36 異変
「ああ、試験ね。いいんだ。そんなことはもうどうでもいいんだよ」
私の実力を知りたいと言ったのは、あなたの後援者ですけどね。
デモンストレーションに気撃と言っていたのもさっきまでのあなただけどね!
「もちろん、君にもやってもらう。見たところ気撃は使えるだろう?」
「見て分かるものですか?」
「分かるものです。魔力の精錬具合を見れば。ちょっと年齢を考えると異常なくらい鍛えているね」
「他にやることなかったので。ところでさっきから疑問に思ってたのですけれど」
「うん、なに?」
「スレイマン先生は今、魔力探知を使っているんですか?」
「いや、まったく」
「なのに魔力が見えるんですか? 」
「灰魔術師でもないのにって? そりゃ別に彼らの『目』は特別な能力じゃないからね。訓練の程度問題だよ」
裸眼で魔力を視認する。
それはやる気次第だ、みたいなレベルの話じゃないが。
なるほど、その気になれば灰魔術師にだってなれる資質はあったってことは分かった。
「さて、今度は君の番だ。ステファニアにもやってもらおうかと思ったが……無理みたいだしね」
顔面蒼白で固まっていたステファニアがハッとなって顔を上げた。
「あ、いえ……」
できる、と言いたいのだろうが、とてもそんな風に見えないし、本人にもわかっているだろう。
気撃は確かに簡単な魔術だが、スレイマン師の『あの』後にできるほど、この少女も厚顔ではないようだし。なにより今の精神状態で魔術を発動できるほど、成熟した強さはないだろう。
それが普通だ。あの魔力を感じて怖気づかない人間は、逆に素質がないとも言える。
普通なら。
「で、君はどうかな? 撃てるかい?」
ある意味挑発するような言葉だ。興味津々でもある。
「さっきくらいのやつですか?」
「さっきくらいのやつじゃなくても勿論いいよ」
私は前に進み出る。
「クレオリア」
「はい?」
スレイマン師に背中から声をかけられて振り返った。
「全力でね」
「いつだって全力ですよ」
「じゃあ、それを外してやってみよう」
私の腕を指差している。私はその指先を追ってみて、自分の腕を持ち上げてみせた。
「腕輪のことですか?」
そこにあるのは三連の銅の腕輪だ。
「それのことだよ」
「?」
「?」
側で見ているフィリップ様やラウールは不思議そうな顔をしている。
私もそうだが、その意味は違う。
「これがなんだか知っているんですか?」
「詳しいことはわからないが、封印の魔道具だね。その程度なら内壁街への入城検査でもひっかからないだろうけど、私は、ね」
天才様には分かるらしい。
これは私の『位怖』を封じるために知り合いのドワーフ王が造ってくれた魔道具だ。
「なぜ、今それを? これを外したからって能力が上がるわけじゃないですけど?」
「いや、君の魔力バランスは異常だよ。素晴らしい才能を持っているが、それがその魔道具のせいで齟齬を引き起こしている。おそらく聡明な君なら自分の異変に気がついているはずだ」
私は顔に驚きが出そうになったのを無理矢理抑えこんだ。
「これが?」
この魔道具が私の記憶障害の原因?
でもこれは私の『性質』である『位怖』を抑えるためのもので、そんな副作用が?
「いや、それかどうかはわからないけれど」
私はスレイマン師の言葉にズルっと転けそうになった。
「わ、わからないんですか?」
「そりゃそうだよ。変な封印だからね、見ただけじゃ。とりあえず妖しい物は外してみないとね」
んー、でもなぁ。ここで外して『位怖』を発動させてもなぁ。
この国の最高権力者もいることだし。
なんて思っていたら、
「大丈夫だよ。ここには結界もあるからね。君の『位怖』も発動しない」
外してみないとわからないと言いながら、私の位怖のことを見抜いている。
どこまで本当にわかっているのか、単なるカマかけなのか。
ふーと鼻から息を吐いた。
ま、なるようになるか。やるかやらないかとなれば、選択肢は決まっている。
「姫様」
ツツーと小さな灰魔術師が進み出てきた。そして私の腰に手を当ててそのまま皆から離れたところに連れて行かれた。
「なに?」
「ええっと、姫様は今なにをしようとしていたのかな?」
私は右腕を上げてみせる。
「言われた通り、外して全力出す気だけど?」
その言葉に、友人Eは空を見上げた。
「んー、止めとこう?」
「なんでよ?」
「宰相様と化物魔術師の前で『位怖』を発動させてどうすんのさ。下手すりゃ怪物扱いされて討伐されるか、実験体として幽閉だよ」
「考えすぎでしょ」
私の答えにEが目を剥く。
「なんでそんなにのんびりした感じになってんの!?」
「フィーリングよ。フィーリング。……あれ? 位怖のこと話したっけ?」
私のなんとなくの言葉。だがその言葉に彼の表情が凍りついていた。
「あ、あのさ。なんかこの前から変だとは思ったんだけど……」
途中で彼が言葉を切る。その視線は私の背後にあった。
「ヒソヒソ話は終わったかな?」
イーサン・スレイマンが、16歳の宮廷魔術師が、白いマッシュルームカットのまだ少年のような成人。なによりその覗きこむような瞳はやっぱり『何か』でしかないモノが立っていた。
「クレオリア・オヴリガン」
改まった口調に私は体ごと向き直る。
「君は彼の、その小さな灰魔術師の名前が分かるかい?」
私はその頓珍漢な質問に鼻で笑った。
「何を馬鹿な……ことを……」
言葉の途中で自分の異変に気がつく。
私はバッと彼の、私の友人の顔を眺めた。
ナタリーの従者で私の友人である『E』の顔がある。
特別美少年だとも、生理的抵抗もない、食べ慣れたもののような安心感のある顔がある。
だが、名前が出てこない。
ニュアンスはわかるが、『何か』でしか定義づけられない。
いや、出てくる。
彼の顔を見ている間は、名前が浮かぶ。そしてすぐに消える。
言葉にする前に。




