かつての学び舎にて
士官学校の門が視界に入った瞬間、ゼイランとユリウスの背に、冷たい風が吹き抜けた。だがそれは、自然の風ではなかった。不気味な魔力の気配が地を這い、二人の足元を撫でていく。
「来たな……」ゼイランが小さく呟いた。
一歩、また一歩。敷地内に足を踏み入れた瞬間、影のように黒く染まった羽音が響く。上空から舞い降りたのは、かつてレオンたちも戦ったことのある、リュシェルの使い魔——不気味な二足歩行の獣のような姿。
「よくぞ戻ってきた、ゼイラン坊や。そして……隣のボロ雑巾のような奴は誰だ?」
使い魔は嘲るように歪んだ口を吊り上げた。仮面で顔を隠したユリウスは、その言葉にピクリと反応したが、唇を噛んで黙った。
ゼイランが一歩前へ出る。「こいつは教団の下っ端だ。俺の奴隷にするために連れてきた。リュシェル様に直接報告したかったが――」
「残念だったな」使い魔は甲高い声で笑った。「リュシェル様は、どこぞの三人組に付けられた傷が思った以上に深くてな。治療のため、教団施設へ向かわれた。しばらく戻らぬ。校長もリュシェル様に付いていった。だからこそ、この私が迎えに来たのだ!」
使い魔の目が、ゼイランとユリウスを鋭く見据える。だがユリウスの仮面は、レイナ=ヴォルテックスが自ら創ったものである。魔力を完全に遮断する“封じの仮面”。下手な魔術では、その素顔も正体も一切読み取れない。
ゼイランは内心、冷や汗をかきながらも、表情一つ変えずに応じた。
「それは光栄だな。案内を頼む、俺たちの“新たな任務”が始まる」
使い魔はにたりと笑い、踵を返す。その背を追いながら、ゼイランは自らの腕に巻かれた“再起の腕輪”に、そっと触れた。
(……任務は始まった。リュシェルが不在のうちに、出来る限りの情報を掴むんだ)
その瞬間、ユリウスの仮面の下で、静かに瞳が燃えた。
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士官学校の廊下には、以前のような活気はなかった。
制服を着た生徒たちは、ゆっくりと、無言で歩いている。しかしその顔には生気がなく、瞳は虚ろ。目の下には濃い隈が刻まれ、口元には笑みどころか言葉すら宿らない。腕や首、足にかすかに覗く裂傷や火傷跡。明らかに拷問を受けたと分かる痕跡を隠す素振りすらない。
かつての希望と夢に満ちた学び舎は、今や教団の実験場のような有様だった。
ゼイランは足を止め、振り返ってユリウスを見た。仮面の奥の瞳と静かに視線を交わす。
「……ここからは、二手に分かれよう」
ユリウスがうなずく前に、ゼイランは低い声で続けた。
「僕はリュシェルの部屋に潜入し、妹とレオンの母親の手がかりを探る。それが最優先だ」
ユリウスは口元に手を当て、考え込んだ。「……承知した。では俺は?」
「君には、士官学校の周囲に破邪の魔法陣を構築してほしい。地面に刻むのではなく、魔力の織で空間を編む“浮遊結界”で。結界の発動はまだしなくていい。発動の合図は、再起の腕輪の共鳴だ。それまでに準備を整えておいてほしい」
「なるほど……それなら気づかれずに仕込める。だが、結界の規模によっては数日かかるぞ」
「時間はない。だが……君ならできると信じている」
そう言ったゼイランの瞳には、レオンと交わした誓いが宿っていた。
「それから、もう一つ」
「ん?」
「士官学校の戦力を調べ、教団がどこまで入り込んでいるかを探ってくれ。そして可能であれば、その弱体化を――できる範囲で、頼む」
ユリウスはしばし黙り、やがて苦笑した。
「こき使ってくれるな、先輩」
「頼れる後輩だからな」
短いやり取りに、かつての信頼が戻りつつあることを互いに感じた。
ゼイランはすぐに姿を消し、リュシェルの部屋があるとされる学長棟へと向かった。ユリウスもまた、仮面の奥で冷たい覚悟を燃やしながら、士官学校の構造を把握するために影のように動き出した。




