Disastar
右の瞳に優雅な翼を広げ、細くなった左の瞳で妖しげに少女は微笑む。
その笑みには、今までの不安げな表情はなくなり、代わりに、余裕と憑き物が落ちたような清々しさが張り付いていた。
「あなた、先ほどの少女ではありませんね……!」
ヒーニアが険しい表情で少女を睨む。それにふっと笑みを重ね、少女はトンっと石橋の欄干飛び乗る。そして月光を背にした少女は、襤褸の裾を摘んで会釈を一つ。
「私は、天使族。その元老院が一人━━━━ニルジェーン。とりあえず、以後お見知り置きをと言っておきましょうか。もし、生きて帰れたらの話だけれど」
纏う衣装はボロボロで血に塗れている。しかし、優雅な所作でこちらを見据えた”それ”は、背後の月光すら味方につけ、まるで闇の女王のように夜の街を支配した。
「生きて帰れたら?はっ!ガキの体に寄生してた分際で何イキってやがる!そもそもどうやってソイツん中入ってやがったんだ!ああ!?」
ヴィルがドスを効かせて獰猛に吠える。すると、先ほどの上品な立ち振る舞いから一変。ニルジェーンと名乗ったそれは、嫌気がさしたように顔を歪ませ、耳穴を小指でほじり出した。
「あーヤダヤダ。男ってほんとうるさい。そもそもあんたらに教える義理なんてないし、教えてもどうせすぐ死ぬんだから関係ないってーの」
ため息交じりにヴィルを一蹴し、ニルジェーンは僕たちを見下す態度をとる。その様子に僕は目をひそめる。
「天使族ってなんなんだ」
「大規模な魔法を得意とし、最も性格の悪いと有名な種族です。特に男嫌いが激しくて、一説によると、もう男性の天使族は残っていないとか……」
「絶滅の危機じゃないか」
ヒーニアの説明に僕は目を丸くする。
「絶滅なんて人聞き悪いわね〜。私たちの理想郷に男なんて邪魔なだけよ。なんでかって?そんなの、汚れてて気色悪い体の雄より、雌同士の方が子も美しくなるにからに決まってるじゃな〜い♩」
クルクルと楽しそうに踊るニルジェーンの口ぶり的に、天使族はどうやら同性同士でも生殖できるらしいと僕は察する。
「と、戯れはこの辺で終わりね」
途端、ニルジェーンがバレリーナのように、ぴたりと動きを止める。
「今から行うのは口封じ。そして後始末。それさえこなせば、私は晴れて自由の身」
ニルジェーンは、少女の赤い瞳で僕らを見下ろす。
「抵抗はしてくれて構わないわ」
腕に巻き付いていくドス黒い血色の文字が、だんだんと空に向けて螺旋を描いて上昇し始める。
「おいおい、まさかここで……」
だんだんと形成されていく、月が見えなくなるほどの巨大な魔法陣にヴィルが目を剥く。
「抵抗、できればの話だけれど」
ニルジェーンが唄うように告げる。やがて魔法陣は完全な円として完成し、その直後、
「────星聖世世」
空に刻まれた魔法陣から、都市半分を飲み込むほどの隕石が現れた。
途端に、気温が上昇し、豪音が街に轟き始める。
「ヴィ、ヴィルヴィル!!まずいですよまずいです!!どこか隠れる場所は!?」
「ねぇよ!!あんなもん撃ち込まれちゃ、この辺一体、もれなく更地確定だ!!」
ヒーニアはワタワタと地団駄を踏んで避難場所を探り、ヴィルは上空の隕石に指差し唸る。大規模な魔法が得意と聞いていたが、これほどなのかと僕も唖然とするしかなくなった。
「さあどうするのかしら!このままじゃ、たーくさん死人が出ることになるわよ!!アハハハハハハハ!!」
ニルジェーンの狂気に染まった高笑いが、地獄色の空に響く。吹き荒れる風で家屋の窓が弾け、川の水がジュウジュウと音を立てて蒸発し始める。絶え間なく肌を焼く熱に、無意識に表情が歪んだ。
「おいヒーニア!祝福でなんとか出来ねぇのか!!」
冷や汗すら干からびる状況で、ヴィルは焦りを浮かべて吠える。
「私の祝福は熱にめっぽう弱いんですよ!!止められっこありません!!」
「んじゃどうすんだよ!!」
「知りませんよ!!」
もはや僕らに打つ手なし。逃げ場もなく、止める手段もない。詰みという言葉が脳をよぎる。
しかし、僕はそれを掻き消すように首を降って、再度思考を巡らせる。
ここで死ぬわけにはいかない!どうする!どうすれば僕たちは生き残れる!?
しかしあたりを見回しても、そこにあるのは地獄絵図だけ。迫る隕石は建物の屋根を破壊するところまで来ている。僕らの元に届く時間は、もはや数十秒とない。
「くそっ……!!」
「ああ……いい、素敵!!抵抗虚しく街ごとお陀仏!!なんて、あなた達には過ぎたエンディングかもしれないけど、ぜひ受け取ってちょうだい!!」




