
ってことは、こいつロゼの弟か!
「お前、最初から姉貴の名刺を出す気満々だったよな! 俺は、お前みたいな『他人の力』を利用して成り上がろうとする寄生虫が、何よりもムカつくんだよッ!」
バチッバチバチッ!!
神丸の身体から、紫色の『電気』のスパークが飛び散り始めた。
胸ぐらを掴まれている俺に、その電気がモロに伝わってくる。
「ぎゃああああっ! 痛い! 痛いって! 感電してるってッ!!」
「おい、神丸 龍之介。そこらへんでやめとけ。お前に他人を選別する資格はねぇぞ」
後藤が気怠そうに制止するが、頭に血が上った神丸の耳には届いていない。
いってぇー! このままじゃ黒焦げになる――!
その時だ。俺と神丸の周囲を、柔らかな『霧のヴェール』がフワリと包み込んだ。
ひんやりと冷たくて、なぜだか荒ぶっていた感情がスゥッと凪いでゆくような、不思議な心地よさ。
神丸の顔からスッと怒りが引き、電気のスパークが嘘のように消滅した。俺の胸ぐらを掴んでいた手も、力なく離れる。
「……ッ、なんだ、これ?」
「少しは落ち着いた、神丸君? 私の心象魔法も『生物系』よ」
凛とした声。
見ると、野次馬の人混みを割って、あの制服少女が歩み寄ってきていた。
俺と神丸の周りを、キラキラと輝く『水で出来た猫』が飛び跳ね、少女の首元へと擦り寄って消えた。
「心象魔法については、まだ解明されていないことの方が多いわ。それに、今ここで騒ぎを起こしたら、不合格になるのはあなたの方よ。そうよね、試験官のおじさん」
制服少女が、神丸を真っ直ぐに見据えて言い放つ。
「ああ。俺が合格つったらそれが覆ることはねぇよ」
後藤がぶっきらぼうに応える。
神丸はバツが悪そうに「……チッ」と舌打ちをすると、俺を鋭く睨みつけ、そのまま待合室へと去っていった。
「……試験官のおじさん。こういったトラブルは、あなたが真っ先に止めてください」
「お、おう。すまねぇな、お嬢ちゃん」
大人相手にも一歩も引かない制服少女。かっこよすぎる。
あと今気づいたけれど、この少女かなり可愛い。さっきは余裕がなくてよく見ていなかったが、キリッとした瞳が印象的な美少女だ。
俺は咳き込みながら、彼女にお礼を言った。
「あ、ありがとう。助かったよ」
「これで、さっきの借りはなしね」
制服美少女はフッと小さく微笑むと、セミロングの髪を揺らして待合室へと帰っていった。
「最近の若者は元気で何よりだ。ってことで、お前も合格だ。とっとと待合室へ行きな、邪魔だ」
後藤が掌で「しっし」と犬を追い払うような仕草をしたので、俺はいそいそとその場を去ることにした。
「……ふぅ。概ね計画通りにはいったけど、寿命が縮むかと思ったぜ」
「わしは顔面が引きつって死ぬかと思ったわ。あんな媚を売るような真似は二度とごめんじゃからな」
リュックの中のシエルの文句を聞き流しながら、俺はニヤリと笑った。
「でもまぁ、これで一次選考は突破だ。上出来だろ!」




