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25 ブレックファースト






「クーちゃん、大丈夫?」


 私は、え? と顔を上げた。


 そこは帝都内壁街にある高級な、どこの店も一様に高級だが、その一つである朝食を提供する店。


 ナタリーが私の隣で、心配そうに顔を覗き見上げていた。


「ああ、ごめんなさいナタリー。昨日は歓迎会なんかで夜更かししたものだから、ちょっと眠くてね」

「かんげいかい? ああ、ご兄弟とひしぶりにあえたんですね!」


 安心したのかナタリーの口調がいつものように戻る。

 ナタリーが私のことを愛称で呼ぶのは、余程プライベートな場所か、今のように心配して素が出た時だけだ。


 私としてはいつも愛称で呼んで欲しいのだが、我ら『サウスギルベナ六歳児軍団』の良識の府であるナタリーは自分が平民であるということを忘れない。いつもは私のことを「姫様」と呼んでいる。

 以前は「クレオリア様」と呼ばれていたが、それは親友としてあまりにも他人行儀だと私が嫌がったこともあって最近では公式の場では「姫様」と呼んでいる。


 典型的な天才児であるVヴィは私を「姫」と呼んでいるが、これはクレオリアと呼ぶよりも短いからという他人に対する無関心さだ。友人Eも「姫様」と呼ぶが、これは女の子の名前を呼ぶのが恥ずかしいというコミュ症か、心底では人を小馬鹿にしている天邪鬼さの現れだろう。


 私達、ナタリー、Vヴィ、Eの四人はこの店で朝食を取るところだ。

 時刻は午前8時くらいだろうか。


 こんな朝早くから朝食を提供するレストランが開いているのはさすが帝都という感じだ。

 なんでも、出勤前に朝食を外食で済ますのはそんなに珍しいことではなく、内壁街だけでなく、郭外街でも朝食を提供する店は屋台も合わせると数えられないほどあるんだそうだ。


 田舎のサウスギルベナなんて食堂が街に数軒あるだけで、それも開店は午後から。

 実際私はほとんど外食をしたことがない。街の人も酒場以外に利用する人はほとんどいないんじゃないかな? ギルベナ地方の食糧事情は超がつくほど、貧しく、金を払って食べるようなものではないというのが共通認識なんだもん。少なくとも愉しみのために外食する習慣はギルベナにはない。だってハンバーグのお肉がネ○ミとか普通にあるんだよ?


 私は気持ちを切り替えて、めったに味わえないだろう朝食を楽しむことにした。

 悩んだところで、今すぐどうこうできるわけでないし。


「ナタリーは食べたいものは決まった?」

 私の言葉にナタリーは若干顔を強ばらせながら「えっと」と狼狽えている。見れば友人Eも同じように顔が引きつっている。Vヴィだけはいつもと変わらないが、これは半分寝ている状態だ。


 二人が緊張しているのも無理は無い。

 なにせ20組以上は入れる広さの店内に、客は四人しかいない。

 つまり貸し切りだ。


 私達が座っている六人がけのテーブル以外は取り払われて、中央にデンと席をとっているのは確かに落ち着かないかも。


 調度品も高級かどうかという次元を問題にしていない品の良いものだ。高級かどうかは問題にしていないが、この白いテーブルクロスだけでギルベナで一年暮らせるだけのものかもしれない品だ。


 だが、二人がもっとも居心地悪そうにしているのは、私達のテーブルの周りを取り囲んでいる給仕たちのせいだろう。

 きっちりと糊の効いた白と黒の給仕服を着込んだ男女が、十人はいる。

 その一人ひとりが、バスケットに入ったパンや、ワゴンに載せたハムやスープといった、六歳児四人に対して明らかに過剰な量の料理を持って控えているのだ。


 彼らは穏やかに微笑みながら、緊張している子どもたちが食べたいものを選ぶまで、急かすこと無く待っている。

 いや、視線の感じだと待っているのは私だったか。


 一応、公爵家の令嬢で、他の三人は平民だから、私が料理を選ぶまで待っているのだろう。

 考え事をしていたせいで、ナタリー達に居心地の悪い思いをさせてしまった。


 私は傍に立っていた、唯一なにも料理を持っていない30代の男に目を向ける。

 その視線を察した男は、一瞬だけ麺麭のバスケットを抱えている三人の給仕に目をやった。


 三人の給仕が、一歩さらに前に出て、私が見えやすいように麺麭の入ったバスケットを前に差し出す。


「それではクレオリア様、よろしければ本日ご用意いたしました料理について説明をさせていただきます」


 その言葉に私は頷いてみせた。


「じゃあ、他の子達にも聞こえるようにお願い。それからお腹も空かせていることだし、説明は簡潔にお願いね」


 正直私はどんな料理なんて目の前にあること以上の説明方法はないと思うが、あくまで私の考えにすぎないので、みんなのためにも説明をお願いする。


 給仕の男はニッコリと了承すると、一歩下がって他の三人見も見えるように位置取りしてから説明を始めた。


「まず、今日ご用意した麺麭は、三種類。左から黒ケシをまぶしましたモーンブレートヒェン、少し固いですが、香ばしさが特徴です。真ん中のものはプレーンのベーグルでございます。生クリームを生地に使用した甘みが特徴的です。一番右の白ゴマをあしらったシュタンゲンはバターを多めに使った濃厚な味わいです。ジャムは季節のものを四種類、ほかにハチミツとバターも用意させて頂いております」


 男が一拍間を置く。少し芝居がかってはいるがこういうのが心地いいのもまた理解はできる。

 ただ麺麭だけでこれじゃあ、料理の説明が全て終わる頃には餓死しそうだ。


 なので私は、

「ありがとう。麺麭の説明だけでいいわ。後の料理は知りたい子がいたらその都度教えてあげてちょうだい」

 と、さっさと料理を選ばせろと伝える。


 男の方もやはり微笑んでから「かしこまりました」と頭を下げた後、他の給仕達に向かって頷いてみせた。

 途端に、料理を抱えた給仕たちが、私達の周りにワッと寄ってくる。

 がやがやと料理の説明なんかも受けながら私達はそれぞれの朝食を選んでいく。


「ナタリー、よければ私に選ばせてもらえる? 一緒のものを食べない?」

 ナタリーがあまりにも緊張しているので、私が自分のものとまとめて選ぶことにした。

 ナタリーは必死に頷いている。


 私達は果実を中心に選んだ。麺麭は一個でも多いので半分にしてもらう。私は黒くて固そうな麺麭を選んだが、ナタリーにはソフトタイプのベーグルに変えておく。ジャムは太りそうなので無し。

 朝食には脂質も重要だと聞いていたので、カフシャンピニオンという太物ソーセージを三枚だけ頂くことにした。カフというのは中央地方ミッテルの家畜で、大型の鳥類だ。そのカフの肉に、豚肉を合わせて、キノコを混ぜた直径15センチほどのソーセージである。それを焼かずにボイルして薄くスライスしたもの。マスタードはつけず、あとはそれに合うチーズをチョイスしてもらった。飲み物は私は苦味の強いアヴという茶葉をストレートで。ナタリーにはマッサという癖の少ない茶葉をミルクティーにしてもらった。もちろん二人ともノンシュガーだ。


 男の子たちもそれぞれ自分の料理を選んだみたいだ。

 いや、Vヴィは完全に首を横に倒して寝てしまっているので、選んだのはEだけど。

 Vヴィには、頭脳の味方というわけで、ジャムをたっぷり糖質の多い選択をしてあげたみたい。男の子のこういう乱暴なメニュー選びは糖尿病予防以前に、シェイプ的な問題で女子としては羨ましい限りである。


 Eは自分の分の食事は給仕に「一般的な帝都の朝食を選んでもらえますか」とお願いしていた。

 彼は自分の前に置かれた、ハムや麺麭などワンプレートに盛りつけられた料理を興味深そうに「ほほう」と眺めている。


 さすが、研究者である魔導師の卵と言えなくもないが、実際彼の性格をよく知っている者としてみれば、せっかく帝都の高級店に来たのだから、これぞ帝都という朝食をとりたかっただけだろう。

 だが、レストランなんかでは変に知ったかぶりをせずに店の人間にお任せするというのは失敗しない方法の一つではある。


「それじゃあ、いただきましょう」

 私がそう告げたのを見て、給仕達が壁際に下がっていく。


 料理の説明をしてくれた男だけが、最後まで残っていた。

「フィリップ様はお茶の時間にはやって来られるとの先ぶれがございました。ごゆっくり朝食をお楽しみください」

 深々と頭を下げて男も下がっていく。


 私達四人がこの内壁街のこの店にいるのは、宰相様の命令があったからである。

 私達、以外には今はこの店の給仕しかいないが、後でフィリップ様も合流するとは聞いていた。


「ひめ。姫様っ」

 男がテーブルから離れたのを見計らって、友人Eは声を潜めて私を呼んだ。


「なに? トイレならお店の人に聞いてよ」

「違うよ!」

「じゃあ、なんでそんなにヒソヒソ声なのよ」

「なんで僕らがこんな場所に、しかも宰相様に呼びつけられてんの!?」


「聞いてないの?」

 と言ってから、そう言えば朝食会が決まったのも、その後の面談がきまったことを聞いたのも昨日、オーランドお兄様が帰ってからだったと思い至った。


 なので、私は昨日ナタリーたちと別れて内壁街で起こったことのあらましを三人、いや、ひとり寝ているから二人に話して聞かせた。

 ナタリーは素直に、「すごーい!」と私の武勇伝に興奮しているが、友人Eの方は眉を潜めている。


「ねぇ、それってなんか面倒臭いことになりそうじゃない? 宰相様が僕らに興味を持つなんて明らかに普通じゃないじゃん」


 と、聞いてきたが、私にだって答えられるわけがないし、異論はないが、なるようにしかならない。心配し過ぎるとハゲるわよ?


「大丈夫よ。フィリップ様が興味を持っているのは挽き肉機を発明したVヴィの方なんだから、君は粗相しないように気をつけていればいいわ。私達に興味があるなんてちょっとした気まぐれに違いないんだから」


 私が安心させるように言ったのに、従者にして友人Eは怪訝そうな顔で私を見た。

「……」

 何やら思惑ありげな目をしてきた。

「なに?」

「姫様?」

 意味がわからず、は? という顔で見ると、


「……」

 友人Eは少し目を横に逸らして考え込んでいたが、まとまったのか視線を再び私に向けてきた。

「……その紹介してもらえる魔導塾だっけ? そこまでは付いていっていい?」

「ええ、いいわよ」


 友人Eは灰魔術師である。おそらく紹介される魔導師というのは黒魔術師だろうから専門外に違いない。しかし魔導師の卵のEにとっては、他系統の研究者に会うのも何か得るものがあるかもしれない。賭けとは無関係だが、従者として付いて行くくらいは許されるだろう。黙ってシレッとついてくれば何も言われないだろう。


 しかし、私は彼の言葉の細かい部分に気を留める。

「そこまで? その後どこかへいくつもりなの?」


「うん、ちょっと、郭外街の方へ、色々と……その前に、魔導塾だけは付いて行くよ」

 と言葉を濁している。ま、彼は特待生試験も、入学も関係ないのだから、帝都見物でもするのだろう。一生に一度の帝都かもしれないし、それを咎める気もない。

 面会についても、宰相様達の目的は彼の兄である『天才発明家』のVヴィなのだから、問題ないはずだ。


「いいわ。でも気をつけるのよ。サウスギルベナよりは治安がいいって言ってもオカシな人間もいるかもしれないんだから」

「心配しなくてもどう見ても金を持っているようには見えないよ」

「でしょうね。浮浪児と間違われないようにね」


「……」


「さて、それじゃいいかげん朝食をいただきましょう。食前のお祈りグレースはマナー違反のVヴィにお願いするわ。起こして」






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