Second Chance
ep10から11にかけてのストーリーの改変を行いました。何卒よろしゅう
街が蒸発して消えていく光景に絶望しかけた、その時だった。
「喰え────頂点捕食者」
煌々と燃え輝く空に、女の声が微かに聞こえた。
そしてそれが合図であるかのように、空を覆い隠すほどの巨大な“影”が虚空から滲み出てくる。
それは生き物のように蠢き、重力も熱も無視して、音もなく隕石へと絡みついた。
「なっ、なによこれっ!?」
カロレナの顔から初めて余裕が消える。
影が動く。隕石を包み込み、ギュンと一瞬で収縮し、そして……消えた。
何事もなかったかのように。都市半分を消し飛ばすはずだった隕石が、跡形もなく。
風が止む。熱が消える。空は静まり返って、星空を映している。
「私のいないエンディングなど、あってはならない」
視界の端で真紅の髪が揺れた。
濃い酒の香りが、夜風に混じる。
「こと、私の街が絡むなら尚更な」
コツンと靴音が鳴る。
十文字槍を片手に携え、額の角を輝かせる背の高い女が歩み出てきた。
見覚えのある風貌。それは、フーリギルドの長────バーゼリアに他ならなかった。
「ボスぅ!!」
「ちっ、毎度毎度タイミングだけは完璧だな」
彼女の後ろ姿に、それまで張り詰めていた二人の表情が安堵に変わる。
「酔い覚ましに散歩していたら、ヤバくデカい魔力を感じてな!危うく街ごといかれるところだった!」
バーゼリアは豪快に笑う。
上下灰色のスウェットなのが気になるが、まあそういう人なんだろう。特にヴィルもヒーニアも気にしている様子はない。
その時、「ねぇ!」と、苛立ちのこもった声が響いた。
「お前ね!私の星聖世世を消したのは!!」
石橋の欄干で仁王立ちしているカロレナは、バーゼリアを指差し、顔に青筋を奔らせていた。
「あのうるさいのは?」
バーゼリアが首を傾げる。
「少女の体が天使族に乗っ取られています。元の人格はまだ中に……」
ヒーニアが簡潔に説明を済ませると、バーゼリアは「ほう……」と目を細めて、悠然と一歩前に出る。
「悪いが、私の庭で悪さを働く害虫は即刻排除だ!!やるなら他の庭でやりたまえ!!」
「なっ、今何つったぁ!!」
「聞こえなかったか?ならもう何度か言ってやろう。害虫害虫害虫害虫────」
「うるさい!最初から聞こえてるわよゴミィ!!【世界図書】禁書目録・第13ば────」
カロレナは怒りに体を震わせて、新たに魔法を練り始める。だが、
「────ゴフッ……!」
多量の血が、彼女の口から溢れた。
体が揺らぎ、欄干から落ちる。
ドサっと鈍い衝撃音。
「なに……が……」
冷たい石タイルに叩きつけられたカロレナは、うつ伏せのまま理解不能とばかりこちらを睨む。
「私たちは何もしていないぞ」
苦笑して、バーゼリアは彼女の元にしゃがみ込んだ。
「見たところ、貴様の体はただの人族の少女。どうやって成り代わったかは知らんが、あれほどの大規模魔法を撃ったんだ。その脆弱な肉体じゃ耐えられまいよ」
カロレナの歯がギリっと軋んだ。
「詰まるところ、自滅だな」
「黙れ!」
カロレナが血まみれの顔をガバッと持ち上げて吠える。
美しく優雅に咲いていた銀翼は、萎れて見る影もない。
そして彼女は、また血を吐いて項垂れる。
「ゴフッ……。さ、蔑むんじゃないわよ……ブスどもぉ……!ぐっ……!」
なんとか体を起こそうと腕をつくが、上手く力が入らないようで、また倒れ込んだ。
自由を失い、力の行使も叶わないその姿はまるで、羽を毟られた昆虫のように見えた。
「全部……全部この体が悪いのよ……!人族なんかに呼び起こしやがって……!」
「呼び起こす?」
バーゼリアが眉をひそめる。
確かに、違和感のある言い方だ。まるで、誰かに対する恨み言のような……。
「どうやら彼女を懲らしめて終わり……って訳にはいかないようですね」
「みてーだな。裏で手を引いてる奴がいる」
違和感を感じていたのはヒーニアとヴィルも同様らしく、ほぼ黒幕の存在を確信しているようだ。
「誰に呼び起こされたのか、正直に答えてくれるかな?天使族よ」
バーゼリアがカロレナの髪を引っ張って問う。
顔を持ち上げられたカロレナは、鋭い瞳をバーゼリアに向けた。
「その手を退けなさい下等種族……!!」
「おいおい、この状況でそんな言葉を吐けるのか?豪胆だな。同時に、愚かでもあるが」
手を離したバーゼリアは立ち上がって槍の刃を、カロレナの首元に当てた。
「答えないのなら殺す」
明らかな脅し。
だがその状況下でなお、カロレナは口の端を上げた。
「あなたにそんなことできるの?ガキの体よ?」
「できるさ。既に検証済みだからね」
即答だった。
表情すら変えず、抑揚すらなく、バーゼリアは検証済みと、そう言った。つまり、彼女は過去に子供を殺した経験があるということになる。
僕は短く息を呑んだ。
「なんだ、あんたも外道じゃない。私と何が違────ゴフッ……!」
言葉の途中。激しく咳き込んだカロレナは、また塊のような血を口から吐いた。
その身体にはもはや、応答する余裕はないように見える。
「────天衣無縫」
一言。詠唱を済ませたヒーニアが手に生成した光の針を、カロレナへ向けた。
すると、ゆらりと針の先が歪んだ。
体の傷が、みるみるうちに塞がっていく。それは手術痕すら残さず、次の傷へ次の傷へと移動する。
「何を……」
敵に塩を送る行為に、カロレナが戸惑いを声に出す。
「止血と、損傷した臓器の縫合だけの応急処置です。とりあえずは楽になるかと」
傷口を縫い終えたらしいヒーニアが、フッと光の針を霧散させる。
不可視の糸を使った、医者顔負けの治療。それはおそらく、僕の背中に施されたのと同じものだろう。
出血が止まり、断裂していた骨と筋肉が繋がったカロレナは、ヨロヨロと体を起こしてそのまま石壁に寄りかかった。
「……私の体じゃないし、礼は言わないわよ」
「いりません。あなたが言うように、これはその体の持ち主のことを思っての行動ですから」
あくまで少女のためと、ヒーニアは冷徹に告げる。
それを鼻で笑った後、何かを思うようにカロレナはポツリとこぼした。
「体の持ち主……ね」
涼しい風が河川に吹いて流れた。チャプチャプと心地良い水音を立てて、水面が揺れている。
「……もう一度、この世界を謳歌したかったのよ」
ポツリ。小さく、落ち着いた口調でカロレナがこぼした。
「もう一度?」
ヒーニアは眉をひそめた。それを一瞥した後、カロレナはトーンをさらに落として続ける。
「私は……もう死んだ天使族なのよ。いつ死んだかなんて覚えていないけれど、でもある時、魂だけなった私に何者かが接触してきてこう言ったの。『生き返りたいか』ってね。当然、私は頷いたわ」
カロレナが小さく息をつく。
「でも、それには二つ条件があった。一つは、魂の席を交代させるには、このガキに口を割らせないといけない。二つ目は、情報を聞いた奴らを時間内に排除すること。私は、一つ目の条件を達成した。あとは、あんたらを殺すだけの簡単なお仕事。そのはずだった……」
言葉を切ったカロレナが、バーゼリアを見やった。
「まったく。とんだ邪魔が入ったもんだわ」
そう自重気味に笑うカロレナは、どこか吹っ切れているように思えた。だからこそ、僕は聞かずにはいられなかった。
「達成できなかったら……どうなるんだ?」
「私の魂は完全に消滅する。そういう契約よ」
完全に消滅。ということは、少女の体に、元の魂が戻る。そういうことだろう。
「魂ね、にわかには信じがたい話だ。貴様が死んだ天使族だということも正直怪しい」
肩を槍の柄で叩きながら、バーゼリアは吐き捨てた。
カロレナは微笑を浮かべる。
「あら、フィクションはお嫌い?」
「そういう妄想に取り憑かれて死んでいったやつを何人も見てきたからな。くだらない」
「あっそ、つまんない人間」
ハァ〜と呆れたようにため息をついて、カロレナは肩をすくめた。
「……契約を交わした相手は、あいにくだけど知らないわ。自己紹介もなしで始まったからね。でも……そいつは契約条件の一つ目について、『世界樹の会』って単語がトリガーだって言ってたわ。私はそれに聞き覚えがなかったけど、あんたらなら何か知ってるんじゃない?」
試すような視線が僕らに向けられる。
世界樹の会。それがおそらくは黒幕の名前。
当然、その名前を僕は知らない訳だが、他三人はそうではないらしい。
唖然とし、青ざめ、硬直し、冷や汗を浮かべている。そんな様子だ。明らかに何かある。
「どうしたんだ?」
「世界樹の会。天使族、あなたは今そう言いましたか?」
ヒーニアが冷や汗を浮かべて、カロレナが言った黒幕の名を繰り返した。
「言ったわよ。というか、やっぱ知ってるのね」
「その名は……かつて存在したカルト集団の名です。二年前にヘイルフェンの民、五千人を汚染域へ転移させ、全員を灰に変えた事件を起こしたことで、白轟によって壊滅に追い込まれたと……そう聞いています。まさか再興を……?」
有り得ないと喘ぐヒーニアの顔は、真っ青に染まっていた。
隣で、拳を作っていたヴィルも、苛立ちを隠せない様子で唸る。
「世界樹の会……おかげで合点いったぜ……。あの大規模転移魔法を発動させてたのはヨォ────」
「天使族のような翼を持つ子供、だったな」
バーゼリアの言葉を聞いた瞬間、胸の辺りから不愉快な熱さが込み上げてきた。
「うっ……」
僕は咄嗟に口を手で押さえる。
大規模転移魔法に使われた、天使族のような翼を持つ子供。
それはつまり、世界樹の会が、何も知らない普通の子供達の体に、天使族の魂を植え付けて、さらにその子達を兵器のように使って殺戮テロを行った可能性があるってことだ……。
「惨すぎる。まともじゃない……」
「異種族交配で生まれたガキって話だった……!でもまさか、なんも知らねぇ普通のガキを改造してるったぁ……くそっ!舐めやがって!!」
腹を立てたヴィルが、小石を川に向かって蹴り飛ばす。ボチャンという音がやけに響いて聞こえた。
「落ち着けヴィル。それより、どうして天使族よ、突然話す気になったんだ?まさかヒーニアに恩を感じたわけでもあるまい」
バーゼリアが問うと、カロレナはどこか寂しそうな目で、手のひらを見下ろした。
「残念、そのまさかよ。この体は私だけのものじゃない。今更気づいたわ。三年も見てきたはずなのに────」
拳を握ったカロレナ。
一気に声のトーンが落ちる。
「この子は……よく一人で泣いてたの。泣きながら歩いて、転んで、眠れず、幾度も殺されかけて、その度に泣いて、また何かを見つけるために歩き出す。それを三年間ずっと繰り返してしてたの。不思議だったわ。矮小で脆弱で非力であるはずの人族のガキがなぜそこまで?って」
カロレナは小さく息をつく。
「ある友達のため、と。この子は独り言を漏らしてた。呆れて声も出なかったわ。誰かのために……なんて考え、利他精神のない天使族とっては理解不能だもの。そしてそれは今でも変わらない。この体の持ち主は愚かで、非力で、泣き虫なただのガキよ」
静かな夜。ルジェーンは、星が燦然と光る空を見上げた。
「ただ……そんな泣き虫も、私がいなければ人並みに笑えてたんじゃないかって、あんたたちの顔見たら少し……思ったのよ。あ〜あ、なんでかしら。まったく私らしくないわこんなの」
乾いた笑いがカロレナからもれる。
少女の体に呼び起こされたことを悔やんでいたはずなのに、今の彼女の表情は、どこか満足しているように見えた。
「そのガキは貴様を一生恨むだろうな」
バーゼリアが冗談めかして言う。
場に、一瞬の緊張が奔った。だが、
「当たり前じゃない。というか、そうでなきゃ困るわ。また呼び起こされるのはもう勘弁だもの」
カロレナは気丈に笑った。
観念したのか、バーゼリアは呆れた笑う。
「ああ……そろそろ時間切れね」
カロレナが呟いた。
僕はなんのことか分からずに問う。
「時間切れ?」
「言ったでしょ……。私には、この体の席に着くまでの制限時間があんのよ」
「あ……」
だんだん、カロレナの瞳から光が消えていく。
時間切れ。それは、カロレナの魂の完全消滅を意味する。
「私が消えればこの子はじきに目を覚ますわ。時間はかかるでしょうけど」
「おいおい……!ガキの体で散々暴れといて逃げんのかよ!!」
「ヴィル。抑えろ」
「チッ……」
ヴィルが苛立ちを隠せない様子で詰め寄るが、バーゼリアによって止められた。
バーゼリアはカロレナに向き直る。
「言い残したことは?」
「何よそれ。あんたこそ、まだ聞きたいことあるんじゃないの?」
「勘違いするな。別に情けをかけようってわけじゃない。もうお前に興味が失せただけだ。お前は、ただの操り人形に過ぎなかった」
「操り人形ね……分かってたわよ、そんなこと」
ゆっくりとカロレナは天を仰ぐ。
「やっぱり、他人から与えられた二度目なんて碌なもんじゃなかったわ」
「冥土の土産に気づけてよかったじゃないか」
バーゼリアは皮肉っぽく笑う。
「うっさいわよ。そんじゃあね」
カロレナが目を閉じる。棺桶の中の故人のような、安らかな顔。
少し間を空けて、右目の翼が灰が落ちるようにサラサラと崩れていく。心なしか、目を瞑る少女の顔に、幼さが戻ったように見えた。
これで全て元通り。とはいかないだろうが、少女の体にはもう一つの魂しか存在しなくなった。
「成仏したようだな」
「チッ、良い顔で寝てやがる」
少女の顔を覗き込んだバーゼリアとヴィルが、カロレナがいなくなったのを確認して息をついた。
「はぁぇぇ〜……」
隣で間の抜けた声。見ると、ヒーニアがペタンと座り込んでいた。
「大丈夫か?」
僕が声をかけると、なぜか睨まれた。
何もしてないはずだが、ヒーニアは不思議なとこでキレる。知らない間に地雷を踏んだ可能性もあるか?
「今日は厄日です……!ジンを見つけて、帰ってきて、散歩して、二度死にかけて、衝撃的な話を聞いて……!!ジン、私とお祓いに行きましょう!!きっと悪霊がうじゃうじゃ見つかりますよ!!生ゴミを何日も放置した時みたいに!!」
もっと良い表現はないのかというツッコミは置いといて、代わりにヴィルを巻き込むとしよう。死なば諸共だ。
「ヴィルが行くなら行く」
「んでだよ!?」
「ヴィルはガワが悪霊サイドなので一緒に成仏してしまいそうですね……可哀想なのでNGで」
ぶぶ〜っと、ヒーニアは人差し指を交差させてバツを作る。
すかさずヴィルが噛み付く。
「誰が悪霊だ誰が!!」
「ほらそっくりじゃないですか。ジン、やはり塩を盛った方がいいですかね?」
「ああ、なるべく高く頼む」
「成仏させようとしてんじゃねぇ!!いや、しねぇけど!!」
「お前らうるさい」
バーゼリアが耳を塞いで嗜める。
「ヒーニア、すぐにこのガキをシスティアの元へ連れて行け。治療が必要だ」
「……?一緒に行けばいいのでは?」
「私は国家会議に出席せにゃならん。こいつらを連れてな」
言うなり、バーゼリアが手を僕とヴィルの肩に伸ばした。
ぐいっと体が引き寄せられる。
「え?」
「あ?」
「え〜と……。ヴィルはまだわかりますが、なぜジンを?」
ヒーニアが首を傾げる。なぜだかバーゼリアの口角も上がっている。悪い顔。
「この異世界人は可哀想なことに世界樹に狙われている。その理由を突き止めにゃならんからなぁ」




